表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シン・プロセス  作者: 古時計屋
1/7

1.最初の目覚め

 暗闇の中、わたしは誰かに後ろから足首を捕まれている。何度その手から逃れようと暴れても、その氷のように冷たい手は雁字搦めに固めれた縄のようにわたしを決して離そうとはしない。それでいて足首を掴むものは決してその口を開こうとせず、その視線だけをわたしに向ける。何かを訴えかけるようにして、何かを呪うようにして…。わかっている。わたしを掴んでいるのが誰で、何を訴えようとしているのか。けれどわたしはその人に何もすることは出来ない。語る事も出来ないし、謝罪する事も出来ない。



―――これは罪の物語。


――――――――――――――――――――――――――――――

ここではないどこか遠い世界。

そこは魔法という概念が蔓延する第三世界『失われた理想郷(ロストユートピア)

LU歴3011年アスノ大陸西部旧帝国領土通称『魔女領域テリトリー』。

――――――――――――――――――――――――――――――



 ニーナ・リアスは体を揺すられるのを感じて静かに覚醒した。薄く開いた瞳には光はまだ痛く、目に腕を当てて瞳をふさぐ。


「あ、やっと起きた。大丈夫です?うなされていましたよ?」


 呼びかける女性の声。まだ変声期を迎えてまもない少女の声は微睡みの中にいるニーナの意識を揺さぶり現実へと戻す。


「ごめんなさい。ミア。そんなに酷かった?」


 ニーナは腕をどけて目を開く。最初に目に映るのは低い鋼作りの天井。そこに灯のともったランプが1つ吊されている。部屋の間取りは狭く、寝台が2つ並んで置いてありその間には細い通路があった。寝台の足下には小さな棚がありそこに荷物が置かれている。窓は寝台の両隣に2つあり、日差しが西側の窓から差し込んでいる。狭い部屋、一言でいえばそこはそういったものだった。とはいえ今いる場所を考え、今乗っているものを考えればこれでも豪華なものである。寝台付きの大型魔導車。4年前まで行われていた魔女戦争において魔女に対抗するために大きく発達した魔導機学の産物である。この鋼の箱は魔力を動力に変換して、生物にたよることなく目的地への移動を可能とする。普通ニーナ達のようなものが持つものではないが、今回は彼女の出資者である三国連盟から目的地へ向かう為に支給されたものであった。

 ニーナは寝台から身体を起こし、向かいにいる少女を見る。つやのある黒い髪は背までまで伸びていて髪は右側面を覆っていて、そこから覗かせる宝石を思わせる黒い瞳に色白の肌、背丈はおおよそ150センチ後半といった所だろうか、人形のような完成された美しさと年齢相応の愛嬌が同居した容姿だった。このような死地にいるのが不釣り合いにも思える。


(いや、そうでもないか…。)


 ニーナは髪に隠された顔の右側面が時折その姿を現されるのを見て思う。彼女の髪に隠された顔の右半分、そこには入れ墨があった。何かの模様というわけではない、ただ、いくつも引かれた数々の線。何かを模しているわけでもなく、それはただ彼女を冒涜する事だけを意識して描かれているとすら思わされるもので、その側面を覗くと急に彼女に抱いていた美しさや愛嬌といったものは寒々とした戦慄へと姿を変える。共に行動するようになって、はや1週間もたつというのに、ニーナはその入れ墨を見ると心穏やかではいられなかった。アートだとしたら趣味が悪いというレベルのものではない。考えられる可能性としてはなんらかの魔法的要因を持った呪印の可能性が高いが、このような少女が受ける呪いとは一体なんなのか、貴学院の一席に名を連ねるニーナにも皆目見当が付かなかった。


「そうですね、何度か何かを言おうとして口を開くんですが、それをぐっと我慢する感じで、そのたびに体を震わせていて…最初なにか喉につまってるのかと思ったんですけど、違うみたいだし、悪い夢でも見ているのかなと思って起しちゃいました。」


 ミアはそう手を合わせて少し申し訳なさそうにいう。


「ああ、気に病まないで。どうも昔からうなされるように寝るみたいで。私にとってはこれが日常なの。最初は慣れないと思うけども、これから長いつきあいになるわけだし、同じ事があったら『ああ、またか…』とでも思って欲しいかな。」


 ニーナのしゃべり方は学徒特有の硬さを感じさせるものではあったが、その節々に気気遣いの色が見えて、誠実さを感じさせた。


「正直、うなされてる人を見過ごすのも中々気分が悪いと思うのですが…。」

「ま、ね、でもたぶんこれからそういう事に何度もなる。案内役のあなたとはこれからあと2週間ほど一緒に過ごすのだから慣れて欲しいんだ。だってそうしないとあなた寝れないでしょ?」


 ミアの目には軽く隈が出来ている。ニーナがうなされる度に目を覚ましたのだろうか?


