タヌキってタヌキ汁以外の調理法ってあったっけか?
ローブを着てて二足歩行で会話も出来るけど普通のタヌキです?
「何を驚いてるんだ? ちゃんと入り口から入って来ただろう、俺は?」
「魔法の鍵と罠、それだけでなく、職人に作らせたからくり仕掛けで万が一魔法が無効化された時でも対応してたのに!」
「いや、形あるものは必ず壊れるって言うだろ? まあ、細工は見事だったが壊せねえもんではねえよな?」
なんでタヌキと問答してるんだろうな、俺は?
俺がタヌキの外見に驚いている以上にドワーフの俺が入って来たことをタヌキが驚いてやがる。
いや、こんな坑道につながったダンジョンなんて、エルフが入ってくるよりドワーフが入ってくる確率の方が高えだろうがよ?
「熟練したシーフと魔術師が手を組みでもしない限り開く筈がないんだ!」
「でも、開いたぜ?」
「有り得ない!」
「世の中には有り得ないことなんか有り得ないらしいぜ?」
「何故だ!!??」
「知らんがな……」
タヌキは俺をスルーして扉の状態を確認してやがる。
まだ、ブツブツ言ってるな。
気持ち悪いんで放置していいかな?
他の連中には「変な気持ち悪いタヌキの居るダンジョンに繋がってた」って言っとけばいいだろ?
じゃあ、帰ることにするかな?
「ちょ、ちょっと待て! 何、平然と帰ろうとしてるんだ!」
「いや、なんか取り込み中みてえだし、ブツブツ言ってて気持ち悪ぃし、面倒なんで帰って酒飲んで寝るわ!」
「この扉はドラゴンのブレスも大魔術師のメテオストライクも耐えるものなんだぞ!? なんでそんなハンマーで壊せるんだ!」
「いや、ハンマーじゃないピックアックスだ!」
「そんなもんどうでもいいわ!」
「どうでもいいとはなんだ! お前の存在自体の方がどうでもいいじゃないか! いいか! ピックアックスはなあ、ドワーフの中の一番尖った部分と一番固い部分を象徴する男の武器なんだよ!」
ピックアックスを「どうでもいい」とは、やはりタヌキは害獣だな。
さっさと戻って繋がってる部分は「埋めとけ!」って他のヤツに言っとかねえとな!
「待て、本当に我の研究に興味が無いのか!?」
「ねえよ! じゃあな! ったく骨折り損だぜ!」
「待つのだ! 伝説の賢者ムジーナとは我のことだぞ?」
「いや、知らねえって。ドワーフにそういう知識を期待すんなよ!」
本当にうぜえ!
スルーして戻った俺だったが、なぜか涙目になりながらタヌキがついて来た。
ドワーフも足が短けえが、タヌキはそれ以上に短い。
二足歩行には向いていない体つきなのに二足で歩いている。
……ってか、こいつ尻尾デカ過ぎだろ?
そりゃ、歩きづれえはずだわ。
胴回りより尻尾の一番太い部分の方が太ぇんだぜ?
後ろを付いてくる分にはいいんだが、前を歩いてたら踏んづけちまいそうだな?
別に丁重に扱う気は無いが、虐待をしようという意図も無い。
にしても賢者なぁ……。
自分で「賢い」って言っちゃうメンタリティは俺には理解出来んわな。
あまりにも足が遅い癖に時々俺より前を進もうと駆け足で追い越したりして鬱陶しいので、着ているローブの首のあたりをひっつかんでぶら下げて歩く。
「わ、我は賢者ムジーナだぞ? この扱いはなんだ! 改善を要求するっ!」
「いや、チョロチョロとうぜえからよ。お前も尻尾を踏まれたくねえだろ?」
「し、尻尾、我の高貴な尻尾が狙いなのか!」
「いや、そんなこと言ってねえだろ?」
「くっ我々タヌキ族の尻尾を狙う者たちのなんと多いことか……」
「なんだ、枕にでもするのか?」
「ま、枕だと!? なんと恐ろしい……」
なんか静かになったな。
まあ、俺としてはそうしてくれる方がいいんだがな。
なんかこのタヌキ話が通じねえしよ。
前世のゲームのプレイヤーでも居たよなあ……ロールプレイ通り越して単なる痛い奴になってる連中。
うん、ああいう連中に似てるな、このタヌキ。
確か「厨二病」っつうんだったか?
