1-4 事情聴取
そうしてしばらく待っていると、不意に部屋のドアがノックされた。
「……お嬢様から食堂に連れてくるよう言われたわ。すぐに部屋から出なさい」
そう言われ、ハルトは部屋のドアを開ける。
そこには、砂浜で会ったメイドの少女が立っていた。
背筋をピンと伸ばし、ハルトを見上げるようにしてじっとこちらを見ているものの、その無表情な顔からは何を考えているのか全く読めない。
「何か俺の顔についてるか?」
じっとハルトのことを見るメイドの少女に、居心地の悪さを感じ、直接聞いてみたものの、
「いや、どうすればそんな面白い顔に産まれることができたのだろうって思ってただけよ」
そう言うと、くるりと踵を返し歩いていく。
「待て待て、面白い顔ってなんだよ」
「さぁ。その馬鹿な脳みそをフル稼働させて考えてみるといいわ」
「……」
――な、なんだこの子……、言い方は丁寧なのにいちいち言葉遣いが悪い。
しかし相手は子供。いちいち目くじらを立てては器が小さいと思われるし我慢だ我慢。
そうしてハルトは、メイドの少女に案内されるがまま、食堂へと向かった。
近づくにつれ、段々といい匂いが鼻をかすめ、思わずヨダレがたれそうになる。
そんなハルトを見て、メイドの少女は、
「随分だらしのない顔をしているけれど、お嬢様の前でそんな顔を見せたらきっと軽蔑されるわよ。まあむしろ私はその方がありがたいのだけれど」
「そうは言うけどさ……もう何日も食べていないんだぜ? そんな状況でこんないい匂い嗅がされたら誰だってこうなるだろ。今なら生肉でも喜んで食べられるぐらいだ」
さっきまではそれどころじゃなかったので空腹感は感じなかったが、こうして助けられて安堵した瞬間空腹感が襲ってきたのだ。体内の自律神経はその辺ちゃっかりしてるよなぁ。
「生肉……そう、生肉でいいのね」
「いや今のは言葉のあやだっ、それぐらいお腹が空いているってことを伝えたかっただけで!」
「冗談よ」
この子が言うと、なんか本気でやりそうで怖い。
あまり下手な発言は控えるようにしよう……そう思うハルトだった。
食堂に行く途中、初めてエントランスを見たもののなかなかの広さを誇っていた。
天井にはとても大きなシャンデリアが吊るされており、部屋を明るく保ってくれていた。
けど、あんなだけでかいシャンデリアがもし落ちてきたときの事を考えると恐ろしい。
階段を下り、食堂の中に入ると長方形の長いテーブルに、ルークラトスと、ハルトを気絶させた眼帯少女が料理を運んでいる最中だった。
レイナがこちらに気づくと、手招きしてくる。
「何処でも好きなところに座っていいわ」
そう言われ、ハルトはレイナと対面する位置に腰掛ける。
間もなくして、全ての料理が運ばれてきた。
「あれ、爺さんたちの分は?」
「我らは後で食べる。レイナお嬢様達と一緒に食べることは許されないのだ」
「そうよ。あくまで私達はお嬢様の護衛と給仕係なんだから一緒に食べるなんてことをすれば無礼に値するわ」
(ふーん……。
それが貴族の常識というやつ……なのか?)
「私は別に一緒でも全然構わないって言ってるんだけどね」
そう言って苦笑するレイナ。
その目はどこか寂しそうだった。
「なりませぬ。そのお嬢様の甘さは美徳でもあり、欠点でもあるのですぞ」
「まぁ、私は別にお嬢様と一緒に食べても全然いいんだけどね」
おい、無礼に値するわって言ってたのはどの口だ。
「こらシエル! お前まで一緒になってどうする。我らは、お嬢様をお守りすると同時に教育係でもあるのだ。
公私混同することは許されないぞ」
「……と、こんな感じにジジイがうるさいの」
「こらぁシエル!! 誰がジジイだ!!私はまだ60歳だ!」
(いや、十分ジジイだろ……)
ため息をつくようにして言うシエルというメイドの少女と、怒るルークラトス。
どうやらこの爺さんは、シエルとは根本的から考え方が違うのだろう。きっと考え方が古いに違いない。
……と、そこで眼帯少女がハルトの隣に立っていることに気がついた。
(気配に気づかないとは……)
眼帯少女は、澄んだ瞳でハルトをじっと見ている。
「おにーちゃん、名前はなんていうの?」
首をかしげ、可愛らしく言う眼帯少女。
「俺か? ハルト=ストームレイジって言うんだ。君はさっき俺のことを気絶させた……」
「リエル=リズペットって言うんだ! そこのおねえちゃんと姉妹なんだよ!」
と言ってハルト、シエルを指差すリエル。
シエルは、俺に軽く一礼すると、
「リエルの双子の姉のシエル=リズペットよ」
「ふ、双子!?」
「ええ」
確かに、2人共顔はそっくりである。服装は違えど、髪は1つくくり。
しかし双子といえどこんなにも性格が違うものなのかと内心驚くハルト。
リエルは年相応に、純粋そうな幼女という感じだが、シエルは体格と、その言動の年齢が釣り合っていないように思える。
「今失礼なこと考えたわね」
「いや、違う。2人共性格が全然違うんだなぁと驚いていただけで……」
「そりゃ人の数だけ個性は存在するもの」
まるでシエルの感情をリエルが全て吸い取ってしまったかのようだ。
コロコロと表情を変えるリエルに対して、無表情で淡々としているシエル。
