Ⅺ パーティーナイト
何やってんだあたし。
家に帰るなり包帯も取らずに、あたしはベッドへと倒れ込んだ。
「あたし、サイテーだ」
ゴローになんてことを言ってしまったのだろう。
あの時のゴローの傷ついた顔は、今思い出しても胸を締め付けられる。
「なんでこんなにガンコなんだよ」
自分の性格が嫌になる。
あと先考えずに言いたいことだけ言ってしまった。
あんなこと、ホントに言うつもりなんてなかったのに。
ゴローはきっとあたしのために言ってくれたんだ。
この傷を消そうと。
なのにあたしはムキになって、ゴローをやりこめるためだけに裸になった。
こんなひどい体を見せびらかして、ホントにあたしは何を考えているんだろう。
「ゴローの気持ち、知ってたくせに」
こんなあたしでも流石に気づいた。
ゴローはあたしのこと、好きになってくれたんだ。
あたしはゴローとそうなりたかったワケじゃない。今でもダチでいいと思ってる。
けれど少しずつ、この間の着物女と戦った時から、ほんの少しずつあたしの気持ちも変わってきていた。
はっきり言えば、あたしもまんざらではなかったのだ。
なのに……。
「何やってんだろ」
恋人ごっこはあっさり終わった。
あたしがゴローを突き放して傷つけて。
けれど、と思う。
もし仮に恋人同士になったとしても、それでもあたしは。
「……これでいいんだよな」
あたしはこの傷を消すつもりはない。
例えそのせいで誰かに嫌われようともいいとさえ思っている。
そんなあたしは、ゴローのために何かしてやれる自信がない。
「ごめん、ゴロー」
顔を突っ伏して、ここにいない相手に謝る。ちょっとだけ、自分がずるいなと思うのだった。
やっぱり今度、きちんと謝ろう。
そう心に決めて、眠り込んでしまった。
――
「はぁー」
俺は失意のどん底にあった。
「ねえ悟郎、いい加減ため息つくのやめてくれない? 遊姫ちゃんに振られたのは分かってるけどさ」
家の中で仕事をしながら、俺は何度目かも数えられないほどのため息をついていた。
パソコンの前で延々ため息を一人でつき続ける俺に耐え兼ねて姉が口を挟む。
「遊姫ちゃん可愛いし綺麗だから、悟郎にはちょっとレベル高すぎたのよ。すぱっと諦めて元気だしなって」
「フォローしてくれないのかよ」
姉の割と無慈悲な言葉に俺は文句を垂れるが、実際そうなのかもしれないとさらに俺は落ち込まざるを得なかった。
美女と野獣とまではいかないだろうが、遊姫と俺が釣り合うかと聞かれれば否なわけで。
ビジュアルがダメな上、男らしく守ってやることも出来ないとなれば俺が遊姫にしてやれることって確かにないのかもしれない。
「あー、そう考えると余計落ち込んできた」
「あーもー、めんどくさいわね」
姉ははばかる事なく直球でそう言いながら、ぐいっと缶チューハイを差し出してくる。
「ほら、これ飲んで」
「俺一応仕事中なんだけど」
「別に家にいるんだからいいじゃない。というか全然記事書けてないみたいだけど?」
俺の前のパソコンの画面には特に文字らしい文字が映っていない。
「集中出来ない、っていうかずっと頭の中遊姫のことが浮かんできてさ」
「重傷ね」
結局あの日あの後、遊姫はすぐに帰ってしまった。
用事を思い出したとか堂々と白々しい嘘をついて。
遊姫は無理矢理に笑っていた。別れ際にも俺と普通に言葉を交わしたし、パーティーの会場に一緒に行く約束もした。
はっきり言って、思いっきり無理をさせた。
「俺、遊姫を傷つけたんだな」
俺は遊姫がその傷のことで苦しんでいると思っていた。
誰かに見られることを恐れながら、きっとその傷を消したいのだろうと勝手に想像していた。
だが少しだけ違った。
遊姫はその傷を消したくないと言った。
自分への『罰』だと、確かにそう言っていた。
「無遠慮に、遊姫が隠したかったことまで暴いたのにその上もう一歩土足で踏み込んで」
遊姫には遊姫の事情があったのだ。
どんなことがあったのかは想像出来ないが、あの傷は遊姫が遊姫であるための印でもあったのだ。
あの傷を拠り所にして、今の遊姫があるのだ。
否定すべきではなかったのだ。
遊姫はあの傷を消すことは出来ない。
それなのに俺は傷以外の遊姫を褒めた。
それは遊姫にとって、傷のある自分を何より否定されることだった。
俺は結局、傷のある遊姫を認めていなかったのだ。
「俺、最低だ」
結局俺は自分のエゴを遊姫に押し付けただけだったのかもしれない。
