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ウィズ、その後に君の名を綴っていた

作者: 都築優



「チー転じゃ、なんとボーナスポイント最大! なおかつ転職無制限」

「やった」

「属性は善で種族は人間じゃ、問題なかろ。振り分けは任せる、では頑張るんじゃあ。さらば」


 訓練所とかいう所に飛ばされた。

 貰った60ポイントを振り分けたのだが、各ステータスに10ポイント入れたところでカンストだった。それ以上は振ろうとしてもどうしても増えないのだ。


STR 8→18

INT 8→18

PIE 5→15

VIT 8→18

AGI 8→18

LUC 8→18


「ん? なんか大した事ないのか?」


 魔法も今はまだ使えない。

 まあいい、とりあえず最初の職業はっと。

 ぽちっ。

 やっぱり異世界って言ったら魔法だよね。

 僧侶の呪文もメイジの呪文もどっちも習得出来て、さらには鑑定まで使える奴が選択できた。上級職って奴だ。

 こいつは俺TUEEEってする為にあるようなもんだろ。




 と、俺は糞のような現実世界から中世風ゲームのような場所に転生した。

 WITHという名前の世界らしい。

 何か有名な奴のクローンゲームみたいな名前だ。全部のRPGがこいつのコピーと言っていいくらい古典のアレだ。

 そして、酒と煙草の匂いが立ち込める冒険者の酒場にたどり着く。

 ギシギシ軋む重い木の扉を開けはなつ。


 初めてなので慎重にいこう。


 酒場にはエルフやドワーフ、ノーム、ホビットたちがいる。ここで装備を確認したり持ち替えたりしているようだ。


「邪魔するぜ」

「邪魔するなら帰ってやー」


 店長がお約束をかます。

 ここは素直に乗っておこう。


「おう、ほなまたな」

「はいお客様1名様お帰りでーす」

「はーい」


 そのまま外に出る。とすかさず振り返って、


「いや待って、ちゃいまんがな!

 これはそういう、よくある挨拶ですやん!」

「あーそうでしたか、珍しい事を言う人もいたもんですな」

「ん……。いやこれ、ふつう! 普通!」


 自動翻訳がうまく仕事をしていないのだろうかと、一瞬思考停止してしまった。


 転生前から常々思っていたのだが、ボケはまあ仕方ない。社会の潤滑油のようなものだ。

 仮に誰かがおかしな事を言っても受け入れられる暖かい土壌があるって事だ。

 突っ込みもまあ許そう。リドルに対するヒントのようなものだ。

 だがこいつだけは。


「ハハハ」


 お客さんの笑い声。


 こいつらだけは。

 無責任な第三者、素人さんの無制限な要求、そしてそのインフレーション。


 糞みたいな前世で、さんざんいじられキャラと言うのをやってきた。


「こらぁ、見世物ちゃうどー!」


 ジュース買ってこい、と言われて嫌なら何か面白い事を言わないといけない。それも下手な大阪弁まで駆使してだ。そんな辛い現実世界からやっとエスケープしたというのに。

 笑い声と共に、ゴミ屑が飛んでくる。

 彼らはいつだってどんどんエスカレートしていく。前世では、それで俺は死んだのだ。


「ちょっと待って、俺本当はそういうキャラちゃうから」


 そう、俺は生まれ変わったのだ。


「おっちゃん、この店で一番の酒を」


 と今までの流れをなかった事にして、格好を付けてカウンターに座ろうとする。

 その刹那だった。すばしこそうなホビットがこっそり俺の後ろに回って椅子をすっと引いた。

 俺は盛大にこけてしまう。


「だー!」


 逃げて行くホビットを持ち上げた椅子を振り回して追いかける。駄目だもう何処かに隠れてしまった。あいつはきっとシーフだな。

 力なく、降り上げていた椅子を床に置くと俺はため息をついた。


「はあ。こっちでもまた笑われ者の人生か……」


 諦めた。

 転生そうそう、俺はこの世界でうまくやっていく事を諦めたのだった。


「てか、窓ないーとかまでやんなきゃいけないの、これ?」


 木枠の窓にはもちろんガラスなんて嵌っていない。

 だがさすがにそこまでやってやるつもりはなかった。

 やっと座れて普通にビールを飲んでいるとノームの男が話しかけてきた。


「にーちゃん面白いなあ。前はどこでやってたの?」

「いや二丁目劇場でちょっとね。って、ンなわけあるかい! 誰やねん。てか何で知ってんねん」

「ハハハ。俺はジルって言う。見ての通りノームの僧侶だ。宜しくな」

「ああ、俺は人間だ。名前はセージ、ここの要領だとか色々を教えて貰えると助かる」


 ジルはチェーンメイルにフレイルといったいでたちだ。懐に呪文書を入れて持っている。

 対して俺は装備品ゼロ。ステータス画面でもACとかいう防御力の値が10と最大だ。(あとで聞いたのだが、これは減るたびに防御力が上がり、-10で表示がLOと変わりレオポルド戦車並みの防御力。更に-100を超えるとVLと表示されるようになるらしい)

