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知識チートで失敗した男の話

作者: 猫の人

「セレステ……」


 僕が手にしているのは、一枚の絵画。

 とある女性をモチーフにした、写真のように精巧な人物画。


 僕の妻、セレステを描いたものである。


 絵の中の美しい彼女の姿に、僕の目からはとめどない涙が流れ落ちる。


 どうしてこんなことになったんだろう?

 そうして絵の中の美しい彼女はもういないんだろう?


 絵の中の妻は、結婚当初の3年前の姿だ。

 誰よりも美しく、誰よりも輝いていると言われた僕の妻の、最高の姿。

 その彼女が、見るも無残な姿になってしまったのはどうしてだろう?



 分かっている。

 僕の責任だ。

 僕が中途半端な知識で内政チートをした結果、それがどんなことになるのかを考えずに動いた結果が、これだ。


 振り返れば、変わり果てた姿の妻が横たわっている。

 もう、僕の口から意味のある言葉が出てこない。嗚咽でくぐもった声は、何の形も無しはしない。

 すべては遅すぎたのだ――









 転生者である僕が生まれたのは、西暦1590年だ。

 我が家はイギリスのとある貧乏貴族で、僕は長男。もちろん後継ぎ。

 イギリスがどこまで関与するかは覚えていないけど、成人してしばらくすると30年戦争(1618~)というわりと厳しい環境下で、僕は自分にできることを模索していた。



 そうやって僕がいろいろと考えていると、スペインの方からジャガイモが送られてきた。どういう経緯で我が家に流れてきたかは知らないが、アメリカ大陸からのお土産らしい。

 ただ、このころは食用としてはあまり考えられておらず、珍しい土地の珍しい植物、そんな扱いだった。


 そんなジャガイモに元日本人の僕はもちろん飛びつき、領地内で大量生産をさせた。

 麦の3倍と言われるジャガイモは連作障害が問題であると言われるが、僕はそんな事は気にしない。戦争で踏み荒らされても駄目にならないと言われるジャガイモの優位性を説き、貧農を中心に育てるようにと食べ方も含めて広めていった。

 保存方法や芽の毒についての知識も広めたのでジャガイモが毒物扱いされることなくなり、イギリス全体に歴史より100年早く広まることとなった。



 その結果、我が家の領地にいる貧農の食生活は大いに改善され、飢え死にする者がほとんどいなくなった。

 コロッケ、マッシュポテト、フライドポテト、ポトフ、ポテトチップスなどの食べ方も庶民を中心に広がり、蒸留酒の原料としても使われるようになり、貧乏貴族だった我が家の財政を大いに潤した。

 そうして僕は知識チートを成功させたことで一躍有名になり、美人で有名な貴族令嬢・セレステを嫁に迎える事となったのである。





 この時点でいくつもの歯車が狂っている事にも気が付かず、僕は自分が成功者だと信じ切っていた。









 予兆は見えていた。


 僕はイギリス全土を「ジャガイモ普及の父」として妻と飛び回ることになり、各地でジャガイモの有用性を説いて回り、その注意点などを警告として残していった。


 ジャガイモという画期的な作物を広める目途をつけたとして、僕ら夫妻はどこでも人気者だった。

 歓待を受け、酒食を施されるようになる。

 ときにハニートラップを仕掛けられることもあったが、夫婦二人で撃退していった。


 順調、かの様に見えた。





 さて、諸君。


 このような僕らが持て成される時、必ず使われる食材があることが分かるだろうか?


 そう。

 僕らの歓待には、必ずジャガイモ料理が供されていたのである。


 僕はそのことに疑問を抱かず、ただジャガイモが受け入れられている喜びを噛みしめるだけであった。

 ここで、僕は抵抗することを忘れてしまっていたのだ。



 ジャガイモは高カロリーである。

 揚げ物などを出されれば、倍率ドン、だ。

 毎食毎食、お腹いっぱいに食べるものではなかったのである。


 そして女性はジャガイモ料理が好きで、コロッケやフライドポテトなどが好物であることが多く、セレステもその例に漏れなかった。





 セレステは、急速に太っていった。

 そりゃあもう、泣けるぐらいに。


 細くくびれていた腰回りは僕の両手でも抱えきれないほどになり、体重は100㎏をゆうに越えていただろう。

 美しい肌も、吹き出物が浮かび上がるようになって荒れた。


 問題は、そうやって美しさを失った彼女が、その事に興味を示さなかったことだ。

 彼女の優先順位は


 食欲>>(越えられない壁)>>美貌


となったのである。

 今の彼女は美食のカリスマであり、美貌の貴族女性ではない。



 泣いた。

 全俺が泣いた。

 美しかった彼女の過去と今のギャップには涙以外の何も無い。

 そりゃあもう、全力で泣いたね!



 僕に必要だったのはジャガイモ知識チートではない。美容・体重管理チートだったのだ。エクササイズとか、そういった知識チートをするべきだったのだ。


 美しかった妻は、もういない。

 いるのは太っているトドの様な妻だけだ。



「痩せてた頃のセレステ……若く美しかった僕の妻…………」

「いい加減にしな、アンタ!!」

「へもぐろ!?」

「いつまでも過去にすがってんじゃないわよ!!」

「ちょばむっ!」

「今日も忙しいんだからさっさと身支度を整える!!」

阿部死(あべ〇)!」



 みんな、知識チートは良く考えて!

 僕のような間違いを犯しちゃだめだぞ!!


「さっさと動け!!」

「ガガーリーーン!!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] はじめまして、ロータスです。 じゃがいも、料理の仕方で身体悪くしちゃうんです……ポテトフライとか美味しいんですよね…… 転生者は現代日本人なのに、多分和食の料理ができなかったのかもしれな…
2018/05/29 21:55 退会済み
管理
[良い点] 投稿乙い [一言] ほぼほぼ≒死亡ですね 現代的価値観有りの転生者だと
[一言]  この悩みって主人公だけでなく他の男性貴族共通してもってそうですね。で、後世でこの時代は女性は太ましいことが美人の条件だったとか言われてそうですw  後は飽食かつ肥満が多いと出生率にいろいろ…
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