「お、おう無事だったか? 戻るのが遅えから誰か行かせようかとおもってたんだがよ」
「このタヌキがウザくてな、いらん時間食っちまったわ。誰か、なんとかしといてくれや、これ! 人の言葉喋るし、食うなよ?」
「い、いや食わねえよ、俺らゴブリンじゃねえぞ?」
「不潔さじゃ大差ねえじゃねえか」
「流石にあのクソ共と一緒にされると腹立つな」
「なら、たまには体を拭けよ! 時々、目に来る奴居るだろ、採掘やってるお前ら」
「あー、俺らも言っては居るんだがな、女でも出来りゃあ別なんだろうが、縁が無さ過ぎて逆方向に突っ走ってるからなぁ……」
「それから、この穴だがよ、なんかダンジョンにつながってたけど、骨とゴーレムとこのタヌキしか居なかったしよ、とりあえず埋めとけや!」
「骨はともかく、ゴーレムは子供とかだと危険だな、分かった、とりあえず塞いどくわ!」
「おう、じゃあな!」
タヌキを押し付けて自分の家に戻る。
本当はシャワーでも浴びたいトコなんだが、水は貴重だからなぁ。
ダンジョンなんてもんじゃなく、温泉でも掘り当てればいいのにな、あいつら……。
まあ、ドワーフじゃ、女たちくれえしか利用しねえんだろうけどよ?
着ていた服を脱ぐと桶に入れた水に布を浸して体をぬぐう。
ゴシゴシ、ガシガシとぬぐって居ると「キャッ!」と可愛らしい声が。
振り返るとおばば様付きの子だ。
こりゃ、見苦しいものを見せちまったな。
「お、おう悪ぃ! すぐ見られる恰好にすんから、ちっと後ろを向いててくれや!」
「あ、あのごめんなさい!」
体をぬぐうのは半端なトコだったが仕方がない。
服を身に着け、一応は見える範囲で整える。
「……で、なんの用だい?」
「おばば様がムジーナ様のことでお話があると……」
ムジーナ様?
誰だ、そいつ?
知らんぞ?
「ゲッタさんが連れてきたタヌキさんのことです」
あー、あのタヌキか。
そう言えば、貉とか言ってたな。
あ?
ゲッタって何かって?
俺の名前だ!
最後伸ばしたり、「ッ」を取ったりするなよ?
正式な名前は実のところ俺自身も良くは覚えてない。
ドワーフの正式な名乗りってよ、どこ出身でどういう血筋でってのが全部入った自己紹介みてえなもんだからよ、俺みたいにひいじいさんが余所から来たとかだと余計に面倒な名前になっちまうんだよ。
同じドワーフ同士以外だと、最初と最後だけ言って済ますな。
俺の場合はゲッタ・バルクス。
ともあれ、女の子をこんなトコに立たせっぱなしもなんだな。
「おう、じゃ案内してくれや!」
おばば様の居る場所は分かってはいるが、おばば様に会う場合、事前にそば付きの子らに言って約束をするか、呼び出されるかで、自分で勝手に会いに行くことは許されていないのだ。
「はい、ではご案内します」
やっぱ女の子はいい匂いがするよな。
汗臭え野郎どもとは大違いだ。
ドワーフの女の子は俺ら男に比べると細いが、前世の一部創作であった様な合法ロリでもない。
ひげは俺らみたいにわっさわっさとは生えていないが、産毛というにはちょっと濃いくらいには生えてるな。
これは前世、日本じゃあんまり見かけなかったが、海外だと結構成人女性には居たぞ?
キスしようとしてげんなりとか海外出張に行った奴に聞いたな。
気にする奴は気にするだろうが、気にならないやつには気にならないこったろ。
俺は気にしねえな!
