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月詠殿。
少女――つまり、巫女の住む社は、白椿のあった菜の花畑から、山を少し下ったところにあった。祇鶴は『社殿』などと呼んでいたが、俺はそれを初めて目にした時、こう思ったものだ。いや……これは城だろ、と
森の中にありながら、大きな塀によって囲まれた建物。山の中腹にあるにもかかわらず、どうやって作ったのか、その敷地は相当な広さだった。塀は人の背丈を超えるほどに高く、その表面は木の板がびっしりと張り込まれている。塀の周りには篝火が焚かれ、上には弓を携えた人間が何人か立っているのが見えた。まるで、城壁の見張りのようだ。
門もまた、重厚な造りだった。社の門というよりは(というか、そもそも神社に『門』なんてものは存在しない)むしろ城門や山門といった様相で、それをくぐり中に入るとまたもや雰囲気は一変。今度は城でも、社殿でもなく。一言でそれを言い表すとしたら……そう、『屋敷』だった。道の脇にもいくつもの篝火が焚かれ、炎の明かりが煌々と周囲を照らしている。
祇鶴に軽く案内され、俺は屋敷の西側の建物へと連れて行かれた。『侍殿』と呼ばれるそこは、主に屋敷の護衛などが詰めている場所で、俺が務めることになった随身も基本的にはそこで寝泊まりするのだという。
その侍殿で一晩を過ごした俺は、翌朝、日の出とともに起床した。現代にいたころでも割と規則正しい生活は送っていたが、流石にここまで早く起きたのは初めてだ。
慣れない屋敷での生活に戸惑っていると、祇鶴が外から声をかけてきた。
「兼義様が貴様を呼んでおられる。支度が終わったらすぐに来い」
「ああ、今行く」
慣れない和服――狩衣に着替え、部屋を出る。仏頂面で腕を組み、屋敷の柱に背中を預けていた祇鶴は、俺が出てきたのを見ると、何も言わずにさっさと歩き始めた。
「ところで……兼義って、誰だ?」
「兼義様は、淡那守――淡那国司の長だ。そして此処、月詠殿の主でもあられる。それから……これを持て」
そう言って祇鶴が差し出してきたのは――一振りの刀。
「これは……?」
光沢のない黒鞘に収められたそれは、どこかで見たことがあるような……。
「昨日、貴様が引き抜いたであろう」
――そうだ。これは、白椿の根元に刺さっていたやつだ。というかこの鞘、この屋敷に保管されてたんだな。
「……もらってもいいのか?」
「貸すだけだ。刀を振るくらいしか能のない貴様のこと。太刀の一本もなければ、随身も務まらんだろう。……大切に使え」
……刀を振るくらいしか能がなくて悪かったな。
祇鶴から鞘ごとそれを受け取り、腰につける。真剣を握ったことはあっても、帯刀するのは初めてのことだった。ずしりと、腰の重みが増す。これが、本物の刀の重みか……。
「何を呆けている」
俺がしばしの間感慨にふけっていると、前から祇鶴が声をかけてくる。剣を志す者、真剣の帯刀など夢のまた夢だというのに……つれないやつだ。
そんな俺の気持ちを微塵も汲んではいないだろう祇鶴は、返事も待たず、またそそくさと歩き出す。
「――行くぞ、兼義様が待っておられる」
祇鶴に連れられやって来たのは、屋敷の一角にある『東殿』と言う建物。ここは普段使われていない建物のようで、なんでも、接客用の場所らしい。
「兼義様、お連れしました」
そう言い、祇鶴は簾越しに頭を下げる。
「……うむ、入るのじゃ」
中から聞こえてきたのは、おそらく壮年の男のものであろう声。明るくもどこか落ち着きがあり、そこはかとなくこの屋敷の主としての威厳を感じさせる。おそらくこの声の主こそ、祇鶴から聞いた兼義なのだろう。淡那守というのは、一体どういう人物なのだろうか。一国の主なのだからさぞ――
「あ、あれ……?」
しかし、足を踏み入れた建物内は、もぬけの殻。どこを見渡しても、件の人物は一向に見当たらなかった。
「なあ、祇鶴。呼び出された場所って本当にここで合って――」
――おぬしが、新しく巫女様の随身になったという者かの?
「……?」
今、誰かの声が聞こえたような……
――おい、こっちじゃこっち。
……下?