 黒髪で目も黒い日本人という人種はここでは珍しいようだ。

 ジルが喋りかけてきたのを機に、何人かが席のまわりに集まってくる。


「おにーちゃん初めてだね。ジョブはなんなの?」


 来た。

 そうだ、まだ終わっちゃいなかった。俺にはチー転のボーナスと転職無制限の特典がある。普段は笑われていても本当は実力派だって分からせてやればいいのだ。


「ふっ。ただのビショップさ」

「は?」

「いや、だからビショップだって。知らないの?」

「ハハハ、まったまたー。冗談ばっかり」

「本当おもしろいなあにーさんは」


 戸惑い。

 俺は何か変なことを言ったんだろうか。

 まさか、ビショップに就けるなんて凄すぎて冗談だと思われているのかも知れない。


「冗談って、何でだよ? 何か変かな」

「えっ、もしかして本気なのかい?」

「まさか、まさかお前」


 俺が肯定すると、何故か皆黙り込んでしまった。


「おで知ってふ、最初からビショップおえらぶやつは、ばかだ」


 ドワーフのおっさんに何か馬鹿にされた。お前にだけは言われたくねえ。


「ちょっとやめなよ。かわいそうでしょ」


 エルフのお姉ちゃんに気を遣われてしまった。


「えっ、何? 何かダメなの?」

「「「「「……」」」」」


 無言。それが一番つらいこちゃん。


「お願いだから、何か言って!」

「……あ。うん、何かすまんの」

「いや誰も悪気があって言ったんじゃねえんだ」

「だって本当に知らないなんて」

「おまえ、おでよりばか。なかよくなれそう」

「だから、やめなって」


 うん。どうやらそういう事らしい。


 ※  ※


 聞けば、成長が遅い上に呪文もなかなか覚えない、取得経験値の少ない序盤では圧倒的な役立たずの邪魔者の穀潰しだということだった。魔法をコンプしたいだけなら、メイジを最大まで育てて僧侶に転職してまた最大まで育てる方がよっぽど早いくらいだとか。

 さらには装備可能な武器防具も全部しょぼいというダメ押しだ。


「いやでも鑑定とかあるし」


「馬鹿だねえこの人は。今のレベルで行けるようなダンジョンの上層で、鑑定しなきゃいけないような大事なお宝が出てくるもんかい。

 腐った鎧とか、良くて剣だね。

 100ゴールドにもなりゃしないよ。

 捨てるか不確定品目のまんま商店にポイだよ、誰だってそうするさ。

 黙ってモンスター倒してた方がよっぽど稼ぎになるからね」


 この話の長いおばちゃんは職業がヴァルキリーだそうだ。戦いの女神ってイメージとは大分違うけど現実はこんなもんだろう。名前をヤスーエさんと言って中立の人間だ。赤毛なので同郷ではなさそうだ。

 ヴァルキリーは僧侶の呪文が使え、戦士と同じ体力、攻撃力とそれを上回る装備品を装着出来る上級職の一つだとか。

 いやいや待ってくれ。俺だって本当はこんなもんじゃないんだ。


「でも見てよほら、俺って実はチー転でさ。こんなにボーナスポイントあるのに」


 とわざわざステータス画面を開いて見せる。最初の酒場でもうネタばれだが、背に腹は変えられない。

 それを見てヤスーエは一瞬驚いた顔をして、でもすぐに憐れんだような視線に変わった。


「ステータスポイントが何の役に立つのかも知らないんだね?」

「何だよ、これって悪いのか?」

「そういうわけじゃないがね」


 困ったように、仕方なさげに彼女は説明を始めた。


「STRは見ての通り、腕力さ。敵を倒すにはこの値が高くなくちゃ高いダメージが出ない。

 だけどあんたは剣が装備出来ないから意味がないね。

 VITは物理防御力だ、ローブしか着れないビショップで前衛でもやる気かい?」

「そ、それはないな」


 死ぬのはもうイヤなり。痛いのも嫌いだ。


「LUCやAGIもシーフじゃないなら殆ど不要だね。戦略的に、魔法を先に撃ってその生き残りに戦士で止めを刺すってやり方したら効率がいいから、多少早きゃいいかなってくらいだよ」

「じゃあ何があるのさ」


 もうすでにいじけそうだ。


「それで、残ったINTやPIEだけどね。

 これは戦闘中の魔法効果には関係しないんだ」

「なんだって?

 何のためにあるんだそんな値」


 てか、じゃあこんなに転生のボーナスポイントいらなかったくね?


「レベルアップ時に魔法を覚えやすいか、その判定のためなんだよ。

 それとVITもだね。HP成長に補正が付くから。っていうかむしろそれが主な役割だよ」

「レベルアップしなきゃ意味がないのか」

「そこまでとは言わないけどね。

 ただビショップは一レベルごとの必要経験値が無駄に高いだけじゃなくて、その上さらにHPの成長もトロい設定なのさ。いくらVITが高くたってビショップの低い倍率が全部邪魔してしまってほとんど意味がないんだよ」

