Ⅻ 蘇る芳香(後編)
遊姫は直感で着物女の第一刀を交わす選択をした。
遊姫のいた場所の傍のテーブルが、遊姫の代わりに着物女の一撃を受けてバラバラに砕け散った。
「おいおい……」
木製のテーブルはまるで紙くずのように、上に乗せた料理と共に盛大に床に飛び散った。
もし遊姫が留まっていたら、代わりに床に転がっていたのは遊姫の肉片と骨だろう。
「そんなもんよく振り回せるなお前」
「あらそう? ユウキちゃんもやろうと思えば出来ると思うわよ」
そんな軽い口調で返しつつも二撃目を放つ着物女。遊姫は剣を構えこそしたものの、縦に繰り出された攻撃を再びかわす。
「あらあら」
攻撃は床に直撃し、床の一部が剥がれて飛び散る。
着物女は追撃せず、距離を取る遊姫をただ見つめていた。
「どうしたのかしらユウキちゃん? かわしてばっかりで反撃してこないなんて」
「とぼけたこと言うなよ。そんなもんに突っ込んでいったらあたしの方がもたねえっての」
「あらそう」
着物女はニタリとした。今度は剣を真横に構えて、なぎ払う姿勢を取る。
「ふふ、やっぱりダイヤモンドなんて特殊な素材を使っていても、所詮は刀なのね」
遊姫は着物女の構えに対して剣を向けつつも、どこか及び腰な雰囲気を纏う。
「ゆ、遊姫、どういう事なんだ?」
俺には分からなかった。
遊姫の剣は特別な材質で出来ている。
恐らく世界で最も硬い金属で作られたそれは、いかな物体とて切り裂けるはず。それならば相手がどんな武器を使おうがお構いなしに攻撃を繰り出せばいいのではないか。
あの剣に切れぬものなど……。
「ダメなんだよゴロー。多分まっすぐ切れねえんだあれ」
「ま、まっすぐ?」
「ゴローさん、刃筋を立てる、って言葉を知ってる?」
着物女が俺に声をかける。
「刀は通常、その刀の峰と刃を水平にして打ち込んだ時に一番威力を発揮するのよ。細くて重量のない日本刀ならこれが出来ないとほとんど切れ味を発揮出来ないわ」
着物女は一度武器を持ち直し、説明しやすいように俺にあの禍々しい鉄塊を見せる。
「私の武器は大雑把に見えて、刺の向きはかなり精密に計算されて作られているわ。刃筋を立ててこれに切り込んで刺の一本は断つことが出来ても、別の一本が斜めに当たるようになっている。どの角度からこの武器に切り込んでも、一撃で壊せないようにね」
「おまけにあいつ、あれを少し回転させながら振り回してるからな。多分こっちの攻撃は弾かれちまう」
「そんなところ。理解出来てゴローさん?」
「あ、ああ、なるほどな」
二人の解説で俺は納得した訳だが、敵である着物女に説明してもらうってどうなんだ?
