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死の予測 ~流れ着いた先は敗戦寸前の国でした~  作者: リザイン
第1章 漂流、そしていきなり戦場
12/18

1-12 鏑矢の音


 エルメタがこちらに向かってくる。

 先に動いたのはリエルだった。

 彼女は、素早い動きでエルメタを翻弄するも、エルメタの反射神経の良さはもはや人間離れしている。



「チッ……ちょこまかと小賢しい……」


 エルメタは大きく剣を振り上げると、大きく横に薙いだ。

 それは、風の刃となり前方にいるリエルに襲いかかる。


「っ――」


 リエルは一瞬驚いたもののすぐに体制を立て直すと、地面にしゃがんでその刃をかわす。

 しかし、その風の刃の進行はとどまることをしらず、そのまま更に前方にいる兵士達に直撃した。

 レイナの兵士達だけでなく、エルメタの兵士達もが巻き添えをくらい、そのまま真っ二つに裂けてしまう。あちこちから湧き出す鮮血は、さながら破壊されたスプリンクラーのようだった。


「お前――自分の兵士にまで……」


「あん? ……しらねーよ。オレの近くにいたのが悪い」


 リエルは立ち上がると、服の裾についた砂を払う。

 そして間髪いれず、エルメタに連撃を加えていく。

 ハルトもそれに続いた。

 兵士達の横槍もかわしながらやるエルメタとの死闘は、まるで永遠の時にも感じられた。

 しかし、2対1という圧倒的不利な状況にもかかわらず、エルメタは2人の猛攻をかわしていく。


「はぁ……はぁ……」


 段々と息が切れてくるハルト。

 自分のスタミナのなさに、情けなくなる思いだった。

 となりを見れば、リエルの額からも汗がにじみ出ていた。


「おらぁっ!」


「――!」


 休む間もなく、エルメタの鋭い突きが2人を襲う。

 少しでも判断を間違えれば、その瞬間破裂したトマトのようになるのは間違いない。

 かなり神経の使う戦闘に、ハルトは思わず逃げ出したくなる。

 

(首、左足――胴――首と思わせて胴――――!)


 頭の中に生まれてくる自身の未来。

 ハルトは、自身の動きが遅くなるのを感じながらそれをかわしていく。

 しかし……


(まずい、間に合わ――)


 ハルトは次に放たれる攻撃がどこに来るかはわかっていた。

 しかし地面で骸となっている兵士につまずき、一瞬体制を崩したのがまずかった。

 エルメタがニヤついたのを、ハルトはゆっくりと見るしかなかった。


(これはおわった―――)


 ハルトが死を覚悟したその時。


「ッ――――!」


 目の前に現れたのはリエルだった。

 両手を交差し、エルメタの斬撃をその小さな体で精一杯受け止める。

 しかし、そのあまりの攻撃の重さに耐え切れず、リエルもろともハルトは後方へと吹き飛ばされた。

 ハルトはリエルを抱きかかえるようにして、庇う。

 そして後方で立つ巨木に背中から激突した。

 胃液が逆流しそうなほどの強い衝撃。

 一瞬息をすることができなくなり、ハルトはその場で悶え喘ぐ。


「リエル……大丈夫か?」


 リエルはコクりと頷いた。ハルトが庇ったおかげで、外傷は全くない。


「よかったぜ……リエルが怪我した、なんてことになったらシエルになんて言われるかわかったもんじゃねえしな」


 そういうと、ハルトの体をぺたぺたと触ってくるリエル。

 心配してくれているのだろう。

 

