1-13 戦いの後
その後のハルト達の忙しさは尋常じゃなかった。
まず負傷した兵士達の治療、そして戦死者の処理。
相手が退却し、国境を守ったとはいえ半数近くの兵士が死亡している。その傷は計り知れないだろう。
そして王宮への報告。これは、早馬を送らせたのでいい。
レイナは兵士達に指示し遺体を運ばせた。その際に身につけていた鎧や剣などは剥ぎ取っている。本当はそうしたくはないけれど、鎧や武器もこの国にとっては貴重なので、再利用できるものは使うのだという。
ルークラトスは戻ってくるなり、捕虜にしたエルメタを見てたいそう驚いていた。その時には既に五感消失は解けており、案の定エルメタ暴れたものの、強力な拘束具に流石の彼女もどうすることもできず、すぐに大人しくなった。
ルークラトスは、エルメタを送る際兵士だけでは心配だということで、監視役としてついていった。エルメタを捕まえたことで爺さんにある程度実力を認められたハルトは、リエルと共にレイナの護衛を頼まれた。
王都に行き、捕虜の報告を済ませてから戻ってくるまでにはおよそ1週間はかかるという。だから少なくともその間ハルトはレイナの屋敷にいることになるだろう。
一行がようやく屋敷へと戻ったころ、既に日はとっくに上っていた。
屋敷の中に入ると、シエルが出迎えてくれる。
「お帰りなさい、お嬢様、リエル」
「あの……俺もいるんだけど」
ハルトの言葉を無視し、シエルはリエルの元へと駆け寄ると、その体をペタペタと触り始める。
「おねぇちゃんくすぐったい」
リエルはこそばさに顔を歪めるものの、シエルの表情は真剣そのもの。
「怪我してない? 大丈夫?」
「うん。少しだけ膝をすりむいたぐらいだよ」
「見せなさい」
そう言ってシエルはしゃがむ。
リエルの左膝は少しだけ赤く滲んでいた。
「赤くなってるじゃない……ちょっと待ってて」
そう言ってシエルはすぐに救急箱を取ってくる。
「こんなの放置してたらすぐ治るよっ」
「ダメ。傷口が化膿したらどうするの」
そうしてシエルは一通り治療すると、リエルの膝に包帯を巻いた。
「別に大丈夫なのに……」
「それでも念のためよ」
そう言って救急箱をしまうシエル。
そして、レイナの方に向き直ると、ペコリと一礼した。
「失礼いたしました。改めて、お嬢様おかえりなさい」
「うん、ただいま」
「どうやら嬉しいことがあったようですね」
レイナの晴れ晴れとした表情を見たシエルがそんなことを言う。
「ええ。聞いて、シエル。私達、勝っちゃったの」
その言葉にシエルは目を丸くした。
「ほ、ほんとですか」
「うん。正確には相手が退いていった、なんだけどね」
そう言って苦笑するレイナ。
「それでもすごいです。一体どうやって……?」
「それについては後で話すわ。だけれど、その前に私お風呂に入りたい……」
レイナが言うと、シエルは微笑んだ。
(へぇ、シエルって笑うんだ……)
「はい、ではすぐに沸かしてきます。少々お待ちを」
そうしてシエルはそそくさとその場を後にした。
「ハルト。先にお風呂に入る? 戦いで疲れているでしょう?」
「いや、大丈夫だ。レイナこそ、色々と疲れてるだろう。俺は後でゆっくり入るから、先に入ってくれ」
「そう……? わかった、じゃあお言葉に甘えるね」
レイナは笑うと、くるりと踵を返す。
「さてと……とりあえず、一旦部屋に荷物だけ置いておくか……」
そうして俺が一歩歩きだそうした瞬間だった。
「ぐっ……」
突如ひどい頭痛に襲われた。
それはまるで鈍器で思い切り殴られたような痛み。
その痛みにハルトは思わず顔を歪め、頭を抱えてしまう。
(な、なんだ……!? 頭が割れるかと思うぐらい痛え!!)
