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シン・プロセス  作者: 古時計屋
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7.エピローグ

7.エピローグ


 ―――――では、罪の話をしよう。


 大陸南部にある辺境の地。『魔女領域』から少し外れた所にあるその場所には1つの塔がたっている。高さは30m程の縦に長い円形の塔で塔の頂上になるほど螺旋状に先が細くなっている。塔の回りは荒れ地で少しの木々と草が生えていた。塔の回りに他に建築物はなく、人の気配はまるでない。仕方ない話ともいえる。未だ『魔女領域』への人々のトラウマは深く、また魔女が蘇り再び『魔女領域』が人にとって永遠に入れない場所になるという不安に狩られたものは多かった。そんな危険な場所の近くに住もうとする人間などいなかったのである。そんな場所にとある夜、一人の少女が訪れた。少女はなれた足取りで、塔の前に立つ。


「ただいま…。」


 そう少し寂しそうに言う少女。少女の髪は長く背まで届く程であり、顔の一部も隠していた。髪の下から覗く右側面には刺青があり、それは首まで伸びておそらく体まで続いている。特に何かの模様を模したものではない、ただの線が幾重にも引かれている。それは彼女を冒涜する為だけに付けられたもののようで、うすらと寒さを感じさせた。

 少女は掌を扉にあてた。そうすると彼女の入れ墨が踊るように動き始め、塔の扉へと浸食を始め、その色で塔の扉を埋め尽くしていく。そして、その全てが入れ墨の黒で覆われた後、扉が開いた。

 少女は一息を吐いて塔の中に入る。 塔の中は灯りがなく、窓もない。ただ、暗い光景が広がっている。


「ディケラウス。」


 そう声をかけると共に、塔の中の灯りが灯る。


「ありがとう。」


そういって彼女は、塔の中に入った。塔の中は簡素なもので、石造りの壁と階段、小さな寝台と本棚に少し大きめの机と台所が1つ。それ以外のものは特におかれていなかった。


「おかえりなさいませ。我が主よ。」


 そうどこからともなく塔の中に木霊する声。少女の周りには人影1つ存在していない。


「ただいま。留守の間は何もなかった?」

「いつも通りなものです。1度かの方が尋ねに来ていらっしゃいましたが主なき今、通す訳にはいかなかったので黙殺し、扉を開きませんでした。」 

「そう、ちょっと…残念かな…。」


 少女はローブの上に着ていた毛の上着を脱ぎ捨てて、椅子に座り、机を台にして寝るように身体を伸ばす。ローブから覗く肩には入れ墨、それと小さな弾痕があった。少女は頬を机に置きながら言った。


「グラドボロスに会ったよ。」

「あの土塊(つちくれ)にですか?また、あいつはあなた様の顔を見に来たというのか…まったく身の程をわきまえず、相も変わらず子供のような奴だ。」

「そう言わないの…わたしはあの子を捨てたようなものなんだから…毎回会う度に怒ってるんじゃないかって少し怖くなるよ。」

「それはありえませぬよ、我が主よ。あなたが我々を創った時から、我々はあなたに忠誠を誓う……それは絶対の事です。」

「そうね。」


 そう忠言を告げる声に、少し悲しそうに目を細めて言葉を返す少女。その後、天井を見上げた後、物思いにふけるように目をつむり、首を振ってまた目を開いた。


「少し、愚痴を聞いてもらっていいかな?」

「私に拒むという選択肢はありませぬ、それが主様にとって少しでも楽になる事ならば喜んで……。」

「そんな大仰な事じゃないってば……。」


 少女は苦笑する。そして、少女は語った。自分の旅の話を…。何を見て、何をして、何を思ったのか…。

 語り終えれば既に夜もふけ朝日が上る時間になっていた。


「それは、お疲れ様でした。」

「感想ってそれだけなの?」


 不満そうに言う少女。


「それ以上は何を言っても、主の機嫌を損ねる事にしかなりませんので……。」

「別に怒らないよ、言ってみてディケラウス。」


 少しの沈黙。その後、ディケラウスと呼ばれた今そこに声だけで存在している何かは口を開く。


「それでは恐れ多くも実直な感想を申し上げさせて頂きます。我が主、生命の支配者たる我が主よ。何故あなたはそうやってただ自分の傷を広げるだけの事をしているのか?それが私には理解できません。貴方様は確かに敗れました。このような辺境に封ぜられて、許しがなければ外にでる事も許されない呪いを甘んじて受け、今この地にいます。それは敗者である我らにとっては当然の処置とも言えるでしょうし、条件付きで外出が認められているのは異常とも言えるでしょう。しかし、ですが、あなたは別に『皇国』からの依頼を強制された訳ではない。耳を閉ざせばいいだけのはずだ、目を背ければいいだけの筈だ。わざわざ、自分の傷を抉る必要などないのではないか?本来ならば『皇国』も貴方様をここから出したいなどと思っていない筈だ。断られたら安堵の息を吐く筈だ。それを何故お受けになるのか?貴方様にとって辛い現実を突き付けられるだけではないか!」

