序章
――『 』は、太陽を追いかけたこと、ある?――
暗くて。
目の前は、何も見えなくて。
それは、わたしにとって初めての、外の世界。
――それか、月。わたしなら……月かな。小さいころ、よく追いかけてた――
飛び出した先は、暗くて何もわからない、森の中。
月の光以外に、周りを照らすものは、何もなくて。
だけど――見上げる夜空だけは、そのままだった。
――でもね。追いかけても、追いかけても……全然届かないんだ――
遠くにね、坂道が見えたの。
鮮やかな花たちに彩られたそれは、まるで天へと続く道しるべのようで。
だからわたしは、夢中でそれを駆け上った。
――どれだけ近くに見えたとしても……それ以上、追いかけることはできなくて――
もしかしたら、あの坂を登れば。
空に手が、届くんじゃないかって。
あの時は、そんなふうに思えたんだ。
――太陽も、月も――
踏みしめる土の柔らかさは、わたしの知らないもので。
そこに立ち並ぶ木の匂いは、わたしの知らないもので。
あたりに響く虫の鳴き声は、わたしの知らないもので。
――どんなに手を伸ばしても、どんなに走って追いかけても――
だから……何かが変わるかもって、そう期待して。
転んでも、息が切れても、ただ夢中で。
わたしは――空を追いかけた。
――それは、手に届くものじゃないんだって知って――
だけどね、坂道の向こうに。
……空は、なかったの。
そこから見た景色は、同じだった。
――だからわたしは、追いかけることを諦めた――
ひらけた場所から見る、満天の星空は。
ひらけた場所から見る、夜半の満月は。
とっても綺麗で、でも切なくて。
――手の届かない空なんかじゃなくて、ここに――
吸い込まれそうな、空の下で。
外の世界も、変わらないんだって。
そのとき、やっと気付いたの。
――わたしが欲しいものは、ここに作ればいいんだって――
そんなとき、だったんだ。
ぽつんと立って、白い花びらを垂らして。
夜を淡く照らすのは、月に輝く白椿。
――だからね――
そこに――……
――神さまなんて、いないんだよ――