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鍵付き剣の少女 ~ダイヤモンド越しにキスをして~  作者: MADAKO
第2章 セキュリティー・ガール
8/27

Ⅶ 遊姫の秘密

 やたらと忙しなく情報が飛び交っている。薄暗い部屋の、巨大にして唯一のモニターに。


 もしコイツに意思があるなら、これをわざわざ俺たちに見せているってことだ。

 一体どんな意図があってそんなことをするのか。


「で、俺は待機なわけか?」

 俺の直接の依頼主である男にそう話しかけると、男は椅子を回して俺に向き直った。


「ああ、君はまだ待機していてくれ」

 丁寧だが余分な情報を挟まず聞かれたことだけを知らせる返答。

 今休みなく画面を動かし続けているやつより、目の前のこの男のほうがよっぽど機械じみている。


「俺は暇なんだよ。なんかやりがいのある仕事はねえのか」

「すぐに出来る仕事はなさそうだ。君に残っている仕事が何かは私には想像もつかないが」

 この男は俺の依頼主であると同時に、ただの仲介役に過ぎない。

 他にもこの男と契約して仕事をしている奴は何人かいるが、この事実を知っているのは俺くらいだろう。

 どうして俺だけがそれを知ることになったのかは、俺自身にも分からない。


 神のみぞ知る、などとはよく言ったものだ。


「だったら神様にでもお尋ねしてみるか」

 俺が忙しそうな画面に向かってそう呟くと、驚くことに直ぐに一枚の画像が映し出された。

「これは……」

 映し出された映像、いや顔写真に見覚えはなかった。


「君にこの娘と関わる仕事が来るとは聞いていないな」

 俺はこの男が珍しく驚いているのに気付いた。

 この動作がよほど彼の想定の範囲外だったのだろう。実際俺もこんな反応をされるとは思っていなかった。

「だとしたら勿体ねえな。こいつは結構な上玉じゃねえか」


 まだ顔つきは幼い感じがする。

 高校生くらいかそこらだろう。もう少し年をくってるほうが俺の好みだが、顔は間違いなく美人の部類だ。

 胸は普通だがスラッとしたスタイルもいい。


「しかし珍妙な女だな。なんだこの腕の包帯は」


 映し出された顔写真の隣に全身の映像も出でくるが、その中の彼女は腕を包帯ぐるぐる巻きにして足をハイソックスで覆っていて、まるで肌の露出がない。

 目つきは若干きつくツンツンした娘という印象を受ける。

 格好が格好だけに一昔前の日本の不良を思い浮かべたが、それとも少し違うだろうか。


「彼女の包帯の理由は……ああ、私が説明するまでもないな」

 画面に出された文章を読むと、ははあなるほどと納得する。

 どうやらこの機械的な男よりも、神様とやらはよっぽど俺の趣味趣向を理解してくれているようだ。

「こいつはいい。会う機会があったらたっぷりと可愛がってやれるな。名前は何だ?」


 姫山遊姫、と映し出された名前を、俺はしっかりと頭に刻み込んでおいた。



――



「では、こちらでしばらくお待ちください。時間になりましたらお迎えにあがります」

 SAK総合セキュリティーの本社、そこの応接室に俺たちは通された。

 井戸松より調度品や菓子類のグレードが高くなっている。やはり有名企業になるとこういう所でも差が出るようだ。


「なあゴロー、このあとどうするんだ?」

 ソファーにどかっと腰を下ろす遊姫。俺も向かいに腰掛ける。

「話聞いてなかったのか、これから三十分後に坂田氏を交えて担当者との打ち合わせだよ」

 俺に指摘されたことが不服だったのか、遊姫は幾分機嫌を悪くした。


「んなこたぁ分かってるよ。それで、えーっと、着物女が来るのを待ってりゃいいのか?」

「そこのところも打ち合わせで話すだろうけど、多分そうなるだろうな」

 俺たちはここの警備員じゃない。

 別に見回りやコンピュータの管理を任されるわけじゃないだろうから、必然的に俺たちはただじっと待つだけ、ということになりそうだ。


「これから通いつめることになるだろうから、暇になることもあるかもな」

