勇者逹の学院生活
魔族襲撃事件で実力に疑いを持たれた勇者逹は、所属をガイアスト帝国に変更ののち、帝立ローゼンタール学院に入学した。
距離的に近かった女勇者逹は、男勇者逹より早く学院に入学することとなる。
この所属変更は自分逹の実力不足が原因であると自覚していた女勇者逹は不安を抱えていた。
頼る者のいない異世界で、自分逹は存在価値を示せなかった。さらに初めて戦場を経験したショックで戦えなくなった者も数名いる。
自分達を無理矢理召還したのはあちらとはいえ、勇者を切り捨てるという選択肢は向こうにはあるのだ。
自分逹の立場が、まさに砂上の楼閣であると、彼女達は自覚したのだ。ここは日本ではない、楼閣が崩れたらあとはどうなるのか。想像もしたくない。
暗く淀んだ雰囲気を引きずって学院に入学した女勇者逹を待ち受けていたもの。
それは普通の学院生活であった。
普通、というわりにはいささか軍事よりの教育ではあったが、女勇者逹が危惧していたような懲罰的なものではなかった。
フィリーネによれば帝国はもとより勇者にさほど期待はしていない。ある程度つかいものになればいいという認識なのだ。
勇者逹は異世界人の称号により成長がはやいし、何より神から与えられたレベル5のスキルもある。
人類最大戦力を持つ帝国であれば、勇者逹はいくらでも役にたつ。極端な話し、戦争に直接関わらずとも後方でスキルや高いステータスを生かしてくれればいいのである。
おそらく、聖国にいる時よりも、状況はよくなるとフィリーネは申し訳なさそうに説明した。
帝国の配慮により、女勇者逹の世話係としてフィリーネが残ったのもよかった。
ふさぎこんでいた女勇者も、フィリーネの献身的な支えで少しずつ元気を取り戻し、上手く歯車が動きだす、直前に彼らはやってきた。
男勇者達が来ると聞いて女勇者達は全員集まって出迎えた。色々情報交換しておきたいというのもあるが、知り合いのいない異世界で彼らが数少ない仲間だからという理由が大きい。
しかし、学院の食堂にて、笑顔で出迎えた女勇者達に男勇者達は非友好的な態度を示した。
「お前らなあ、こっちに迷惑かけるなよ」
たっぷりと嫌味をのせた言葉に場の空気が氷った。
「せっかく慣れてきたのに、無理矢理引っ越しだぞ。訓練さぼってたんじゃねえの?」
確かに、訓練不足はいなめない。だが、彼女らがまともに役にたてなかったのは覚悟が足りなかったからである。
本物の戦場で彼女らは恐怖したのだ。
濃い血の臭い。断末魔の絶叫。
自衛程度は出来ていた浅野香澄や犬飼凪も思い出すだけで手が震えてしまう。
責められて悔しい思いはある。それでも、彼らの言うことも否定出来ない事実だ。
「いやいや、僕達は仲間でしょ? 迷惑かけあってなんぼじゃん」
阿木津慧が陽気な声で険悪な場に水をさす。
「場所がかわっただけで、うだうだと、小さい男ね」
四宮杏は心底呆れたというように鼻で笑う。
「だったらなんだよ。こいつらのせいで扱いが悪くなるんだろ? 文句ぐらい言わせろよ」
女勇者達もそうだったが、マニアス聖国では何不自由ない生活をしていた。それに比べて学院生活では贅沢三昧とはいかない。とはいえ、極貧生活をしいられるわけでもなく、この世界基準では裕福な生活だ。
「不満を言うのいい。でも攻め立てるなよ」
久宝も仲裁に入った。
「うるさい。お前は走りまわってただけだろ。黙ってろ」
男勇者達は忌々しそうに吐き捨てる。
「犬飼、いつも偉そうにしてたくせに、ざまあないな」
犬飼は女子グループのリーダー的存在であったから、揉めごとがあれば矢面にたっていた。
それを馬鹿にされたと感じていた男子もいる。ここぞとばかりに吊し上げられた犬飼は憮然としている。
「そういう態度が気にくわないんだよ」
男勇者の一人、佐久間が犬飼に詰め寄る。犬飼は迷惑そうに顔をしかめた。
「私達に落ち度はあった。でも、戦えば負けることもある。絶対に負けるな、なんて無理」
戦場を経験して犬飼は少し成長していた。自分逹はまだ勝ち負けを論じられる程、強くない。まずはたとえ負けても生き延びなくてはいけないのだ。
確かに女勇者逹は男勇者逹に迷惑をかけた。だが、男勇者逹はそれぞれ勝手に行動していた。
男勇者逹にごちゃごちゃ言われる筋合いなどない。
「こんの!」
胸ぐらを掴もうとしたのだろう。
佐久間が犬飼の胸元へと手を伸ばす。胸をさわられるかもしれない嫌悪感に犬飼は反射的に伸ばされた手を払いのけた。
「いって!」
佐久間は肩が外れそうな勢いで後ろに手が振り切られて悲鳴をあげる。
大袈裟なと、犬飼は呆れた。多少、強く叩いただけで騒ぎすぎだ。
他の者逹も冷めた目で見ていたのだが、佐久間が手を抱えて震えだしたので様子がおかしいと騒ぎだした。
成り行きを見守っていたフィリーネがかけより、声をかけるも、まともに返事も出来ない状態だったので護衛騎士がやや強引に佐久間の手を確認した。
「これは、骨が折れているかもしれません」
青白く腫れ上がった佐久間の手を見て、犬飼の表情が、さあっと青くなった。
「そんな、軽くはたいただけなのに」
「落ち着いて下さい。犬飼さんは悪くありません」
取り乱しかけた犬飼をフィリーネが落ち着かる。
「おいおい、やりすぎだろ」
「喧嘩売ってんのか?」
一触即発の雰囲気に、護衛騎士達は女勇者を守るように前に出た。
「俺達は被害者だぞ」
「私には、自衛をしただけに見えました」
納得出来ないらしい、男勇者達はさらに声を荒げた。
「怪我させられるようなことをしたか?」
「だいたい、お前らが悪いんだろうが」
「いい加減にしてよ!」
泣き声まじりの大声をあげて御影沙紀が手近にあったテーブルを強く叩く。
「失敗だってする! 一度も失敗しないなんて無理! 私は、私達は弱い。弱かった。私達は漫画やアニメの主人公なんかじゃなかった!」
大粒の涙を流しながらも御影は男勇者達から目をそらさない。
甘い考えとののしられようと、御影は失敗したことを、ねちねちせめられる状況が我慢ならない。
注意されるのはわかる、怒られるのもわかる、けれど、今男勇者逹がやっているのは何かが違う。
普段は大人しい御影の常にない強気な様子に、男勇者達が怯んだ。その隙に阿木津がおどけた言葉で場を誤魔化して、久宝がほとんど無理矢理男勇者達を食堂から連れ出す。
女勇者達が残された食堂に御影沙紀のすすり泣きが響き、深海に沈んでいくような重苦しい空気が彼女達を押し潰していく。




