第1部 * 4 *
貫太は台所のテーブルの自分の席に座り、俯き加減で、チビチビと朝食のパンをかじりながら、溜息まじりに、独り言のように、
「…つまんないなあ……」
保育園を退園になった理由を考えると、貫太と清次の新しい預け先を探すことも出来ずに、仕事を休み続けて10日間。毎日毎日、必要最低限の物は揃う、程度の、自宅から貫太の足でも徒歩2分弱の近所の個人スーパーに買物に行くくらいで、家に閉じこもりがちに過ごしていた。
絵を描いたり工作したりするのが好き、テレビやゲームも好き、清次を構うのも大好き、な貫太も、11日目の今日、さすがに家の中でばかり遊ぶことに厭きた様子で、朝、起きた瞬間から、独り言のように、
「つまんないなあ……」
を連発している。
ショーコは、この10日間、貫太が話しかけてくる度、毎回、まともに相手をするようにしていたが、やはり、既に幼稚園や保育園という家以外の世界を経験したことのある貫太。ショーコでは、相手として不足なのだろう。
ショーコは、ちょっと考え、思いついた。自宅から、そう近くはないかも知れないが歩ける距離に、大きな公園があったはずだ、と。
今日は薄曇りで陽射しが弱く、過ごしやすい。
公園で遊ぶには丁度いい。
ショーコは、食器棚のガラスに挟んであった保育園のプリントを引っ張り出す。……貫太が2週間前に保育園の園外保育で、お弁当を持って出掛けた場所、「柏谷公園」。
プリントには、簡単な地図も載っていた。
今日は平日だが、午後3時くらいになれば、幼稚園に通っている貫太と同じ年頃の子供たちが、遊びにくるかもしれない。
早速ショーコ、
「カンちゃん、今日、お昼ゴハン食べて少ししたら、柏谷公園に行こうか。ほら、カンちやんが、このあいだ、保育園の皆と行った公園」
貫太は、パッと顔を上げ、
「うんっ! 」
嬉しそうに目を輝かせる。
ショーコの「公園に行こうか」の言葉の後、貫太は、それまでチビチビ食べていたパンを、いっきに食べ終え、いつもなら遊んでしまってなかなかしない着替えを、ショーコが着替えを出してやると、すぐにした。
そして、朝食を終えてから10分も経たないのに、
「おひる、まだ?」
と聞いてくる。
それからは、もう、3分おきくらいに、
「おひる、まだ? 」
*
貫太のうるささに負け、11時。考えていた時刻より、まだだいぶ早く、腹も空いていないが、ショーコは、昼食の味噌ラーメンを作り始めた。
ショーコが台所に立つと、貫太は水切りカゴの中から自分の箸を探し出し、それを手に、早々と、台所のテーブルの自分の席に座った。
ラーメンが出来上がり、貫太の前に置くと、
「いただきまーす」
貫太は、どんぶりに顔を突っ込みそうな勢いで食べ、
「ごちそーさまっ」
椅子から飛び下りるようにして下りながら、
「さ、こーえん いこーか」
言って、さっさとトイレを済ませ、帽子を被り、靴を履いて、
「じゃあ、そとで まってるねー」
言い残して、玄関を出て行った。
保育園に通っていた頃の朝も、こんなふうに自分からどんどん仕度してくれたら助かったのに……などと思いながら、ショーコは、
「あ、待って」
既に貫太が出て行ってしまった後のドアに向かって呼び掛ける。
物騒になった世の中。5歳児が1人で外にいて、悪い人にでも連れ去られたら大変だ。
食べていたラーメンを大急ぎで食べ終え、手早く、と言うより何が何だか分からないくらいデタラメに手当たり次第、自分と清次の仕度をし、玄関を出、清次をベビーカーに乗せ、鍵を閉めて、少々息を切らしながら、
「お待たせ」
階段の手摺にぶら下がって遊んでいる貫太に声を掛けた。
貫太は手摺を放し、上手に地面に着地。はりきってズンズン歩き出す。
ショーコ、貫太の背中に、
「カンちゃん、道、分かるの? 」
振り返った貫太は、得意げに鼻の穴をプクッと広げ、
「まかせろ」
先に立ってズンズン歩く貫太任せで歩いていたら、貫太は一度、保育園の前まで行き、そこから公園へと向かって、おそらく少し遠回りだったのだろうが、本当に無事に着いた。
柏谷公園は、ショーコが想像していたより、はるかに広い公園だった。
周りはグルリと常緑樹で囲われ、入口を入ると、そこは褐色と灰色、2色の石畳の広場で、その中央に、木の形の大きな時計。所々に木製のベンチ。右斜め前方には野球場があり、その手前の花壇には、色とりどりの花々が植わっていた。