俺は、少しずつ目線を下げてみる。すると……
「……………………小人か?」
「誰が小人じゃ、たわけ!」
そこには、顎に白髭を蓄えた、妙に小さい初老の男が立っていた。
丸みを帯びた輪郭の顔に、人懐っこそうな表情。頭頂部の髪だけはもはや禿頭と呼んで差支えないほど薄くなっており、申し訳程度の髪の毛がひらひらと揺れている。だが、その体型は一見した雰囲気に反して思いの外がっちりとしており、服の上からでも引き締まった身体の線が何となくうかがえた。とはいえその背丈は、割と小柄なあの少女をも下回るほどに小さい。その顔立ちも相俟って、小動物系爺さんという表現がぴったりだ。
というか、もしかして……
「あんたが……兼義か?」
俺がそう尋ねると、男は大きく頷いた。
「いかにも。わしが淡那守、兼義じゃ!」
そう言って胸を張る兼義……だがいかんせん、その背丈では威厳の欠片もない。むしろ、どうしても目に入ってしまう禿げた頭頂部のせいでコミカルさしか感じられないほどだ。
「兼義様、そろそろ」
祇鶴が話を進めようと兼義に声をかける。
「ふむ、そうじゃな。まあ、おぬしらはそこに座れ」
兼義はそう言い、部屋の奥の一段高い所に座った。俺と祇鶴も、言われた通り板張りの床に座る。もちろん、座布団なんてないのは言うまでもない。
「さて、と……」
そう言って兼義が後ろから取り出したのは、大きな麻袋。中には何やら色々つまっているらしく、動かす度にそれらがぶつかり合い、ガチャガチャと音を立てている。
「ほれ」
兼義は、それを目の前でひっくり返した。その中身はというと――
「見よ! これこそが、わが宝の山じゃ!」
「おお、これは……」
目についたのは、どう見ても高価そうな金銀財宝……ではなく。よくわからない竹細工や布の数々。それらが雑多に、床に広げられる。
――要するに、ただのガラクタだった。
「さあさあ、おぬし。この中から三つほど、好きなものを選ぶがよいぞ」
そう言って兼義は、両手を広げ、「ほれほれ」と催促してくる。
「……どういうことだ?」
「兼義様から直々に、随身就任の祝いとしてそのガラ――宝の一部を下さるそうだ。有り難くいただけ」
兼義の言葉を、祇鶴が補足する。というか――
「今おまえ……ガラクタって言いかけたよな?」
「何を言っている? 兼義様の前で然様なことを言うはずがなかろう」
……前じゃなければ言うんだな、お前も。
「つまり……この中から何かくれるってことか?」
「うむ。言っておくが、あくまで三つだけじゃぞ。それ以上はやらんからな」
「……いや、そんなにいらないが」
とは言っても、一応何かもらえるらしい。とりあえずは、それらの中から適当に一つを選んで持ち上げてみる。
「お、これは……」
俺が手にしたそれは、ガラクタの山の中でも一際異彩を放つもの。細部にまで細かな装飾が施されたその兜は、作った者の確かなこだわりが伺える――
「――折り紙じゃな」
……にもかかわらず、無残にもそれはへしゃげていた。まあ、あんな袋の中に雑多に入れられていたのでは、こうなるのも無理はない。
「じゃあ……これは?」
次に手にしたもの。それはまるで、この時代から千年ほど経った未来人が常時身に付けている衣服のような――
「――って、ちょっと待て! お前、これをどこから――!」
――というか、俺の服だった。
「おうおう。それはさっき、おぬしの部屋で見つけた――」
「勝手に人の持ち物を漁るな――!」
このおっさんには、プライバシーと言う概念が存在しないのだろうか……。
「兼義様! なりませぬぞ!」
よかった。さすがに祇鶴も、人の部屋から黙って私物を持ち出したりするのは――
「これでは、下に履くものがありませぬ」
「――どうとも思われてない?!」
どうやら、この時代にプライバシーとかいう概念は存在しないようだった。
「うむ。では、あと二つじゃな」
「ちょっと待て! これも数に入るのか!?」
「当然じゃ。この中から三つと言ったじゃろ」