「俺もなんとか大丈夫だ。助けてくれてありがとな」



 そういうと、ハルトはリエルの頭を撫でた。


「……」


 リエルはされるがままになっている。

 ハルトは痰を吐き捨てると、転がっていった剣を手にもった。


「やっぱ一筋縄じゃいかねえよな……」


 エルメタがゆっくりとこちらへと近づいてくる。 

 周囲の兵士など目に入っていないかのようだった。


「完全にロックオンされてる……もう、あいつのなかじゃ戦争とかどうでもいいんだろうな……」


 全く気にすることなく屍を踏み越えてこちらに近づいてくる。

 ハルトは、周囲を警戒しながらリエルにこう言った。


「リエル、よく聞いてくれ。

 あの化物エルメタを倒すことは、俺だけでは絶対無理だ。

 だけど、リエルのもつ“五感消失”……。それを加えることができれば、まだわからない。

 だから、俺が一瞬だけエルメタの気を引く。その間に攻撃を決めてくれ」


 リエルは頷いた。


「よーし、いい子だ。成功したら、好きなだけお菓子を買ってやる」


 リエルが笑った……ような気がした。


「行くぞ!」


 2人はエルメタめがけて一気に走り出す。

 エルメタは2人からの攻撃に身構えるものの、


「残念ながら、俺だけなんだよなぁ!!」


 ハルトは手にもっていた砂をエルメタめがけて投げつける。


「ぬぁっ!? 目が……てめ、姑息な手を使いやがって!!」


 まさか引っかかるとは思っていなかったハルトは、チャンスと言わんばかりに、近くにいた兵士を踏み台にして高く飛び上がると、エルメタの頭上めがけて落下した。

 そんな状況でもエルメタには効かなかった。

 だが、体制が一瞬崩れたのをハルトは見逃さなかった。

 ハルト懇親の一撃を込めて、エルメタの胴に放った。

 彼女は防御に間に合うも、更に体制を崩してしまう。


「今だっ! いけ、リエルーーーーーー!!」


 そういうや否や、ハルトの後ろから現れたリエルは、エルメタに連撃を加えていく。

 しかし恐ろしいことに、体制を崩してもなお、エルメタは攻撃を防いでいた。

 けたたましい金属音を鳴らしながら、火花を散らす。


「ちぃっ―――!?」


 しかしリエルの手数の多い攻撃に、流石のエルメタも無傷というわけにはいかなかった。

 腕に攻撃をもらい、そこから一筋の切り傷を生む。すると、


「うぉっ!? なんだ……急に、鼻が効かなく―――」


 リエルの五感消失により、一時的に五感のうちどれかを失ったようだ。鼻が効かないということは、嗅覚を失ったのか。

 エルメタが怯んだ隙に、リエルはもう一撃加えることに成功する。

 

「ちぃ、今度は目が……」


 これでもうエルメタは動けないだろう。

 嗅覚と、視覚を同時に失ってはどうしようもない。

 ハルトは、このチャンスを見逃しはしなかった。


「リエル、そのまま五感全てを奪ってしまえ!」


「何!?」


 ハルトが言うと、リエルはその言葉通りに、エルメタに追撃を加えようとする。

 しかし、恐ろしいことにエルメタは目が見えなくなっても尚、リエルからの攻撃をかわしていた。


「俺がいるのも忘れるんじゃねえ!」


 ハルトはエルメタとそのまま再びつばぜり合いになった。


「今だリエル!!」


 リエルはそのまま三度追撃を加える。

 避けられない様にハルトが相手をしていたので、エルメタはそのままもろに喰らってしまった。

 すると、エルメタの手から大剣が滑り落ちた。

 触覚が消えたことで、大剣を持てなくなったようだ。


「なんだ……!? 今度は耳もかよっ」


 これでもう、エルメタは戦うことができないだろう。

 五感の全てを失ってしまったのだ。その恐怖は計り知れない。

 エルメタは、戦場をそのままぶらついていた。武器を探しているのだろうか。それともハルト達を探しているんだろうか。

 そんなエルメタに、リエルが止め刺そうとせんばかりに喉元に剣を刺そうとする。


「―――! 待て、リエル!」


 その言葉に、寸前のところでリエルの動きがぴたりと止まる。


「今、そいつを殺してはダメだ」


 ハルトが言うと、どうして? と、言わんばかりに首をかしげるリエル。

 

「俺に考えがある」


 そう言うと、ふらふらと動き回るエルメタの元へと近寄る、

 彼女の目は開いているものの、ハルトと目があっても気づくことがなかった。

 本来ならこんなに近くにまで来ればすぐさま攻撃が飛んでくるはずなのに。

 傍で死んでいる兵士の服を引きちぎると、エルメタの両腕を縛り完全に無力化し、そのまま肩にかついだ。

 五感全てが消えているエルメタは、それに対して何の反応も示さない。もう、彼女には、思考するという行動以外を取ることができないのだから。


「リエル、本陣に戻るぞ!!」


 合点がいったのか、リエルはこくりと頷いた。

 そして2人は本陣に向けて、走り出す。





 ―――が、その先々を敵兵達が囲んでいく。


「エルメタ様を離してもらおうか」


 どうやら敵の精兵達が応援に駆けつけたようだ。

 ち……。

 エルメタを抱えたまま戦うのはあまりにもリスクが高すぎる。相手はその辺の雑兵ではないのだ。ここを突破するのは至難の業といえよう。

 それに、リエルの五感消失の効き目がどのぐらいあるのかも気になる。もし彼女が五感を取り戻してしまえば、暴れだすのは目に見えている。

 それまでになんとかしなければならないな。

 ハルトの首から汗が流れ出る。

 その横にリエルが並んだ。一緒に戦ってくれるらしい。

 かなり心強いものの、相手の敵兵は数を増していくばかりだ。


「さぁ、ここが正念場か――」


 そうして俺が動き出そうとした瞬間、2人の前に誰かが駆けていくのが確認できた。


「青年、よくやった! ここは我々に任せてその捕虜を連れて早く逃げろっ」


 そう言って敵兵に向かっていくのは、ルークラトス達と共に付いて来たこちらの精鋭達だ。思わぬこちらの応援に、ハルトは思わず笑みを浮かべる。


「助かった。ここは頼む!」


 お礼を言うと、精鋭達が足止めしてくれている間に、右翼から戻っていく。

 途中、何人かの敵兵に遭遇したが、ハルトが相手にするまでもなくリエルが全て片付けてくれた。なんとも頼もしい護衛だ。

 馬はないので、走って帰る他ない。ルークラトスのことが気になったが……


(あの爺さんのことだ。やりとげてくれるだろ)


 そうして休むことなく走っていると、本陣が見えてきた。

 