「う、嘘だろそんな」

「レベルアップは掛け算だ。お前がゼロなら意味がない」


 と、横から僧侶のジルが茶化してくる。


「あ、何だっけそれ懐かしい」


 俺は現実逃避モードに入りかけた。こんな現実(いせかい)忘れてやる。

 それを引き戻すように、


「せっかくそれだけボーナスポイントがあったんだ。戦士か侍にでもなっておけば少しはHPの高い、使える奴に成長したかも知れないのにね。もちろん最初で死んだりさえしなければだけど」

「はなっからビショップなんてやっちゃったら、最下層に届く頃にはHP低すぎで瞬殺のゴミだろうしなあ」


 と、ジルも口を挟む。


「そう大体ね、ビショップなんてのは初めは戦士でHPを稼いだ後に転職して、お仲間に最下層にでも連れてって貰ってパワーレベリングで一気に爆上げさせるか、そうじゃなきゃ成長の早いメイジや僧侶で全部呪文を覚えちゃった後で、もうやる事がなくなって、仕方なくついでで転職するようなもんなのよ。MPはいっぺん減るけど呪文は転職しても覚えてるから、それならまあ少しは役に立つからさ」


 とたたみかけてくる。馬鹿にしやがって。じゃあとっておきを出してやる。


「俺には特別に転職無制限があるって聞いてる。これはどうだ?」

「必要条件さえ満たしてりゃ、年齢プラス5歳で誰でも可能さね。無駄だから誰もやらないだけで。

 ちなみにボーナスポイントはゼロでステータスも全部初期値に戻っちまうよ。歳取ると私みたいになっちゃうしね」


 と言ってガハハと笑う戦の女神(ヴァルキリー)ヤスーエ。

 神め。


「騙された!!」


 何て世界だ。

 転生そうそう、俺は詰んでいたのだ。


「ま、今回は残念だったね。来世に賭けようぜ」


 ジルが気の毒そうに笑って言った。

 木のジョッキをカウンターに叩きつけると、店主のおっちゃんに睨まれた。


 ※  ※


 あああ君と一緒にダンジョンに潜る事にした。


「だって仕方ないじゃん、説明も何もなかったんだから」

「えーやないかビショップでも。いちおう上級職やんけ、頑張れば魔法だって回復だって使えるし。俺なんかボーナス6やったし、ダンジョン入ってもほとんど敵を倒した事ないんやで」


 あああ君はホビットのシーフだ。いつも荷物持ちをさせられている。前に酒場で椅子を引くようないたずらをしたのも、それだけ色々溜まっていたからなのかも知れない。


 彼は今日は荷物を別の人に預けて前衛を担当している。ただ二人パーティなのでポジション的には俺も大差ない。前の三人目までは物理が当たるのだ。


「おっ、何か出たぞ」

「迎え討つでえ。散開!」


 唐突に、戦闘が始まった。

 あああは隠れた。


「は? え?」


 俺はとにかく必死でメイスを振り回す。たったの30ゴールドで買った奴だ。ビショップはフレイルやモーニングスターですら装備出来ない。せいぜい木の棒みたいな奴だけなのだ。攻撃回数もターンにつき1回より決して増えない。

 敵は小さな人かげだ。どうやら火トカゲではないようだ。

 何とか当たった。

 だが全然効いていない。


「おま、前衛」


 どこへ消えやがった。

 と、どこからかの攻撃が敵の人かげに当たる。

 何だ?


 がむしゃらに戦って、それを何度も繰り返して、カスのようなダメージを蓄積させて何とか戦いに勝利した。

 もちろん俺も死にかけだ。

 あああはどこからか出てきてすたっと降り立つ。

 天井か? 天井にいたのか?


「てめえ、どこに隠れてやがった!」

「これがシーフの戦い方なんやで」


 出てきたあああは当然のようにすまし顔だ。

 ノーダメージのようだ。


「先に言っとけよそんな大事な事」

「すまんな、知ってるもんやと思ってな。

 でもお前、ほんまに何にも知らへんのなあ」

「うるせい」


 次の戦闘では魔法を使った。


「ハリト? 何だこれ。……うわっ何か出た」


 しょぼい火の玉が飛んで敵コボルトの1体に命中した。


「やった!」


 うん、まあまあだ。

 威力は極小だが、何と言っても魔法が使えたのだ。これだけでも転生した価値はあったと思える。

 二発でMPが切れた。

 あとは生き残りの魔物をひたすら棍棒(メイス)で殴るだけだ。


 少し傷付けば戻る。そして酒場にいる冒険者で少し回復の使える奴がいれば頼みこんで全快してもらう。

 ディという最低の回復魔法一回か二回で間に合うほど、俺のHPは低かった。

 特に、初めに会ったホビットのジル先生にはよくお世話になった。足を向けては寝られないくらいだ。

 魔法は馬小屋で休憩すると回復した。

 そんな戦いを何度か繰り返して、二人は少しずつ経験値を重ねていった。

 それは長い道のりだった。しかし、一歩ずつ着実に。

 また、いかに安かろうがアイテムは鑑定して商店に卸すので小金は溜まった。それなりの装備を買えるようにもなった。

 所詮ビショップの紙装甲ではあるが。

 そしてとうとうその日がやって来る。


 レベルアップだ!


