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Ⅹ 傷の深さ

 鮮明に映し出された巨大スクリーンの映像の中で、ユウキちゃんと私は戦っていた。

 あの日の録画映像がSAKにあることは知っていたが、何故この男がその映像を確保しているのか。サーバーが破壊されなかった以上、セキュリティーに侵入する術はなかったはず。


「君にはすまないことをした」

 依頼主の男は、思ったよりも若い男だった。


「姫山遊姫というイレギュラー分子が紛れ込んでいたとは、こちらとしても把握していなかった」

「いいえ、私の不手際ですわ」

 事情はどうあれ依頼を完遂できなかったことに対しては私に負い目がある。


「それで、次は勝てそうかな」

「ええ、必ずや勝ちますわ」

 この男は今回の私の失敗を不問にした。それどころか報酬を上乗せして再び依頼してきた。

 当然のように、前払いでだ。


 仕事の性格上依頼主に命を狙われることなどよくあるこの業界で、依頼を失敗した上わざわざ自分から相手の陣地に出向くなど、あまり賢い選択ではなかった。


 だが私は、危険を押してでもこの依頼主の行動の真意を確かめたかった。


「どうして私をまた信用してくれましたの?」

「一度敗れたからといって、君を切り捨てるのは惜しい。それが理由だ」

 男はもっともらしくそう述べた。だが私の女としての直感はそれが嘘だと見抜いていた。


「嘘と分かっている嘘を堂々と言われても、女は喜ばなくてよ」

 私は新しい愛刀を彼の喉へとそっと当てる。

「……意外だな。君のようなベテランが金払いのいい仕事に詮索を入れるなど。ましてや依頼主である相手に刀を突きつけるなど」

「愚問ですわ。依頼主を信頼出来なければ私たちは仕事が出来ませんもの。切り捨てられる予定の仕事など受けるつもりはありませんわ」

「誠意を見せろということか。だが、金額以外でどう示せと?」


 男はひるむ様子もない。

 若く見えても場数は踏んでいるのか、それともこの状況を切り抜ける算段があるのか。


「あなたの目的を教えてもらうわ。そして私を雇った本当の理由を」

「不思議なことを言う。そんなことを聞いたところで信用に足るものではないだろうに。それに、君が危険を冒してまでそんなことにこだわる理由も」

「詮索し続けて首をはねられるか、それとも目的を話すか。あなたには二つに一つよ」

「……いいだろう。それで君の気が済むというのなら」

 彼は僅かばかりためを作って話し出す。


「私の目的は、彼の行動を見届けることだ」

 そして、全く予想だにしなかった方向の話を出してくる。


「彼? 一体誰のこと……」

 私が困惑していると、突然目の前の画面が一斉に点滅し、無数の文字を飛び交わせた。

 映像が複数同時に再生され、様々な情報を私に知らせる。


「……これが、『彼』?」

「そうだ。世界中のあらゆる情報を持ち、人知を超えた知能を有する、世界の管理者たる資格と能力を持つ」

 男は目を閉じ、感慨に浸っている様子でこう言った。

「この世界の『神』となるべき存在だ」


 突拍子もないセリフだった。得体の知れない男だと思っていたが少々予測の範疇を超えていた。

 欲深な男も、途方もない野心を抱いた男も私は知っていたつもりだったが、そのどちらともこの男は似つかない。


 しいて言えば、その指導者に心酔する信者や側近に近い匂いを感じる。


「改めて質問してもいいかね」

 男は未だ私に命を握られながらも焦るどころか萎縮する素振りすら見せない。

「君は何故自分が雇われた理由についてこだわった? その訳を教えて欲しい」

「それを知ってどうするの?」

「興味本位だ。自らの立場や安全を犠牲にしてまで得たいものとは一体何なのかと」


 男の目はまっすぐ、まるで子供のように純粋な眼差しで私を見ていた。

 信用したわけではないが、もはや自分を偽る必要もなさそうだった。


「単純ですわ。私は自分からこの世界に飛び込んだんですもの」

 私は彼に突きつけていた刀を納める。

 私らしいとよく言われる笑みを浮かべながら。


「お金も本当は必要ありませんのよ。これでも表の仕事で十分稼げていますから。それでもわざわざこの世界に飛び込んだ理由なんて、口にするまでもないでしょう?」

「自分から安全を捨てに来たと」

「ユーモアのない言い方ね。それでも正解ですけれど」

 そう、私が自ら望んだ道だ。

 安全も安心も愛情すらも捨てて進んだ道。


「刺激よ、私が求めているのは。あなたのような物怖じしない殿方と、命懸けのギリギリの関係を築きながらの、ね」


 娯楽、遊興。


 結局のところ、私の活動目的はそこに行き着く。

 自分の命をわざわざ投げ売ってまで得る悦楽。この世で一番甘美な快楽。


 本当はもう一つだけ理由があった。私はあそこで、ユウキちゃんとの戦いで久しく思い出していなかった感情を呼び起こされた。

 私の、この世界に第一歩を踏み出した本当の理由。


「あんたのような女と仕事出来るたぁ、光栄だな」

 唐突に割り込んでくる声に私は目を向ける。

 部屋に入った時から気配はそれなりに感じていたのだから突然の登場にも驚きはしないが、無粋な割り込みではあった。


 ドアのところには長身の銀髪の男が立っていた。


「今度の仕事では彼とともに行動してもらう」

「あら、彼は私のお目付け役?」

 顔は悪くない。

