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2-1 近衛騎士副団長 ラスター=キセルポール

 それから数日間、ハルトは日課の鍛錬に加え、不審者がいないかなどの見回りやリエルと遊んだりしたりして、割と充実した日々を送っていた。少なくとも、元いた国での生活に比べれば雲泥の差である。

 王都でルークラトスがどんな指示を貰ってくるかはわからない。しかし、国境沿いを落とされず守った上、騎士団長を捕虜にするというこの上ない手柄を立てた。

 そんなレイナに王女が黙っているわけはないだろう。これでもし相応の手柄を渡さなければ、きっと民衆が黙っていない。王都とて民衆達の税が無ければ繁栄できない。民衆の不満をかえばますます窮地に陥るのは王都の方である。


「……」


 ハルトは冷たい水で顔を洗ったあと、洗面所から出る。

 すると、ちょうど洗濯しにきたのだろうか、カゴを両手に抱えたシエルとばったり会った。


「おはよう」


「ふん……」


 シエルはハルトを見るなり顔から表情が消え、平べったい、何の感情もない顔になる。そしてそのまま無視すると、洗面所の中へと入っていった。


(参ったなこりゃ……)


 心の中でそう呟きながら頭をかき、思わず苦笑する。

 ハルトが間違えてシエルが着替えているところを見てしまってから、シエルはハルトに対してますます厳しくなった。

 それは厳しいというよりもむしろ嫌悪されているといったほうが正しい。元々シエルはハルトのことを嫌っている節はあったが、あの事件以降更に顕著になった。レイナといる時は話しかけると少しは喋ってくれるものの、こうして2人で会うとまず喋ってくれないのだ。

 ハルトの自業自得といえばそうなのだが、このままじゃよくないのは自明である。

 しかし何度かシエルに謝ろうとしたものの取り付く島もないのまた事実だった。


「あれ、おにいちゃんそんなところに突っ立ってどうしたの?」


 見れば、ハルトが俺の顔を下から覗き込むようにしてみていた。無垢な瞳に見つめられ、一旦考えを保留すると、なんでもないと首を横に振る、

 そうしてその後ハルト達が朝食を取っているとき、ルークラトスが戻ってきた。


「お嬢様!」


「ルークラトス! お帰りなさい。どうだった?」


 やけに息を切らしているのが気になったものの、ハルトは横で2人のやりとりを聞くことに。

 よっぽど急いで来たのか、膝に手をついていたが、やがて顔を上げる。

 その際片眼鏡についた汗が反射してきらりと光った。


「お嬢様、急いで王宮まで来て欲しいとアルテミシア王女からの伝言です」


「――――!?」


 その言葉に、レイナは思わず驚いてきょとんとした。

 続いてルークラトスは俺とリエルの方に顔を向けると、


「小僧、リエル。お前達もだ」


「え、ほんと!?」


「ちょ、ちょっと待て。どうして俺達も?」


 レイナが呼ばれるならまだしも、ハルトも呼ばれることにいささか疑念を抱いたハルトは、怪訝そうな表情を浮かべる。 

 するとルークラトスはこう告げた。


「アルテミシア王女は、エルメタを捕虜にした2人にたいそう興味を示された。是非来てくれとのことだ」


「まじかよ……」


 ハルトは腕を組みながら、その言葉を聞いていた。

 爺さんは、俺の肩を握るようにして掴むと、顔を近づけながら、


「小僧。アルテミシア王女が興味を示されることなんて滅多にないことだ。絶対に粗相のないように」


「ちょっと待て、俺も行くことは確定なのか?」


「当たり前だ! 王女の誘いを断るバカタレがどこにおるかっ!!」


 ルークラトスは声を荒げるようにしていった。


(ちょっと待て、爺さんの顔近い!!)