レイナが、俺の異変に気づき、駆け寄ってきた。
「ハルト……どうしたの?」
「うぅ……!!!」
「ハルト!?」
しかし、ハルトはその問いに答えることができない。
そして次の瞬間、ハルトの視界は暗転した――――。
「ん……」
次にハルト目を覚ますと、そこはベッドの上だった。
ひどかった頭痛はなくなり、気分はすっきりしている。
立ち上がると、どこにも異常がないか確かめる。
「うん……大丈夫だな」
体を動かしても、特に大丈夫なことに安堵する。
すると、部屋のドアが開き、そこからレイナが姿を現した。
「レイナ、悪かったな。だけどもう大丈夫―――」
そういうも、レイナはハルトを“通り過ぎて”ベッドの元へ。
「……?」
(今、俺を通り過ぎていったよな……?)
恐る恐るハルト振り返ると―――
「な―――」
そこにいたのは、ベッドの上で目を閉じて眠っている“ハルト”だった。
訳が分からず混乱していると、レイナは寝ているハルトの額に濡れタオルを被せる。
そしてハルトの胸に手を置くと、何かを確認する。
「うん、特に異常はないみたいね。もういつ起きても大丈夫なのだけれど。戦いで疲れたのかな……」
そんなことを言いながら、ハルトの頭を撫でるレイナ。
その表情はどこか嬉しそうだ。
「でも、まさか本当に今自分が生きているなんて嘘みたい……」
そう言うと、レイナは自身が生きていることを確かめるかのように胸に手を当てた。
そして、ポツポツと語りだしていく。
「本当はね、私も死にたくはなかった。できることなら逃げて生きていたかったの。けれど、私には貴族としてのプライドがある。それに、私が逃げれば皆に迷惑がかかる。だからどうしても逃げ出すわけにはいかなかった」
そう言うと、今度はハルトの手を握った。
「だからね、ハルト。私はこうして今自分が生きていることが本当に嬉しいの。
私が今生きていられるハルト達のおかげ。だから、本当にありがとう……」
そう言うレイナの目にはうっすらと涙が見える。
「レイナ……」
やっぱりレイナも本音を言えば死にたくなかったのだ。
いくら綺麗事を並べようが、死が怖くない人間など存在しない。どれだけ強い心をもっていたとしても、レイナはまだ成人にも満たない少女。
そんな彼女に重くのしかかる、辺境伯という身分。
望んでもいない、地位についてしまったレイナの気持ちははかりしれないだろう。
レイナのそれが聞けただけでも、ハルトは頑張った甲斐があったと思った
――と、その時、不意に部屋のドアがノックされた。
「お嬢様、お食事の準備が整ってます」
「うん、すぐに行くわ」
部屋の外からシエルの声。
レイナはそれに返事をすると服で目元をこすり、立ち上がった。
そして眠っているハルトを名残惜しそうに見つめた後、部屋を後にする。
すると、それに釣られてハルトの体も吸い込まれるように引っ張られていった。
「な、なんだ……!?」
体を動かしていなくても勝手に動くことに奇妙さを覚えつつも、レイナは2階の螺旋階段を下り、食堂へ向かおうとする。
「ふふふっ」
レイナは実に晴れ晴れとした表情で、歩いていく。
そうして気が緩んでいたためか、レイナは何かがないことに気付き、その場に立ち止まる。
そこは大きなシャンデリアが吊るされている真下だった。
「あれ……私何処にやったのかな」
レイナは自分の服やポケットの中身を確かめ、何かを探している。
(レイナは何を探してるんだ?)
そう思い、ハルトがレイナに近づいた時だった。
バキッ!!
