XV 密室散歩
モニターが瞬き、来客を予言する。
博士の部屋の状況を観察していたらしい。
カメラがないので私には何があったかまでは分からないが、博士も銀髪の彼もしてやられたようだ。
「姫山遊姫か。彼女が何者か聞き出すのは、どうやら私の仕事のようだな」
画面に表示される‘Yes’の文字。
私には直接彼女の相手は出来ないから、彼のサポートを受けながらの仕事になるだろう。
「超人的な身体能力だろうと、体の構造そのものは人間のはずだからな」
私はそう呟き立ち上がる。まさかここで出迎えるわけにもいくまい。
「私も興味が出てきたよ。姫山遊姫」
私は、ここの中心部へと足を向けた。
――
遊姫は体をすっと離した。顔をうつむかせ気味にして、出来るだけ俺に見られないようにしているみたいだった。
落ちていた鞘と剣を拾ってしまう。ぱちりというもう馴染み深くなってきた音がした。
遊姫はそのまま部屋の隅まで移動し、何やら薬品棚のような場所をあさり始めた。
「何してるんだ、遊姫」
「……包帯がないかと思ってな」
遊姫はこちらを向かず声だけで俺に応える。
ガサゴソとガラス瓶や金属がぶつかり合う音がして、遊姫は目当てのモノを見つけたようだった。
袖の部分のインナーを引きちぎり、傷のある腕があらわになる。遊姫は包帯を慣れた手つきでそこに巻きつけていく。
「ゴロー、その、あたし……」
たどたどしく遊姫は言葉を紡ぐ。
「あたしはその、ホントに、ホントに頑固だぞ」
「ああ、知ってる」
「ホントのホントに、お前に何にも話せないかもしれないぞ」
「ああ、それでもいい」
「ホントのホントに、それでもいいのか?」
「ああ」
「ホントのホントに……」
「もう一回口を塞いでやろうか?」
俺の言葉にびくりとこちらを振り返って驚く遊姫。
案の定真っ赤に顔を染めて、驚きに目を見開いた様がなんとも可愛らしい。
「お、お前の気持ちは分かったからっ!」
「本当に分かったのか?」
俺はずずい、っと遊姫に近づく。
「わ、分かったってっ! もうホント、身にしみて分かったっ!」
遊姫の慌てっぷりは見ていて楽しい。
手をワタワタと降ってノーサンキューを示している様なんか見ていると、何だかもう一度したくなってくる。
「わ、分かったから今これ以上したら怒るからなっ!」
ぱちり、という音がしたあたりで俺は身を引いた。
これ以上は俺の命に関わる。
「ゴローがこんなに強引なやつだなんて思わなかった」
頬を染めながらじとっとした目で見つめられる。
「俺の気持ちを伝えるのに手っ取り早いと思ってな」
「むー」
遊姫は何か反論したそうだったが、あえて目をそらすだけで何も言ってはこなかった。
「そ、そうだゴロー。これからどうする?」
遊姫はあからさまに話題をそらしながら聞いてきた。
「どうするって、俺は今置かれている状況がまだよく分かっていないんだが」
「ああ、ゴローが気絶してるあいだにあいつらの親玉みたいなやつに会ったぞ」
親玉? ひょっとしてその親玉とやらが先ほど着物女の話に出てきた『あの男』なのか?
「とりあえずあいつにもう一度会って、そのあとここから脱出することになるな。見た感じあいつは強そうに見えなかったけど、まあ人は見かけによらねえって言うしな」
「おい、ちょっと待った遊姫。なんでそいつと戦うみたいなこと前提なんだ?」
遊姫の話はどうしてそうなるのかの過程が飛ばされることが多い。
一体何故その親玉と戦わなければいけないのか。
出来れば穏便にこっそり抜け出せないのか?