石畳の広場を抜け、野球場の奥を通る道を少し行くと、左手に芝生の広場、その向こう、だいぶ距離がありそうだが、丘陵の斜面にいくつもの穴が並んで開いているのが見え、興味をそそられた。
右手前方にトイレが見えると、貫太は、ひとり駆け出し、歩いていた道と枝分かれした野球場とトイレの間の小道を入って行く。
清次のベビーカーを押しつつ急いで貫太を追いかけて行ったショーコの目の前に現れたのは、複合型遊具のある子供のための広場だった。
貫太は3つある滑り台のうち最も低い滑り台を逆から登って行き、高い位置にある太鼓橋を走り、途中にあるハンドルを通り過ぎざま回し、トンネル状になっている滑り台を滑って下りてきたかと思うと、すぐに、その裏の階段を上り、吊り橋を走って渡って、今度はのぼり棒を使って下りてくる。そしてまたすぐ、近くの高く急な滑り台を登っていった。……まるでサルのように、遊具の上を自在にとび回る。
こんな楽しそうな貫太を見るのは、かなり久し振りに思えた。
遊具の上からショーコに手を振る貫太に、ショーコは手を振り返してから空いているベンチに腰掛ける。
やはり、少し時間が早かったようだ。
公園内に入ってから子供広場まで来る間、散歩中らしいお年寄りの姿はチラホラ見かけたが、子供広場には、ショーコたちの他には、しゃがんで地面の土や小石を掴んだりして遊んでいる1歳半くらいの女の子2人と、そのすぐ後ろ、ショーコが座っているベンチの隣のベンチに座って話をしている、女の子たちの母親らしき女性が2人いるだけで、貫太の遊び相手になりそうな子供はいなかった。
ショーコは座ったまま腕を伸ばして、ベビーカーで眠っている清次を自分と向かい合わせ、下のカゴに常に入れっぱなしにしてあるバスタオルをかけてやってから、元の姿勢に座りなおした。
ふと、隣のベンチのうち1人と目が合う。
ショーコが会釈すると、女性は、
「こんにちは」
と笑顔で返してくれた。
しかし、それを見て、かどうかは分からないが、そのすぐ後、もう1人の女性が慌てた様子で挨拶してくれた女性の肩をつつき、何やら耳打ちした途端、挨拶してくれた女性は笑みを消し、何かを探るような表情で会釈してから、ショーコから視線を逸らした。
(……? )
挨拶してくれた女性の急な態度の変化を、ショーコが少し気にしたところへ、
「なに してるのー? 」
小さい子大好きな貫太が、2人の女の子に話しかけ、しゃがんで、女の子たちに視線を近づけた。
瞬間、女性2人は示し合わせたかのように同時に立ち上がり、
「そ、そろそろ、か、帰ろっかあ? 」
「う、うん。そうだね。お、お腹、空いたし」
とても急いだ様子で、それぞれ1人ずつ女の子を抱き上げ、芝生広場とは反対方向へ去って行った。
とり残された貫太は、彼女たちを見送ってから、トボトボとショーコのところへ来、
「いっしょに あそぼーと おもったのになあ……」
ショーコは貫太が可哀想になり、
「きっと、何か、ご用があったんだよ」
慰める。そして、
「そうだ、今度は、向こうにある、お山に穴ボコいっぱいあいてるとこに行ってみない? 」
先程チラッと見かけて興味を持ち、行ってみたいと思った丘陵へ誘った。
ショーコは、穴のあいた丘陵の前の平らな芝生のスペースに、ベビーカーをストッパーで固定した。
その近くに立てられたパネルの説明書きによれば、丘陵に開いた穴は「柏谷横穴群」といい、6世紀から8世紀にかけて作られた墓で、県内最大の横穴墓群。その一部は国指定を受けた史跡であるという。今、ショーコが眺めている、崩れないようにするためかセメントのようなもので固められ整備された穴の他にも、東西600メートル、南北250メートルにわたって、崖面に300から500ほど存在すると推定されているらしい。
貫太が、
「のぼろーっ! 」
セメントの斜面を駆け登って行く。
「気をつけてよー! 」
ショーコが貫太に声を掛けた直後、貫太は、
「あ」
バランスを崩して転がり落ちそうになった。
(……! )
ショーコは、心臓が痛くなるくらいドキッとしながら、咄嗟に月空力で支える。
貫太、体勢を立て直し、
「ふう、あぶない、あぶない」
暢気な調子の独り言。
と、
(……? )
ショーコは頭上に何か、感じるものがあり、何の気なく空を仰いだ。
