中学生までは運動神経が良ければある程度はモテる
「そーくん、さくらのいろとって」
「ほいほい」
さて、幸せになるとは言ったもの、具体的には何をすればいいのか。
幸せ、と言って最初に浮かんでくるのは、やはり結婚だろうな。
一応、なし崩し的にだが莉愛とは結婚の約束をしているものの、彼女はまだ四歳児。保育園に入ったばっかの、夢見がちで、恋に恋する麗らかな乙女だ。
確かに、莉愛の成長した姿は可愛いし、性格も元気っ娘って感じで正直タイプである。だが、今は俺に好意的な感情を抱いていてくれてるかもしれないが、所詮は子供の口約束。そんなものが有効になるのは二次元だけ、というのはしっかりと理解している。
ラノベ的には子供の頃にフラグを建てれば何とかなるが、残念ながらここは現実世界だ。
「つぎはねー、ラベンダー」
「ん、紫ねー」
ああ、ちなみに俺は三剣莉愛という存在は、今世で出会う前から知っていた。もちろん、前世で会ったことがあるからだ。
と言っても、この保育園時代に同じ組だったっていうだけ。小学生になると、彼女は私立の小学校に入学してしまう。
一般的な中流家庭で育った俺には、私立になんて通う金はなく、そもそも行く気もなかったから普通に地元の小学校に進学した。
一緒だった頃何度か会話したことがあったから、街でたまにすれ違ったりするとなんとなく思い出していたが、その間には会話はない。
無論、無視されていたというわけではなく、ただただ覚えていなかったのだろう。多分、きっと。
「あとねー、ばらのいろー」
「薔薇………赤、かな?」
あと、私立になんて行っているからわかる通り、彼女は結構いいとこのお嬢様だ。なんでも三剣家っていうのは、古くからこの天海市を治めてきた二家の一つらしい。
まあそんな感じの、俺にとっては天上人だったわけだから、俺も今世で再会するまではほとんど忘れていたのだが、まさか彼女と家族ぐるみの付き合いになるとは。八金家、様々である。
ああ、そうそう。二家のうちのもう片方は、実は俺が生を受けた八金家だったりする。自分で言うのもなんだが、見た感じ顔の造形も悪くないし、今世の俺は初期ステータスが高いようだ。
「んー、ここはポピーのいろかなー」
「………ごめん、多過ぎてわかんないよ」
さて話は戻るが、現状できることと言えば交友関係を広げていくことと、莉愛の好感度を上げておくことくらいだろうか。
今のところ、小学校は前世の俺………めんどくせぇからこれからは佑真にしよう。佑真と同じく地元の天海中央小学校に上がるつもりでいる。
莉愛と同じところに行けないわけではないが、それだと佑真に関り難くなるからな。
佑真に私立を受けさせるっていう手もあるにはあるが、親父の収入的にやはり現実的ではないだろう。
話は変わるが、俺は前世の親父とお袋に会うつもりはない。
今の俺にとっての両親は、父さんと母さんだ。俺は二人に実の息子として育てられているし、実際、俺も二人は八金宗司である俺にとっての両親だと思っている。
それなのに親父たちと会うのは、なんとなく二人へ対しての裏切りのように感じられてしまうのだ。
それに………会ったら多分………歯止めが利かなくなる、な。
俺の最後の二人の記憶は、今世の分も合わせればもう十年も前のことだ。
俺が中学一年生になったばかりの頃、二人は事故にあったのだ。
これが大きな原因となり、俺は中学時代の大半を自室で過ごすことになる。
………だから、あの二人は絶対に死なせない。これは佐藤佑真が幸せになることにおいての、必須事項のようなものだから。
「うみ、かけたー!」
「わーパチパチ」
………まあ、これもまだ先のこと。それに、八金宗司というイレギュラーが発生したおかげで、そんな未来はもうなくなっているかもしれないしな。ほら、あれだ。バタフライエフェクトっていうやつだ。
石ころを蹴れば、十年後、百年後の未来は大きく変わる。多分、俺の知らないところでも既に色々と変化しているところはあるんだろう。
だから、あんまり前世に囚われ過ぎるのもいけないと思う。
今の俺は、八金宗司。佐藤佑真とは別人なのだから。
ふう、幸せになる方法を考えていたのに、いつの間にか話が脱線していたな。
まあ、自分の立ち位置も再確認できたことだし、結構、有意義だったから良しとしよう。
ちなみに、莉愛作『うみ』は、想像通り筆舌し難いものになっていることを記しておこう。
………世界の終わりってのは、あんな感じなのかなあ。
* * *
「宗司くん、莉愛ちゃん。お迎えが来たわよー」
保育園の先生からそんな声がかかったのは、画伯のちょうど六枚目が完成した時だった。
俺たちはすぐに後片付けをし、先生と一緒に門に向かった。