「ぜんてい、ってなんだ?」
「あー、えーっと」
説明するとなると意外と難しいな。
「前もって決められたことっていうか、何かの前置き、みたいな意味だ」
「ああ。だからそんな感じだ」
何を言っているんだこの娘は。
「だーかーら、そうなるからそうなるんだよ」
「あー、すまん、質問を変える」
俺は痛くなる頭を抱えながら聞きなおす。
「そいつと戦わないとここからは脱出出来ないのか?」
「んー、たぶん」
ううむ、その男が脱出の鍵を握っているわけか。
ここの親玉ならまあ分からないでもない。
「なら、そいつにこれから会いに行くんだよな。場所は分かるか?」
「ここに連れてこられるときにだいたい覚えた」
「それならそこまではたどり着けるか。というか、ここはそもそもどういう場所なんだ?」
この部屋だけ見てもとても想像がつかない。
実験室のような、あるいは医務室のような。
確かヘリでここに連れてこられたとき海が見えたから、ここは海辺の施設ということか。
海洋研究所、というのが妥当な想像か。
「そんなことあたしに聞くな」
「ああ、うん、そうだな」
確かに遊姫に聞いてもしょうがない。
「この男は?」
銀髪の方は俺も面識があるが、椅子の方で寝ている初老の男の方には見覚えがない。
見た感じ年齢の方は五、六十くらいだと思うが、頭の方はだいぶ寂しくなっている。
「知らねえ」
「……えーっと、どんな職業の人とかは分かるか?」
「知らねえ」
仕方ない、俺はこの人を謎のおっさんという形で覚えておくことにする。
「あー、そういえばどうして着物女と協力してたんだ?」
「ああ、それはやつらが着物女を裏切って、あれ? 着物女が裏切ったのが先か?」
ええいややこしい。
「とりあえず内部分裂が起きたのか」
「ないぶぶんれつ?」
「喧嘩したってことだよ」
いい加減な説明で遊姫を納得させる。
「着物女が敵に回らなかったのはラッキーだな」
「そうだな」
俺と遊姫は共通の理解を示した。
「着物女の目的っていうのは、結局何だったんだ?」
「そんなことあたしが知るわけないだろ」
聞けば聞くほど頭痛がしてくる遊姫との会話。
せめて気絶から覚めるのがもう少しだけ早ければ、着物女に事情を聞けたかもしれないなと今更悔やまれてならない。
「こいつら、銀髪たちの目的は?」
「あたしの強さがどうとか変なこと言ってたな。聞いてきたから突っぱねてやった」
へへん、と胸を張る遊姫。
見た目からは分かりづらいが程よい具合に張る胸があるのは先ほど確認している。
「これから行く場所に危険は?」
「あるんじゃねえのか? こいつらちょっとやばそうな感じだろ」
どうやら無事に脱出は出来ないようだ。
俺はため息をつく。
遊姫と関わったから、恐らく俺は今ここにいる。
思えばSAKのパーティーに呼ばれたというだけで、まさかこんな訳のわからないところに拉致されるわ二度も殴られて気絶させられるわ、そんなことになるなんて夢にも思わなかった。
遊姫と一緒に行動してから退屈する日が一日としてない。
人生の波乱万丈をここで使い切ってやしないかといくらか心配になるほどだ。
全く、記者泣かせな女だ遊姫は。
もちろん流すのは嬉し涙だけれどな。
俺は一息吸って腹をくくる。
そして聞いておかなければならないことを一つだけ聞く。
「遊姫、大丈夫か?」
「ああ、任せとけ」
遊姫は既に包帯を巻き終えていた。
いつの間にか腹の方まですっぽりと包帯に覆われ、痛々しい傷も血の跡も綺麗に隠されていた。
そんな今の様子からは想像しにくいが、先程までは誰が見たって重傷者そのものだった。
遊姫の顔にはしかし、辛さや苦しさはない。
「ゴローがあたしについてきてくれるんならな」
痛くないはずはないだろう。
けれどそれ以上に遊姫を鼓舞している力の方が大きいのだ。
その源がもし俺なのだとしたら、俺の方こそ体の底から力が湧いてくるというものだ。
「ああ、それくらいならお安い御用だ」
俺は強く頷いた。
「あー、そういやゴロー」
「ん?」
「悪かったな、ドレスボロボロにしちまって」
ほとんどスカートだけしか残っていないドレスをつまんで、遊姫はバツが悪そうに言った。
「仕方ないだろ。悪いのは全部着物女とそこに転がってる銀髪だ」
ドレス姿は様になっていたが、どこか遊姫らしからぬ感じもしていた。素肌をすっぽり覆い隠す包帯を見て、どこか俺はそんなことを思う。
周りから見て異様だろうと何だろうと、やはりこちらのほうが遊姫らしかった。
「んー、じゃあ、悪い」
そう言うと遊姫は残っていたスカートもビリビリと破り始めた。