(っ! )
気のせいではなかった。
(この町にもっ? )
そこには、日空人の2人連れ。
ショーコの真上に静止し、ショーコを見下ろしている。
ショーコは急いで清次を抱き上げ、
「カンちゃん」
丘陵の穴のひとつを覗いている貫太のところへ行くべく、貫太が楽々登って行ったように見えた斜面を、息を切らしながら登っていく。
今回、日空界は、首都圏を集中的に狙っているように見える。
前回の経験から、地表人は、日空人を初めから敵と見なしていた。
日本には、自衛のための軍隊が存在し、現在、様々な手を使い抵抗しており、また、早い段階から外国の協力も得ているなど、テレビや新聞の報道からショーコの知る限りでは、首都攻略は簡単ではないように思える。日空軍の規模は不明だが、狙いが首都にある以上、むやみに力を分散させるとは考えにくい。
この町は、当分大丈夫だと思っていたのに……。
もっとも、ショーコも日空人と同じく翼を持っているため分かるが、翼を持つ者にとって、首都・東京からこの町までは、そう遠くない。軍の作戦とは関係なく、日空人がうろつくことは考えられる。第一、今、真上の空にいる日空人が、軍人とは限らない。……ショーコは懸命に自分を落ち着かせようとした。
穴に夢中の貫太は、頭上の日空人にも斜面を登って来ているショーコにも、まったく気づかない。
ショーコは、やっとの思いで、貫太まであと2.3歩というところまで辿り着き、もう一度、
「カンちゃん」
貫太は振り返り、
「まま」
嬉しそうに、
「ままも のぼりたかったのー? 」
その時、
(……! )
ショーコと貫太の間、ショーコのほうを向いて、真上にいた日空人2人が、ゆっくりと静かに舞い降りた。
さらさらストレートの長髪と、スポーツ刈り顔中ソバカスの、どちらも、ショーコと同じ位の歳に見える日空人。
長髪は、手にしている何やら小さな紙のような物とショーコを見比べる。
ショーコのほうは、2人の日空人を見据え、この2人はどのくらいの強さなのだろう、強引に逃げれば、逃げ切れるだろうか、と、考えていた。
ややして、
「間違イナイ」
ショーコの頭の中に、直接、声が響いた。
(…間違いない? 何が……? )
2人は、ショーコには聞こえない会話を交わしているのだろう、見つめあっている。
中途半端に、「タークサン」という単語だけが聞き取れた。
(タークッ? )
2人は、タークの手の者なのだろうか。2人の口を介さない会話の中からタークの名を聞き取り、更に緊張を強めるショーコ。
しかし2人は、見つめあい、何を話し合ったのか、頷き合い、そのまま、ショーコたち母子に何もせず、飛び去った。
丘陵の向こうに消えた2人の行った後を見ながら、呆然としてしまいそうになったショーコは、慌てて首を横に振るって意識をハッキリさせる。
早く移動しなければ、タークがやって来るかも知れない。
ショーコが、
「カンちゃん」
お家に帰ろう、と言おうとして、貫太に目をやると、貫太は、目を大きく見開き、気持ち下方の一点を見つめ、小刻みに震えていた。
ショーコは貫太に歩み寄り、その顔を覗き込む。
「カンちゃん? 」
貫太は、一度、ビクッとし、顔を上げた。
途端、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。
「…ぱぱ……。ぱ、ぱ……」
掠れた貫太の声。
ショーコは清次を片腕で抱き、胸が締めつけられる思いで、空けた腕で貫太を抱き寄せた。
子供だって、分かるのだ。父親の、凄絶な死。
それが、目の前にたった今現れた日空人たちと同じ、白い翼を持つ者の手によるものだと……。
貫太は、ショーコの腹に頬を押し当て、震えながら、パパ、パパ、と、繰り返す。
ショーコは、そっと貫太の髪を撫でてから、貫太を片腕で抱き上げた。
とにかく、移動しなければ……。
貫太と清次、2人を抱いて、歩いて斜面を無事に下りる自信が無い。隅のほうに階段があるのが見えるが、きちんと整備されていない階段。やはり自信が無い。
ショーコは辺りを見渡し、人目が無いことを確認してから、翼を使って舞い下りた。
そして、すぐに翼を仕舞い、清次をベビーカーに乗せ、貫太を片腕で抱いたまま、反対の手でベビーカーを押し、上空を気にかけつつ、早歩きで公園を出る。
上空に注意を払いながら、ショーコは自宅へと歩く。