 この世界によく似たゲームを知っている人には説明不要な話らしいが、戦闘中やダンジョン内のキャンプでレベルアップをする事はない。

 必要経験値が溜まったら宿に泊まる。するとそこでのみレベルが上がるそうだ。

 ランダムでHPが増え、ステータスが変動し、魔法を覚える。

 あああ君からそれを聞いた時は耳を疑ったものだがそういうものなら仕方がない。


 HPがきっと1も上がっちゃうぞ、嬉しいな。どうしよう、魔法だって新しく覚えちゃうかも知れない。


 いい宿屋に泊まろう。がんばってお金も稼いだしロイヤルスイートにだって一回くらいなら泊まれるぞ。

 わくわくしていたらあああ君に止められた。指差して、


「馬小屋」

「何で?」

「あれは飾りやから。そういうものだから」

「嫌だ。けち! 俺はロイヤルスイートに泊まるぞあああ!」

「ほなら勝手にせえや」


 勝手にした。

 お誕生日おめでとう。

 いつの間にか時が過ぎていた。

 何を言っているかよく分からないだろうが、超スピードで時間が過ぎて、気付いたら年齢が一つ上がっていた。

 しかもステータスでINTとPIEが減っている。

 何だこれ。

 わからん。そうだ、あああ君に聞いてみればいいんじゃない?


「宿屋は居心地がいいやろ? あっという間に時間が過ぎる、そういうもんやねん。だからみんな馬小屋や」

「はあ?」

「あんまり歳食うとステータス下がるし、最悪死んじゃうから気をつけや」

「早く言え!

 てか俺さっそくステータス下がってたんだけど。なにこれ」


 転生直後で俺、もう死んじゃうの?

 とちょっと不安になる。俺、あのおばちゃんみたいになっちゃうの?


「ああ、お前最初からステータスは最大値やったろ。減る事はあってもそれ以上にはなれへんからね」

「ええと、どこかに希望はないの?」

「INTとPIEが高ければ新しい呪文を覚えやすいて、前にヤスーエさんから聞かんかったか?」

「……減ったのその二つだったわ」

「……なんかすまん」


 そんな苦労を繰り返して、レベルはやっと3になり、4になり、本当に少しずつ上がっていった。

 結局ステータスは最初の値を上限に上がったり下がったりで、そのうち気にならなくなった。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 この世界のダンジョンの特殊なマッピングについて、別に説明などしなくてもいいかも知れないが敢えて書こう。ダンジョン攻略の話には関係ないので読み飛ばして戴いても構わない。

 本当は広くて複雑な形状の洞窟だが、これを簡略化したのがこの方眼紙に描いたようなダンジョンマップである。

 これこそ簡潔で端的で、意味の集中化と抽出がされており『絵』や『写真』ではなく『情報』や『文字』に近い。言うなれば極端に抽象化された『意味』そのものなのだ。

 例えるなら小説と映画やアニメの違いにも似ているかも知れない。

 映画などは、基本的に誰が見ても同じように見える。

 反対に小説などの文字情報は受け取り手の持つ知識や想像力次第で宝にもゴミクズにもなりうる。

 そしてそれがうまく働いた時、どんな映画でも敵わない圧倒的で理想的なイメージが明らかなリアリティを持って受け取り手の心の中に広がって来るのだ。

 この方眼紙様のマッピングは確かにリアルな形状ではないかも知れない。しかしその面、その観点においてこの手法は限りなく完成形に近いし、逆にこれを実際の見た目通り、地形通りに描いたりすればむしろ退化でしかない。


 ただし世の中には文字も理解できず、目に映るもの、ただそれだけしか理解出来ない哀れな人種(ドワーフだとかね)がいるので、そこに合わせてあげる必要もあるのかもしれない。


 余談ついでに書いてしまうが、あるRPGで3Dのど派手なエフェクトが五分以上続く演出の魔法があったが、威力はあったものの二度と使いたくはなかった。

 技術が凄いのは分かったから、カット出来るようにしてくれと切に願ったものだ。

 そしてこの世界にはクリーピングコインという、なんと被ダメージ0ポイントのブレスを吐く敵がいる。

 弱いし経験値的にはおいしいのだが、出てくる数も多い上にパーティの全員に当たるものだから意味のない時間がやたら無駄にかかって鬱陶しい。そういうリアルに地味な嫌がらせの為の敵なのだ。

 それは神の意図によるものだそうだ。顕示欲が根底にある無自覚な無神経さと、意地悪な悪戯者の悪意ある悪ふざけとの対比であればどちらがより好ましいであろうか?