まさか、他にも俺の物あったりしないよな……? そう思い、ガラクタの中を漁ってみるが、さすがにこれと言って俺の物っぽいものは見当たらない。
「早くしろ。あまり、兼義様を待たせるでない」
そうは言ってもな。こんなガラクタから何を選べと……。
「……ん?」
中を漁っていると、他のガラクタとは違い、布のような肌触りのいい感触に突き当たる。これはもしや、また俺の服では……。そう思い、抜き出してみると、
「おお、それは最近流行りの新しい装束らしくての。巫女様に着せてやろうかと思っていたのじゃが、こんなところにあったのか」
「なんと、兼義様が珍しくまともな物を……」
祇鶴が驚愕の声で呟く。まあ、この所業じゃそう言われるのも無理はない。
取り敢えずはその服を広げて、どんなものか見てみると、
「――なッ! 兼義様……! これは、一体!?」
すると祇鶴は、なぜか口をあんぐりと開け、浴衣で結婚式に出席した花嫁でも見るような目で、俺の持つ服を睨んでいた。
「……どうした祇鶴、何を驚いておるのじゃ? これは京でも流行った上物じゃぞ?」
「いえ、確かに布地は良いようですが……いや、そういう問題ではなく! これは、小袖――庶民の服ではありませぬか!?」
「小袖も小袿も似たようなもんじゃろ、細かい違いは気にするでない」
「――全く異なるものです!」
何故か肩で息をする祇鶴。
「けど……何か問題でもあるのか? 別に、屋敷にいる時に着るなら、何でもいいだろ」
「貴様、何をとぼけた事を……。巫女様は、妖の魂でさえお鎮めになる神聖な存在であられるぞ。服一つにもそれ相応の格というものが――」
「むぅ……ならばしかたあるまい。それら二つはおぬしにやるとするかの」
「二つ?」
「ほれ」
その指差す方見ると、先程服を広げた際に落ちたらしい女性用の肌着らしきものが。
「さて、これで三つ揃ったわけじゃな」
「えっ! おい、ちょっ、こんなもの――」
抗議の声は華麗にスルーされ、兼義は、再びガラクタを袋の中に戻す。
結論。俺の随身就任祝いは――着物と肌着(どちらも女もの)。
フッ――……
……………………完全に変態じゃないか。
「なんじゃ、『女もの』の服に不満でもあるかの?」
「『女もの』を着る機会が増えてよかったではないか」
「お前ら、絶対確信犯だよなぁ!」
これで、こんなものを着た日には、もう疑いようもなく変態そのものだ。
「さて」
「強引に話を進められた――!」
「なんじゃ、まだ何かほしいのか。言っておくが、これ以上はやらんぞい」
「………………いや、もういい」
これ以上何を言っても、間違いなく墓穴を掘るだけだろう……。口は災いの元という意味を、身に染みて実感した。
「そうじゃ。おぬし、まだ名を聞いていなかったの。なんと申す?」
兼義は、麻袋を片付け、居住いを正して訊いてくる。
「ああ、神楽渉だ」
「ふむ……渉か」
兼義は、じっと俺の顔を覗き込むと、
「おぬし……なかなかよい眼をしておるの」
そんなことを言ってきた。
「眼……?」
「そうじゃ。眼はその者のすべてを表しておる。人柄、心、人生、その者の行く末でさえ、眼を見れば自ずとわかるものじゃ。ま、占いみたいなもんじゃがな」
そう言って、兼義は片目を瞑った。
確かに、剣術においても、相手の眼を見ることは重要だ。相手と視線を合わせ、眼を見ると同時に、その姿全体を広く保った視野で捉える。手元を見て攻撃を判断しようとすれば単純なフェイントに引っ掛ってしまうが、眼を見れば小手先の動きに惑わされることなく、攻撃の気配、敵の強さ、隙の有無というものを読み取ることができるのだ。
この爺さんは、それと同じように、眼を見ればその人物のすべてがわかると言いたいのだろうか。
「うむ。巫女様は、よい随身を持ったものじゃのう」
うんうんと、何度もうなずく兼義。
「ところで、渉よ。おぬし、あの餓舎髑髏を倒したそうじゃな。祇鶴に聞いたところ、なかなか剣の腕が立つようじゃが?」