「少しぐらいなら大丈夫です、これでもわたしは5日間寝ずに過ごした事だってあるんですから…。」

 えっへんと胸を張るミアにニーナは冷ややかな視線を送って、

「必要ないときにそんな事する必要ないでしょ…。」


 ニーナは懐から懐中時計を取り出す。時間は正午を少しすぎた辺りだった。その事実を知って、ニーナははっとする。


「ねぇ、ミア。私たちもしかしてもう境界線を越えたの?」

「はい、1時間ほど前かな、境界線を越えて既にここは『テリトリー魔女領域』です。本当は越える前にニーナさんを起そうとしたんですが、中々起きてもらえなくて…。」

「そうか、何かヘンな気分ね。」


 ニーナは窓をあけて外を見る。そこに広がるのは地平線まで続く枯れた土。木々も草木も生い茂らず死んだ土地だけがそこにある。その光景はニーナに『魔女領域』に自分が入ったのだという事を実感させた。肩が少し震える。たった一人の人間がこの光景を作り上げたのだ。そして、2年前まではこの『魔女領域』と呼ばれる領域は入るだけで命を奪われる呪われた土地だった。領域を侵しただけで魔女に命を吸われる。今ニーナ達が『魔女領域』で生きている事が出来るのは、かの機甲皇の手によってその発生源である魔女は討滅され、この地に魔女の力が及ばなくなったからである。


「やはり、気分あまりよくないですよね。こんな死んだ場所をみるというのは…。」


 ミアはそう外をじっと眺めるニーナに言う。ニーナは首を振って、


「いや、むしろ何もなさ過ぎて逆に綺麗なものだなと思ったな。綺麗すぎて確かにここは死んだ土地なんだというのを理解できた。『生を工作だとするのならば、死は完成品なのだ』といったのは誰だったか…そんな言葉を思い出した。」


ミアはそう感想を告げるニーナに意外そうな顔をして、


「綺麗ですか?」

「うん、綺麗すぎる。ほら何か生きてるものがいる場所ってなんらかの形で汚れているもの。人間が出した有害物質でもいいし、火でもいいし、そこらに転がっている糞でもいい。何かしら汚れてる。だけど、この場所にはそういったものが何もない、そんな風に感じたかな…魔女はこんな世界を作りたかったのかもね?」


 ニーナはまた遠くを眺めるようにして窓の外をのぞき込む。


「そういう見方もあるんですね。」

「うん、魔女は確かに希代の殺人者よね。殺戮者といってもいいかな。なにせ彼女は一人で国1つの人間を丸呑みにして殺したんだから…けどね、そのイメージばかりが強すぎて、私たちはそれでしか物事を考えられなっている。固定観念という奴よ。そこで思考をとめていると思う。だけど私は何故、魔女が国1つを滅ぼし、こんな死んだ世界を作り上げたのかというのに興味があるの。」

「それで『イノリス』へ?」


そう尋ねるミアにニーナは少し困った顔をした後、苦笑して


「まあ、そういうこと。」


 と返した。嘘を言ったわけではないとニーナは思う。確かにここにくる為に書いた論文に魔女の真実を追求する為の研究の一環で来ている事になっている。そのために面倒な手続きを行って皇国の様々な学位からの推薦状をもらい許可を得たのだ。だから、ニーナの目的は魔女の本当の姿を知る為の調査であるというのが第一だ。けれどニーナの目的はそれだけではない。だが、それをミアには言うわけにはいかなかった。もう1つの目的を知られる事はまだ少し危険だと感じたのだ。見た目、その異形の入れ墨以外は気立てのいい少女である。紹介され、同行してくれてから様々な気遣いをしてもらい人柄の良さも感じている。

 しかし、彼女はこの『魔女領域』の案内人するという名目の元、連盟からニーナを監視する為に随伴した人間でもある。この場所の案内を任される程の者だ。ただ者ではないのだろう。ニーナには、そのような人間に胸の内をさらけ出すのはいささか危険に思えた。


「ここから村まで3日ぐらいです。ここは死地ですので外を眺めても気持ちが重くなるだけだろうと思うので、ゆっくり休んでおいてください。『魔女領域』に入られた方は過去のトラウマを刺激されて気分を害される方が多いですから。」


 そう、心配の声をかけるミアにニーナは申し訳なさそうに言った。


「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな。ありがとう。」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