 男らしい力強い目と武骨な顔立ち。クール系というよりはどちらかと言えば熱血系な感じだが、十分イケメンの部類だろう。

 肌も瞳も黄色人種のそれなので恐らく髪は染めたのだろうが、それにしては見事な銀で、まるで高級な銀食器のような光沢を放っている。


 小奇麗なワイシャツをだらしなく着こなし、その上に薄手のストライプスーツ。

 ところどころに銀の小物を合わせた所謂アウトロー系ファッションだ。どこか品があるようで、それでいてワイルドな男を演出させる様はホストを思わせる。

 これだけの男ならそっちでもやっていけることだろう。


 だが何よりこの男を特徴づけているのは、その腕に取り付けられているものだった。


「さあな。お目付け役なのかそうじゃねえのかは俺にもそこの男にも分からねえよ。ひょっとしたらお前が俺の女として宛てがわれたのかもしれねえしな」

「あら、下品な殿方は嫌いでしてよ」

 本当は全然いけるのだが、この男のペースには乗りたくなかった。


「何だよ、意外にツレねえな。まああれだ、俺があんたと一緒に行動する理由があったとしても」

 男は一歩一歩こちらに近づいてくる。

 近くで見れば本当に悪くない。こんな場所で出会う相手でなければ少しくらい懸想(けそう)しても良かったくらいだ。


 男の重厚な腕もあらわになっていく。

 銀と金の色の金属の輪に赤銅色の筒。

 言葉で表現するのが難しいそれは、実際の使用用途も想像しにくい。一体何に使われるものなのか。

 何にせよ、彼も私と同じ異端の類のようだった。


「それは神のみぞ知る、ってやつだ」

 モニターは彼の言葉に呼応するかのように明滅を繰り返していた。



――



 俺たちは着物女を撃退し、無事SAKのサーバーを守り抜いた。遊姫の怪我もそれほど深刻なものではなく、医者の見立てだと二週間もすれば完治するとのことだ。


 着物女の残した刃、確か十八番刃と言っていたか。

 あれは遊姫が回収した。

『これを見せたらギケンのやつら喜ぶだろうな』

 そんなことを言っていた。


 ギケンとは、恐らく普通に考えれば技術研究所の略。何らかの研究機関の名称だと思われる。

 そこを遊姫に尋ねると、案の定聞かなかったことにしてくれだのそれは秘密だだの適当にあしらわれてしまった。

 遊姫の秘密主義は健在だ。


 着物女の襲撃の目的は結局不明瞭なまま。SAKの社長の坂田氏は大いに喜んでいたが、俺はあの着物女が最後に残した言葉が気にかかっていた。


『ふふっ、また会いましょう』


 着物女はまた来るのではないだろうか。

 この仮説を裏付ける根拠があるわけではないが、強いて言うならば直感的にそう感じる。

 立ち去る直前、僅かだが憂いを見せた彼女。あの残忍で冷酷な着物女が、一瞬少女の顔を見せた。


 着物女の目的、遊姫の秘密、そして鉄骨落下事件の真相。俺にとってはまだ大きな謎が残ったままだ。


「SAKのカメラも中々高性能だな」

 俺は現在、今回のSAK襲撃事件をどう記事にまとめようか思案している最中だ。

 預かった映像記録では、遊姫も着物女もばっちり鮮明に映し出されている。夜でもここまで高画質で撮影出来るとは、流石はセキュリティー会社の監視カメラだ。

 実は初めから分かっていたが、SAKには備え付けの監視カメラがいくつも目を光らせていた。

 俺がカメラを回さなくとも遊姫の傷も映像として記録されていたのだ。


「そんなこと遊姫に話してたら、あの場で包帯は取らなかったかもしれないな」

 道義的にはあまり宜しくないかもしれないが、今は遊姫にこのことを話さなくて心底良かったと思っている。

 遊姫が覚悟を決めて包帯を取らなかったら、俺と遊姫はそろってあの世行きだっただろうからな。


「しっかしまー、どうしたもんかね」

 映像は鮮明だ。

 けれど記事にしていい内容というのは限られている。SAKの不利益にならないよう、遊姫のことを伏せながら、着物女の非道と彼女の撃退の事実だけを報じる。

 もちろん、公共にお知らせ可能な範囲で。


「扱いづらいな全く」

「悟郎、白とピンクどっちが好き?」

「うーん、白、かな」

 自宅でパソコンに向かいながら振り返らずに姉に返事をする。


「悟郎はロングとショート、どっちが好み?」

「うーん、そうだな……っていうかショートで出来るのか?」

「ああそうね、多分下もなのよね」

 姉は少し考えながら、パラパラとカタログをめくっている。

「今度のパーティー、立食会形式だっけ?」

「そう言ってたな。というかこれ見てくれ」

 俺は記事の内容を思案しながら手元にあったパーティーの招待状を姉に渡す。


「SAK主催のパーティーなんて、中々リッチな場所にお呼ばれしたものよね」

 姉は招待状をペラペラと振りながら俺を羨ましがるようにそう言った。


 俺と遊姫はSAKからパーティーへ招待されていた。


 今回の遊姫の活躍とSAKのサーバー防衛成功を祝うパーティーということらしい。

 まあほとんど遊姫一人の活躍だから、実質遊姫のためのパーティーだ。一応今回はサーバーを破壊されなかったことで着物女の顔などを映像として記録することが出来たから、そういう意味では監視カメラを操作していた社員にも手柄はあるのかもしれないが。


 そういうわけで坂田氏はいたく遊姫の事を気に入り、社員にならないかとまで持ちかけていた。遊姫はあまり興味がないらしく一旦は断ったが、その数日後にパーティーに誘うあたり坂田氏は本気で遊姫をモノにしたいのかもしれない。