 そもそも必ず来るという保証もないのだ。

 これまで三度夜に襲撃を受けているらしいが、着物女の行動の目的が分からない以上、もう来ないという可能性だって無い訳ではない。

 二度あることは三度あるとは言うが、三度あったから次もあるとは言えないだろう。

 個人的にスクープは欲しいが、遊姫の安全を考えれば来て欲しくない気もする。


「何だよ、言ってくれればトランプでも持ってきたのに」

「まあ、気を長く保つ工夫は必要かもな」

 確かにあまり緊迫しすぎて心労が溜まってしまっては元も子もない。

 尤も、遊姫を見る限りその心配は無用かもしれないが。

「のんびり待ってろって事か」

 遊姫はんー、と唸って上に伸びをする。


「そうだな。本番までは多少気楽にしてていいだろう。ちょっとコーヒーでも買ってくる」

 俺はそう言って立ち上がる。どこかに自販機くらいあるはずだ。

「何だよ、茶出されてるのに飲まねえのか?」

「今は缶コーヒーが飲みたいんだよ」

 応接室のテーブルには緑茶が俺と遊姫の二人分出されているが、今はあの喫茶店で飲んだアイスコーヒーの口直しをしたかった。


「じゃああたしの分も頼む」

「お前、喫茶店であんなに飲んでたじゃないか」

 俺が安っぽいと評したあの店のアイスコーヒー、遊姫は通算で四杯は飲み干していた。

「安っぽくないコーヒーってのはどんなもんかと思ってよ」

「缶コーヒーは缶コーヒーで別さ。まあ、飲みたいんなら買って来てやるよ」

 俺がそう言って出ていこうとすると、遊姫は俺を再び呼び止める。


「なあ、あと三十分は誰も来ないんだよな」

「ああ、そうだな」

「じゃああたしも準備するかな」

 そう言って遊姫は持ってきていたカバンを出す。

「準備って何だ?」

「準備は準備だよ。お前もしばらく覗くなよ」

 遊姫の秘密主義は今に始まったことじゃない。

 俺は分かったよとだけ短く言ってから部屋を出る。


 応接室を出て右側の通路をしばらく行ったところに自販機があった。

 そこでふとコーヒーはアイスかホット、どちらにするか聞いていなかったなと思い出す。俺はホットにする気でいたが、遊姫は喫茶店でアイスを飲んでいたからアイスの方がいいかもしれない。


 俺はそのまま元きた道を戻り、応接室のドアを開けた。


 ……俺に邪心がなかったとは言えない。


 頭の片隅で遊姫が今この中で何かの準備をしているということは覚えていたし、それを覚えていないふりをしてあわよくば覗き見ようと思っていたことも否定できない。


 だが俺の目に映った光景は、俺の知りたがっていたことには違いないのだろうが、少なくとも俺の想像していたものではなかった。


 入った瞬間に目が合う。

 そして視線は本能に従ってか自然と下に降りる。

 いつもの白い包帯や制服のワイシャツはソファーの上に無造作に投げられている。

 顔だけを見ると健康優良少女といった風だが、その下の素肌は包帯の色に負けずかなり色白だ。ブラは肌の色が引き立つような黒で、そのコントラストはなんとも眩しかった。


 要約すると、着替えをうっかり、意図的に覗いてしまったのだった。


 着替えを覗かれた少女、覗いた男。

 二人が取るリアクションは大体相場が決まっている。

 少女は顔を真っ赤にして悲鳴を上げるか激怒するか。そして男は裸に見とれながら大慌てで謝りながら部屋を出て行く。大体がこんなところか。


 けれど、そうはならなかった。


 遊姫は真っ赤どころか真っ青な顔をしていた。


 俺に見られていると気付いた瞬間には両手で勢いよく体を抱きしめていた。

 喫茶店で見せた時よりもずっと大げさに、隠すというよりかばうという表現が正しいか。

 その抱きしめられた体にあったものを、俺は見逃さなかった、いや、見逃せなかった。


 体中に無数の線。


 太く長く、立体的に浮き出ているそれがそこいら中に。スカートとハイソックスのおかげで下半身は分からないが、ブラ以外に覆うもののない上半身にはいたるところにそれが見えた。