「え……?」
突如聞こえてきたその音に、2人は上を向く。
するとその目の前には、真っ逆さまに落ちてくるシャンデリアが――――。
「レイナ、危な―――」
「きゃあぁぁああっ!!」
シャンデリアはそのまま、レイナの方めがけて落ちていき―――直撃した。
破片を撒き散らし、床には大量の血だまりができる。
「あ……あぁ……」
な……なん……で…………?
ハルトは目の前で目の前で起きたことが信じられず、膝が震えた。
さっきまでハルトに話しかけていたレイナは――――ものの一瞬にして死亡した。
その衝撃音に何事かと駆け寄ったリエルとシエルが、下敷きになっているレイナを見て、顔を真っ青にする。
「お、お、お嬢様……?」
ハルトと同様に、目の前で起きていることが理解できないのか、ゆっくりとレイナの元に近寄ろうとするシエル。
「おねえちゃん! ダメだよっ怪我しちゃう!!」
そんなシエルをリエルが羽交い締めするようにして引き止める。
「お嬢様っ返事してください! お嬢様!!!」
しかし、レイナは何も答えない。シャンデリアの下でうつ伏せに倒れ、血にまみれたまま全く動くことはなかった。
死を悟ったシエルが発狂にも似た叫びを響かせる。
「お姉ちゃん、落ち着いて!!」
「離してっ!!! お嬢様、お嬢様あぁっ!」
シエルはぼろぼろと涙をこぼれ落ちさせながら、必死にレイナの名前を叫ぶ。
しかし、既に骸となったレイナは何も喋らない。
そんなシエルを、リエルは抱き寄せることぐらいしか慰める術を持っていなかった。
「いやあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
最後に俺に聞こえてきたのは、普段感情の薄い彼女からは想像できないほどの大きな悲鳴だった―――――。
そして次に目を覚ました時、ハルトはベッドの上に横たわっていた。
額には、濡れたタオルが被せられている。
ベッドからは花のような甘い匂いが漂っていて、その匂いを嗅いでいると不思議と心が落ち着いた。
「あ、起きた……?」
その声に顔を向けると、レイナがいた。
「もう、急に倒れちゃうんだもの。びっくりしたわ」
「レイ……ナ……?」
「ん、どうしたの?」
レイナは目元をこすると、覗き込むようにしてハルトを見てくる。
ハルトはゆっくりと体を起こした。
「いや……なんでもない」
何か、悪い夢を見ていたような気がするが……詳しく思い出せない。
「もう大丈夫なの?」
「悪い。なんか、急に頭が痛くなってさ。けどもう大丈夫だよ」
そう言うと濡れタオルをカゴに入れ、立ち上がる。
するとその時、部屋のドアがノックされた。
「お嬢様、お食事の準備が整ってます」
「うん、すぐに行くわ」
部屋の外からシエルの声。
レイナはそれに返事をすると、立ち上がった。
「ハルト、寝起きだけれどご飯食べれる? もし無理そうなら、ラップして包んでおくけれど」
「いや……大丈夫だ俺も行くよ」
そうして、2人は共に部屋をあとにすると、食堂へと向かう。
ハルトは、何かもやもやした気分のまま、レイナの横に並んだ。
「そういや、俺はどのぐらい眠ってたんだ?」
「大体1時間ぐらいね。もう、突然倒れて本当にびっくりしたんだからね」
「悪い悪い」
そうして螺旋階段を渡り、シャンデリアの真下に来たところで、突如レイナが立ち止まった。
「どうした……?」
「いや……大したことじゃないんだけれど、忘れ物が――」
その時だった。
バキッ!!