「おっさんがライバルっていうのはあまりいい気がしないな」

「何の話?」

「ああいやこっちのこと。それよりうまいこといけそう?」

 俺はようやく姉に向き直る。

 どの道記事の内容も行き詰っているので、気分転換がてらこちらに集中してみることにした。


「難しいわねー。少なくとも背中胸元、腕に足の露出NGっていうのはきついわ」

「やっぱりそうか」

 姉の持っていたカタログを見せてもらう。いくつか候補にペンでチェックが入っているが、そのどれもが単品では難しそうだ。


「おまけに遊姫ちゃん女子高生でしょ? 若い子のは難しいんだから」

 姉も頭を抱えている様子だった。

「遊姫ちゃんスタイルいいわよねー、顔も美人顔だし。チョイスは余計にミスれないわ」

 姉は手元にある写真を何枚か見比べながら再びカタログをパラパラとめくり出す。

 写真はSAKのカメラに映っていた映像をプリントアウトしたものだ。


「明日、遊姫に(じか)に選んでもらうんだからここで決定しなくてもいいんだけどな」

「そんなのは甘ちゃんの発想ね。こういうのは時間がいくらあっても足りないんだから、候補をしっかり見定めておかないといけないでしょ」

 姉はいつになく熱を入れている様子だった。



――



「初めまして遊姫ちゃん」

「は、初めまして」

 遊姫は予期せぬ人物の同伴にいささか動揺しているようだった。

「な、なあゴロー、今日はお前に飯をおごってもらう予定で来たんだが」

「そうそう、今日は悟郎の奢りでご飯を食べるのよ」

 姉と遊姫の会話はいくらか噛み合っていないが、俺が遊姫を飯に誘ったということは事実だ。

 以前SAKとの会談の帰りに遊姫と約束していたことを今日実行したわけだ。


 もちろん、姉を同伴させるつもりなどさらさらなかったのだが。


「じゃあ遊姫ちゃん、まずはお買いものに行きましょう」

「え、ああ……はい」

 遊姫は姉のペースに流されるようにそう返事をした。晴天の下、街中できゃっきゃ騒ぐ姉と戸惑いながらも落ち着いている遊姫。

 年齢を考えれば逆ではないかと思う。


「さあレッツ&ゴー!」

 威勢良く掛け声までかけて姉は勝手に進みだす。

 周りの人達も姉の声につられてチラチラと振り向いている。結果、俺と遊姫はその場にぽつんと取り残された。

 俺は既に姉のこういう部分には慣れっこなので大して気にならないが。


「ゴロー、お前の姉ちゃんなんかすげえな」

「いつもこんなだ」

 記憶にある若い頃の姉はもっとすごかった、と言ったら遊姫はどんな顔をするだろうか。

「ていうか何でお前の姉ちゃんがいるんだよ。あたし、てっきりお前とふたりっきりで飯食いに行くと思ってたのに」

「俺もそうしたかったさ」


 せっかくの遊姫とのデートだ。

 まさか姉に邪魔されたいと思うだろうか。

 もちろん、デートと思っているのは俺だけかもしれないが。


「これから行くところでは多分必要だろうから、大目に見てやってくれ」

「これからって、どこ行くんだ?」

「ついてからのお楽しみだ」

 俺の言葉に怪訝そうに眉をひそめる遊姫。まあそれも当然だろう。


「ところで遊姫、今度のパーティーではどんな格好していくつもりだった?」

「え、ああ。こないだ呼ばれたやつか。とりあえずこの格好で行くつもりだ」

 以前と同じ黒のタンクトップと青いフード付きパーカー、短パンブルージーンズに続く黒いハイソックス。

 締めは肌の露出を徹底的に抑えたぐるぐる巻きの包帯。


「なかなかのコーディネートだな」

「ほめるなよ」

「けなしてんだよ」

 遊姫らしく独特でサバサバしていて俺は好きだが、少なくともパーティーに着ていく格好じゃあない。