「あぁ。まあ、剣術なら少しは……」
というのはもちろん謙遜で、正直……大抵の相手になら負ける気がしない。
兼義は、顎鬚を撫でて何か考えるそぶりをした後、
「ふむ……。ではおぬし、少しばかり殿守たちと太刀合いをしてみる気はないかの?」
意外そうな顔をしたのは、祇鶴のほうだった。
「此奴を鍛錬に交えるのですか?」
「さよう。おぬしら殿守にも良い刺激になるのではと思うてな」
「というか……殿守ってのは何なんだ?」
俺の疑問に対し、祇鶴がそれに答える。
「殿守と言うのは、この月詠殿を守る役目を仰せつかった、兼義様直属の祓妖師のことだ。その仕事は、巫女様をお守りすることや、社殿を維持管理することなどの多岐にわたる。それが、我ら殿守の務めだ」
そう言う祇鶴の表情は、心なしか少し誇らしげだ。
「社の中に、何人か刀や弓を持った連中がいたじゃろ。あれが殿守じゃよ」
そういえば、ここに来る時に見かけたな。弓を持って塀の上に立ってたやつらだ。屋敷の中でもちらほら見かけたが、あいつらすべて祓妖師だったのか……。
「で、どうじゃ? やってはくれぬか?」
兼義が再び俺に訊いてくる。まさか……今までやって来た剣術が、こんなところで役立つとはな。こっちとしては、願ったり叶ったりだ。
「よし、わかった」
我ながら、呆れるほどに単純だが。
――この一件で、随身という役目にも俄然やる気が湧いてきたのだった。
月詠殿には、西のほうに稽古場がある。下が砂場になっているその場所には、弓の的らしきものもあり、刀だけでなく弓の稽古などもできるようになっているようだ。
俺たちはそこに集まり、殿守たちと太刀合いをすることになった。彼らは、屋敷の護衛が主な仕事だが、普段見張りについているのは数人だけで、残りの者はほとんど非番なのだ。そういう連中は、暇潰しを兼ねて、日常的に鍛錬を行っているらしい。
「本当にこいつが巫女様の随身ってか? ヒョロヒョロじゃねぇか」
声をかけてきたのは、殿守の一人。中年のがっちりとした体格の男だ。
「よし、俺が相手になってやる。かかってきな、坊主」
そう言って、男は木刀を投げ寄越してくる。現代のものと比べると形は少々不格好ではあるが、妙に手に馴染む。重さも真剣を想定してか、見かけよりもかなりずっしりとしていた。
俺は軽く素振りをして感触を確かめると、五メートルほどの間合いを空けて男と対峙した。ほどよい緊張感を感じるこの瞬間は、立ち合いの中で俺が最も好む時間だ。
「よっ! いいねぇ!」
「頑張れよー、新入り!」
「あんまガキを泣かすんじゃねぇぞ!」
新人との太刀合いということだからだろうか。周りは活気づき、囃したててくる。……そういえば、しばらくの間、衆人環視の中で太刀合いなんてしてなかったな……などと思いながら、俺は木刀を両手に持って正眼に構えた。向こうも、似たような構え。
「なんだ、かかってこねぇのか? ……じゃあ――」
瞬間。相手は鋭い踏み込みで一気に間合いを詰め、木刀を袈裟掛けに振り下ろす。思ったよりも速い。普通なら、下がって受け流すのが妥当だろう。だが……
俺は腰を落とし、足を半歩前へ踏み出して木刀を振るう。
突進の勢いが乗ったこの攻撃。生半可な防御なら、勢いで押し負けてしまう。向こうもそれが分かっているからか――もらった、とでも言うような笑みを浮かべ、
「ふ――ッ」
激しい音を立ててかち合う、木刀と木刀。踏み込みの勢いで正面から押し切ろうとする相手に対し、俺は本来鍔のある部分を上から押さえつけるようにして捻じり、相手のそれを巻き込むように動かして――外側に弾き出す。
「な――ッ!?」
ぐるりと刀身が回転し――手から投げ出される木刀。
何が起こったのか分からない、というような顔で棒立ちになった相手に対し、俺は刀を翻して、容赦なく二撃目を繰り出す。
そして――……
「……ま、参った」
首筋の前でピタリと止まる、木刀の切っ先。相手の木刀は地面に転がり、すでに手の届かない場所にある。