「……遊姫、それ」
「ああ、見えないだろうなとは思ったんだけどよ」
遊姫のスカートの下にはお馴染みのハイソックスと、何故かスニーカーも履かれていた。
「ドレスにその靴履いてたのか」
「は、ハイヒールとか合わなくてよ」
ははっ、それは遊姫らしい。
ばっちり結果オーライだ。
「うし、これでちったあましに動けるな」
短くなったスカートを端で縛り、髪を束ねてドレスの切れ端でリボンのように結んだその姿は、どこか野性的だった。
引き締まったしなやかな腕と足も強調されて、遊姫の魅力をうまいこと引き立たせていた。
「うん、相変わらず独創的な服飾だな」
「ほめてんのかそれ」
「まあな」
遊姫はそれに反応して笑い、俺も釣られて笑った。
そうして一歩踏み出していく遊姫のあとに、俺も続くのだった。
――
部屋を出ると、ほんのりとした明りがついていた。
足元も通路の先も見通せるが、それはまるで海底水族館の中のような、どこか夜を想像させるような薄暗さだった。
「部屋がほとんどないな」
部屋を出た先の通路は緩やかにカーブしており、先が見えなくなっている。
その間に見えたドアはたった一つだけだった。
「そういやそうだな。ここに来る時も誰にも会わなかったぜそういえば」
「それはいい知らせだな」
ここの連中がどんな奴らかは分からないが、あの着物女の元仲間だということを考えれば出会わないに越したことはない。
「で、どっちに行くんだ遊姫?」
「ああ、こっち……」
そこで俺たちの左側の壁が、突然眩しい光を放った。
俺たちは何事かとびくりと身を震わせる。
「な、なんだこれ?」
さっきまで暗い青色の壁だった場所が光り輝き、まるでディスプレイのように映像を映し出していた。
「すげーなこれ、壁がテレビなのか?」
壁一面に鮮明な映像が浮かぶ。
画面はどこを映したものだろうか、快晴の空の砂浜に波が打ち寄せる映像が流れていた。
ふとそこにこの絵に似つかわしくない、デジタルな矢印が浮かんだ。
大きく分かり易いそれは、俺たちが進もうとした方向と反対を指していた。
「なんだこれ? こっちに行けって言ってんのか?」
「らしいな」
どうやらこそこそ隠れながら進む必要はないみたいだな。
残念ながら俺たちの行動は向こうには筒抜けのようだ。
そこではたと思い出した。
「そうだ、携帯」
俺はポケットに入れてあった携帯を取り出す。
「おお、それがあったか。どうだゴロー」
「圏外だな」
この施設の中ではアンテナは立たないらしい。
遊姫はため息をついて肩を落とすが、俺の確認したいことはそもそも別にあった。
これはひょっとすると怪我の功名かもしれない。
通話履歴を探し、最後に通話していた時間を確認する。
履歴には、三十二分とあった。
「遊姫、俺はどれくらいの時間気を失ってたかわかるか?」
「え、ゴローが気絶してた時間? うーん、三十分くらいか?」
俺は時間を逆算する。最後に通信が切れたのがおよそ四十分前だと分かるから、遊姫の話を大雑把に信じれば、|ヘリでここに連れてこられたくらいで通話が切れた(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)ことになる。
「十分だな」
「何一人で納得してるんだ?」
「いや、こっちの話だ」
遊姫にも話してやりたかったが、隣の壁を見るに既に俺たちの行動は相手側に筒抜けのはずだ。余計な情報は喋らないほうがいいだろう。
「それよりゴロー、どうするかこれ」
「ああ、どうするかな」
矢印はこれみよがしに俺たちを誘導している。
当然罠の可能性があるわけだが……。
「無視しようぜ」
俺が何か言うより早く遊姫は進みだそうとしていたが、その歩みが突然ふっと止まった。
「あだっ」
遊姫はよろっと後ろに後ずさる。
奇妙なリアクションだったので何事かと思ったが、当の本人も不思議そうな顔をしていた。
「え? あれ?」
「な、なんだ遊姫?」
遊姫の奇行に俺も少したじろいだ。
俺の質問にも答えず、何故か遊姫はその場でパントマイムを始めたのだ。あの空気に向かって壁があるかのように手をつくあれだ。
なかなかうまいな。
「あっ、あああっ!!」
「どうしたんだ遊姫さっきから」
「こ、これこれっ!」
遊姫はなおもパントマイムを続けている。いや、うまいのはわかったけれど。
「バッカ! そうじゃねえっ!」
遊姫に馬鹿と言われるのは何かとてつもなく腹が立つが、遊姫はそんなことはお構いなしに、強引に俺の手を引きパントマイムの壁に手を触れさせた。
……触れさせた?