腕の中の貫太は、暫く、震えて、弱く、低く、泣いていたが、自宅に着く頃には、遊び疲れてか、泣き疲れてか、いつもと変わらない穏やかな表情で眠っていた。
玄関の鍵を開け、ドアを開き、外にいる時間を出来るだけ短くしたかったため、公園に向かって出発した直後から執拗なまでに眠り続ける清次を乗せたまま、狭い玄関と、玄関から台所へと続く同じ幅の廊下を抜け、広くなっている場所まで、ショーコはベビーカーを押して上がった。
そして、ベビーカーはその場に置いておいて、急いで玄関まで戻り、ドアを閉め、鍵も締める。
それから寝室で、片手が塞がっているため月空力を使い、布団を敷いた。
ショーコは貫太が1歳になった頃から、日常生活の中では、出来るだけ、月空力を使わないようにしていた。
家の中でなら、それほど人に見られる心配も無いのだが、ショーコがかつて持っていた、独特の雰囲気を無くすために……。
ショーコは、もともとは地表人が持たない特殊な力を持つ、地表界外の住人。しかも、王女だ。やはり、独特の雰囲気というものがある。1歳になった貫太を公園デビューさせようとしたが上手くいかず悩んでいたショーコに、慎吾が、「上手くいかない原因はショーコ独特の近寄り難い雰囲気にあるのでは、月空力を使わずに生活してみてはどうか」と、アドバイスした。当時も、不気味がられたり好奇の眼で見られたりすることを嫌い、家の外では月空力を使っていなかったが、家の中でも、一切、月空力を使わないことで、ショーコの持つ独特の雰囲気が無くなり、他の母たちの中に上手く溶け込めるようになるのでは、というのだ。
慎吾は正しかった。月空力を使わずに生活しながら公園に通い続けること1ヵ月、同じく公園に遊びに来ていた、貫太より少し大きい男の子と遊ぶことが出来た。きっかけは、その男の子が貫太のオモチャを取り上げたこと。その男の子の母が言ったのだ。「こんなきっかけを待っていた」と。それまで、ショーコを気にはしていたが、何となく近寄り難い雰囲気があったから、と。その後は、ショーコにも貫太にも、どんどん友達が増えていった。月空力封印の生活を続け、ショーコは、今では、もう、すっかり地表人だ。
今でも基本的には続けている、月空力封印生活。
だが、特別。
貫太を、ゆっくり休ませてやりたかった。
布団を敷くために畳の上に一度おろせば、せっかくの穏やかな眠りを邪魔してしまう。
ショーコは、先程の日空人が去って行った直後の貫太の表情を思い返していた。
目覚めたら、また……。
だから、せめて今は、もう少し、このまま……。
ショーコは貫太を布団に寝かせ、まだ眠っている清次をベビーカーから降ろし、貫太の隣に横たえた。
2人の上にタオルケットを掛けてから、ショーコは台所へ。
冷蔵庫を開け、何か、貫太の好きな物がなかったかと、確認する。
昨日の飲み残しだがコーラがあった。プリンもある。
(あ、そう言えば……)
思い立ち、冷蔵庫を閉めて、流しの上の棚を開けた。メロンパンがある。
(あとは、カンちゃんが起きたらすぐに観れるように、スーパーファイブのビデオをデッキの中にセットしておこう)
……これは、貫太の気を紛らすための準備。
自分たち母子が身を置いている現在のこの現実世界に正面から向き合うには、貫太は、まだ幼すぎる。
向き合えば、壊れてしまうかも知れない。
辛いこと悲しいことが見えないよう聞こえないよう、目と耳を塞いであげて、楽しいことだけ一緒に味わいたい。
優しく甘々した世界に住む、ほんわかした貫太でいてほしかった。
ショーコが居間でスーパーファイブのビデオをデッキの中に入れたところへ、プルルルル、居間の隅の電話が鳴った。
「はい」
受話器を取ると、
「もしもし、こんにちは。フレッシュマートの安川です」
職場の店長の声。
店長、
「ショーコさん、まだ子供さんたちの預け先は見つかりませんか? 」
預け先は、初めから探していない。
探す前から、無理だと分かっているためだ。
新しく探して入園させることは出来るだろう。しかし、すぐにまた、清次が翼を出して、退園しなければならなくなるかもしれない。
「はい、すみません……」
ショーコが謝ると、店長は、
「これ以上続けて休まれると、うちは、もともとギリギリの人数で回しているので、他のパートさんたちへの負担が大きくて……。ショーコさんが休んでいる間だけ急遽、他の人を雇うというわけにもいかないので……」
