ギルドマスターときたら渋いオヤジだよな?
山を下ります
「やめてとめてやめてとめてやめてぇーーーーーー!! とめった!!」
あーあ、舌を噛みやがったか……。
せっかく人が忠告してやったのに、お喋りが好きなのかなんなのか、喋るのを止めなかったからなぁ、このタヌキ。
ん?
俺らが今何してるってか?
トロッコって言うかケーブルカーって言うか、麓の町まで鉱石を運ぶ乗り物(まあドワーフやら人間を乗せるのはついでなんだがな)に乗って山を下りてるところだ。
住み慣れた鉱山を後にして、旅の第一歩(歩いてねえがな!)ってとこだな!
平行した線路が二本、で、今、俺らが乗ってる貨車がケーブルに繋がってそれぞれのレールの上にある。
鉱山の方で鉱石を満タンにして、町の方からはちょっとした荷物や人、で止めてるブレーキを外すと鉱石の方が重いから、鉱山に停まってた方が山を下り、町にあった方が山を上るって仕組だな。
別にそんな速くねえんだけどな、初めて乗るヤツはこのタヌキと同じ状態になるみてえだな。
自動車やら列車や遊園地の乗り物なんかで慣れてる前世持ちならではなのかね、恐怖感を感じねえのは?
ちなみにタヌキの安全性は確保されている。
一緒に旅立つことに決まってからよ、革細工の職人に頼んで「だっこ紐」を作ってもらっといたんだよ。
いやよ、ダンジョンに入るって話だからよ?
ダンジョンの中でよ、この前みてえにチョロチョロ動かれちまうとよ、あっさり死んじまいそうだろ、このタヌキ?
あと、街中にしてもよ、はぐれて、探すのに疲れて入った変な屋台とかで「このスープうめえな!」ってやってたら、中身がコイツとかもあり得るだろ?
なもんだからよ、俺も色々考えて、「そうだ!」って思いついたのがだっこ紐なんだよ。
前世で近所に住んでたシングルマザーの従姉によ、買い物だのなんだのの時に駆り出されてよ、で、子供が大きくなってからは特に俺がだっこさせられてたからよ、大体の作りはわかってたんでな?
まあ、向きは子供のだっこ紐とは逆向きで、俺の方を向かずに進行方向を見る感じになるんだけどな?
タヌキと向かい合わせなんてぞっとしねえし、あれこれ指示を出したがるだろこいつは、きっと。いちいちその度に紐を外してとか、面倒臭えだろ!?
そういう状態だからよ、俺が落ちたりしない限り、このタヌキが落ちるってことはねえんだが、ビビってこのザマだ。
オムツとかもあった方が良かったかな?
漏らしてねえよな、このタヌキ?
ちなみに俺の今の格好だが、どころどころ金属プレートで補強し、鋲なんかも打ち付けて強化した革鎧に、メインウェポンのピックアックスが右腰、道のあるトコばっかじゃねえだろうからって持って来た木の鞘に入った鉈が左腰、腰の後ろには投げることも出来る斧、で背中にタヌキを守るための盾(普段は俺は盾を使ったりしねえんだよ)を背負っている。
容積六倍の魔法の袋も肩からかけてるぞ?
袋の中身は干し肉とドワーフでも固く感じる、人間の顎じゃとてもじゃないが食いちぎれねえクソ固ぇパン、酒の入った革の水筒、それにこっそりと親方の振る舞い酒をガメておいたものが入ったスキットル、後は毛布と肌着、雨避けの外套といったところか。
毛布はタヌキ用のものも一応は入れてるが、コイツはコイツで俺なんかよりもっと高性能な魔法の袋を持ってるみてえだしな、なんか得意げに自慢してたんだが、興味がねえんで聞き流してたんだよな。
静かになったと思ったら気絶してやがんのか、タヌキのヤツ。
少しずつ減速してるから今なら景色楽しむ余裕があるだろうに……。
勾配を調整して、町の近くで徐々に速度が落ちる様になってるんだよ。
じゃねえと、このケーブルカーを知らない旅のヤツとかを町の側で撥ねちまう危険性があるからな。
町の近くでは見てからでも避けられる程度の速さになってるんだな。
魔法とか使ってねえのに、俺らドワーフのご先祖さまも大したもんだろ?