――返閃。あるいは、単に返しともいう。敵の攻撃に合わせて受け止め、剣を巻き込み、弾き飛ばす技だ。一撃で勝負をつけてしまった俺を見て、殿守たちは最初、唖然としていたが、やがて口々に感嘆の声を上げ始めた。
「すげえ……」
「なんちゅう腕じゃ……」
「こりゃ、祇鶴殿にも負けず劣らずの化け物よ……」
殿守たちが言った言葉に「誰が化け物だ……」と、いつの間にかその場にいた祇鶴が溜息を吐く。
「そうだ。貴様らに言い忘れていたことがあった」
祇鶴は、今更思い出したかのようにボソッと、
「此奴は昨日、餓舎髑髏を倒した男だ」
その言葉を聞いた瞬間、殿守たちは騒然となる。
「嘘だろ……」
「あの餓舎髑髏を……」
「祇鶴殿でさえ手こずったというのに……」
「そ、それを先に言って下せえ……」
さっき太刀合いを申し込んできた殿守は、頭を抱え込んでいた。
「ふむ……一対一では物足りぬようだな。どうせなら、この場に居る殿守全員の相手をしてみるか?」
祇鶴の提案に、俺は「そうだな」と首肯する。
「これもいい機会だ。乱戦で上手く立ち回れるかはわからないが……やってみる」
俺は木刀を握り直し、殿守たちと対峙した。
「たあっ!」
背後からの、横薙ぎの攻撃。身を翻し、回転した勢いで自分の木刀をかち合わせ――返閃。相手の木刀を巻き込むように動かし、弾き飛ばす。
「とったッ!」
直後、再び背後からの攻撃の気配。絶妙なタイミングだ。
(――木刀では間に合わないか!)
受け止めることを諦め、そのまま前へと跳ぶ。背中を上から下へ、風だけが薙ぎ、攻撃がスレスレで外れたことを知る。
跳躍の動作から半回転。唐竹に打ち下ろされた木刀を、自分のそれで叩き落とす。
それと同時。斜め後ろからきた三人目の胴を振り向きざまに打ち、さらに正面から振り下ろされた四人目の木刀を受け止めて、続けざまに一閃。直後に打ちかかろうとしていた五人目と、ほぼ同時に倒す。
「そこまで!」
祇鶴の声を受け、俺は攻撃の動きを止めた。
「ふぅ……」
肩の力を抜き、木刀を下ろして自らの戦果を見渡す。俺に打ちかかってきた二十人ほどの殿守全員が木刀を弾き飛ばされ、あるいはしたたかに体を打ち据えられて地面に横たわっていた。
「痛たたた……。容赦ないのう」
「いやぁ、参った参った」
「ほんに、凄まじい腕よ」
殿守たちが口々に賞賛の声をかけてくるが、
「いや……動きにはまだ無駄があった。一応、道場でこういう訓練もしてきたつもりなんだがな」
この殿守たち、一人一人の技量も高いが、特にその連携がすごい。大仰な作戦があったわけではないが、同時にかかって来る時の、攻撃のタイミングのずらし方が絶妙なのだ。やられる側にとってはたまったものではない。こんな連携、一朝一夕で身につくものではないだろう。こいつら、普段一体どんな訓練を――
「貴様らも、もう少し鍛え直さねばならんか……」
「――ひぃ、祇鶴殿! なぜ据わった目でこちらを見られるっ!?」
「あぁ、明日からまた鬼のような特訓が……」
「嫌じゃ、あんな日々はもう嫌じゃあ!」
…………世の中には知らない方がいいこともあるようだ。
「……ほっほ、よくやりおる。この者どももそれなりに鍛えたつもりだったんじゃがな」
その時、いつの間にか太刀合いの見物に加わっていたらしい兼義が、声をかけてきた。
「まあ、誰かさんの言う通り、俺は刀を振るくらいしか能のない男だからな」
「貴様……つまらぬことを根に――」
「ほっほっほ、そうかそうか」
兼義は祇鶴の言葉を遮って面白そうに笑い、
「……さて。そろそろ鍛錬を切り上げ、宴の準備へと参ろうかの」
「宴……?」
「さよう。なにせ、めでたく巫女様の随身も決まったのじゃ。ここは一つ、盛大にパーっと祝おうではないか!」
兼義の呼びかけに、『おーっ!』と殿守全員が大声で答える。
兼義も兼義なら殿守も殿守なんだな、とその光景を見て俺は妙に納得してしまった。