 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「あー。つまんねーなあ」


 俺は、酒場で暇つぶしにマッピングについて書かれた貼り紙の一枚、壁新聞の記事を見ていた。

 何かどうでもいい事が書かれていて時間つぶしにはなった。

 あああは今日はいない。


 第一線メンバーに呼ばれてダンジョンに入って行ったのだ。


 一線メンバーというのはこのダンジョンの最先端を攻略する戦士、侍、ロードたちで、ほぼ初期メンバーから構成されている。みなレベル30を超える猛者ばかりだ。

 パーティのチーム名も『闇の復讐者(ダーク・リベンジャー)』だとか言って無駄にかっこいい。


「だるいなあ」


 一日中、何もすることがなかった。

 その夜、あああは四つもレベルが上がって帰ってきた。


「ごめんやして遅れやしておくれやっすー」

「は? なんだそりゃ」


 反応するのも面倒臭いので適当にあしらうと、あれ? という顔のあああ。


「いやそこは嘘でもコケてくれんと」

「はいはい」


 テンションがやたら高いのがムカついた。

 それからあああは酒を頼むと、俺に今日の冒険の自慢話をし始めた。


「後列にいたから一回も直接攻撃はされてないんやけど、敵のモンスターがティルトウェイトを撃ってきた時はやばいと思ったわ。当たらんでよかったよ」

「あー、そーかい」

「それから全部知らない道をがんがん進むねん。ワープ罠とかあって、あれマッピングどないせえ言うねんな。

 宝箱のトラップもこっちじゃあ見かけん即死とかテレポーターが多いんや。まあそこは俺、ホビットでLUC値だけは高いから何とかしたけどな」

「ふーん」

「それで明日も来いって頼まれてんけどさ、俺生きて帰れるか心配やわ本当。地下7階までマロールでテレポートして行くんやで、間違って岩の中に飛び込んだらどないすんねんって不安だしやぁ」

「知らねえよ」


 あまりに気のない俺の返事に、とうとうあああも苛立ってきたようだ。


「何やねん。お前、機嫌が悪いんか?

 あっ、ひょっとして俺が一人でダークリベンジャーに呼ばれちゃって嫉妬しちゃったん?」

「うるせえなあ。お前なんかどうせ本当は相手にされてねーんだよ、名前だってあああの癖に」

「何やぁ? 他のことは言ってもいいけど名前の事だけはやめとけや」

「あああ? 安直につけられたもんだな。どうせお前の母親ビッチで、父親違いの子供が多すぎて最後の方で適当になったんだろう。お兄ちゃんはあでお姉ちゃんはああなんだろ。あああなんて冗談見たいな名前だぜ、ははっ」

「てめえ!」


 揉み合いになって酒場をつまみ出された。

 あああとは目も合わさずにそこで別れた。


 何だかむしゃくしゃして堪らなかった。

 今からでも行って、腹いせにメリトでバブリースライムでも虐殺しに行こうか。そうだそうしよう。

 時間も遅かったが、装備を確認するとダンジョンに潜る事にした。

 どうせダンジョン内には昼も夜もない。


 持ち物はどくけしが2、3個あればいい。回復魔法レベル4の解毒(ラツモフィス)を覚えるのはまだちょっとかかりそうだった。

 だが少しはHPも増え、単独でもとりあえずすぐには死なない。弱い敵一グループくらいなら殲滅できる魔法だって覚えた。初めは2回しか使えなかったMPの残弾も、今では9回も使えるようになったし、回復も自分で出来るようになっていた。

 寄り来る敵をメリトで焼いてはなぎ倒し、焼いてはなぎ倒し、俺は初めの頃の苦労とは比べ物にならない速度で探索を進めた。


 宝箱は全部無視した。カルフォという罠を探知する僧侶の呪文を覚えていたので種類を識別するくらいなら出来たのだが、開けられない確率の方が高い。

 それに、しゃくにさわるからだ。宝箱みたいなもの、開けられなくて何が悪い。


 そういえばあああはレベルだけはそこそこ高かった。シーフは必要経費値が一番低いので今まで不審に思ったことはなかったが。

 敵を倒した事はないなんて言っていたくせに、貴重なアイテムが出る階層や施錠された扉などがあればちょくちょく呼ばれてついて行き、鍵開けだけ手伝っていたらしい。


「くそっ」


 何でそんなにイライラするのか分からずに、俺はひたすら雑魚を狩り続けた。


 何時間が過ぎただろう。

 地下2階の小さな神殿に、何度倒しても復活するゴーストが出現するポイントがある。

 単体で出てきて攻撃力もない。肉体派のメンバーたちにはただ剣を振っているだけで経験値稼ぎになるいい虐待対象にされがちなゴーストだったが、ビショップにはほとんど関係のない場所だ。