 ハルトは爺さんを突き放すようにして離れた。 


「わ、わかったから大声出すなよ……」


「貴様が失礼なことを言うからだ」


「……」


 それには何も答えずに、未だに固まっているレイナの方を向いた。

 レイナは、まだ放心していたが俺が肩をつつくとようやく正気に戻る。


「こ、こんなことしている場合じゃない! 早く準備しないとっっ」


 そう言ってレイナは部屋の方に向かって走っていった。


「シエル~!! 貴方もちょっと手伝って!」


 そう言われ、シエルはレイナの部屋に向かっていく。


「既に屋敷の外で王宮からの使いが待っておる。レイナお嬢様も出来るだけ早く準備して欲しいが……」


「じゃあリエルは先に洗い物だけ済ませておくね~!」


 と言ってリエルは食堂の奥へと消えていった。

 ハルトとルークラトスは食堂を後にするとエントランスで待つことに。

 天井に視線を送ったルークラトスが、シャンデリアがないことに気づく。


「シャンデリアがない……!?」


「ああ、それは……」


 簡単に事情を説明した。

 あと少しでレイナが死ぬところだったということを話すとルークラトスは思わずぎょっとした。


「そんなことがあったのか……。小僧、お嬢様を助けてくれたこと礼を言うぞ」


「ああ……別にいいよ」


 爺さんは、シャンデリアが取れて穴の開いた天井を睨むようにしたあと、俺の方に顔を向ける。


「しかし、それならばまた新しいのを買わねばならんな……」


 そうしてしばらく待っているとレイナ達が準備できたようで降りてきた。

 レイナの銀色の長い髪は後ろでひとつくくりに止められ、シエルと同じ髪型になっていた。手首に白いブレスレットを付け、首には純金のネックレスまでつけている。


「似合っておりますぞ、お嬢様」


「ありがとう。本当はこういう装飾品はあまり好きではないのだけれどね。少しは身につけておかないと」


 シエルとリエルが荷物を受け取ると戸締りをし、一行は屋敷の外へと出た。

 そうして外の鉄柵の下にまで行くと、ルークラトスの言うとおり、数人の騎士達が並んで待っていた。

 ハルト達に気づくと、皆レイナに敬礼する。

 そして、その騎士達の先頭にいた1人の男がレイナに一礼した。


「お初にお目にかかります。レイナ卿。

 私はアルテミシア王女直属の近衛副騎士団長ラスター=キセルポールと申します。この度は陛下のご命令よりお出迎えしに来ました」


 整った金色の短髪に、端正な顔立ち。身長はハルトと同等か少し高く、肩幅は広くないものの、鍛えているのか引き締まった身体をしている。腰には長剣がさがっており、手はシルクのような白い手袋で覆われていた。

 一目みて、並々でない人であることは明らかだった。


「知ってると思うけれど、ミトス王国の国境を守ってる辺境伯のレイナ=クラリスよ」


 レイナは柔和な表情を浮かべているラスターと握手した。

 そして馬車の中へと案内される。


「君達がルークラトスさんの言っていた、エルメタを捕虜にした人たちだね?」


 馬車の中で、ラスターがハルトとリエルに顔を向けてくる。

 副騎士団長ということは、かなり立場は上の人のはず。もっと、年のいった人を想像してたので、ラスターのようなまだ若い人がそのような立場についていることにハルトは驚きを隠せなかった。


「うん、そうなの!」


「ああ。エルメタは、今どうなってるんだ?」


「彼女は今、王宮の中の捕虜専用ルームにて隔離されてるよ。と言っても、体の自由はきけるようにしてあるんだけどね」


「それ、大丈夫なのか?」


 暴れて脱走でもされたりすれば、どうなるかは言うまでもない。

 ハルトの問いに対し、ラスターは目元を掻いたあとこう言った。


「勿論、僕達が目を光らせているよ。彼女はこのミトス王国にとって、ルベライト王国との交渉に使える唯一の武器だからね」


「うむ。だから、小僧とリエルのしたことはものすごいことだぞ」


 珍しくルークラトスまでもが褒めてくれた。

 ラスターは、そばにあった頑丈そうな箱から布袋を取り出すと、ハルトとリエルの膝下にそれを置いた。


「これはアルテミシア王女陛下からのささやかなお礼だよ」


「え、いいのか?」


 中を見れば、大量の金貨や銀貨がぎっしり詰まっていた。

 これだけで下手すれば数年は暮らしていけるほどの金額だ。

 思わず息をのんだ。


「うん。陛下が、もし王都に来ることを拒否した時にはこれを渡せって言われてたんだ。結果的には君たちが来ることになったから後でも良かったんだけどね、先に渡しておこうと思って」


「ラスター殿、感謝致します」


「私からもお礼を言うわ」


「お礼なら僕ではなく、陛下に言ってください。それと、レイナ卿とルークラトスさんにはまた別で陛下からお礼があるそうです」


「別に私は特に何かしたというわけじゃないのだけれどね……」


 自重気味にそういうレイナ。

 敵が退いたとはいえ、やはり兵士達の多大な犠牲が尾を引いているのだろう。

 あれだけの犠牲を出しておいて自分が褒美を貰っていいのか……と。


「……」


 その後ひたすら馬車を進めていく。時折リエルが馬車の窓から外を見ては何か話しかけてくると、会話に花が咲いた。

 しかし、日光が強くなりカーテンを閉めると、やることがなくなって飽きたのかリエルはシエルの膝を枕にしてそのまま眠ってしまった。そしてその髪の毛を優しくなでるシエル。