遊姫の傷が消えて、遊姫が普通の女子高生のように、普通の女の子のように素肌を晒していられるようになったらいいなと俺は思った。
けれど遊姫自身は、それを望んでいなかった。
「男の願望を押し付けただけだよなこれじゃあ」
「そんなことないよ。悟郎は遊姫ちゃんのためを思って言ったんでしょ? それならきっと遊姫ちゃんも嬉しかったはず」
姉は缶チューハイを開けてぐいっと一口口にしてから続ける。
「でも今の遊姫ちゃんには、それを受け止めるだけの心の余裕がなかったんだと思う。遊姫ちゃんにとってあの傷が何なのかは分からないけど、遊姫ちゃんにとってはきっと守りたいものだったんだと思う」
「守りたいもの?」
「そう。きっと遊姫ちゃんにとってとっても大事なもの。外見を気にする年頃の一番盛んな時期にそんな傷してるんだもん。誰にも譲れない、触れられたくない思い出があるんじゃないかな」
姉の言葉に俺は心が動かされた。
遊姫だってオシャレに興味があるだろう。
普段包帯巻いたあんな格好しているからそんな気はないと思っていたが、ドレス姿で嬉しそうにしていた遊姫の顔は、オシャレを楽しむ少女そのものだった。
あの笑顔が、もう一度見たい。
「俺、遊姫に謝らないとな」
「おーおー頑張れ男の子! 遊姫ちゃんくらいになれば競争率も高いだろうから、まあせいぜいふるいにかけられても一回目で落ちない程度には成果あげなさい」
「志が低いな姉ちゃん。俺は最後まで残ってみせるさ」
俺は少しだけ元気を取り戻した。
遊姫を傷つけた事実は変わらない。
だけどそれならそれで、遊姫にその分を返していこう。
傷つけた分だけ俺が代わりに何かをしよう。
いくらでも埋め合わせていこう。
それくらいしか、俺には償う方法がないから。
――
「お、おお遊姫」
「お、おうゴロー」
お互いぎこちない挨拶をして、俺たちは待ち合わせの場所で対面した。日はもうすぐ沈み、お祭りの夜が今夜も目を覚ます頃。
遊姫は手提げのバッグにいつもの服装。
ちょっとそこらへんに出かけるような感じにしか見えないが、バッグの中にはあのドレスが入っているのだろう。
ちなみにいつもの服装には、鍵付きの剣の入った細身のケースも含まれている。
これを見てもそこらへんに出かけるだけという表現を使ってしまうとは、流石に俺も少々毒されてきたかと思う。
「あー、遊姫、その、こないだは」
「ああ待ったゴロー、それはあたしの方から」
俺たちは互いにうだうだと謝ったり謝られたりをしばらく繰り返した。少々見苦しい場面だったためにカットする。
かいつまんで言えば、遊姫はまた友達でいてくれと要求し、俺はそれを受け入れた。
要は振り出しに戻ったような形だ。
友達、という部分を強調されるのは少し悔しいが仕方がない。
前途は遠い。
ついでに遊姫の笑顔も眩しい。色々な意味で。
「パーティーってあたしは初めてなんだが、ただキレイなカッコして飯食ってりゃいいだけだよな?」
「ああ、まあ、大まかな認識はそれであってるな」
ただ、それはパーティーの一般参加者の場合だろう。
忘れているのかもしれないが、今回のパーティーの主賓は誰であろう姫山遊姫。
「お前の方も前途多難かもな」
「なんのことだ?」
軽く困惑する少女を助手席に据え、俺は目的地へと車を向かわせる。
――
ホテルのフロアを借り切った豪華なパーティー会場で、遊姫は困惑の表情を浮かべている。
「いやあ、全てあなたのおかげですよ」
「そ、そうか」
「いやはや、こんなにお美しいご淑女に我社を救っていただけたとは」
「お、おう」
案の定遊姫はSAKのお偉いさん方から熱烈な歓迎を受けていた。
今回のパーティーの主役とあってあちこちで声がかかる。そして、そのどの質問に対してもあんな調子で答える遊姫。
正直少しかわいそうになってくる。
ちなみに今日は髪もおろしている。
いつものポニーテールと違って女らしいというか、その江戸っ子調な口を閉じてさえいれば本当にとびっきりの美少女だった。
「ああ、どうも」
「これは、記者の方ですか」
遊姫を囲んでいた一段に割って入る。
報道の腕章と手にしたカメラを見とがめて男は不思議な顔をする。それもそうだ。今回のパーティーはあくまで企業の内部のパーティーに過ぎない。
あの事件自体も報道されなかったことを考えれば、何故ここに記者がいるのかという話になってくる。
「ええ。まあ今回は遊姫の関係者として呼ばれているのですが」
「おおっ、ゴロー!」
渡りに船とばかりに喜ぶ遊姫。いくらなんでも喜びすぎて失礼じゃないか?