「でもユウキちゃん、まだ私本気でこの剣を回していないのよ」
「え?」
言うが早いか、あの鉄塊を真横に再び持ち直して着物女が構えを取る。
「さあて、どこまでかわせるかしらね?」
着物女が遊姫に飛びかかる。今度はかなり深くまで距離を詰める足運びだ。
遊姫は斬りかかろうとせず、やはり一歩飛び退く。
だが、俺でもはっきりと今度の一撃は避けて正解だと感じた。
着物女の鉄塊は唸りを上げて遊姫の前をかすめた。ドレスの胸元のフリフリが僅かに巻き込まれてちぎれ飛ぶ。
唸りを上げている音の正体、それは回転だった。
「まだよっ!」
着物女は、今度は一撃だけではなく二擊連続で繰り出す。強引に鉄塊の向きを変えさせて再び遊姫に襲いかかったのだ。
鉄塊はまるでドリルのように回転している。
あれに引き込まれたら人間の肉など恐らくミンチにされてしまうだろう。
「遊姫っ!」
遊姫はまた紙一重でその一撃をかわした――はずだった。
「っ!?」
遊姫はいくらか足をもつれさせながらもなんとか後ろに飛び退いたようだ。だが姿勢を崩して、盛大に後ろに倒れ込んでいる。
今度は派手に胸元のフリフリがちぎれ、周りを巻き込んでドレスは見るも無残にズタズタにされていた。
インナーがなければ胸元すべてさらけ出していたであろう。へそから上あたりのドレスはもはやひも状に肩に引っかかっている程度しか残っていない。
「休ませてあげないわ」
着物女は無慈悲にそう告げると再び鉄塊を回転させて遊姫に襲いかかる。
遊姫は急いで態勢を立て直し、今度は着物女に正対しつつも完全に逃げの姿勢で応じる。
だが、そこまでしてもなおギリギリでしかかわせない。
「このままストリップショーっていうのもいいわね」
大きく距離をとり飛び退いた遊姫。
既に格好はボロボロだった。鉄塊はインナーもかすめたのか、肩の部分がわずかに裂け、お腹に関してはへそが丸出しになっている。
遊姫の、あの痛々しい傷がさらされている。
「て、てめぇ……」
遊姫があの鉄塊をかわすのに精一杯な訳が、ようやく分かった。
本来なら着物女の刀の一撃さえかわすことが出来る遊姫にとって、あんな巨大で重い鉄塊などかわすのはわけないはずだと思っていた。
だがあの鉄塊、動きが通常の刀の一撃と違うのだ。
まるでドリルのようにと形容したが、それはずばり的を射ていた。
あの着物女は鉄塊を回転させ、文字通りドリルのように遊姫にそれを押し付けて攻撃しているのだ。
なぎ払う攻撃なら恐らく隙も生じるのであろう。
だが着物女の行動はただ『押し付ける』だけ。
右にかわそうと左にかわそうと最小限の動きで相手を追い立てることが出来るし、唯一の逃げ場である背後には、遊姫はバックステップで移動しなければならない。それに対して着物女は前に進むだけ。
重量級の武器を持っているハンデがあるとは言え後ろ歩きと前歩き、どちらが早いかなど明白だ。
そして押し付けるという単純な攻撃方法であろうとも、あの武器は性質上なぎ払うことも出来なければ刀で壊すことも出来ない。
防ぐこともかわすことも困難な、まさに理論上攻撃に関しては無敵の兵器だ。
「根多刃、というのよ」
着物女は余裕の笑みを崩さずに遊姫に、そして俺に語りかける。
「根の多い刃と書いて根多刃。文字通り植物の根のように縦横無尽に刺が生えているでしょう? この刺は血を流しやすいように筋が入っていて、これを相手の体に突き刺して、根が地下の水分を吸い取るように体から血を吸い上げるのよ」
微笑む美女の言葉としてはなんとも残酷な、そしてこの女にぴったりの猟奇的な武器だと感じた。
「この剣でお腹を突かれたらもう助からない。即死はしなくてもぐちゃぐちゃになった内蔵は絶対に治療できないし、他の場所でも恐らく二度と使い物にならないダメージを負うことになる。動けなくなった体でぴゅーぴゅー血を吹きながら、確実な死を待つだけの末路しか残されていないわ」
遊姫に対して一歩一歩距離を詰める。確実に遊姫を追い込んでいるのだ。
「どう? 今ならぐちゃぐちゃになる前にタオル受け付けてもいいわよゴローさん」