 スラッとした体格で、出るところはそれなりにあり、鍛えられ引き締められた体には無駄な肉などついていない。

 滑らかな曲線美を持つ誰もが羨むはずの体が、今は震えている。


 不釣合いないくつもの『傷』を浮かばせた体が。


「お、おいっ!」

 遊姫のその一言でようやく俺にかかっていた金縛りが溶け、俺は慌ててドアを閉めた。

 いつもの力強い声でも、照れて戸惑っている声でもない。


 (おび)え切った少女の声を、あの遊姫が上げていた。


「くそっ!」

 誰が聞いているわけでもないのに、俺は一人悔しさに耐え切れずに口に出してしまう。

 何がプライバシーには気を配るだ。

 俺は今、恐らく遊姫が一番隠していたかったであろう事実を暴いてしまった。

 遊姫のあの時の顔、いつも強気でどこか傲慢で、それでいて照れたり心配したりとするいつもの顔じゃない。

 まるで何かに恐怖し、怯えてすくみ上がっているかのような一番らしくない顔。


 何があったかはわからない。

 あの傷が何を意味し、遊姫の過去に一体どんな暗い影が落とされているのかも。

 だがこれだけははっきりと分かる。遊姫が言葉よりも何よりも雄弁に語ってくれていた。

 見られたくなかったんだ。


「何やってんだ俺」

 不慮の事故、と一言で片付けることは出来なかった。

 心臓が嫌な音を鳴らし、胸を苦痛が(さいな)む。自分が実際に傷をつけられた時の痛みではなく、傷つけた時に生じる罪悪感という痛み。

 人間だけが持つ、人間に必要な社会を形成するため生まれた『罪』。


 遊姫を、傷つけた痛み。

 そんな人間として当然の『罰』を、俺はしばらく受け続けていた。



――



 ドアがゆっくりと開き、遊姫が出てくる。

 焦燥した顔をしていた。

 黒いタンクトップとその上に青の半袖のフード付きパーカーを着込み、初めて会った時の短パンジーンズにあの足をすっぽり覆うハイソックス。


 そして肌をくまなく隠すように巻かれた包帯。


 本来露出は比較的多いはずの服装なのに、顔以外の肌が少しも見えない。

 その理由は、もう知ってしまった。

「……遊姫」

「忘れてくれ」

 俺が(しゃべ)りかけた瞬間遊姫がその先を遮る。


「悪い、さっきのは……見なかったことにしてくれ」

 目を合わせようとしない。

 うつむき加減でそれだけ言うと、遊姫は黙ってその場に立ち尽くす。


 俺はかけるべき言葉が見つからなかった。

 本当は今すぐに謝りたかった。

 見てしまったこと、傷つけたこと。

 けれどそれが俺の自己満足にしかならないことも分かっていた。いや、これも言い訳かもしれない。

「分かった……」

 俺はそれだけ言って、同じように押し黙った。



――



 その後迎えが来て、一通りSAKの中を案内され、侵入経路になりそうな場所を教えられた。そして着物女が実際に来るまで応接室で待機と、想像通りの言葉が待っていた。

 ここの警備システムなら侵入を察知する事自体は容易(たやす)いらしく、あとは侵入を確認したらそこに向かって、例の着物女を止めにいけばいいのだという。

 だが遊姫はここで俺も思いもよらなかった提案を一つ、向こう側に了承させた。


「いいのか、助けがなくて」

「いいんだ。あいつらじゃいざというときジャマになりそうだからな」

 普通に遊姫は答えてくれるが、やはりどこか元気がない。

 遊姫が提案した内容は簡潔明瞭で、着物女との対決はサシでやらせてくれ、というものだった。用は手出し無用という意味だ。

 これにはその場にいた坂田氏も俺も驚いた。だが遊姫はガンとしてこれを譲らなかった。

 坂田氏は心配しながらもそれを了解し、着物女を見つけ次第こちらに連絡し、その場にいる警備員を退かせるように約束してくれた。


「その、俺はいてもいいのか?」

「ん、ああ……」

 取材を引き受けた以上は、俺もその場で実際にその着物女を見てやろうという覚悟でいたし、遊姫の邪魔にはならないつもりでもいた。

 遊姫もそれを分かってくれていて、俺だけは同伴を認めてくれたのかもしれない。


