1-10 五感消失
そうしてリエルと共にレイナの元に行くと、ちょうど兵士達に指示をし終えたところだった。
「あ、ハルト。ルークラトスは?」
「爺さんは総大将を討ちに行った」
ハルトはどうして討ちに行くことになったのか、自分の考えも含めてすべて説明した。
レイナは嘆息すると、
「だからって、私にも言わずに……ルークラトスにも困ったものね」
そういうものの、レイナは怒っている様子はない。
「なんだ、怒らないのか?」
「少しね。けれど、もうその方法に頼るぐらいしか手が残されていないというのも事実……。このままむざむざと負けるぐらいなら、そっちに賭けてもいいと思ったの。それに、そんな選択肢をさせるぐらい追い詰められているのは弱い私のせい……。だから、何も言えないわ」
自分が弱いせいでここまで追い詰められているということに責任を感じるレイナ。するとリエルが、
「レイナ様は何も心配しないでいいよ! わたしたちが全部やっつけるからね」
そう言ってレイナを元気づけた。
「ありがとね、リエル」
そう言うとレイナはリエルの頭を撫でた。
嬉しそうに喉を鳴らすリエル。それはまるで猫のようだった。
「爺さんに俺とリエルはレイナを護るように言われている。だから―――」
と、その時。
馬でこちらに駆けてくる兵士の姿が。
傷を負っており、鎧はところどころ砕け、そこから出血していた。
そして馬から滑り落ちるようにして降りると、レイナの元に駆け寄る。
一目見て、吉報でないことは明らかであった。
「レ、レイナ様、大変です! い、今さっき右翼で突然1人の小さい女が現れて次々と我々を蹴散らしてきました!! このままだと、右翼が全滅しかねない勢いです!
」
「小さい少女!? それってまさか……」
「ええ、恐らくエルメタで間違いないかと」
いつの間にか隣にいたルークラトスが、そう答える。
「ルークラトス……」
レイナに一礼すると、ルークラトスはこう告げた。
「お嬢様、その様子だと小僧から話は聞いておるかと思います。我らはこれより、敵の総大将を討ちに行く所存です。お嬢様に申し上げなかったことは反省しております。ですがそのかわりと言ってはなんですが、必ずや成功してお見せしましょう。
――と、言いたいところですが、エルメタが現れたとなれば話は別ですな……。彼女をどうにかしなければ、総大将の元にはたどり着けませぬ」
「爺さん、そのエルメタっていうのは誰なんだ?」
「エルメタ=バリアン。我らの敵、ルベライト王国の騎士団長にして最悪の敵だ。
その強さは、現実離れしている。たった1人で1万もの兵士を相手に戦えるほどの強さだ。そして、その性格の凶暴さと残虐さからこの国ではルベライトの“狂犬”として恐れられておる」
「それは強すぎじゃないのか……? もはや人というより、何かの兵器じゃないかっ」
「どうやらだらだら我らが戦っているのがじれったくなって総大将の護衛から離れてきたようだな。まぁその馬鹿さ加減には呆れてものも言えぬが、チャンスと言えばチャンスだろう。
しかし、奴を振り切って行けるかどうか……」
ルークラトスでもかなりてこずる相手。
それほどまでに、エルメタという少女は強さを秘めているのだろう。
しかし、ハルトはこれこそチャンスだと捉えるべきと踏んだ。
今、総大将の元に行けばそのルベライトの狂犬とやらはいない。いや、多分異常に気づけばすぐに戻るのだろうが、行かせないように引き止めればルークラトスが討ち取り安くなるのは間違いなだろう。
ここで、ようやくハルトの出番が回ってきた言える。
「爺さん、じゃあ俺がそのエルメタとか言う奴の囮になる。だからその間に必ず総大将を討ちに行ってくれ」
「小僧、話を聞いてなかったのか? 奴の強さは現実離れしているのだぞ。小僧が叶う相手だと思っているのか」
「なら爺さん。一人でそいつを相手にしながら、総大将を討ちに行けるのか?」