徐々に速度が落ちて完全に停車、町の門はすぐ目の前だ。
俺らみたいな用事で乗るヤツだけでなく、観光でこのケーブルカーに乗る物好きも居るって話だな。
上りに乗って俺らの鉱山に入らず、そのまま下りで下りて来るんだとよ。
まあ、危険は少ねえが、鉱石運搬用だから乗り心地なんか考えてねえのにな?
ん、あれ、なんだ?
ほーう、人間の商売もすげえな、クッションをレンタルしてんのかよ!
ドワーフは面の皮も厚いがケツの皮も厚いからな!
クッションを使うって考えにはならねんだが、確かに人間が乗るんならあった方がいいやな。
町の門番に入門税を払う。
二人分払ったら怪訝そうな顔をしてたんで、タヌキを見せたら余計に変な顔になった。
うん、子供ならともかくタヌキだからな。
この格好、旅を続けると「タヌキ・ドワーフ」なんて呼ばれ方をしちまうかもしれねえなぁ。
あるいは「タヌキのゲッタ」とか俺がタヌキみてえな言われ方もあり得るなぁ。
前世の子供用のハーネスみてえなヤツにしといた方が良かったかなぁ……?
犬の散歩紐に近えから、俺の方が変に見られたりしねえよな、そっちの方が。
この町は俺らの居た鉱山とのつながりが深い(ってか鉱山がなきゃ成り立たない)町なんでよ、来た時の定宿は決まってるから面倒は少ねえ。
「おう、今晩空いてるか?」
宿の女将も主人もドワーフなんだわ、この宿。
「ダッタん家の次男かい! 満室でお断りなんて一度言ってみたいもんだねぇ。心配しなくても空いてるよ!」
「じゃ、取り敢えずは一泊で「いや一週間にしてもらおうか」って何言ってんだ、このタヌキ?」
「取り敢えずの目的地も決まってないのだぞ? ここを出て何処に行くつもりだ?」
「ん? 適当でいいんじゃね?」
「物見遊山ではないのだぞ!」
「で、どっちなんだい?」
「あー、じゃ一週間でたのまあ」
面倒だが、俺の役割はこのタヌキの世話係みてえなもんだからなぁ……。
飼育係でも可。
「なにか、変なことを考えておるのだろう!?」
「いんや、別に? なんか美味そうな食い物ねえかなあ、とかしか考えてねえよ?」
「この町には冒険者ギルドはあるのか?」
「あーっと、確かあった筈ってか、この規模の町で無え方が珍しいぞ?」
「では、まずはそこで登録だな、お主の!」
「へっ? 俺が? 笑わせんなよ、俺は鍛冶屋だぞ?」
「ダンジョンに入るには必要になるのだろう?」
「あー……そっか、うわっ面倒くせえ、マジで!」
道中で屋台の食い物を買いつつ冒険者ギルドを目指すことにした。
こう、天井の無いトコをフラフラ歩くってのは、前世とか思い出すと普通のことなんだろうけどよ、穴倉暮らしの長いドワーフの場合、なんか変な気持ちになるな?
ドワーフの鉱山があり、親方の様な名の知れた職人が居るため、仕事を受けるためだけでなく、装備を買ったり素材を直接売り込もうとしたりと、この町は冒険者が結構多い。
一番多いのは人間だが、エルフにグラスランナー、ドラグニュートまで居るなぁ。
ドラグニュートってよ、一人でいる時はそうでもねえんだけどよ、集団になると爬虫類臭が凄えんだよ。動物園のワニのとこみてえな感じ。
親方の届け物でいっぺんドラグニュートの村に行ったことがあってな?
鼻があんま鋭くねえ俺らドワーフであれなんだから、獣人とかだとキツいだろうなぁ……。
何気にギルドの中に入るのって初めてなんだよな。
ゲームじゃしょっちゅう入ってたのにな?
テンプレだと絡まれるんだっけか?
