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Ⅱ 追及、探索、そして邂逅

 翌日、警察から追加の発表があった。

 切断面から鉄骨を分断したものは鋭利な刃物の類であると推測されるとのことだった。

 というわけで、俺が思い描いたビームサーベルという仮説は完全に否定された。

 まあ、自分でも本気で信じていたわけではないけれど。


 残念ながら件の少女については進展なしだった。警察はまだ彼女の行方を(つか)めていない。

 人的被害が出ていない以上そちらの捜査にはそれほど人員を割かれていないのかもしれない。一応銃刀法違反の疑いもあるはずなのだが。


 そちらの方は警察に任せて、俺は例の建設会社の取材で外に出ていた。

 会社に俺宛の電話があったと聞いたのは、ちょうど昼を過ぎたあたりだった。


『相手は井戸(いど)(まつ)建設の社員だ。色々と会って話したいって言ってるぜ』

 井戸松建設――そう、あの鉄骨落下事件を起こした会社の名だった。

 電話越しにデスクの声を聴きながら、俺は思考を巡らせる。

 まさか向こうから直接アポが来るとは。

『悟郎、よーく相手の事情を掘り返せ。世間様が納得出来る記事になるかは』

「俺たち記者の腕次第ってやつでしょ。分かってますって」


 耳にタコが出来るほどデスクから聞かされてきた台詞だ。

 四十台半ばのデスクのその言葉は、始めこそ心に響いたものの、自分自身にその訓告が染みついてからはただのおやじの小言と同じになってしまっていた。

「しかし、うちに独占取材させてくれるって言うのはどういう事ですかね」

『そこも含めてしっかり聞き出せよ。まあお前をご指名なのはお前の記事が原因だろうさ』

 電話越しにでもデスクがにやけているのが分かるようだ。

 この人はこう、少し事情が読めないような話に出くわすと決まって子供がはしゃぐように機嫌がよくなる。

「とにかく根掘り葉掘り聞きだしますよ。で、場所は」



――



 待ち合わせ場所についてみると、一人の男がおどおどと立っていた。

 利用者の少ない平日のホテルの地下駐車場で、ぼうっと浮いているような佇まいだった。

 相手はすぐに俺を見つけて近寄ってきた。

「あの、連絡を頂いた……」

「峰岸さんですよね、あの記事を書かれた」


 全体がほっそりとしたシルエットで背広姿、日焼けしていない肌。

 建設会社でこの背格好となると、デスクワーク系の社員だろうか。

「ええ、そうです」

 そう答えて名刺を渡すと、相手も懐から同じように名刺を取り出す。

「私は、常務の前田(まえだ)と申します」

 丁寧にお辞儀(じぎ)され、こちらも深く腰を折る。


 事件関係の取材で記者にこういう挨拶(あいさつ)をしてくる相手というのは、何か取引を持ちかけてくる場合が多い。今回の呼び出しで何となく感じていたが、どうやら――、

「ここでの話は、どうか内密にお願い致します」

「秘密の相談、というわけですね」

 裏取引、というやつだ。

「ご理解頂けて助かります」

 相手はどうやらこちらが合意したと勝手に納得したようだ。

 こちらは了解したと言ったわけでもないのだが、そこはあえて突っぱねることでもない。相手が秘密の話とやらを話してくれるまでは『ここでの話を口外しない』という風に思わせておこう。

 さて、肝心の秘密の話というのは何か。

「早速ですが、あなたが記事にした少女のことは覚えていますよね?」


 意外な切り出しだった。

「ええ、もちろん」

「彼女とコンタクトを取りたいんです」

 続けて出てきた言葉も予想だにしていないものだった。

「えっと……あの、それはどういう」

 あからさまに動揺の色が出てしまった。何せ予想していた話と言えば『不祥事を黙っていてほしい』『世間には単なる事故だと報じて欲しい』というようなことばかりで。

 もちろん弱小の我が社に頼み込んでくるかは疑問だったが。

「連絡を仲介してくだされば、それ相応のお礼を用意させて頂きます」

 おまけに、この手の密約にありがちな報酬の話までテンポよく出て来た。

「ちょ、ちょっと待ってください。一体どうして彼女と連絡を取る必要が……」

「その様子だと、居場所や連絡先はご存じなのですね?」


 この男、前田と言ったか。

 どうやら先走りしやすいタイプのようだけれど、この際そこは放っておこう。

 問題なのは別の部分だ。

「残念ながら、彼女と連絡を取りたい訳はここでは申し上げることが出来ません。改めて彼女を紹介して頂ける時にお話しします。もちろん、あなたもその場に同行して頂いて構いません」


 前田氏はそう矢継ぎ早に言葉を並べてくる。


 どういう事だ?