まだ、2人に会って間もないがそれぐらいははっきりとわかった。
「まあリエルはまだ子供だから……」
(いや、お前も見た目は十分子供だろ……)
「とりあえず早く食べましょう。冷めちゃうわ」
「あ、ああそうだった!」
ハルトは手を合わせると、早速料理を口に運ぶ。
「うまいなこれ……」
かなりいい素材の魚を使っているのだろう、口に入れた瞬間すぐにとろけてなくなった。
「でしょう? シエルはとっても料理が上手なの」
と言って魚の煮付けを口に運ぶレイナ。
「まぁ、リエルと違って私は護衛としては役立たずですからこれくらいは……」
「大丈夫だよおねぇちゃん! その分私が頑張るからっ。それに私なんかおねぇちゃんに比べたら全然料理できないしね~」
「そうね。リエルにはまだ料理は早いわ。だから、お嬢様の護衛をしっかり頑張るのよ」
「うん!」
と言って、シエルの頭を撫でるリエル。リエルは嬉しそうに表情を緩めていた。
どうやら、リエルは主に給仕係として、シエルは主にレイナの護衛としてつとめているようだな。
ハルトはかぼちゃのスープを飲みながらそんなことを思っていた。
「へー、けど意外だなぁ。リエルってそんなに強いのか?」
逆に守らないといけないタイプだと思っていた。
人は見た目によらないとはまさにこのことである。
しかし、さっきハルトを正確に気絶させたのリエル。
もしかすると、結構強いのかもしれない。
「小僧、このリエルを舐めると痛い目にあうぞ。
まだ13歳という年齢でありながら、上級騎士という称号を貰っているのだからな」
「上級騎士?」
聞いたことのない称号だな……。
この国特有のものか?
ハルトが食べる手を止め、首をかしげていると、
「お、驚いた……。小僧、まさか騎士の称号すらもわからないというのか?」
「知らないもんはしょーがないだろっこの国のことすら全然知らないのに」
だからそんな、お前頭大丈夫か、みたいな目で見てくるのやめろよ……。
レイナは、サラダにドレッシングをかけながら、
「騎士の称号というのは、ミトス国王もしくは王女アルテミシア様から認められた者だけがなれるとても名誉のある称号なの。
―――下級、中級、上級、最上級、そして騎士団長の5つに位分けされているわ」
そう言ってレイナはサラダを口に運ぶ。
レイナの横に控えていたルークラトスが続けてこう言った。
「ただ力が強ければ称号が貰えるかというとそうではない。勿論、貰いやすくはなるが力だけではなく知力も必要となるのだ」
ハルトは肉汁がたっぷりと染み出た骨付き肉をかぶりつきながら、
「ふーん、じゃあ聞くけど、階級分けすることの意味とは一体なんなんだ?」
「こらっ! 食べ物を口にしながら喋るでない。
―――勿論、階級分けすることは大いに意味がある。まず、上級騎士以上になれば王城で直接働くことができるのだ。
下級、中級はせいぜい城下町で警備するのが限界だがな。
それと下世話な話だが階級が上がればそれだけ手当がつき給料も良くなる」
確かにそれだと皆上の階級を目指してもおかしくないだろう。
レイナは食べていたものを口に飲み込むと、
「それに、最上級騎士の称号をもらえれば、戦時のときに仮に騎士団長が指揮を放棄したり、死亡したとしても、指揮官として上級以下の騎士もしくは傭兵を指導することができるの」
「へぇ……非常時にはそういうこともできる権限を持たされるというわけか」
「だから、上級騎士や最上級騎士になるのにはものすごい努力が必要になると言われているわ」
ルークラトスがレイナのティーカップにお茶を注ぐ。
「更に、最上級騎士になると枠が5人しかない。まぁ、そのうちの1人は私だが」
そう言うと、ルークラトスは紋章を見せてきた。
「爺さんも強いのか」
「当たり前だ。少なくとも、小僧のようなひょろっちいガキなどにはまだまだ引けはとらん」
「ああそう……」
爺さん、年齢の割に結構……いやかなりガタイはいいしな。
きっと日々鍛錬しているのだろう。
どんな鍛錬をしているのか興味あるな。
「ここの騎士については大体わかった。
じゃあ次はレイナのことについて聞かせてくれよ」
「私の……?」
「ああ。確かに、リエルがまだこんなに子供なのにその上級騎士という称号を取れたのにも驚いたが、俺はむしろレイナのような少女が辺境伯という立場についていることの方がよっぽど驚きだ」
「そんな大したことじゃないわ。ただ、私の家系が世襲制なだけよ」
世襲制……。つまりレイナの功績ではなく、親からその地位を受け継いだということである。
じゃあその親は……と言おうとしてハルトは口をつぐんだ。
なんとなく、それは今聞いてはいけない気がした。
「それはそうと、そろそろ私からも聞いていいかしら?」
「おう、いいぞ」
ルークラトスが目くじらを立てるがもう気にしない。
「そうね……色々聞きたいのだけれど、じゃあまず、どうしてあの砂浜で倒れていたの?」
「ああ、それは―――」
そうしてハルトは、ある宴の場で盛られた毒で意識を失い、そのまま海に放り込まれたということを説明した。
その前に国の存亡をかけて一騎打ちして勝利したという話については伏せておいた。