体つきも俺らと人間の子どもの中間といった感じ。
俺らドワーフの男から見ると華奢だが、普通の人間よりはがっしりしている。
既婚のおばちゃん(直接言うとぶん殴られるが)なんかだと、男と大して変わらない体格の者も居る。
「ゲッタさんをお連れしました!」
「入りなさい」
おばば様の住処というか、居場所には他と違って綺麗な布がカーテンの様にかかっている。
通りがかりに中を覗き込んだりは出来ない(まあ、用も無いのに近づくと追い払われるんだがよ)。
中には重ねたクッションに座るおばば様とお付きの女性たち。
空気の臭いも違うな、なんか香でも焚いてるのか?
いい匂いだ。
おばば様はいつもの様にニコニコとしている。
優しい、孫思いのおばあちゃんって感じだ。
実際、おばば様はこの鉱山に居るドワーフたちみんなのことを本当に気にかけている。
数百人(前に300人超えたって言ってたのが何年前だっけか? 出てく奴も居るし、生まれる子も居るし、正確な数字は俺ぁ知らねぇ)にも及ぶ住人の顔を一人ひとり知っているだけでなく、近況まで把握しているのだ。
良くある創作ものの偉い人みたいに傍の人間に聞いて、なんてことは一切ない。
なもんだから、粗暴で喧嘩ばかりしてる奴も、飲んだくれのどうしようもない(ドワーフの中でそう言われるってのは相当だぞ?)奴も、おばば様の言うことは素直に聞く。
俺も自然と身が改まる。
「お久しぶりね、ゲッタ。最近は鍛冶の方で頑張ってる様ね。」
「ありがとうございます。おかげさまで充実した仕事をさせていただいてます」
単に挨拶で言ってるんでなく、俺の仕事ぶりを本当に分かって言ってくれてるってのが分かるんだよな。
自然と頭も下がるってもんだろ?
「忙しい中を呼んだのは他でもない、ムジーナ様に関することよ」
え?
おばば様が「様」を付けるなんて、あのタヌキ、そんなに偉かったのかよ!?
「ムジーナ様はダンジョンの研究で有名な方でね? この鉱山でも使ってる中と外の空気を入れ換える魔法具なんかはムジーナ様の発明品なのよ?」
おー! あのなんか凄いと思ってた換気の道具、鉱山とか「空気やばくねえか?」って前世の知識で思ってた時に教えてもらった、あれか!
そりゃ、凄えわ!
タヌキなんて言って悪かったな。
「そこからは我が説明しよう!」
うん、偉い存在だと分かった目で見ても、どうしようもないほどタヌキだな。
いや、外の連中だったら、食っちまうんじゃねえか?
「我は自分でもダンジョンを作ったりしてダンジョンの研究を続けておったのだがな? 研究の結果、ダンジョンの年齢が一定を超えるとダンジョンのコアが破壊不能になるということを発見したのだ。聞けば人間の多くの土地では、どうしようも無くなったらコアを壊せばいいと町を築いたりしてダンジョンを利用しているというではないか! これは実に危険なことだ。一定の条件でダンジョンはオーバーフローを起こす。これは広く知られていることだ。この条件は年数だったり、モンスターの討伐数だったりとダンジョンそれぞれで異なるのだが、その時点でコアが破壊不能となっておれば、対処法が全く無くなってしまうのだ。」
「とは言っても、外の人間たちにそれを伝えても、真面目に対策は取ってはくれないでしょ? 実際に利益が出て、少なくとも今はうまくいっているのだから……」
「そこで我は実際、今のダンジョンがどうなっているのかを、実地で調べてみる必要があると思うのだ」
「だからね、ゲッタ、あなたがムジーナ様と同行して力を貸してあげてくれないかしら?」
「わ、我は一人でも平気なのだがな! 今の外の世界には確かに疎いところがあるし、お前の訳の分からない壊しっぷりも研究してみたいところだからな、まあ、ついて来るなら拒みはしないぞ?」
タヌキとおばば様が交互に話を進める。
うーん。
なんか良く分からねえが「ダンジョンマジでヤバい!」ってのは分かった。
俺がなんの役に立つのかわからんが、タヌキに比べればマシだろう。
それにおばば様の言うことだしな。
「わかりました。微力ながら力を尽くさせていただきましょう!」
こうして俺は住み慣れた鉱山を離れ、タヌキを旅の共として、外の世界へと旅立つことになったのだ。
ドワーフなのにまだ酒を飲んでいない(;´Д`)