ひ弱そうな日本人ならともかく、俺みてえなドワーフに絡むとか「バカ」としか言い様がねえだろ?
特にこの町はドワーフにとっては準ホームみてえなもんだぜ?
多少は腕っ節に自信があるヤツでも大人しくしてるだろ……。
ん、なんかざわついてるな?
なんかあったのか?
「お、おい! 誰か何かやりやがったのか? 『壊し屋』が来ちまったぞ!?」
「あの『豪腕』のアーティファクト級の剣をぶち壊した『壊し屋』だと?」
「他にも武器自慢の連中がどんだけ武器を壊されたことか……」
「研ぎに出してて助かったぜ……」
なんか酷え言われようだな、おい!
手入れもろくすっぽしねえで、そのまま戦闘に使おうもんなら途中でポッキリといきかねねえから忠告してやったのを、いちゃもん呼ばわりするからどんだけ脆いか証明してやっただけじゃねえか!
その後キレて殴りかかって来たのをぶちのめしたのは、ちとやり過ぎだったかもしれねえけどよ!?
砥石と皮切れと布である程度は日常的に手入れをして、定期的にちゃんとした武器屋か鍛冶屋でメンテナンスをしてもらうのなんか常識だろうが?
命を預ける道具だぞ!? その程度のことも出来ねえヤツが「冒険者でござい」って武器を振り回してんじゃねえよ!
「な、何か怖い空気を出しているぞ、ゲッタよ! わ、我は平気だが、周囲の者が困惑しておるぞ?」
あー、ま、用事だけ済ますか。
そういやおばば様の手紙とかあったな、ギルドマスターに渡すんだっけか?
「おう! ギルドマスターは居るか?」
「は、はひっ! どういったご用件でしょうか?」
「あー、まあなんだ、取り敢えずは会ってからだな?」
「しょ、少々お待ちください」
いや、ビビり過ぎだろ、この受付のねーちゃん。
「あー、ここのギルドマスター割と話の分かる方だったんだけどな」
「いや、この支部自体残るのか?」
「やべえかもしれねえな……」
ゴチャゴチャ言ってる奴らが居るから、どんな面してやがるんだ、と顔を見ようとすると一斉に顔を背ける。
……いやよ、俺はオーガでもドラゴンでもねえぞ?
どんだけ、恐れられてんだよ、俺は!?
「お待たせしました、どうぞ、奥へ」
「おう、手間かけるな!」
部屋の中には初老のおっさん。
この支部のギルドマスターだな。
冒険者を引退してってことなんだろうが、今でも表に居る連中より強えじゃねえか。
「まあ、なんか俺は怖がられちまってるみてえだから、下手に誤解されないように、先におばば様の手紙を渡しとくわ」
「長老の……拝見しよう」
おばば様の手紙を読むギルドマスター、俺とタヌキは揃って室内をあちこち見ている。
いやよ、こういうトコ入るの初めてだからよ、珍しいんだよ、俺にとっちゃあ。
「了解した。実力に関しては試すまでも無いだろう。マスター権限でダンジョンに入れるランクであるDランクのギルドカードを発行することにする。で、そちらの方がムジーナ様なのか?」
「いかにも! 我こそ大賢者ムジーナである」
偉そうにタヌキが言うが、だっこ紐で俺にくくられてる状態だ。
威厳とか欠片もねえな?
「ダンジョンに関しての重大な懸念、これは本当のことでしょうか?」
「うむ、間違いない、我が研究と検証を重ねた結論だ!」
「破壊出来ないダンジョン・コア……スタンピードと合わされば国が滅ぶ……」
「我もそれを懸念しておる」
「なんということだ……。最大限、ムジーナ様に便宜を図るよう、ギルドの各支部に連絡しておきましょう」
「うむ世話になる」
タヌキがシリアスになっても重みがねえよなぁ……。
マスターが深刻な表情すればするほどコントじみてきやがる。
俺はこみ上げる笑いを必死に耐えた。
……ま、カードもらったし、ここにはもう用はねえな!
「じゃ、世話になった!」
俺らが立ち去った冒険者ギルドからは一斉にため息が聞こえた。
盛大にビビられました