「触れる?」
「な、スゲーだろ!」
「え……ええっ!?」
手には確かに感触がある。
「な、何だこれ!?」
押してもまるで壁に手を当てているかのようにそれより先に進めることができない。
全く見えないが、確かにここに壁があった。
俺は叩いたりこすったりを試してみるが、ガラスらしい感じもしない。冷たくもなければ摩擦らしい抵抗もない。
ただ目の前に見えない壁がある、という事実だけが突きつけられた。
「な、スゲーだろ!」
「あ、ああ」
確かにすごい。
壁の向こう側は鮮明に見えており、映像だとはとても思えない。
「最近のガラスってスゲーんだな」
「が、ガラスなのかこれ」
俺は思わずツッコミのように遊姫に聞き返してしまう。
俺の人生経験からこれをガラスと認めていいものか、感覚的なレベルで疑問に思ってしまう。
「バカだなゴロー、ガラスじゃなきゃ向こう側なんて見えないだろ」
「う、うんまあそうなんだが」
流されるままにそう返事をしてしまう。遊姫の物言いは何故か首を縦に振るのを躊躇させられる。
「にしてもこれじゃあ先に進めねーな」
そんな遊姫の言葉のあと、待っていましたと言わんばかりに浜辺の映像は消え、これみよがしに矢印だけが大きく表示される。
見えない壁と反対側を指しているそれに、もう従っていくしかなさそうだった。
「仕方ねえな」
「ああ」
何かこう、遠まわしな誘導の仕方に少しだけ疑問を感じながらも俺と遊姫は矢印の方へ向けて進んでいく。
途中階段を二度下りて三度上った。通路自体はカーブを描いているだけで基本一直線、ドアも開けずにきたというのに何故かとても入り組んだ構造をしていた。
「不思議なとこだな」
「ああ」
俺はどこか迷路にでも迷い込んでしまったかのような感覚に捕らわれていた。
殺風景な通路を渡り、誰もいない世界を二人で歩き続ける。
時折見えるドアの向こうに何があるのかとふと思いを馳せ、この通路の先には何が待ち構えているのかと考え、ひたすら静かな道を進んだ。
頼りになるのは壁に表示されているこの矢印だけ。
俺は昔、子供の頃に味わった不思議な感覚を思い出していた。
近所の森でちょっと入ったことのない場所へ一人で足を踏み入れた時のように、どこか現実でありながら普段の俺たちの暮らす場所とは別の世界に迷い込んだような。そんな感覚だ。
俺がそんなことを思っていると、不意に矢印はひとつのドアを指して止まった。
「ここに入れってことかな」
「そうみたいだな」
ドアの隣にはここを開けるためのスイッチがある。それを押せば、当然このドアが開くのだろう。
少しばかり緊張してきた。
「じゃ、開けるぞ」
「お、おい待て遊姫。準備は大丈夫か?」
「準備も何もあたしは別に」
遊姫が何か言いかけたところでドアは勝手に開いた。
「待っていたよ、姫山遊姫」
ドアの向こう、広々とした薄暗い空間で男は一人佇んでいた。
お久しぶりです。予告通り今日からまた連続投稿を再開していきたいと思います。
それとこの連続投稿がひと段落する頃に、もうひとつ小説を投稿していきたいと思います。
こっちはR-18になる予定ですので、ノクターンの方への投稿となります。投稿するときになったらお知らせしますので、そちらも宜しければご覧ください。
感想、意見はいつでもお待ちしていますので、よろしくお願いします。