 何故、事故を起こした井戸松建設が彼女を探している?


「もちろんお礼のほうはあなたと彼女それぞれにお出しします。どうですか」

 考える時間を与えたくないのか、どんどんと外堀を埋めてくる。

「そこで、今回の事件の真実をお話しします」

 これが決め手とばかりに自信ありげに切り出される。

 記者としてそそられないわけではないが、何かこう話が飛びすぎてイマイチついていけてない。


「……一つ、いいですか?」

「何でしょう」

「あの事故は、ああいや、事件はやはりそちらの過失があったと考えてよろしいのですね」

「それについても後にお話し出来ると思いますが、先に言っておきますとあれは私どもの過失ではありません。まあ、こう言っても信じて頂けないでしょうが」

 前田氏ははっきりと宣言した。やましいことなどないと言わんばかりに、自信をもって。


 真相はさておき、何やらこちらの知らない事情があるようだ。

 思ったより厄介な事件だったわけか。


 これはひょっとして、取り逃したと思っていた幸運の続きではないだろうか?


「それでは、話がまとまったらこちらに連絡してください。吉報をお待ちしております」

 先ほどの名刺とは別に電話番号だけが載っている紙を手渡された。



 その後もいくつか質問をしたが、丁寧に答えてくれる割に『その時に話す』の一点張りでほかに情報は聞き出せなかった。

 情報の基本はギブアンドテイク。

 こちらが件の少女の情報を持っていない以上、それを気取られるわけにもいかず、突っ込んだ質問をすることも出来なかったのだ。


 こうして前田と名乗る男との密談は終わったわけだが、話をする前よりかえってややこしくなってしまった。


 一度整理してみよう。


 確かに弱小新聞社の記者である俺を指名した理由はわかった。俺が彼女とのアポイントが取れる人物だと勘違いしていたからだ。

 では、何故ここで彼女が出てくるのか。

「訳が分からないだろ」


 帰り道の駅前通りで、彼女と出会った日と同じようにぼやいた。

 夕日が沈もうとしている空を背景に、人々が家路へと歩を進めている。

 デスクに報告したところ、デスクは首を(かし)げつつもこの件にだいぶ興味を持ったようだ。たとえ記事にならなくてもいいから俺に彼女を探せと命じてきた。

「言われなくてもそれしか今は出来ることが無いけどな」


 工事現場での鉄骨の落下事故。

 それがまさかこんなにも複雑な事情を抱えているとは夢にも思わなかった。俺としてはあくまで人々の興味をそそるのは彼女だけだと思っていた。

「ただの事故、ってわけでもないのか」


 企業の過失の隠ぺいが目的ではないのだろうか。

 そもそも井戸松建設の企業としての信用は今回のことで大きく失墜したはずだが、あの常務の態度や話しぶりを思い出しても、焦りや不安は感じられなかった。


 むしろ今回のことを喜ばしいことと考えてでもいるような、そんな印象さえ感じた。


「はぁ、どんな意図があるっていうんだよ」

 今回の件、俺の頭では分からないことだらけだ。


 ふいに甲高い掛け声に気付いて後ろを振り返ると、四人の女子高校生達が賑やかに迫って来ていた。

 道を少し開けるように脇にそれると、先頭の娘が軽くお辞儀を返した。

「あんな年頃の女の子に、一体何があるんだろうな」

 今通り過ぎていった子たちとそう歳も変わらないだろう少女が、事件の鍵を握っている。

 だんだん小さくなっていく先ほどの一団は雑踏に紛れて、やがてほかの忙しなく歩く人々の中に溶け込みその一部となっていく。

 空がまた少し暗くなっていくのを感じていた。



――



 あれから一週間。


 あれから、とは当然あの鉄骨落下事件の日からである。

「ねえ、まだ見つかんないの?」

 ぶっきらぼうな口調で後ろから呼びかけられる。誰かと確かめるまでもなく姉の声だ。


「まだって、ああ、あの鉄骨落下事件の子?」

「それ以外に誰がいるの?」

 姉は不機嫌さを露わにそう言った。

 手にした缶ビールをベコベコと凹ませて音を出している。


