6.そして、彼女は目を覚ます
ニーナ・リアスは静寂の中で目を覚ました。後頭部に感じるのは優しい人肌の暖かさと感触。それに心地良さを感じながら、静かに目を開く。最初に目に映ったのは焼けた天井でもなければ、見知った空でも、過去の光景でもなく、覗き混むように見ていたミアの顔だった。ミアはニーナを見てほっと胸をなで下ろすようにして、安堵の息を吐く。
「もう、酷いじゃないですか…いきなり火を付けて自殺を図ろうとするなんて、少し気付くのが遅れていたら死んでましたよ。」
そう怒るようにいうミア。そもそも死のうとしていなのだから、怒るにしてもその怒り方はおかしいと思いながらニーナは体を起そうとしたが、むせるように咳が出た。
「まだダメです、治療用の魔法を使って大事は取りましたが、体が受けた怪我の総てを消せる訳じゃないんですから、もう少しゆっくりしていてください。」
そう言って、ミアは起こしたニーナの体を優しく押して、再び寝かせた。
「ねえ、なんで私を助けたの?」
ニーナはそう尋ねる。意識を失う前に見た中に浮く水の塊。物理法則を無視して存在したあれが火を消したのだろう。そしてそれは恐らくはミアの魔法だ。指定した座標に超自然現象を起こす魔法、それは非常に高度な魔法ではあるが、別に驚く程の事じゃない。彼女は『魔女領域』の案内を任せられた人間なのだ。彼女が高位の魔法使いであったとしても不思議ではない。
ミアはニーナの問いに少し困ったように頭をかいて、
「んー、それはなんていうかですね。やっぱり死のうとしてる人はほっとけないといいますか……。」
そう言うミアの手には火傷の痕か皮膚が赤く腫れていた。ミアがニーナを助けるのに間に合った。それはつまり、ニーナが自殺する可能性があるとミアに想定されていたという事だ。でなければ、あの自殺の救助に間に合う筈が無い。
「あなたは私の事をどこまで知っているの?」
「大体です。あなたがどういう生まれで、どういう風にご両親を失ったのかを聞いて、わたしはここに来ました。わたしの役割はあなたが当初の申告通り魔女の研究をするのならばその補佐。自分の過去と向き合う為に故郷に来たのならば、見届ける事。そして、もしあなたが自殺を図ろうとするならば、それを止める事でした。」
そう静かに告げるミア。隠そうとしていた事が総てバレていた事を知り、ニーナは乾いた笑い声をあげた。
「全く余計な事をしてくれる、ああ、本当に余計だと思う。私はここで死ななきゃいけなかったのに…父を殺してしまった罪へのせめてもの償いとして…それぐらいしないと私は許されない。」
「死ぬ事は……償いにならないですよ。どんな事があっても……。」
「じゃあ、どうすればいいの!6年前のあの時、私が泣いたせいで父は家に帰った。それが原因で父は死んだ。私が殺したようなものだ。ならば死んだ父にどう償えばいいというの?」
「あなたの父親を殺したのは魔女です、あなたではありません。」
「違う!私が殺した!魔女?ああ、確かに直接的な死因はそれかもね……でも、あんなものはグラドボロスと一緒でどうしようもない理不尽で、どうしようもない災害でしかない。地震で人が死んだから地震が悪いなんてあなたは言うのか?違うでしょう!だったら、父は何故死んだの?私が泣いたから!私が人形をほしがったから、こんな!こんな!人形を!」
ニーナは涙を流しながら叫び、人形を床に投げ捨てる。それを見てミアは少し考えるようにした後、
「あなたはあなたが憎いんですね。魔女ではなく、あなた自身が……。」
「そうよ。私のせいで父は死んだ、父は私を憎んだだろう、恨んだだろう。私なんかの為にその命を落としたのだから……。だからこの6年間ずっと父にどうやって罪を償えばいいのか考えてた。結果?わからなかった!死んだ人間にどう謝ればいいのかなんて、わからなかった!だからせめて私が父の元に行くことで、父への償いとしようとしたの。」
激情の吐露、未遂に終わった自殺はニーナの心の奥底にあった本心をさらけ出させる。それを受けてミアはその姿を見て少し哀れむようにした後、
「ニーナさん。あなたの心の傷がどれほど深く、どれほど重いのかわかりません。ただ、わたしはあなたは1つ思い違いをしていると思います。」
「思い違い?」
ミアは頷く。
「何故、あなたのお父様があなたを恨んでいるという事になるのですか?わたしは調査機関からあなたのお父様がどのようにしてなくなられたかも書類としては知っています。確かに、お父様は魔女の手によって命を落としました。けれどそれのどこであなたが父に憎まれ恨まれているという事になるんですか?」
「だって、それしか―」
「違います。それはあなたが自分の罪に苛まれる余り作り出した虚像です。父親を殺してしまった罪悪感から憎まれているという思い込みで発生した、単なる妄想です。」
「じゃあ、父は何を思って死んだって言うの!私が、私のせいで死んだっていうのに…。」
「何も思ってませんよ。あなたを大切だという思いはあったんでしょう、しかし魔女に考える間もなく殺されてしまった。確かにこれは不運という他ないですが魔女は一瞬で命を奪うそうなので間違いないでしょう。」
「そうかもしれない、でもそうでは無かったかもしれない!私を恨んだかもしれない!」
「では、ニーナさんのお父様に死の間際の意識があったとします。とするならば、こう思った可能性だってあると思うんです。娘がこの自体に巻き込まれないように…とあなたの生存を願った。こんな事だってあると思うんです。」
「そんなのただの希望的な観測じゃない!」
「ですが、あなたのも悲観的な観測にすぎないんですよ。」
その言葉にニーナは顔を引きつらせた。その後、力なく膝をついて声を震わせて言う。
「じゃあ、どうすればいい?私はこれからもきっと罪の意識に苛まれる。これは変わる事はない、そんな私がいったいどうすれば!」
「あなたのお父様が何を思われて死んだのかはわかりません。もしかしたらあなたが思い描くように恨み言を思ったのかもしれません。けれど1つだけ確かな事があると思うんです。」
「それは?」
ミアは地面に落ちた人形を持ってニーナに見せる。人形はすそが少し焦げていた。
「あなたが愛されていたという事です。そしてあなたのお父様はあなたの為にこれを取りに戻ったという事です。大切じゃない人の為にそんな事はしないと思いません?そんな人が、あなたを恨んで、あなたの命で償いを…なんて願うわけないじゃないですか…。だから、生きてください。あなたがお父様を死においやった事が罪だと思うのならばみっともなくても生きて足掻いてください、思う存分生きている事を謳歌してください。それがきっと、あなたに出来る唯一の償いだとわたしは思います。」
ミアは少し顔を俯かせて、手を差しのべる。ニーナは少し迷った後、その手を掴んだ。