 ハルトは腕を組みながら、今後の事を考えていた。

 王都へいって王女様からどんなことを言われるかわからないものの、それが終わってしまえばもうレイナの傍にいる意味がなくなる。

 ハルトは恩人であるレイナを死なせないため一時的に義兵として参加したに過ぎない。つまり、レイナの正式な護衛ではない。

 このまま、レイナの正式な護衛として働くことも考えた。

 しかし、レイナがそれを了承するだろうか? それにシエルのこともある。彼女は絶対に嫌がるだろう。

 正直、元の国に戻る努力はしないつもりでいるハルト。

 戻ったところで、また研究所に戻されてさんざんコキ使われるのが関の山。

 あえて苦行の道をたどることもないだろう。それぐらいハルトには元の国に対して未練というものがなかった。

 ハルトがあの宴で毒を盛られた理由は想像がつかない。推測するならば、彼を妬んだ者による犯行か、それとも国を守って用済みとなったからなのか、いくらでもあるが、どれも憶測の域をでない。


「えっと……ハルトくん、でよかったかな」


「ん……?」


 不意に、ラスターから声をかけられる。

 相変わらず彼の顔はニコニコとしていて、愛想がいい。


「“君も”もしかして、何か能力を持っているのかい?」


「ん……ああ、ベネストレアの加護? とか言われてるやつか?」


 ラスターは頷く。


「どうしてそんなことを?」


「ああ、いや、気分を悪くしたなら謝るよ。ただ、あのエルメタ騎士団長と互角に戦ったという君に、何か能力でもあるのかなと思って」


「能力かー……」


 見れば、レイナ達もハルト達の会話に耳を傾けていた。


「残念ながら“ベネストレアの加護”とやらは俺は持っていないな」


 嘘は言っていない。レイナ達の話によれば、ベネストレアの加護は先天的なもの。ハルトのように、後天的に実験の結果できたとすれば、それはまた別のものだろう。

 ラスターは思わず感嘆した。


「おぉ……じゃあ、君は何も能力を持っていないのに彼女と互角に戦えたんだね。すごいなぁ……」


「いや、あれは互角とは言えないだろうな……。守るのが精一杯で、リエルの援護が無ければきっと負けていた」


「いや、それでもだよ。まずエルメタを足止めできるという時点でかなりすごいことだ。アルテミシア王女もこの国にまだそんな猛者がいることに驚いていたよ」


 猛者……か。

 国のトップからそういう評価をしてもらったのは純粋に嬉しい。しかし同時に萎縮もしてしまう。


「だからもしかすると、アルテミシア王女から直々に近衛騎士団に来るよう、言われる可能性があるかもしれないね」


 ラスターがそう言うと、レイナの眉がぴくっと動いた。


「待って、それは本当なの?」


「あ……す、すみません。リエルちゃんも、ハルト君もレイナ卿の護衛騎士でしたね。

 ですが、陛下の事ですからきっとお2人の事を近衛騎士団に入れたがると思います」

「……」


 ラスターにそう言われ、閉口してしまうレイナ。


「爺さん、近衛騎士団って?」


 ハルトの国でも近衛騎士団はあったが、こっちではどう違うだろうと気になったので聞いてみることに。


「アルテミシア陛下直属の騎士団のことだ。入るには最低限上級騎士の称号が必要となるが、称号を持ってさえすれば誰でもなれる。

 最高指導権は陛下が握っているものの、基本的には騎士団長が全てを仕切る。その優遇さから、騎士であるのに並みの貴族より権力があると言われている集団だ」


「そうだね。僕ももともとは近衛騎士団の騎士として日々戦っていたよ。僕と同期で現騎士団長のリズリサも、元はただの騎士だった。だけれど、先代の騎士団長から目をつけられてね。彼女は騎士団長に、僕は副騎士団長になってしまった」


 そう言って苦笑するラスター。

 きっとそうなるまでには数々の苦労があったのだろう。


「だけど、残念だが俺は上級騎士の称号を―――」


 ハルトが続けようとしたとき、突如馬車が止まった。


「ん……? どうしたのだ」


 突然止まった馬車に怪訝そうな顔色を浮かべる爺さん。

 リエルはその衝撃で目を覚ました。


「……もうついたのぉ?」


「まだよ。だから眠ってていいわ」


「うん~」


 そう言ってリエルは再び眠りについた。


「ちょっと、外を見てきます」


 そう言うとラスターが馬車の外へと出る。


「私も少し見てきます」


 爺さんも、馬車の外に出ようとした瞬間、

 すぐさま馬車の扉を開けられた。


「皆さん!! 今すぐ馬車から降りてくださいっ! これはかなりまずい状況です」

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