「それって、暗にわたしのこと馬鹿って言ってるよね。」


 そう激怒する声に少し落ち込む少女。


「歯に布着せず言えば、そうとも言えます。主が望む世界があれば、私が作りましょう。理不尽を憎むというのならば、私がその理不尽となって憎まれましょう。再び戦いを望むのならば、私がその矛となりましょう。けれど、貴方様が得るものはなく傷つくだけの道を取る事は私には我慢ならない!」

「ディケラウスは優しいね。」

「そんなことを言って欲しいのではない!私はあなたが――」

「ねぇ、ディケラウス。貴方はわたしが傷つく為だけに外に出てると思っている?」

「そうだ、あなたは自分の罪を確認したいのだ。自分がした事が許せなくて、自分というな存在がいる事が自体が許せないから!もし、貴方様が罪の被害者達を自己満足に救って、それで許され安堵するような愚者であったならば、どれほどよかっただろうか!貴方様はそういう事をする度に許しよりも痛みを背負う筈だ。自分があんな事をしなければ、こんな人は生まれるなんて事はなかった。それをいつもあなたは『領域』の中で真正面から見せられて苦しんでいる。」

「自覚してるけど、人に言われると凄いめんどくさい人だよね。」


 苦笑する少女。


「だからこそです、我が主よ。もう『領域』に行くのはやめてください。誰もあなたに救いなど求めていません。あの地にいけば貴方様は苦しむだけです。」

「―――やだ。」

「主よ!」

「ディケラウス。貴方がわたしの事を心配してくれているのはわかった。正直、少し嬉しかった。でも、これはやめれないんだ。わたしはね―――」


 少女は手のひらを見る。平静を装う彼女の手は震えていた。


「許されない罪を犯しました、今更誰かを助けたところでそれが償いにならない罪を犯しました。今だってそう、こうやってね。頑張って平静保っているんだけど、すぐ怖くなる。思い出すたびに体が震えてね、すぐにいなくなってしまいたくなる。わたしはなんてことをしてしまったんだろうって……。『領域』に入るたびに心を抉られる思いをする。身体中から血が流れ出していくのを感じる。被害にあった誰かに逢うたびに心が擦り切れそうになる。本当にわたしはまだのうのうと生きていていいんだろうか?そう思う。」

「ならば――――」

「だからこそね、わたしは罪を重ねられないんだよ。」

「―――罪?」

「わたしはね、今も罪を重ねてる。わたしの起こした罪は連鎖的に新しい罪を引き起こして、たとえわたしがいなくなっても罪は増えていく。それだけの事をしてしまっている。けれどね、まだそれは起こっていないものもある……これから起こる罪はまだ防げるかもしれないんだ。罪を償う事は出来ない、けれど新しい罪を重ねない事は出来る。わたしはね、もう罪で一杯一杯なんだ。だからこれ以上罪を重ねられない。だから出来ることは出来るだけしたいんだよ。そうしないとわたしはもっとわたしのことを許せなくなる。これ以上嫌いになりたくないんだ……自分のこと……。」


 少女は震える手を抑えて、そう強い眼差しで言う。


「なるほど、なんというか……貴方様は本当に―――面倒くさい。」


 そう率直な感想を告げるディケラウスに少女は笑う。


「だよね、わたしもそう思う。」


 少女は背伸びして立ち上がる。

 髪をかきあげた後、寝台に寝転ぶ。


「じゃあ、お休みディケラウス。もうすっかり朝だけど、次の夜にまた話しましょう。」

「お休みなさい。せめて、夢ぐらいは幸せなものを見れますように……私は願っております。」


 少女には罪があった、少女には理不尽があった、少女には不幸があった。それによって彼女の人生は終わりを告げ、残るのは草木すら生えぬ荒野の道。彼女には絶望的な世界しか残されておらず、全ての生が既にそれに囚われてしまっている。

 けれど――


「失礼な、これでも幸せなんだよ、わたし。」


 少女はそう笑っていう。辛い事はたくさんあったけども、それだけで全てが埋め尽くされたわけではない。良い事だって少しはあった。それだけで幸せだったと少女は笑う。少女の罪が許されることはない。それでも、彼女は生きていく。

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