 そして、右翼から帰ってきたのを見た兵士達はハルトが担いでいるエルメタを見て目をまん丸に見開いた。


「そ、そいつは“狂犬”か!?」


「し、死んでいるのか?」


「いや、死んではない。手錠か何か持ってないか?」


 服で縛っているだけでは、きっと暴れてすぐに引きちぎってしまう。本当は拘束などしたくはないが、エルメタのあの暴力的な性格からで大人しくしているとも思えない。だから、拘束はしておかないとまずいだろう。

 そうしてハルトは鋼鉄製の手錠を受け取ると、エルメタの手首に嵌める。

 その後、レイナのいる場所に赴くと、エルメタを担いだハルトを見て目を丸くした。


「ハ、ハルト……その子は……」


「ただいまレイナ。そしてこいつはお土産だ」


 そう言うと、エルメタを傍のベッドに横たえる。

 エルメタは、まるで人形のようにその場を動かなかった。


「まさかエルメタなの……?」


 恐る恐るエルメタを覗き込むレイナ。

 しかし、その服装を見て合点がいったのか、ただ驚くばかりだった。


「あの狂犬を仕留めるなんて……」


「リエルのおかげだ。彼女の五感消失が無ければ、ここに連れてくることもできなかった」


――それに多分死んでいただろうしな。


 リエルには感謝するばかりである。


 ハルトが言うと、リエルはふるふると首を横に振る。

 そして、左目に眼帯をつけた。

 暫くして、冷酷だったリエルの瞳から光が戻ってくる。

 そして目をパチクリさせながら、


「お兄ちゃんがこの人の気を惹きつけてくれなかったら、私は攻撃を当てられてなかった。だから、すごいのはこの人と互角に戦ったお兄ちゃんだよ!」


 そう言うと、リエルはレイナを見る。


「レイナ様ー。お兄ちゃんね、めちゃくちゃ強いの。まるでこの人の攻撃がどこに来るかわかっているみたいだったよ!」


 妙に鋭いリエルの指摘に俺は思わず驚くものの、そう思われても不思議ではないか。

 ハルトは照れ隠しに頭をかいた。


「運が良かっただけさ」


 そう言ってそれを誤魔化すようにエルメタを見る。

 レイナはそんなハルトの手を取ると、

 

「ありがとう、ハルト。この人を殺さないで連れてきたのはとても大きいわ!!」


 嬉しげに言った。

 レイナに見つめられ、一瞬ドキっとする。

 まつげ、結構長いんだな……。


「お兄ちゃんが止めてくれなかったら、きっと私この人に止めをさしてたところだったよ~」


 そう言うと舌を出して誤魔化すリエル。その仕草は可愛いものだが、言っていることはかなり殺伐としていることだ。


(あ、そう言えば……)


 大事なことを聞くのを忘れていた。


「リエル。この五感消失は大体どのぐらい続くんだ?」


「え? ……ん~わかんない!」

 

 思わずずっこけそうになるハルト。


「うそうそ! 人によって変わるんだ~。1時間で治る人もいれば、半日以上失った状態の人もいたよ」


 そう言うと、リエルは動かないエルメタの頬を触った。


「リエル、危ないわ」


「みてみてレイナ様、この人の頬すっごいぷにぷにしてて気持ちいいんだ! レイナ様も触ってみたら?」


「え、ええ? そうなの……?」


 危ないと言っていたのはどこにやら、興味が湧いたのか、レイナはエルメタの頬を触る。なんとなく気になったハルトも、彼女の頬に触ってみた。


「す、すごい。どうしてこんなに柔らかいのかな」


 確かに、ざらざらしているのではなくぷにぷにしてて気持ちいい感触だった。


「こんな可愛らしい子が、騎士団長やってるんだから、世の中わからないものね……」


 とかいいながら、頬を触りたくるレイナ。

 今、エルメタの五感が戻ったらとんでもない事になりそうだな……と思いつつ今度はエルメタの髪に触れてみる。

 その髪はさらさらで、きちんと手入れされていることが丸分かりだった。

 もしかして、性格によらずかなり綺麗好きなのだろうか……。


「さて……」


――こんなことをしていると忘れそうになるが、後は爺さんだけだ。

 俺達はできる限りのことはやった。行動で示してみせたぞ。

 だから爺さん、早く戻ってこいよ。


「……」


 そうしてハルトが夜空を見ていると、次の瞬間、遠くの方から鏑矢(カブラヤ)の音が聞こえてきた。

 一行はその音に、一斉に振り返る。


「あれは敵の鏑矢みたいね……何かあったのかな……」


 レイナが音の聞こえてきた方を向いてそう言った。

 少ししたのち、レイナの元に兵士が駆け寄ってくる。


「報告いたします! 敵兵が退却していく模様! 恐らく、向こうの総大将が討ち取られたものと思われますっ」


「う、嘘……」


 レイナはまるで信じられないと言った表情でハルトを見た。


 (……どうやら爺さんもきっちりと仕事をこなしてくれたみたいだな)

  

 「おめでとうレイナ。俺達の……勝ちだ」


 ハルトはそう言うと親指を立てて微笑んだ――――

 











 

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