「警察からは未だに発表がないしな。こっちからじゃもう探しようがないよ」

 パソコンの画面に視線を向けたまま姉に返事をする。そしてすぐさまドシドシと足音が聞こえて――、

「悟郎、あんたやる気あんの?」

「絡まないでくれよ姉ちゃん」


 姉の少しビール臭い息を間近で嗅ぐ方の身にもなって欲しい。

 姉の腕は既に後ろから俺を抱きしめるように、というか締め上げるように回されている。

「あんたねー、世間様を騒がせる記事を書いたんだから、ちゃんと最後まで責任もって報道しなさいよねー」


 姉のショートカットがゆらゆら揺れて俺の顔にかかる。

 隣にはほんのり桜色に上気した女の顔。

 背中に当たる柔らかい肉の感触。

 これが実の姉のものでなければと本当に悔やまれる。

「そんなのは分かってるんだけどさ」


 結局警察の捜査は事故原因の方も彼女の搜索の方もさっぱり。事件の原因究明に乗り出すと言っていた割にこれなのだ。

 これには俺だけでなく各報道関係者からも不満の声があがっているが、目下捜査中という文言一点張りでまともに取り合おうともしてくれない。


「もうこっちからは手の打ちようがないんだ」

 実際、かなり歯がゆい。

 俺だって姉に言われるまでもなくあの事件の手掛かりを少しでも手に入れたい、彼女を探し出したいと思っている。


 パソコンでネットのページを操作しながら、学校に張り付いて登下校中の学生を眺めていた時間を思い出す。

 自分でも彼女の捜索を始めたわけだが、これが結構な重労働だ。


 まずは私服で通える付近の学校を探したが、意外に多い。

 電車を使うことも考えて少し広めに範囲を見積もったわけだが、全部で五校もあるとは思いもしなかった。

 その全てに電話で事情を説明して該当する生徒がいるかどうかの確認。

 そして実際に訪問して聞き込み。

 さらにあまり協力してくれなかった学校では張り込みして登下校中の生徒の顔を直接見てきた。

 これを一人でやるのは時間がかかった。

 で、その結果が成果ゼロ。

 いざこういう状況になると普段の警察の苦労がよく分かる。そんなこんなで、これ以上何をしていいのか分からず正直お手上げ状態だ。


「あ、それ例の掲示板?」

「ああ、まだ続いてるみたいだな」

 以前に俺の記事を取り上げて話題にしていた掲示板。今も細々とではあるが続いている。

 だがどうやら俺の記事は世間を騒がせるスクープではなく、一部のオカルトマニアや超常現象を好む(やから)を楽しませる不思議体験レポートに落ち着いてしまったようだ。

「ふーん、でもこっちの人達は真面目に議論してるじゃない」

「真面目な議論って言うのかな、これ」


 もはやここに残った者達は俺の記事の内容を否定したりはしない。

 しかし肝心の議論の内容はと言えば、軍事企業の秘密兵器の実験テストがどうのとか、裏世界の住人の仕業が何とかとか。

 中には彼女が宇宙人だの未来人だの魔法使いだの超能力者だのと、まともに人としてすら扱わなくなっているやつもいるくらいだ。

「魔法使い、か」

 剣を使う魔法使いというのも何かこうしっくりこないが、例えばあれが魔法の剣だとしたら話が片付いて楽だな、と思った。


「でも、ホントに何処にいるんだろうね」

 姉は何やら考えるような素振(そぶ)りをして、おもむろにこう言った。

「悟郎クン、君はどこを探したんだって?」

「どこって、学校をさ」

 付近の私服で登校可能な中学、高校を全て。

「学校って、登下校に張り付いてたの?」

「ああ、そうしたこともあったな」

「通報されなくてよかったね」

「……俺自身が記事に載るってか」


 あり得ないと言い切れない世の中なだけにそこは助かった。

 まあ、記者が同業者を記事にすることなど滅多にないのだけれど。


「近くの通えそうな学校全部調べたんでしょ? 運が良かったね」

「いやまあ、全部ってわけじゃないんだけどな」

「え?」


 姉は何故か不意を突かれたかのように言葉に詰まっていた。

「何だよ」