「え―――」
上を向けば、大きなシャンデリアが2人の元に落下してきていた。
レイナの表情が凍りつく。
「―――!!」
ハルトは、咄嗟にレイナを抱き寄せると、そのままできる限り強く横にそれるようにジャンプした。
そして次の瞬間、シャンデリアは大きな音と共に床に落下しその破片をぶちまける。
ハルトはレイナが破片に当たらないよう彼女に覆い被さった。
「レイナ、大丈夫か?」
「え、ええ……」
そのおかげもあってか、レイナはほぼ無傷のようだった。
「それはよかっ――っ!?」
背中に鋭い痛みを感じる。どうやら破片の一部が刺さったらしい。
痛みを悟られないよう立ち上がると、レイナの手を取る。
レイナはハルトに手を引かれて立ち上がると、服についた少量のガラスの破片を払う。
「あーあ……」
「うひゃーこりゃ掃除するの大変だねー」
音の衝撃に気付いたシエル達がエントランスにやってきて、気だるそうにため息をついた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。ハルトが咄嗟に庇ってくれたから」
「よかった……」
「俺のことは心配してくれないのか?」
そう言うと、シエルが露骨に眉を潜めた。
「はぁ? どうして私が貴方の心配しないといけないのよ」
「あ、いやなんでもないです……」
ハルトのことはどうでもいいらしい。
(まぁ、レイナのことはそれなりに心配しているみたいだしいいか)
……と、そこでリエルがハルトの背中の傷に気づいた。
「お兄ちゃん、その背中……!」
「え……ほんとだ出血してるじゃない!」
「いやー大丈夫大丈夫」
出来るだけ明るく言ったつもりだったが、レイナは聞いてないようでおろおろとしている。
「ど、どうしよう……早く止血しないと」
「いや、ホントに大丈夫だって」
本当は結構背中が痛んだものの、レイナを落ち着けるためにそれを表に出さず、軽い調子で振舞った。
「救急セットは部屋にあるんだろ? だったらとりあえず自分でやってくるよ」
「あ、ちょっと―――」
そう言うと、レイナ達から離れ、2階の部屋へと入る。
「…………」
レイナを心配させないようにとは言え、本当は痛くてたまらない。
とりあえず、破片を抜かないと……。
背中に刺さったガラスの破片を抜こうとするが、なかなか手が届かない。
「ちっ……参ったな」
歩いてきた方向を見れば、血痕が生々しく垂れ落ちていた。
破片は思ったより深く刺さっているようで、手を後ろにやろうとするたびに激痛が走る。
だが、レイナに余計な心配をかけるわけにはいかない。
しかし、自分1人じゃどうしようもないというのも現実。
困ったな……。
そうしてどうしようか考え込んでいると、不意に部屋のドアがキィッと開いた。
「はぁ……やっぱりそんなことだろうと思ったわ」
そこにいたのは呆れた表情を浮かべるシエル。手には救急セットを持っていた。
「な、なんのことだ?」
「隠しても意味ないわ。あんだけ血を垂らしたまま大丈夫と言われても、やせ我慢だというのはすぐわかるもの」
そう言うと、シエルはハルトのもとへ近づいてくる。
そしてハルトの背中のガラスの破片を引き抜いた。その際に激痛が走る。
「いってえええ!!」
「我慢して」
「もう少し、優しく取るということをだな……」
「思い切りが大事な時もあるのよ」
「だからってあのな……いてて」
そういうと、傷口に何かを塗っていく。一瞬染みたが、やがてそこからすぐに痛みが消えていった。即効性の麻酔薬か何かだろうか……。
シエルはテキパキと傷口に塗っていくと、
「服、脱いで」
「あ、ああ……」
そう言われ、上半身裸になる。
そして傷口に専用の布を貼り付けると包帯を巻いていく。
その時間は5分もかかっていない。
「これで多分大丈夫。後は1日起きに包帯を変えるだけでいいわ」
そう言うと、シエルは部屋から出ていこうとする。
「待ってくれ」
「……なに?」
「いや、その……ありがとうな」
ハルトがそう笑いかけるとシエルは、
「…………お嬢様を助けてくれたお礼よ」
小さくそう言って、部屋を後にした。
もしかして、さっきは俺のことを心配していないと言っていたけど、本当は少しは心配してくれていたのだろうか……。
すっかり痛みの引いた背中に気分を良くすると、再びレイナの元へ。




