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偽悪者の憂鬱  作者: 一葉
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善悪の彼岸 中

反射的に後ろに飛んだのは失敗だった。白い男は俺の予測を上回る速度で迫り、剣を上からふりおろす。避けようのない一撃。だめもとで短剣をはねあげるがとても防ぎきれないだろう。迫りくる死に俺が感じたのは恐怖ではなく暗い怒り。押し付けられた罪、弁明さえ許されない一方的な正義。そんなものに殺されてやりたくない。

「ア、ル、バァート!」

白い男、アルバートはリーリスの体当たりを受けてよろめく。やるなら今しかない。懐に飛び込みナイフで首筋を狙う。しかし、ナイフはむなしく空をきった。アルバートはだらりと剣を下げて巧みな足さばきで距離を開けている。

「惜しいですね、罪人でなければ仲間として迎え入れたのですが」

憎たらしいことに、アルバートは全く息を乱していない。俺は荒れる息を整えるのに必死だ。実力差がありすぎる。

「俺がなんの罪を犯したんだよ」

思い出すのはあの時の憤り、罪を犯していないのに断罪されたあの悔しさ。事実を知ろうともしない無責任な断罪者達の影が目の前にちらつく。

「獣人を庇った罪ですよ」

「それが何故罪になるんだ」

ちりちりと皮膚がざわつく。一度の接触ではっきりと分かった。このまま戦えば確実にリーリスを失う。どうするべきか。思考が空転する中で口が本能的に動く。俺は俺を疑った連中に何も言えなかった。だから、黙って罪人にされたくない。

「亜人は魔族の一員だからですよ。偉大なる創造主ルーザ様に作られた人間とは違う、邪神が作った魔なる者。殲滅するのはルーザ様の御心にそうのです」

この世界における神話や神の立ち位置に関して俺には知識がない、ないがその名前が出た時点で決意するには充分過ぎる。

「リーリス! 全力で逃げろ!」

「嫌です! 逃げません!」

リーリスの叫びには悲痛な響きがあった。こいつの名前を知っていたのだから浅はからなぬ因縁があるのだろう。俺に力があったならば協力してやっていた。現実にはそんな力はない。

「あいつの狙いはお前だ。お前が生きていれば負けじゃない! 負けないために逃げろ!」

「でもご主人様は……」

「いけ!」

前にでながらリーリスの肩をつかんで後ろに下がらせた。リーリスはしばし躊躇してから走りさっていく。

「感動的な主従関係、吐き気がします」

「そのわりには大人しく待っていたな」

殺ろうと思えばいつでもやれただろう。それほどの実力差はある。

「さあ? 何故でしょうね」

からかっているのか? にしては馬鹿にしている感じはない。

「まあ、見つけるのは難しくありません。まずはあなたからにしましょう」

来るとわかっていてもこっちは素人だ、攻撃を避けるのは難しい。ならばこっちから仕掛けるしかない。

何かをしようとしたアルバートの胸元に飛び込んでナイフをふるう、何処かにあたれば儲けもの。

「度胸もありますか。ますます惜しい」

ナイフをふるう直前に腕を捕まれて止められた。ならばと開いているほうの腕をアルバートの腕に絡ませる。これで腕を折れるか? 期待はむなしく霧散した。アルバートはあっさりと手をはなして腕を完全に絡められるまえに俺を蹴りとばす。痛くてうずくまりたいのをこらえてアルバートを視界に捉え続けた。目を離せばその瞬間に終わってしまう。

「嫌な目だ。潰しましょう」

しりもちをついて思いっきり転がる。ナイフを手離さなかったのはまぐれだ。

「くそっ」

悪態をつきつつ慎重に立ち上がる。予告がなかったら両目を抉られていた。というか頭のてっぺんに少し剣が掠めたらしくしくしくと痛む。

「わかりませんねえ。何故あれを庇うのです? あなた死にますよ?」

心底不思議だというようにアルバートは剣を俺に向ける。

「気にいらないからだ」

問答無用で断罪される。まるで俺を見ているみたいだ。

「成る程。傲岸不遜な勇者らしい答えです。ならば死になさい」

ぎりぎりアルバートの動きは見える、だが身体はついてこない。アルバートの剣は綺麗に俺の腹部を貫いて引き抜かれた。

「ごっぼ」

鉄臭い血が冗談みたいに口から溢れる。熱い、刺された腹が燃えるように熱い。

これは死んだな。力なく膝をつく。分かってはいたのだ。不様に死ぬだろうと。アルバートは俺より遥かに強い。平和な日本でぬくぬく生きてきた俺なんかが勝てるわけがない。

でも、わりと満足だ。今からリーリスには追い付けない。なら負けじゃない。俺は勝ったのだ。

「とどめをさしてあげます。いちおう勇者様ですしね」

横なぎにふるわれる剣。首をはねるつもりか。全くろくでもない人生だった。

「ご主人様!」

リーリスの声が聞こえた気がする。幻聴だろうか。熱い、身体が熱い。意識が溶けていく。


森の中を走って逃げる。レイの命令通り全力で。レイの判断は間違っていない。二人がかりでもアルバートには勝てない。ならどちらかが逃げるべきで、逃げきれるとしたら私だ。だが、レイには別の考えがあったようだ。

お前が生きていれば負けじゃない。

レイは負けないために私を逃がした。確かに私が生き残ればアルバートは失敗したことになって少なくとも負けてはいないと言えるだろう。

でも。

それはあくまでレイは負けてないだけだ。

さっきから視界が歪む。目に涙がたまって流れ落ちていく。故郷を燃やされ、今度はレイを奪われた。私からすれば負けっぱなしだ。

そうだ、私はまた負けたのだ。

不様に逃げ出したのだ。

レイとの生活が楽し過ぎて私は忘れてしまっていた。

戦わなければ奪われるだけ。逃げ続ければ何一つとしてえられるものなどない。

嫌だ。

レイを失いたくない。本人は気付いていないようだけどレイは時折優しく微笑んでくれる。その笑顔に故郷をなくした私は癒されたのだ。

きびすを返してがむしゃらに走る。命令を無視した私をレイは怒るだろうか。もしかしたら売られてしまうかもしれない。だけどレイが死ぬよりはいい。それに、戻れば二人とも殺されるだろう。考えて、不安になるだけ馬鹿らしい。

空気に血の臭いが混じっている。レイの臭いだ。ぐっと足に力を入れてさらに速く走る。間に合ってと偉大なる最初の獣にこい願う。

願いは届かなかった。目に飛び込んできた光景に思わず叫ぶ。

「ご主人様!」

アルバートの前にひざまずくレイ。その背中から大量の血が溢れ出している。頭が真っ白になった。もう何も考えられない。

「あああああ!」

わけのわからない雄叫びを上げて勢いを殺さずにアルバートの顔面に向けて蹴りを放つ。さすがに虚をつかれたのか蹴りは見事に命中した。そのまま立て続けに蹴りつけたが当たったのは最初の一撃だけ、他は全て避けられる。

「今日ばかりは主従の絆に感謝しなければいけませんね」

女性を虜にするであろうアルバートの笑顔が憎い。故郷を奪ったこいつが憎い。私からレイを奪ったこいつ憎い。

「殺してやる!」

「はは! やはり獣がこうでなければね。きなさい、無惨に殺してあげます」

もはやこいつを殺すことしか考えられない。殺してやる。どんな手をつかってでも。



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