老人の一日
散りたる桜花が敷き詰まるカンゼ通りには年寄りばかりが歩いている。笑い方を忘れたような皺に埋め尽くされた顔、腰が曲がって杖を突きながら毎朝セナガヤ公園へ向かって行進してゆく。方々から公園の広場に二十人ほどが集まった。花壇を脇にちらちらと見るものあり、藤色のチューリップや真紅のポピーが匂いやかに広がる。わいわいと賑やかに話をしながら老人達は、毎日の決まりがあるかのように滑らかに五列四行に並んだ。
粗方並び終えたかと云うとき、中央に立つ先頭の一人がにわかに頓狂声を挙げた。するとそれに呼応するように、「はいッはいッはァい」と皆が一斉に声を揃える。そして体操が始まった。膝からゆっくりと片足を上げるも、地から離れたかと思うとすぐに足を着いてしまう。首を廻そうにも廻らないのでただチラチラと左右に顔を揺らす。
「ナミさんや、つかぬことを訊くが、今恋人はいるのかいね」
先達て体操を仕切った商店街再興委員会の会長、近藤ツトムはただ一人ピンと伸びた背筋を自慢するかのように胸を張って、汗をタオルで拭きながら街一番の美婦と評判のナミに尋ねた。ナミは腰の後ろで右手を握り締め、皺に押されて細くなった目をさらに細めて、
「恋人はいませんがね、お慕いする御仁はおりますよ」とつっけんどんに云った。ツトムは怪訝そうに、
「もしや、ゲンさんかね」
「まァ恥ずかしい」とナミは紅く塗り過ぎたる唇をきゅっと結び、頬に片手添えてはにかんだ。左手で突く杖が体重を必至に支えてぷるぷる震えている。
薄くなった白髪を掻き毟り苛々しながらツトムは痰を吐き棄て、これから云うことの恥ずかしさにそっぽを向いたまゝ、
「しかし……あんな奴のどこがいいんじゃ? あいつは昔のカミさんに随分酷いことをしたそうじゃないか。わしのがジエントルメンじゃ。それに、何よりあんな三枚目よりわしのほうがよっぽど男前だろう、なあナミさん、わしは貴女のことが好きなんじゃよ。一緒の墓に入ってくれんかの――ナミさんや」
気が付くとナミは黙って歩き出し、遅々とした足取りで出口へ向かって土を摩り摩りゆく。後ろ影を見詰めながらツトムはゲンの店の広告を一切剥がしてしまおうと心に誓った。胸中に涙を溜めて。