それでもやっぱり僕の方が怖い
「はぁ、はぁはぁはぁ……」
逃げなきゃ。早く逃げなきゃ。早く……早く!
奴が来る。僕を食べに。
奴は喰う者。僕は喰われる者。
「クソ……市井の奴、あんなバケモノを僕に差し向けるなんて……親友だと思っていたのに」
とにかく逃げなきゃ。逃げないと食われ……。
ダン!
背中を思いっきり突き飛ばされたような、そんな感覚が僕に襲いかかり、僕は地面に顔をつける形で倒れた。
顔が痛いがそれよりも後ろにいるものに対する恐怖のほうが強くて痛みに対しての気遣いが出来ない。
「う……ぁ、あ……」
情けない音を口から出しながら恐る恐る後ろを……振り返った……。
「ウウウゥゥ……バァウ!」
「う、うわあああぁぁぁ!」
僕の背中に……チワワが乗っていた。
「ぶ、ぶぁはははははは! 何こいつ。ヴェルナント如きにそんな情けない声出して、くふふぁは……ホントにお前面白いな。サイコーだよ。例えるなら、ギネスの豆腐大食い新記録に挑戦しようとした(以下略)で、食べられなくなった少年並みに面白いよ」
この小説で初めて発した言葉が、僕とギネスの少年の悪口だった。
「チッ。少しその口を閉じろ。閉じられないなら、僕が手伝ってあげようか?」
「いや、いい」
ふぅ。まぁ僕が今居るのは、クラスメイトの市井の家。なんでここにいるかという説明を一応一般的な小説では物語の主人公、もしくは語り部(つまり僕です)がしなければならない。
簡単に言ってみたがこれが難しい。この作業を容易にこなすにはあと三年は主人公をしなければならないだろう。
でだ、このような場合は、読者にわかりやすく尚且つ簡潔に説明するか、この場面に至った経緯を回想で読者にわかってもらうかのどちらか二つが主な方法だろう。
だが生憎主人公一年目の僕には簡潔にまとめるだけの説明能力が無いに等しいので、今回は初心者でも簡単に出来る回想場面にしてみたいと思う。
では、回想スタート!
※※※
「なぁ、今日俺の家に来いよ。可愛いもの見せてやる」
家に帰ってバケツプリンでも作ろうかなと思い鞄を持って教室を出ようと思ったら、市井に肩を掴まれた。
「はぁ? 可愛いもの? いいよ。だってお前と可愛いものは一味と七味の如く相いれないものだろ? だからお前の家に可愛いものなんてない!」
「なんで断言してんだよ。悲しくなるだろ……。いや、大丈夫、可愛い。ね、ね? 来て。いや、来てください!」
……こいつ必至だな。
「いや、お前の家に行く可能性は零パーセントだ」
「でも俺はその零パーセントにかけたい!」
「零に何かけても零で意味ねーだろうが!」
チッ。こいつ馬鹿か? いや馬鹿だ。
「はぁ……いいよ。どうせ家に帰っても姉さんに殴られるだけだし」
「何ちゃっかりドメスティック・バイオレンス、略してDVされてること暴露してんだよ」
「いや、DVじゃないから安心しろ」
「いや、心配するって。とりあえず何で殴られるか教えろ」
「ああ、たいした理由なんてないぞ? ただ姉さんのフランス産フォワグラのコンフィとフランス産バルバリー種の鴨胸肉のスモーク、ドボシュ・トルテをちょっと食っただけだ」
「え、なにその高そうなお料理!」
※※※
そんなこんなで市井宅のリビングに居ます。
「しかしホントにお前は犬が嫌いなんだな。前から聞いてたから試してみたけど、まさかヴェルナントであんなことになるとは。チワワだぜ? 小型犬であんなに驚いて逃げる奴なんて初めて見たぜ」
「黙れ! あんな凶暴で凶暴な強暴犬を僕に見せるなんて、サイテーサイアクヒレツだぞ」
「いや、ちょっとしたおちゃめだろ☆」
「『☆』じゃねーよ! 何? お前、気持ち悪いよ! 女の子が使うなら僕も笑って許すが、お前みたいな男が使うと、吐き気と破棄気がするんだよ!」
「ははは。まあ許せよ。ほら、ちょっと待ってろ。おーい、ヴェルナント、ヴェルナントー」
「わうわう」
ヴェルナントが元気良くリビングに駆け込んで来た。
「うううぅぅわああぁぁぁぁぁ!」
マッハ二でリビングの端へ逃げた。
「ぎゃははははは。お前ホントに面白いよ。サイコーだ。最も高いランクの面白さだよ」
「と、とりあえずそのヴェルナントをリビングから出してくれ……」
「しょうがねーな。ほら、ヴェルナント。向こうで遊んで来い」
「わうわうわう」
ヴェルナントは小走りでリビングを出て行った。
「はぁ、はぁ」
「そいや、なんでそんなに犬が嫌いなんだ? 怖がり方が異常じゃないぞ?」
確かに僕としてはこれが普通だし、家族だって僕のこの尋常じゃない反応には慣れているだろうけど、初めて見る人からすればこれは流石に気持ちが悪いだろう。
「えっとな」
「ああ」
「僕、小学校の時に富士の樹海に行ったんだよ」
「真面目に語れ!」
ポカ。
頭を叩かれた。
「これは本気と書いてマジだ!」
「マジなのかよ」
「まあ聞け。とにかく樹海に行ったんだが、そこで犬が居たんだ、三匹」
「ほぉ。で、噛まれてしまったというわけだな」
市井が納得したように頷いた。
「いや、勝手に結論を出すな。そうじゃなくてな……えっとな」
「なんだよ、さっさと言え。またヴェルナント呼ぶぞ」
「わ、わかったよ。えーと、だな。その三匹がな、服を引っ張って、なんか道案内みたいなことにしてくれたんだよね」
「ほうほう」
「その案内された所に……首吊ったおっさん達がいたんだよね」
「……へぇ」
「それから気絶して、気が付いたら救急車の中にいた。んで病院で入院して、その間に警察にいろいろ聞かれて、数日後に退院した」
「で、結局なんで犬が嫌いになったんだ?」
「察しが良くないな。鶏の頭以下だ。三歩も歩かずに忘れるのか。まあいい。だって犬が死体に案内したんだぜ? 気持ち悪いだろ? そのイメージが着いちゃって、その頃から犬を見るとまた死体の所に案内されんじゃないかなとか、頭から食われて○○○されて、○○して、○○○去れんじゃないかな、なんて思っちゃいましてねー」
「そ、そうか」
若干顔を引きつらせながら、普通の答えで返してきた。
「ん? なんだよその至極一般的な返事は。お前にしては面白くない」
「い、いや。その○○の部分がここでは出せないもので、読者に悪い影響を与えるものばかりをたかが犬に対してぶつけるお前が本気と書いてマジで怖いよ……」
「む、たかが犬とはなんだ? 犬だぞ? これ以上怖いものは無いだろ?」
「他にもあるだろ? 考えてみろ」
ふむ……。
「あ!」
ぽん。考えが出た。
「おぉ。出たか?」
「僕のこの美しさ、かな?」
「……ああ」
そだね、と言って、市井はヴェルナントを大声で呼んだ。