「余計なことしなくていいぜゴロー」
遊姫は再び剣を構え直していた。いつもの遊姫らしい、静かで気迫に満ちた声が飛ぶ。
「……ずっと気になっていたのだけれど、ユウキちゃんは何故剣を取るのかしら?」
着物女は突然、この間は遊姫がそう聞いたセリフを投げかけてきた。
「この間も言ったけれど、私の場合は完全な趣味よ。この世界に入ったのも、こうして今ユウキちゃんと戦っているのも。刀で人を斬る感触が好きでやってるの」
遊姫はそれを聞いて険しい顔をしたが、かといって何かを言い返したりはしなかった。
「ユウキちゃん、慈善事業でやっているならここら辺が潮時よ。手を引きなさい。いつか取り返しのつかないことが起きてもあなたは……」
「ああ、分かってる」
遊姫は口を開く。
「……覚悟くらいはある」
遊姫の口調はどこか落ち着いていて、それでいて静かな熱が込められていた。
「あら、そう」
着物女は少しだけ残念そうにため息をつき、根多刃と呼ばれた鉄塊を再び構えた。
「最後通告だったのだけれど」
「遊姫……」
俺はかける言葉を探して、そしてそれが見つけられなかった。
遊姫には遊姫の、恐らく思うことがあるのだろう。
着物女に怯むこともなく、堂々と誇れるだけの確固たる自分を持って、先程の台詞を口にしたのだ。
けれどその言葉を聞いて俺は、少しばかりの寂しさを感じてもいた。
俺は、遊姫の言う『覚悟』が何なのか、知らないのだ。
「さあ、行くわよっ!」
勢いよく回転する刺の束が、遊姫へと迫る。
それに対して、遊姫は突然背を向けた。
「そうそう何度もっ」
遊姫は着物女に背を向けてその一撃をかわした。
いや、かわしただけではなかった。
「やられるか!」
着物女の攻撃の勢いに合わせて飛んだ。
高飛びの背面をするかのように宙返りして進行方向を変える。つまり、あの鉄塊を飛び越えるようにして空中から着物女に迫ったのだ。
追い込まれた遊姫が見せた土壇場でのとびきりの奇襲。
だが上昇した俺の気分を叩き落とすように無慈悲な声が飛んだ。
「駄目ね、ユウキちゃん」
「え?」
かつて俺が自分の死を覚悟した時と同じように、映像がスローモーションとして見えた。
着物女は遊姫と同様に飛び上がっていた。
禍々しい刺だらけの鉄塊など放り投げて。
その手には、かつて遊姫に折られたはずの刀が握られていた。
着物女の構えは二段式だったのだ。
巨大で攻撃的な根多刃と、高速の一撃を放つ、確か名前を十八番刃と言ったか。その二本の刀の二重の備えがあったのだ。
遊姫はそれを見とがめ、素早く防御に切り替える。だがここに至る流れは全て着物女の想定の流れだった。
遊姫には刀の一撃の代わりに、着物女の鋭く、飛び上がる勢いをそのまま利用した膝蹴りがお見舞いされた。
必殺の刀すらフェイントだったのだ。
遊姫の無防備な背中にそれがヒットし、遊姫の体が海老反りに曲がる。
口からは僅かにうめき声が漏れ、目が痛みに見開かれていた。
「ユウキちゃん、残念だけれど」
いつの間にか遊姫の髪を右手でつかみ、それを引っ張る形で遊姫の正面にまで回り込んだ着物女。
既に左手は大きく振りかぶられている。
「少しお休みなさい」
遊姫の顔を、その拳が容赦なく打ち据える。
その勢いで吹き飛んだ遊姫は残っていたテーブルへと叩きつけられる。
テーブルが弾け飛び、遊姫の体がまるでゴムまりのようにバウンドして跳ねた。
手足を人形のようにぷらぷらさせて宙を舞い、そして無残にも床に転がり落ちた。
派手な音があとから耳に届く。
床に倒れ伏した遊姫は、ピクリとも動かなかった。
「あ、ああ……」
俺は声にならない声を上げる。
恐れていた事態が起きたのは本当に一瞬だった。
俺の目の前で、俺が全く、何も出来ないままに。
遊姫が、ズタボロになって転がされていた。
「遊姫っ!!」
叫んだ直後、鋭い痛みが俺を襲い意識が遠のく。
気絶する瞬間、銀髪の男が笑っている顔が見えた気がした。
連続投稿二日目。今週も火曜日まで連続で投稿する予定ですので、お付き合いください。
感想、意見はいつでもお待ちしていますので、よろしくお願いします。