「なるほど、ご家族の方でしたか」
「いえ、そういうわけではないのですが」
ご家族になれたらいいとも思うが、流石にそれは先のそのまた先の話すぎるな。
俺たちは一旦パーティーの中心から離れた壁際に移動する。
そんなことをしても主役である以上誰か寄ってくるだろうが、報道腕章とこのカメラがある俺が近くにいればしばらくは大丈夫だと踏んだ。
別に記者に特別人を寄せ付けない力があるとも思えないのだが、何となく近寄りがたいものであるらしいということは経験から知っている。
「ゴロー、お前そのカメラ、仕事か?」
「いや、別にここで記事にしたい絵が取れるわけでもないから、形だけだな一応」
こうして報道人としての構えをとっておけば何かと便利だと思って取り計らってもらっただけだ。現にこうして遊姫を救出出来たわけだしな。
そういえば今日ここに来ている面々の中にはあの前田氏の他、井戸松建設の重役も何名かいる。実は彼らとSAKの社長の坂田氏は遠い親戚関係にあたるらしい。
前田氏とSAKとの繋がりを調べ続けてようやくこの事実にたどり着いた。今までこの事実はひた隠しにされてきたらしく、裏で何か井戸松とSAKで不正なやりとりの一つ二つありそうな匂いもしたが、残念ながら推測の域を出ない。
せいぜい今出来る事といえば未来で暴かれるスキャンダルのために、仲良くしているおっさん同士を撮っておくくらいなもんだ。
「それにしても助かったぜ。パーティーってあんなに構われるもんなのか?」
「主役だからな遊姫は。主役をないがしろにするパーティーはないさ」
おまけに見渡す限りでは今回のパーティーの一番の華だ。
そう言う意味でも男どもは放っておかないのだろう。
「ドレス、似合ってるな」
例のインナー付きの蒼いドレス。
やはりこういう夜のパーティーでは、女性で肌の露出が全くない服装は少し浮いているが、遊姫の年を考えれば最新のファッションスタイルと誤魔化すことも出来るだろう。
それに遊姫には最大の武器である美貌がある。
「でも、これ、結構浮いてるだろ?」
流石の遊姫でも、自分の格好が周りと比べてどうかは分かっているらしい。
「いや、俺はいいと思う。これからの時代個性が大事だ」
「なんでもそれでごまかせるわけじゃねーだろ」
じとっとした目をされる。
「まあ、このカッコウは気に入ったんだけどさ」
フリフリとしたドレスのスカートをつまんで少しゆする。
可愛らしく揺れるドレスを見て満足そうにする遊姫。
切れ長の目。
整った顔立ちに背中まで届く長い髪。
微笑んだ際に頬に少し赤みがさし、なんとも言われぬ美しさがある。
「ゴロー、ありがとうな」
その遊姫にほほ笑みかけられる。優しい、思いやりに満ちた顔。
「なんで俺が礼を言われるんだ?」
「だって高いだろこのドレス。やっぱ金かけりゃいいもんが買えるんだな」
風情は台無しだ。
「お前な。お前が着るからそのドレスも引き立つんだぞ」
「分かってないなゴロー。高いモンってのは誰が着たってそれなりに良く見えるもんなんだぜ?」
遊姫はそう言ってなおも機嫌良さそうにドレスの手触りを楽しんだりしている。
全く、お前は自分の魅力のほうがウン倍高いことを理解してないのか。
「本当に分かってないわよね。そこはそのドレスよりもユウキちゃんの方が綺麗だって褒める場面でしょ、ゴローさん」
「え?」
声のする方に振り返る。
聞き覚えのある声と、そして見覚えのある顔が、堂々とSAKのパーティー会場に紛れ込んでいた。
「お、お前っ!?」
「はぁい。ユウキちゃん」
驚愕する俺たちを尻目に、着物女は優雅な微笑みを作っていた。
華やかな柄の着物姿のその背中に、禍々しい形状の武器を引っさげながら。
ひとまず今回の連続投稿はここで終了です。また土曜日にお会いしましょう。
感想、意見はいつでもお待ちしていますので、よろしくお願いします。