「こんな所まで、一人で降りてきちゃったのか」


 独り言をつぶやく。MPの残弾を確かめると、そろそろ頼りなくなっている。


「もう危ないから帰ろう」


 と、背を向けようとしたその時。神殿から人影が出現した。

 おかしい。ゴーストは無限に湧くもののそこから出てきたりはしない筈だった。


「ミルワ!」


 魔法で明かりを灯す、そして


「ラツマピック!」


 未確認の敵を識別する魔法。

 そして自身のACのみをだが4も下げるポーフィックを唱えようとすると、


「一人で誰と戦うの? 僕ちゃん」


 そこにいたのは、エルフの女だった。

 初の冒険者酒場で馬鹿のドワーフを叱ってくれていた彼女だ。


「えっと、バジャイナさん?」

「あの子は魔法が効きづらいわよ、頑張って」

「いいえ、今から帰るところです」

「そう、なら一緒に行く?」


 合流した。

 彼女とはあまり話した事がなかった。

 聞けばバジャイナは最初期メンバーの一人だったという。


「そんな、凄いじゃないですか」

「もう役に立たなくなって、外されちゃったけどね」


 と少し悲しげな顔をする。底辺にいる俺には慰めの言葉すら口に出せない。

 彼女より遥かに弱い俺が偉そうに「大丈夫ですよ」なんて軽がるしく請け負うなんて出来ないし、むしろ失礼に当たるだろう。

 それより何よりどんな言葉を言っても彼女には決して届かない気がしたのだ。

 そう、彼女の戦闘は壮絶だった。雑魚敵をラハリトという強ダメージの火炎魔法で焼き払う。敵は一瞬で消し炭だった。

 ティルトウェイトという最大の魔法は、今はレベル7魔法のMPが尽きてしまって撃てない、それなのにこの破壊力だ。これが一線を張っていた者の実力か。


「あなたたち、最近なかなか頑張ってるそうじゃない。噂になってるわよ」


 休憩して、避けきれずに当たったダメージをディで小回復していると、バジャイナが話しかけてきた。


「どうせシーフとビショップの色物コンビがいらんものばっかり商店に納品してるって噂でしょ」


 と、自嘲気味にうそぶく。


「そんなことないわ。今のメンバーたちだって、初めはこの階で地道に探索を進めていったのよ。レベルが一つ上がるごとに一緒に喜んだりして。懐かしいな」


 経験者の言葉には、何故か重い説得力があった。

 そんな彼女に、弱っていた俺はつい甘えてしまったのかも知れない。あろうことかこんな弱音を吐くなんて。


「でも、もうおしまいさ。喧嘩しちまったんだ」

「あああちゃんと? 一線のみんなに呼ばれた話なら聞いてるわ」


 ダーク・リベンジャーたちはもう地下8階あたりを探索しているらしい。

 ちょうどメイジと僧侶を経験した奴がシーフに転職した直後でまだ頼りなく、さらにレアアイテムゾーンだったのであああにお呼びがかかったそうだ。


「俺たちの存在って何なんだろうな」


 チー転ハーレム好き放題の異世界を夢見て転生して、こんな最低の現実に直面させられるなんて思わなかった。


「最前線の人たちが何かの間違いで石に飛び込んで全滅したりロストしたら、チャンスはあるかも知れないわ」

「人の不幸を踏み台にするしかないなんて、何か嫌だな」

「坊ちゃんね。でも、さもなければマロールで未探索マップを埋める為の特攻隊になって石に埋まって散るくらいよ、少しでも役に立つとしたら」


 言い切って、彼女はふっと泣きそうになった。


「ごめんなさい。私、意地悪ね。

 あなたの事じゃないわ。

 エルフの、この馬鹿なメイジの私の事なの。

 私はもうダメ。もう歳だし。HPもこれ以上は上がらない。

 知ってるでしょ? VIT値の限界がね、エルフって極端に低いの。

 魔法攻撃されたら一発で死んじゃうくらいね。

 もういらないって言われた。

 みんなに、ついてくるなって言われたの。もう、私が役に立てる事なんて何も……」


 きっと、一人でレベル上げのために魔法の効き辛いゴーストを。

 俺だけじゃなく、彼女もまた。

 俺はバジャイナに胸を貸し、ローブの上から肩をさすって慰めた。

 こんなダンジョンで戦闘のすぐ後だというのに何故かいい匂いがした。

 少しして落ち着くと、


「エルフなんて本当に、ぱっと見だけなの。

 高いINTだってPIEだって呪文を覚え切ったあとは何の意味もない無駄ステータスなんだから」

「全然そんな風には見えないけどなあ」


 よく分からないがPIEが大きいのはいい。人間は初期値からPIEが小さいようで、どんなに頑張っても15を超える事がない。エルフは20に届くのだ。

 俺の目線がその時、バジャイナさんのどこに向けられていたかはあえて書くまい。


「私もドワーフに産まれてくればよかったな……」

「いや、そんな事はない。バジャイナさんは魅力的だよ」


 そこは思い切り断定した。


「でもこの世界じゃ、もう、私は用無し」

「……」


 飲もう。さっさとダンジョンから出て、今日は飲もう。

 俺はバジャイナさんを酒場に誘った。

 そして翌日。

 宿のベッドで二人は目覚めた。


「いけない、また歳が上がっちゃう」


 バジャイナが乱れた髪を手ぐしで解きながら、ふとそう言った。

 それを聞いて、俺は心を決めた。


「待っててくれ」


 と言い残し、扉を開けて立ち去る。

 その日から毎日、俺は一人でダンジョンに通いつめた。紙装備に、どくけしだけを持って。