言い辛そうに、
「…あの……。辞めていただけませんか……? 」
ショーコは、仕方ないかな、と思った。
「はい。ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。今まで、お世話になりました」
店長は気遣うように、しかし、少しホッとした感じで、
「また、ご縁がありましたら、よろしくお願いしますね」
言って、電話を切る。
ショーコは受話器を置き、溜息をついた。
これから、どうしようか、と。
本当は、辞めたくなかった。
同じ鮮魚部で働く人たちは、皆、いい人ばかりで、働きやすかった。結果的にフレッシュマートで働く最後となった日、「お互い様なんだから気にしないで」「早く行ってあげて」と、気持ちよく送り出してくれるような人たちだった。
店長は母子家庭の事情に理解があった。だからこそ、10日間以上も待ってくれたのだ。
働かなくては生活していけない。
清次が翼を出してしまうことを恐れずに、その時はその時、くらいの気持ちで、さっさと新しい預け先を探すべきだったのだろうか……。
襖で仕切られただけで間続きの寝室から貫太が起きてき、
「ままー」
電話の前に立ち尽くしていたショーコのウエストに、後ろから抱きついた。
まだ、完全には目が覚めていない状態。ショーコの背中に顔をこすりつける。
ショーコは体の向きを変え、貫太を抱き上げて、
「カンちゃん、お腹、空かない? 」
「すいたー」
貫太の返事を受け、貫太を抱いたまま台所へ。
「プリンとメロンパンがあるよ。昨日のコーラの残りも。何にする? 」
「めろんぱんと こーら」
ショーコは貫太を片腕に抱きなおし、冷蔵庫からコーラ、流しの上の棚からメロンパンを出し、貫太に渡してから、抱いたまま居間へ戻った。
テレビの前に貫太を下ろし、ショーコは、屈んで、スーパーファイブのビデオをつける。
座って、メロンパンの袋を開けた貫太、たまたまショーコと目が合い、
「まま、はんぶん たべる? 」
「くれるの? 」
頷く貫太に、ショーコは、じゃあ、ひと口ちょうだい、と言って、貫太が差し出したメロンパンを味も分からないくらい、ほんの少しだけかじり、
「おいしい」
笑顔を作って見せると、貫太は満足げに笑った。
その笑顔に、ショーコも自然な笑顔になる。
と、突然、ガシャン、と、2人のすぐ横、居間の窓のガラスが割れた。
カーペットの上に、割れたガラスの破片と拳大の石。
(タークッ……? )
ショーコに緊張が走った。
ショーコは腕を伸ばし、その腕でそっと押すことで貫太を奥へとさがらせてから、外から見えにくいよう、窓の隅にまとめたカーテンに身を隠しつつ、窓の外を覗こうとした。
そこへ、ショーコの顔スレスレ、また、石が投げ込まれる。
それをかわして、ショーコは外を見た。
窓の外にいたのは、タークではなかった。日空人でもない。……十数人の地表人。ご近所に住む知った顔が、何人か交ざっている。
(どうして……? )
どうして、石を投げるなんて酷いことをするのか? その答えを、外の人々が口々に叫んだ。
「化け物っ! 」
「悪魔っ! 」
「出て行けーっ! 」
おそらく、清次の翼の話が噂となって広まったのだ。
次々と投げ込まれる石。
貫太は怯え、台所との間の襖に背中をつけ、しゃがみ込んで、低く小さく泣いている。
ショーコは貫太の傍へ。膝をつき、貫太をしっかりと抱きしめた。
カシャン、少し離れた所で、ガラスの割れる音。寝室だ。
居間のガラスを破壊し尽し、狙いが寝室へ移ったのだ。
寝室から、大音量の泣き声。
(キーちゃん! )
ショーコは慌てて、貫太を抱いたまま立ち上がろうとしたが、それより早く、貫太がショーコの腕をすり抜け、寝室へ飛び込んで行った。
そして、翼を出しプカプカと宙に浮いて泣いている清次を両腕を伸ばして引き寄せ、抱き取り、その頬に自分の頬を寄せる。
直後、勢いよくガラスを突き破った石が、貫太と清次のほうへ。
(危ないっ! )
ショーコは咄嗟に月空力で石を畳の上に落とした。
貫太は、清次をギュッと抱きしめながら、
「…こわい……」
ショーコは、清次を抱いた貫太に歩み寄り、腕を開いて、そっと包む。
(もう、ここでは暮らせない……)




