第1部 * 6 *
丸く白い襟のついた水色の袖なしの園服、麦藁帽子に紺色リボンの通園帽……ちょっとお坊ちゃまっぽくて可愛らしく、貫太によく似合う。
園服も通園帽も、お下がり品。残りたった1ヵ月の夏服期間のために新しく買うのはもったいないだろう、と、幼稚園のほうで気を遣って用意してくれたのだ。他の用品は、全て前の保育園、さらに前の幼稚園で使っていた物。紙袋に詰め、持って行くばっかにしてある。
居間に置いてある大きな姿見の鏡の前で、右を向いたり左を向いたりして、今日から通うことになった市立幼稚園の園服姿の自分を眺めている貫太に、ショーコ、
「カンちゃん、似合うねー」
声を掛け、もう半年以上前に買ったものだがフィルムが少し残っていたインスタントカメラで、写真を撮る。
「つぎは きーちゃんと とってー」
貫太は、居間の隅でプレイジムの前に座り一心不乱に遊んでいる清次のもとへ行き、抱き上げた。
清次はまだプレイジムで遊びたいらしく、プレイジムに向けて手を伸ばして眉間に少しシワを寄せていたが、貫太が白目をむいて鼻の下を伸ばした面白い顔をすると、キキャッと声をたてて笑った。
ショーコは、タイミングを逃さずシャッターを押す。
良い写真が撮れたと満足しながら、ショーコは、カメラを本棚の一番上の段に置きつつ、ふと時計に目をやった。8時25分。幼稚園は8時40分受け入れ開始で、9時に始まる。幼稚園までは、貫太の足で15分ほど。
「カンちゃん、そろそろ行こうか」
ショーコの言葉に、貫太、
「うんっ! いくー! 」
待ってましたとばかり、嬉しそうに、元気よく返事した。
今日は、2学期初日。幼稚園が夏休みの間に諸々の手続きや準備を済ませ、今日から通うことになった。
ショーコは、用品を入れた紙袋を腕に提げて清次を乗せたベビーカーを押し、貫太は、園服や通園帽と同じくお下がり品の園指定のリュックを背負って、幼稚園へ向かって出発。
とても良い天気だ。9月の朝の爽やかな空気を吸い込みながら、自宅脇の道路とT字で交わる坂道を下り、現在は営業していない様子の看板の破けた小さな焼肉店のところを右。曲がった後は、ひたすら道なり。硬貨を入れると動くらしい子供向けのオレンジ色のゾウの乗物が店の前に置いてある薬屋の前、イチヂク畑の前、スーパーマーケット・エンドウの前を通り過ぎ、やがてぶつかる道路の横断歩道を渡って、ほぼ真っ直ぐに続く一方通行の道路を入り、すぐ右手側が、貫太が今日から通う幼稚園。
貫太は、面接の時と、用意してもらったお下がり品を受け取りに行く時の、計2回、行っただけで、幼稚園までの道を覚えたらしく、ショーコの先に立ってどんどん歩いて行った。この日を楽しみにしていたに違いない。
幼稚園に通わせることにした理由は、周囲からの不審を買わないためだけだ。しかしショーコは、嬉しそうな貫太を小走りで追いかけながら、悪いことばかりじゃないな、と思った。
*
幼稚園に着くと、門のすぐ内側に教諭が2人立ち、登園してくる親子に、おはようございます、と、声を掛けていた。園児を送って来た保護者は門の中には入らず、教諭に、お願いします、と挨拶し、自分から離れて門を入って園舎へと歩いて行く園児に手を振って、見送る。この幼稚園は、どうやら、保護者と園児は門のところで別れることになっているらしい。
ショーコは、園児たちだけが通り抜けて行く門を、貫太・清次と共に園児たちに交じって通り、鮮やかな色の遊具が周囲に点在する広めの園庭を抜け、昇降口で靴を脱いでから、清次をベビーカーから抱き上げ、お下がり品を受け取りに来た時に園長に言われていた通り、貫太を連れて職員室へ向かう。
ショーコが、
「失礼します」
職員室に1歩入った時、後ろで、
「ねえねえ、なにしてるのー? かんちゃんも いれてー」
貫太の声。
(? )
体ごと振り返るショーコ。
貫太は、職員室前に設けられた遊べるスペースで大きなブロックで遊んでいた、坊主頭の男の子と茶髪の男の子に声を掛けていた。
坊主頭と茶髪は遊ぶ手を休め、坊主頭が、
「おまえ、みたこと ないけど、うちの ようちえん? 」
返して貫太、
「うん。きょうからねー」
茶髪、
「なにぐみ? 」
貫太、
「そらぐみ だってー」
すると 茶髪、
「おれらも、そらぐみ だぜー」
続いて坊主頭、
「あそぶまえに、おかばん おいて、えんぷく ぬいで、おしたく しなくちゃ いけないんだぜ。 おへや わかんねーだろ? つれてってやるよ」
言ってから、廊下を右側へと歩きだす。
茶髪も、
「いこーぜ」
貫太に声をかけてから坊主頭の横を歩き出した。
「うん」
貫太は嬉しそうに返事し、ついて行こうとする。
ショーコは焦って、
「カンちゃん」
止めた。
すると、すぐ背後から、
「いいですよ」
声。
反射的に振り向いたショーコの目の前、いつの間にか、園長がニコニコ笑顔で立っていた。
園長は職員室の出入口から顔を出して、貫太に、
「行って、いいですよ」
丁度、少し先に歩いて行ってしまった坊主頭と茶髪が足を止めて貫太を振り返り、
「こいよー」
呼ぶ。
貫太は走って彼らに追いつき、何やら話しては笑いながら去って行った。
園長、ショーコに向けてニッコリ笑い、
「早速、お友達が出来たみたいで、よかったですね。さあ、私たちも行きましょう」
園長が職員室に来るよう言ったのは、特に話などがあったわけではなく、ショーコと貫太を、貫太が入る、そら組の保育室まで案内し、以前に面接等で幼稚園に来た時には2回とも不在だった貫太のクラス担任に紹介するつもりだったそうだ。
園長に案内されて、ショーコが2階のそら組の保育室の出入口前まで行くと、保育室内にいた30代前半と思われる女性教諭が気づき、出てきた。
園長、ショーコに、
「そら組担任の、池谷菊乃先生です」
それから担任に向けて、
「こちらが、今日からそら組に入る羽鳥貫太君の、お母さんです」
ショーコを紹介する。
ショーコと担任、お互いに、よろしくお願いします、と挨拶をかわす。
園長は、担任に、後はお願いします、と言い残し、ショーコに会釈して、来た方向へ戻って行った。
担任に案内されて、ショーコは保育室に入る。初日の今日は、ショーコも1日、幼稚園にいて、園での生活を見学することになっていた。
ショーコが保育室に入ると、貫太は、既に通園帽と園服を脱いだ姿。先程ブロックで遊んでいた坊主頭や茶髪と一緒に、新聞の折込広告を丸めて作った剣(? )を振り回し、壁際の棚の上に上って飛び下り、 走り回り、保育室内を飛びくりまわっていた。
(もう馴染んでる……)
前に通っていた保育園に通い始めた時もそうだったが、子供というのは本当に新しい環境に馴染むのが早いなあ、と、ショーコは感心。
担任が、パンパンッと手を打ち鳴らし、保育室内の園児たちを見回す。
「はい、もうすぐ始業式が始まりまーす。カラー帽を被って園庭に出て下さーい」