 だがここに来て遊姫は、何か別の事を心配しているような気がした。


 もっとはっきり言えば、恐れているような。


「遊姫、その、なんだ。カメラは回してもいいか?」

「それは……困るからやめてくれ」


 俺には思い当たる節があった。

 けれどそれは遊姫に『忘れてくれ』と念を押されたことだ。今直接蒸し返すのはきっと遊姫にとって良くない。


「……少し、俺の話をしていいか?」

「え?」

 遊姫は俺の言葉に少し虚を突かれていたが、別に反対する理由もないのだろう。

 こくりと頭を縦に振る。


「俺さ、今姉ちゃんと二人暮らししてるんだ」

 遊姫は何の話かと思っているだろうが、構わず俺は続ける。

「俺の両親は事故で死んじまってさ、これでも一時期は結構苦労したんだぜ。まあ、俺も姉ちゃんも歳は二十超えてたからなんとかはなったんだけどな」

「……そうか」

 遊姫はどう反応していいのか迷っている様子で、それだけポツリと返す。


「ああ。と言っても、俺が話したいことって言うのは苦労した話じゃない。俺と姉ちゃん、昔から割と仲が良くてさ。俺の方はちょっと姉ちゃんに引いたりすることも多いんだけど、まあ傍から見れば仲のいい姉妹なんだよ」

 結構姉に遊ばれることも多いが、それでも特にいさかいなく生活出来ている。


「だけど俺、実は姉ちゃんにずっと内緒にしていることがあるんだよ。何度もその事を聞かれたりするんだけど、その都度適当に誤魔化してさ」

 遊姫は顔を上げ、俺の目を真っ直ぐに見た。

「俺、姉ちゃんのことは信頼してるし、頼りにもしてる。だけどその事だけはどうしても言えなくてさ」

「分かる、その気持ち」

 遊姫はトーンの沈んだ声ではあったが、そう返してくる。


「……笑わないって、約束出来るか?」

「え?」

 俺は少しだけ勇気を出して、口にした。

「俺さ、俺の記事でみんなのやる気を出させたいんだよ」

 遊姫は一瞬目をパチクリさせたが、やがて口を開く。

「あ、ああ。そうなのか」

「そうなんだ。俺の記事を読んだ奴らを全員、今日も一日頑張るぞっていう感じにさせたいんだよ」


 俺がそこまで口にすると、遊姫は少しだけ困ったようにしつつ答える。

「それはまあ、いいことなんじゃないか?」

「今お前そんな子供みたいなこと考えてたのかって思わなかったか?」

 俺のちょっと意地悪な聞き方に遊姫はバツが悪そうにする。

「いや、うん、少しな」

「誰もが最初はそう思うだろ。だけど聞いてくれ、俺のはそんな単純な目標じゃないんだ」

 遊姫は少しだけ興味を惹かれたようで、顔をいくらかあげて続きを待っている。


「新聞とかニュースってさ、何の為にあるんだと思う?」

「そりゃあ、今日の天気とか運勢とかを知るためだろ」

 ずばっとそんな風に答えられると若干気勢が削がれるな。

「お前は天気と占いしか見てないのか。まあでも近いところはあるか。俺の考えた答えはこうだ。『今日一日を元気に過ごせるように』だ」

 遊姫は今度こそ怪訝な顔をして俺を見るが、構わず続ける。


「お前何言ってるんだ、って思っただろ。でもよく考えてみろよ。どこかの大企業の汚職事件とか、庶民の俺たちが知ってどうする? 遠い国で起きた凶悪な事件も、大災害も、その場にいなかった人たちが知りたがるのは何でだと思う?」

 遊姫はしかめっ面を浮かべ、うーんと唸りながら頭を悩ませ始めた。

 困らせたいわけじゃないから答えをさくっと教えてやることにする。


「一言で言うなら、それらの出来事がどこか遠い世界やおとぎ話の国の話なんかじゃなく、自分たちの世界の出来事だからだ」

「あたしたちの世界の出来事だから?」

「そうさ。捉え方は人によってそれぞれだけど、例えば汚職事件は自分のところの会社で同じように警察に摘発されたらどうしようって不安になるやつもいるだろうし、遠くの凶悪な事件を誰か身近な人間に置き換えて不安に思う人だっているだろう。大災害の話を聞いて自分たちの所で起こったときにはどうしようかと対策を立てたい人もいる。そんな風にみんな思うところがあるのさ。同じ世界に生きている人たちが実際に体験した出来事だからな」