「あ、アンタ、全部見て回ったわけじゃないの?」

「おいおい、近くの通えそうな学校って、一体いくつあると思ってんだよ。一つ一つ張り込むのだって結構な労力なんだから、私服で登校可能な学校で、尚且つあまり協力的じゃなかったとこでしか張り込みはしてないって」


 張り付くのも本当は楽な作業じゃない。

 流れてくる人間の波から、一人の人間の顔を探すというのがどれほど大変なことか。

 おまけにプライバシー保護が強く叫ばれる世の中だ。姉の言う様に張り付き中に通報されなかっただけマシだと思おう。


「私服で登校可能な学校って……ああ、その子私服だったんだ」

「え、そこから?」

 意外な反応に今度は俺が面食らう。

「だって、女子学生ってことしか知らないもん」

 姉はまるで理不尽な指摘でもされたように憤慨しながらそう言う。

「あれ、そうだったっけ?」

「そうだよ」


 改めて思い返してみれば、姉は俺の口から聞く前にこの事件のことを知っていた。

 俺の記事を事前に読んでいたんだろうが、確かに記事には具体的な服装まで明記していない。

 こんなところで自分でもしっかり個人情報保護をしていたわけだが、そもそも事件に出くわした人間の格好なんて記事の中には不要な情報だ。

 今回は事が事だっただけに彼女が学生らしい、ということは書いたが。

「でも私服だったのによく学生だなんて分かったね」

「学生鞄持ってたからな」


 黒い、こう、ごく普通の鞄だよ、と身振りを交えながら説明する。

 昔からよくある黒い革製のオーソドックスな奴だ。見間違えるはずがない。

「私服OKなのにそんな大昔のタイプの鞄なわけ?」

「大昔ってなぁ……」


 そう言ったものの、姉の言葉で微かに疑問が出て来た。

 あのタイプの鞄は確かに昔馴染みの感じがする。伝統とか、服装に関してもうるさそうな学校の鞄というイメージだ。

「服はどんな感じだったの?」

「えーっと、包帯を腕に巻いてて……白い半袖のワイシャツに短パンジーンズ、やたら長くて足を丸々覆うような黒いハイソックス、あと靴はスニーカーかな」


「……腕に包帯?」

 姉は怪訝そうにそう繰り返した。まあ、至極当然な反応だろう。

「悟郎、あんたそんな大事な特徴、どうして公表しなかったのよ」

「いやまあ、公表したくはあったさ。個人情報保護の観点を無視すればな」

「それ言ってれば、ここの人たちが見つけてくれてたかもしれないのに」

 姉の視線の先、ネットの掲示板を見つめて俺も確かにそうだなとは思う。


「でも姉ちゃん、俺は何も彼女を晒し者にしたいわけじゃない」

 特に彼女を物珍しいUMAのように扱っている奴らには見つかって欲しくない。

 それに大衆掲示板に居場所を公表されるとなれば、後々どんなリスクがあるか分かったものではない。


「悟郎がこの子を見つけて記事にするのと、どう違うの?」

「俺は記事にはするけど、彼女の生活を脅かしたいわけじゃない。それに俺が書きたいのはみんなが知りたいと思う真実であって、ここの連中の妄想の続きじゃあない」

 俺はそう言いつつも、取材と聞いてあからさまに嫌悪感を示していた彼女のことを思い出す。


 彼女にとっては、どちらも違いはないのかもしれない。

 そう思うと少しだけ心が痛んだ。


「……ふーん」

 姉はしばらく何か考えていたが、ふと思いついたのか顔を上げてこう言った。

「それさ、制服なんじゃない?」


「は?」


 姉は何を思ったのか、話題も変えて突拍子もないことを言い出した。

「おいおい姉ちゃん、さっき俺が伝えた格好のどこが制服なんだよ」

「ワイシャツ」

 姉はさらりとその一言を呟く。

「……いやまあ、ワイシャツは確かに制服っぽいけど」

「でしょ」

 自慢げに言う姉。次の言葉を待つ俺。しばし部屋には硬直した時間が流れる。

「……いや、だから?」

「馬鹿ね悟郎、だからワイシャツが制服なんだって」

「いや、さっぱり言ってることが分からないんだけど」

「他の服装は、制服の代用品なのよ」


 代用品?