 若返りの石という、スペシャルパワーを持つマジックアイテムがある事は知っていた。その名の示す通り、年齢を一つ戻す事が出来る。


 罠の解除に失敗して、何度もポイズンニードルを喰らう。クロスボウボルトにも何とかギリギリ身一つで耐える。

 僧侶の魔法レベル2で覚えるカルフォ。シーフに頼らずとも罠の判別が95%の正確さで出来る優れものだ。

 それを唱えて、呪文だけで判別して耐えられそうなものは体を張って、ボロボロになりながら石を探した。


 生き方を、この世界での自分の目的を見つけた気がした。


 俺、若返りの石が見つかったら彼女に、一緒に探索をしようっていうんだ。

 俺が回復して、二人で魔法攻撃したらきっと全部うまくいく。

 第一線で頑張らなくてもいい。二人で協力してなんとか生活出来るだけ稼いで、幸せな家庭を築くことができるなら。

 子供が出来たら引退して、きっと戦士に育てよう。

 それが、ほんのささやかな俺の夢だ。

 ハーレムでなくてもいい。俺TUEEEでなくてもいい。そんな下らない幻想より、身近な二人の幸せだけを大切にするんだ。


 一人で探索するメリットは殆どない。

 ただ取得経験値を誰にも分けずにすむので、比較的レベルアップはしやすかった。


 ただ、がむしゃらに戦った。


 レベル4から5の大して強くもない魔法だけでしのぎ、呪文が尽きたら帰還する。そして馬小屋に泊まりまた探索を再開する。


 その戦闘だって至って地味だ。マポーフィックでACを下げ、カティノで眠らせ、ハリトで少しずつ削ってゆく。

 単体の敵でなければ極力逃げた。


 慎重に。出来うる限り慎重に。

 しかし絶対などない。どんなに頑張っても、ミスは起こった。

 高レベルのアイテムの鑑定で何度もさわってしまい、恐怖に陥る。その度にまたあえて戦闘をして、敵を倒して自分の中の怯えを追い払う。


 そして敵よりも怖いと言われる宝箱、それを開ける瞬間だ。

 上層ではあまり出現しない凶悪な罠が、深く進むにつれて増えてくる。

 ビショップという職業では、ウィザードブラスターでもプリーストブラスターでもどちらでも引っかかってしまう。

 いくら惜しくても、泣く泣く諦めねばならない事が何度もあった。

 その、開けられなかった宝箱に石?があったらと考えると、悔しさに(はらわた)の千切れる思いがした。


 ぶき? 何だただのムラマサブレードか。邪魔だ。

 現時点では精一杯の武装をしてAC4。

 言いようもなく貧弱だが、装備出来る防具が少ないのは、考えればいい面だってある。

 空きのインベントリが足りなければ敵が宝箱を落としてもアイテムは消えてしまう。

 防具が少ないという事は、強制的に空きスペースが多いという事でもあるのだ。

 だがいらないゴミを持っている余裕はない。

 ただ、君の為に。若返りの石の為に。


 そして、何十回目かの探索の時。

 だがそれは起こるべくして起こった。


 痛っ。

 しまった。

 俺は麻痺した。

 やはり宝箱だった。

 侍が落とした奴だった。

 カルフォが嘘だったようだ。

 やはり一人でなど無茶だったな。

 ポイズンニードルと表示された罠は、実際はプリーストブラスターだった。

 急速に、俺の手足の自由が失われてゆく。


 嫌だな。

 ここまでか。

 ここで終わりか。


 そして、意識も朦朧と。


 モンスターが。

 だめだ。喰われる、生きた、まま……。


 ………………。

 …………。


「ほらよ! このアホがあ」


 唐突に声がして、ゲロ不味い液体が飲まされた。


「気付け薬!」


 俺の麻痺が治った。

 目を開けると、そこにいたのは。


「あああ! 何でお前が?」

「友達が無謀にも何かやろうとしてるんや、陰で見守って何かあったら手を差し伸べてやるのんが本物やろ?」


 と少し照れ臭そうに笑っていた。


「ダーク・リベンジャーのパーティはどうしたんだ」


 聞くと、


「魔法・回復コンプリートのシーフが使えるとこまでレベルアップしたら、すぐにお払い箱にされてしもたわ。ほんまあいつらだけは」


 言葉とは裏腹に、別に後悔もない様子であっけらかんとしている。


「すまん」

「それは言いっこなしやで。いつもの事やがな」

「それと、あんときは、……悪かった」

「それももう、いいって。俺も無神経やった」

「ごめん」

「ああ。俺もな」


 そして二人は少し黙った。

 あああは頷いて、そして小さく笑った。そして、


「いやほんまはな、このボケの弱みを見つけて揺すったろうとか考えてたんや。

 ほんでもこんな階層で敵とエンカウントしたら逃げるしか無いやんか。

 で何回かたまたま友好的な敵を見逃してやったったら、属性が善に変わってしもたみたいやねんな、俺」


 と、ステータスの所為にした。


「強そうなら逃げるのって、ずっと前からじゃねーかお前」

「ええんやて、気にすなや。

 それより、ほら早く続き始めるで」

「いいのか?」

「当たり前やろ、こんな所まで来させといて何を言うてんねん」

「ハハッ、別に頼んでねえし! ありがとな」

「しやけど盗賊の短刀が見つかったら俺のもんやで!」


 そこからの探索は嘘のように捗った。

 いや、一線で戦っている戦士や侍、ロード達と比べれば、何とも泥臭く、無様で、どうしようもなく貧弱なのは間違いない。