反論できないのか、ルークラトスが苦々しい表情を浮かべる。
「爺さん、あんたが俺を信用できないのはわかる。
でも今すぐに俺が信用に値するかどうか証明する術がない。でも爺さんさっき“行動で示せ”って言ったよな? 今がその行動を示す時だ。
爺さんは、行動を示す機会すら与えてくれないのか?」
ハルトは爺さんの目を真剣に見ながら言った。
ルークラトスはしばらく黙っていたが、やがて嘆息すると、
「……どうやら私が一本取られたようだな。
いいだろう。だが、もしダメだと思ったらすぐに引き返せ。奴は相手にできなくて当然の相手なのだ。
こちらの精鋭達をもってしても、足止めするのが関の山だろう」
「わかった。爺さん、ありがとな」
「ふん」
そう言うと、ルークラトスは去っていく。
それを見届けていると、不意に服の袖が引っ張られた。
振り向けば、引っ張っていたのはリエルだった。
「リエル、どうしたんだ?」
「うん、えっとね。リエルも一緒に行っていい?」
「リエルも?」
リエルは頷く。
「私も、お兄ちゃんのお手伝いしたい! そしてレイナさまのことを助けたいの!」
リエルの目を見れば、彼女の瞳は真剣そのものだった。
……いや、戦士の目をしているといっても過言ではない。
確かに、ハルト一人では戦ったことないエルメタに対抗できるかどうかは不明だ。
だから出来るだけ仲間がいるに越したことはないが……。
リエルの能力を疑っているわけではないが、ここにいる他の兵士たちの誰よりも一回り身長の小さいリエルを戦場に連れて行っていいものか、とハルトは悩んでいた。
するとレイナが、
「……いいよリエル。行って、思う存分暴れてきなさい」
「レイナ、いいのか?」
「ええ。護衛なら気にしないで。ルークラトスやリエルには劣るけれど、私だってそれなりに戦えるわ」
そう言うと、レイナはリエルと同じ視線になるようにかがむ。
「リエル。眼帯を外すことを許可するわ」
「いいの!?」
「ええ。そしてハルトを守ってあげてね」
リエルは頷くと、その場をピョンピョン跳ねた。
嬉しいようだ。
この殺伐とした戦場で、リエルのような存在は和むというか……。少なくとも緊張感をほぐしてくれるのにはかなり貢献してくれていると思う。
現に、周りの兵士達も、そんなリエルをあたたかい眼差しで見ているし。
暫くして、ルークラトスが精鋭達数名を引き連れて戻ってきた。
全身を防具で固めている者もいれば、動きやすさ重視なのか、ほとんど軽装の者までいる。その表情は、険しい者、無表情の者、余裕のある者など様々だ。
「小僧、行くぞ」
爺さんは腰の鞘から剣を取り出す。
「あ、ちょっと待ってー!」
リエルは、左目の黒い眼帯を掴むようにして取ると、ポケットに入れた。
「リエル……その目は」
リエルの目は左右で色が変わっていた。所謂オッドアイというやつだろう。
「……」
リエルの瞳から段々と光が消え、目つきも鋭くなる。
まるで別人のようだった。
そしてそのまま無言で両方の太ももにある短剣の鞘から短剣を取り出した。
それを見た爺さんは、
「そうか……お前も出るんだな、リエル」
リエルはコクりと頷く。
「小僧。リエルの能力は“五感消失”――。彼女から攻撃を喰らえば、その度に一時的に五感のうちどれか一つを失うことになる。
うっかり間違えてリエルから攻撃を喰らわないように気をつけることだ」
「五、五感消失……?」
つまり、触覚、嗅覚、視覚、味覚、聴覚のうちのどれかが一時的になくなるということだ。
味覚、嗅覚はともかく、視覚など奪われたら致命傷だろう。
ルークラトスは攻撃を受けるたびに、と言っていた。
つまり五回攻撃を喰らえば、五感すべてが一時的になくなることになる。
思わずその光景を想像し、背筋がぞっとした。
「よし……。では、これより総大将を討ち取るべく行動を開始する。
皆の者、行くぞっ―――!!」
爺さんの掛け声で、俺達は馬を使い走り出した―――。