「例えば悟郎が高校生で、喫茶店に寄ってお茶している時、コーヒーをこぼして制服汚しちゃいました。それで制服クリーニングに出さなきゃいけなくなったとするわね」

 姉はしゃがみこんで俺の膝に両手を当てる。

「上はワイシャツの替えがあるとして、下はそうはいかないよね」

「……まあ、そうかな」

 得意げになった姉は下から覗き込むようにしながらポンポンとズボンを叩く。

「悟郎だったら何を代わりに履いていく?」


 もし俺が高校生なら、今持っているようなスーツのズボンは持っていないだろう。残っているのは部屋着用のジャージと――


「ジーンズ」

「ぐらいしか悟郎クンは持ってないからね」

「余計なお世話だ」

 姉に突っ込みながら冷静にもう一度考えてみる。


 確かに姉の話は筋が通っている。

 成る程、もともと制服を着ていて何らかの事情で組み合わせを変えていたなら、私服で通える学校を探している俺も警察も見つけられないわけだ。

 一応いざ着ていくものに学校のジャージという選択肢も残っていそうだが、それも含めて、この『普段とは違う組み合わせの制服』説はありだ。


 そういえば彼女のワイシャツには青いラインが入っていた。

 柄物でもなくシンプルなデザインだったから、ひょっとしてあれが学校指定のワイシャツだとしたら合点もいく。


「でも、女ならスカートの一つや二つ持ってるもんじゃないのか?」

「あら悟郎クン、スカート履かないタイプの女も結構いるのよ」

 目の前にいる我が姉も昔からスカートよりズボンなタイプだった。


「それに持ってても学校に着ていけるかどうかは別だしね」

「どうしてだよ」

 姉は立ち上がってソファーへと歩いていく。下を向きゆっくり歩を進めながら、まるで自分でその立場を想像しているかのようだった。

「柄や色が派手だったりすると浮くでしょ? 学校でそんな風に目立ちたくないわよ普通」

 テーブルに置いてあった飲みかけの缶をとり、そのままソファーへ沈み込む。

「ジーンズも相当浮くと思うけどな」

 もともとスカートを履くべきところにそんなものを履いていたら、目立つことは間違いない。

「じゃあ、色が似通っていたとか?」

「青系のスカート、ってことか」


 視線を姉からパソコンの画面に移し、すぐにあの付近の高校の制服の検索をかける。

 幸い高校名を入れて制服を検索するとすぐに画面には目当ての画像が映し出される。

「……姉ちゃん、当たりかもな」


 ここ一週間で、一番有力な手がかりだった。


 画面の青いチェック柄のスカートと、同じく青いラインの入ったワイシャツを見て、姉のありがたさを身を持って感じるのだった。



――



 車の中から、悲喜こもごもな少年少女たちの顔を眺める。

 男子は白いワイシャツに明るい青と黒のストライプのネクタイが爽やかに、そして女子も同じく青と黒のチェック柄のスカートが上半身の白と合わせて映える。

 理知的で、それでいて飾りすぎずアクセントのついたいい制服だと思った。


 よく見ると女子生徒はネクタイの代わりに細いリボンを付けていた。

 色も暗くてスカートに比べて目立たないが、これも主張しすぎずピンポイントに花を持たせている。

 男子もワイシャツはこの学校の特注なのか、袖と胸ポケットにそれぞれ青いラインが二本。


 そして男子女子どちらもそれらの明るい色と対比されるような黒い昔ながらの学生鞄を手に持っている。


「制服評価は百点中七十点ってところだな」

 かつての自分の所の地味な制服と比べれば百倍マシだなと思いつつ、眼は真剣に一人一人の顔と腕を追う。

 あの特徴的な包帯ぐるぐるの腕なら見逃さないだろうが、今も巻いて登校しているか分からない以上、顔もしっかりチェックしておかなければならない。

 要はしらみつぶしだ。


「しかしまあ、多いな」

 始業時間の一時間以上前から張っていたが、少なく見積もっても四百人近くはこの学校の門を(くぐ)っている。