 しかしカルフォの呪文も減らず、罠の解除も簡単にこなすシーフが隣にいてくれるだけで、それまでの何十倍も効率よく進めることが出来た。


 そしてその次の次の次の回で、とうとう石が出た。


「やった!」


 鑑定すると、間違いなく若返りの石だ。


 眠らせたサムライを十数回のハリトとメリトでやっと倒して手に入れた宝箱だ。罠はなかった。

 やっと見つけた。感無量の表情で、その石を握り締める。


「なんや、そんなものが欲しかったんかいな」


 あああはちょっとつまらなそうな顔をしている。


「ああ、あああ。お前のお陰だよ、本当にありがとうな」


 と感謝を告げる。


「ほんなら帰るでえ。ようやったな」


 俺もあああも疲れた格好をしていたが、しかし表情はどこか朗らかだった。


「次は盗賊の短刀やで、忘れなや」


 などと軽口を叩き合いながらの帰り道。浅い階層に戻っていたが、決して油断した訳ではなかった。


 うさぎが出た。


 即座に逃走をはかるが、ダメだった。数が多く、回り込まれてしまった。


 なす術もなく攻撃を受ける二人。

 そして、あああはうさぎに首を刎ねられた。


「嘘だろ」


 あああは、何か言おうと。

 からからの声。

 口だけが動く。


「馬鹿、喋るな!」


 俺はあああを黙らせて、担ぎあげる。

 次のターンでようやく逃げだせた。

 全速力で地上へ帰った。

 すぐ寺院へ行って、復活させてやる。


 ささやき、祈り、詠唱、ねんじろ!


 あああは灰になった。


 そのまま「カドルトを試してみよ」と言われ、しかしお金が足りなかった。何かあったら無駄になるからと、探索前に全部ジルに預けてしまっていた。

 今持っていないと言うと、神官に


「ケチな背教者め!」


 と怒鳴りつけられる。

 お前が復活失敗したんだろ、このオ×コ野郎どもが。怒鳴りつけたくなるような怒りを我慢しながら、すぐにジルに頼みに行く。


 急報を聞いて慌てて付いてきたジルと共に寺院に戻り、やっと金を払う。


 だが、あああはあっけなくロストした。

 LUCが高いと自慢していた割に、あああはついていなかったのだ。


 ※  ※


奇跡(マハマン)を使う手も有るにはあった。

 だがあああなんかの為に一レベルをくれてやろうなんて奴、誰も居なかっただろうな。それが一回で済むかも分からないんだし。

 ダンジョンを攻略する冒険者なら誰にでも起こりうる事だ。

 まあこれは仕方なかったんだ、自分を責めるな」


 ジルがそう言うのは俺に配慮しての事だ。


「ちがうど。おで、知ってふ。おまえがムチャするから、あああは死んだ」


 ドワーフのおっさんが辛辣に言った。

 俺は殴りかかろうとして拳を振り上げ、……止めた。


「……。本当に、その通りだ。本当にすまない」


 頭を下げる。本当だからこそ堪えた。

 他には誰も何も言わなかった。

 何を言っても仕方がないって、誰もみんな知っていた。




 女は、バジャイナは今はまた別の戦士に若返りの石を捜させているとの噂だった。

 一線の連中に言ってももう相手にされないため、いつも弱そうな初心者をそそのかしているのだそうだ。


 俺は彼女に、黙って石を渡して帰った。


「あれはけじめさ」

「何かムカつくよな。30個ぐらい全部使って産まれる前からやり直させてやりたいぜ、あーいう手合いは」


 俺が何をしでかすか心配して付いてきてくれていたジルが、不満を漏らす。


「いや、俺が勝手にやった事だ。

 あいつに頼まれた訳じゃない」


 と俺は首を振る。

 全部俺がやった事なのは、俺が自分で知っている。

 そして、俺はそのまま町外れまでやって来た。

 ダンジョンではない。その少し下あたり。ジルも何も言わずに付いて来てくれた。

 ここには、ひっそりと死んだ冒険者を弔う墓が建てられている。


 墓石には書いてある。

『役立たず、ここに眠る』


 ジルが僧侶らしく大仰に十字を切る。


「なんか、嘘みたいだよな。

 どっからか、またひょっこりあいつが現れて、軽口叩いてるんじゃないかって気がするよ」

「うん、本当にそうだ」


 今でも目を閉じると、彼の笑顔が浮かんでくる。


『お前、ほんまに何にも知らへんのやなあ』

『そんなものが欲しかったんかいな』

『あの女はお前なんかにはちょっと難しいんとちゃうか』

『盗賊の短刀が見つかったら、俺のもんな』

『忘れなや』


 そしてずっと暗い底の方に消えてゆく。


「ああ。『どうせやったら、グレーターデーモンにでもやられたかったで』とかな」


 ジルは祈りを済ませて瓶に入った酒を墓に掛けてやる。


「うん。でも本当に、二度と戻ってはこないんだよな」

「ああ」


 俺は心の中でそっと、あああに向かって話しかけた。


『お前とダンジョンを探索した事はきっと忘れないよ。

 もはや世界のどこにもいないあああという男の名前を、俺は絶対』



 この世界に少しでも救いと呼べるものがあるのなら、どうかきっと思い出して欲しい。俺たちがみんな居なくなったとしても、どこの記録にも残らないただの低レベルシーフの彼の事を。



おわり




バーッと決めてダーッと書きました。初めは200文字小説にするつもりだったのに。

 ど う し て こ う な っ た …………。


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