ちなみに、描き上げられた絵は最初の『うみ』だけを莉愛が持ち帰り、残りは保育園に贈呈された。明日辺りには教室の後ろの展示版に、五枚の迷画が加えられていることだろう。
門に着くと、そこで待っていたのは黒いスーツを着た女性だった。
女性は俺たちが来たことに気が付くと、一度姿勢を正してから綺麗なお辞儀をした。
「お迎えに上がりました。お嬢様、宗司様」
女性にしては少しハスキーな声のこの人は、黒辻リリスさん。莉愛の実家の三剣家のSPであり、今は莉愛専属の教育係兼お世話係。
日本人とイギリス人のハーフで、無表情だがキリッとした顔とスタイル抜群な高身長、そして腰くらいまであるス―パーロングのブロンドヘアが特徴。
その美貌は、男はもちろんのこと、同性でさえも見惚れさせるほどだ。
「リリスさん、いつもありがとうございます」
「ありがとー、リリス―」
俺がそう言うと、莉愛もつられたようにお礼を言った。
だが、言われたリリスさんは表情を崩さずに、「いえ、仕事ですので」と言うだけだった。
うーん、結構長い間この人と接してるけど、リリスさんが笑っているところを一度も見たことがないのは、俺の気のせいというわけではないだろう。
莉愛に聞いてみても同じことを言うのだから、リリスさんの無表情は筋金入りだな。
その後、俺たちは先生にさよならの挨拶をし、リリスさんが運転する真黒な外車に乗り込む。
最初の頃は恥ずかしかったこの外車での送迎も、一年近くこれだから正直もう慣れた。俺も、だんだんとお金持ちの生活に慣れてきてしまっているのかもしれない。
「そーくん、きょうはいっしょにドウジョウいこ?」
車の揺れが心地よく思わずウトウトしているところに、莉愛がそんなことを言ってきた。
俺と莉愛が一緒に帰っているのは、両家の両親が共に忙しく、俺たちに構っていられるような時間はなかなか取れないため、そのせいで俺たちに寂しい思いをさせないようにという配慮からだった。
で、最初の方はお互いの家を交互に行き来していたのだが、一度、三剣家に併設されている道場に莉愛が稽古をしに行くと言うから興味本位で顔を出してみたら、体験がてら色んな武道をやらされて、それからはなんとなく保育園の後はそこに通うようになっていた。
俺も丁度、今のうちから身体能力を向上させておきたいと考えていたから、渡りに船だったわけだ。
やはり運動神経が高いってのは、それだけで武器になると思うんだよな。ほら、よくいたろ。顔はそんなでもないのにサッカー部ってだけでチヤホヤされるヤツ。
俺?俺はもちろん、中高通して帰宅部のエースだったよ。
ただ、莉愛が俺を自ら道場に誘うのは珍しいな。
最初こそ俺が着いて行ったものの、莉愛自身は渋々といった感じで稽古を受けてるように思えた。俺が道場に通うようになってからも、稽古を受けるため、と言うよりは、俺と一緒にいたいがために道場に行っている感じだった。
まあ、俺も道場に行くつもりだっし、せっかく莉愛がやる気になったんだからわざわざ断る必要はないな。
「うん、もちろん―――」
「お待ちください、お嬢様」
―――行くよ、と言う俺の言葉をさえぎって、運転席から待ったの声がかかった。
声の主は、もちろんリリスさんだ。
「お嬢様、本日は家庭教師の方がお見えになると言っておいたはずですが」
「家庭教師?」
隣を向くと、莉愛がぶっすーと頬を膨らませてそっぽを向いていた。
ああ、なるほど。
さっきも言った通り、莉愛は私立の小学校に入学することになる。つまり、そこに入学するには受験に合格する必要があり、そのための家庭教師なのだろう。
ただまあ、見てわかる通り、このわんぱくお嬢様は勉強がお嫌いなようだ。それも、いつもは嫌がっている稽古に、自ら行こうとするくらいには。
「ヤダ!わたしはそーくんといっしょにいるもん!そーくんといっしょじゃなきゃいやだ!」
「あまり我儘を仰らないでください。宗司様もお困りになられてしまいますよ」
「なんないもん!そーくんはやさしいもん!」
そう言うと、莉愛は俺にギュッと抱き着いてきて、うるうるとした目で俺を見上げた。
うぐっ、この上目遣いは反則だろ。
何とかして助けてやりたいと思ってしまうが、でも、俺が下手に莉愛と関わったせいで莉愛の未来を台無しにしてしまったとなると、それはそれで非常に申し訳なくなってしまう。
うーん、そうだな。まあ仕方ない、今日の稽古は諦めるか。
「あのー、リリスさん」
「宗司様、いかがなさいましたか?」
リリスさんは、バックミラー越しに俺を見つめた。
その目には、何の感情も映っていないように見えるが、なんとなく、申し訳なさが浮かんでいるように見えた。
なんだかんだ言って、この人も優しいなあ、と思いながら苦笑して俺は言った。
「その授業、俺も一緒に受けちゃダメですかね?」
二話と三話のラストを書き変えました