 私立だと昨日インターネットで調べて分かったが、ここまで大きな学校だとは思っていなかった。

 見逃すまいと気を張っているが、始業時間が近づくにつれ生徒の密度が上がり、だんだん一人一人の顔を見分けるのが困難になっていく。


 そして彼女を見つけられないまま、始業時間が過ぎた。


「収穫なし、か」

 深くため息をつき、車のエンジンを入れる。

 心躍る思いでいたせいか、反動は思いのほか大きかった。

 張り込みでターゲットに出会えないことなどそれほど珍しくはない。

 けれど今回はそれでも応えるものがあった。

「期待してたってことか」


 一方的に相手との遭遇を期待して後悔するなんて、ある意味ストーカーの思考だとひとり苦笑する。

 目的は取材とは言え、何だか一線を越えてしまったかのような心境だ。


 いや、彼女に会いたい理由は確かにそれだけではないのだけれど。


「……これじゃ確かに通報されても文句は言えないな」

 ハンドルを切り、校舎を横目にその場を後にした。



――



 放課後も張り付いていたが、残念ながら彼女は見つけられなかった。

 レンタルしていた車を返して、今日は駅からだいぶ離れた川べりの土手側から帰る。あの高校の下校ルートの一つだ。


 駅前とは違い、はっきり地平線側に沈んでいく夕日が見える。

 遮蔽物(しゃへいぶつ)の少ない場所で見るそれは、どこか幻想的で、都会の一風景としては格別だった。


 俺の真横に映るその景観をはつらつとした掛け声とともに、女子高生と思われる部活動の集団が遮る。

 その中に彼女が混じっていないかと目を向けるが、残念ながら見つからない。


「まったく、何処にいるんだか」

 張り込み始めて一日目で根をあげるとは情けないが、探し始めてから既に一週間以上過ぎているのだ。こんなボヤキくらい許されるだろう。

「ここらでポッと偶然の出会いがまた会ってもいいんじゃないのか?」

 頑張っている人にご褒美をくれる神様がいたなら、ここらで俺に祝福をくれてもいいと思う。


 そんなことを考えながら土手を歩いていると、前からスーパーの袋を持った買い物帰りらしき少女を見つける。

「背格好はあれくらいだな」

 茶髪のポニーテールを揺らし、あの学校の制服姿で歩いてくる少女は、鼻歌でも歌っているのか、上機嫌な様子で土手から見える夕焼けを眺めていた。

 赤く染まる横顔。

 オレンジ色の強く美しい光が彼女の顔の稜線(りょうせん)を彩る。


 まだ距離にして三十メートルほどあるが、俺は興奮を抑えるのに必死になっていた。

 ひょっとして人違いではないかと特徴を確認していく。


 ワイシャツは若干着こなしがだらしない。

 第一ボタンも空いているし裾も出ている。

 知的な青のラインとかみ合わない粗雑な印象を受ける。あの日の短パンジーンズではなくスカート姿だが、そこから伸びる足をすっぽり覆っている黒いハイソックス。

 肩にかける形であの竹刀入れのケースを引っさげ、空いた左手にはスーパーの袋らしきもの。


 そして、腕には不気味に白く映えるあの包帯が巻かれていた。


 初めて彼女に出会ったのは本当に偶然だった。

 確率でいえばどれほどのものか。

 よく運命の相手との巡り合わせを人類の人口を引け合いに出して語る人間がいるが、仮にあれが数十億分の一の奇跡なら、果たしてこの二度目の出会いはどれほどの偶然か。


 おそらく普通に日々を過ごすだけでは決して訪れなかった瞬間に今出会っている。

 彼女を探し、彼女を追い求めてきたからこそたどり着いた結末に。


 かくして、私と彼女は二度目の邂逅(かいこう)を果たす。


投稿は毎週金曜日と、月~水の間のどこかで定期的に行っていこうと思います。感想、意見はいつでもお待ちしていますので、よろしくお願いします。


次回は金曜日に投稿を予定しています。

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