 育った国や地域によって考え方も環境も違う。

 しかし、それでも同じ人間として何かを考えたり、思ったりするということは同じなのだ。


「なんでそんなことを考えたりする必要があるのかって言われれば、それこそ単純さ。俺たちはそういう情報を元に自分はどうすべきなのか、みんなはどうしているのか、人間っていうのはどういう生き物なのかって知りたがっているからさ。それを知って、俺たちは色々なことを考え、思い、時には感動したり悲しんだりして、今をよりよく生きていこうとしているのさ」

 結局のところ、大体人間が考えることというのはここに行き着くと俺は考えている。

 単純であるのに成し遂げるには難しく、故に誰もがその願望を抱く。


 よりよく生きる、つまり、望んだように生きていきたい、と。


「でもそれを実行するのは大変だ。挫折することもあるし、たまには現実から逃げたくなることもあるだろう。だから俺は、その助けになるような、みんなの生きる活力になるような記事を書きたいわけだ。元気に会社や学校に送り出していけるようなやつをな。でもそのためにはみんながあっと驚いて食いつくような記事じゃなきゃいけないから、俺はいつもスクープを探してるのさ。みんなが知りたがるようなとびっきりのやつを」

 遊姫を見ると、どこかぽかんとしたようで、それでいて多少さっきよりは血色が良くなった顔をしていた。


「それが、俺のずっと……秘密にしてた事かな」

 自分でも少しドキドキしながら遊姫にそう言うと、遊姫が今度はおどおどとし始める。

「あ、あたしが聞いてもよかったのか? その、ずっと秘密にしてたことだったのに」

「ああ、ここだけの完全オフレコな話だからな。ちゃんと聞いてたか?」

「も、もっと自信持っていいんじゃないのか。うん、なんかちょっと感動したぞ」

 控えめな言い方だったが、遊姫の言葉に俺は思わずぐっとくる。

 嬉しいことを言ってくれる。


「ゴローの姉ちゃんにも、話してみていいんじゃないか?」

「姉ちゃんには、あー、まだ話す勇気がないな」

 こういう反応をしてくれるなら堂々と話してもいいのだが、遊姫のようになってくれるとは限らない。

「何でだよ、大丈夫だってゴローの今の話なら」

「こういうのはほら、話すのに結構、勇気がいるだろ?」

 俺がそう言うと、遊姫は俺が意図したことを気づいたのだろう、僅かに勢いが鈍る。


「その、あたしのは……」

「いや、無理に話してくれって言うんじゃないんだ。実際今俺だって、秘密を打ち明けるのは結構勇気がいることだって気付いたわけだし。だからそうだな」

 俺は一呼吸おいて遊姫をしっかり正面で見据えながら話す。


「いつか、いつか俺にも話していいかなって思った時が来たら、その時話してくれよ。それまでは俺はいつまでも忘れたままでいる」

 遊姫にとって触れられたくない部分だというのは分かっていた。

 傷つけたことも間違いない。

 けれどそれでも、俺はそれを承知で知りたいと願い出た。


 自分の秘密にしていたことを話したからそっちも話せ、なんて言うつもりはない。

 けれど俺が遊姫を信頼して話したのだということは、直接言葉にせずとも伝えておきたかった。


「だから元気出してくれ。そんな風に落ち込まれてちゃ、なんか俺も調子狂う」

 かつて遊姫に言われた台詞だ。確かに話している相手に慣れない事されると困るもんだ。


 本音を言えば、やっぱり謝りたい。

 けれど遊姫がこの間謝らないでくれと言ったように、俺を友人、ダチと認めてくれたというのなら、それは出来るだけ守っていきたかった。


 だからこれはせめてもの罪滅ぼしのつもりだ。


「……なあゴロー」

 遊姫が何か言いかけたところで、サイレンの音がそれを遮る。

 静寂を守っていた俺たちの周りが一気にざわつき始めたのが分かった。


「おいおいゴロー、今日は来ないんじゃなかったのか?」

「来ないなんて言ってない。文句は仕事熱心な着物女に言ってくれ」

 こんなところで遮られるとは、俺だって文句を言いたいさ。


 ケースから取り出したいつもの剣を握り締めて立ち上がり、遊姫は颯爽と駆け出した。


 午後八時二十三分。

 SAK総合セキュリティーは例の着物女の姿を確認していた。


今回から投稿は毎週土曜日から、何日か連続して投稿していこうと思います。というわけで、この続きは明日投稿します。今週は月曜日まで連続で投稿する予定ですので、お付き合いください。


感想、意見はいつでもお待ちしていますので、よろしくお願いします。

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