「今日はお前を誘って良かった」

 より一層ジトっとした目で俺を見る遊姫。

 その顔がほんのり赤く染まるのはそれから二十分ほど後のことだ。



――



「ど、どうだゴロー」

 たどたどしい口調で、試着室の中から遊姫は俺にそう聞いてくる。

 所在無さげに両手を宙へさまよわせている様子は何とも少女らしく可愛らしい。


「ああ、似合ってる似合ってる」

「そ、その、ちょっと派手じゃないか?」

 そう言いつつも嬉しそうにはにかんで笑う遊姫。


 纏うドレスは蒼を基調としたフリフリで可愛らしいロングタイプのイブニングドレスだ。本来なら胸元も背中も大きく空いているので露出も多いのだが、そこは遊姫専用にひと工夫してある。


「派手じゃあないさ。むしろ元々のデザインより清楚な感じがするな」

「まあ、これつけてるからな」

 遊姫はドレスの本来胸元や背中が見える部分を隠すため白のインナーを着用していた。

 ドレス用ではないが苦肉の策として着させたところ、ドレスの蒼と相まって悪くない感じがした。首につけたリボンもいい味を出している。


 独特、という意味では遊姫にぴったりのコーディネートだった。


「あたし、こういう服着るの諦めてたんだけどな」

 遊姫は楽しそうにその場で一回転しながらポロっとそんなことを口にした。


 一瞬、胸がギュッと締め付けられるような痛みが走った。


「うんうん、これいいな」

 目の前の遊姫はことのほか満足しているのに、俺は何処か暗い感情の中に沈んでいく自分を自覚していた。

「あら、それが気に入っちゃった?」

「あ、はい。とっても」

 遊姫のご機嫌な様子を見て新しいドレスを持ってきた姉だが、再びそれを返しに行った。


「いやー悪いなゴロー。こんな高そうなもん買ってもらっちゃって」

「ああ、気にすんな。さっきの格好でパーティー同伴されるよりはだいぶマシだ」

「な、何だよ。仕方ねーだろ、ドレスなんて持ってないんだから」

 ふてくされながらもやはり嬉しそうな遊姫。よっぽどこのドレスが気に入ったのだろう。


 今更だが一言添えておくと、俺は遊姫にドレスをプレゼントすることにしたのだ。

 ドレスのプレゼントなんて男としてキザな選択だが、どうせ今回のようなフォーマルなパーティーでは必要になるものだからあって困るものでもないと思ったのだ。

 サバサバした遊姫のことだから、そんなものいらないなんて言われることも何となく覚悟していたのだが、思ったよりずっと好印象だったのは幸いだった。


「なあ、遊姫」

 俺は意を決して、ずっと考えていたことを口にした。

「ん? なんだゴロー」

「……傷、消したくないか?」


 一瞬、遊姫の表情が凍る。


 先程の喜びもどこかなりを潜め、空虚な時間が流れた。


「今は皮膚治療もかなり進歩しているから、その傷も消すことが出来ると思うんだ。もちろん時間も金もかかるだろうけどさ。金ならSAKから結構むしれると思うし、何なら」

「なあ、ゴロー」


 遊姫は穏やかな顔で、穏やかな声で俺の言葉を遮る。

 優しく微笑んで、試着室の中から俺を手招きする。


「え、おい、遊姫」

「いいから入れ」

 遊姫の言われるまま、俺は靴を脱いで四角く周りと区切られた試着室へと入る。

 遊姫と二人で向かい合って入っているので当然中は狭い。

 遊姫は俺が入るとすぐ、カーテンを閉めた。


「なあゴロー、やっぱり……あれだ」

 笑顔を崩さないまま、遊姫は困ったように俺の顔を見上げる。

「あたしのこの傷、気持ち悪いか?」

「遊姫……」

 遊姫の顔は笑ってこそいるものの、何かひとつ間違えば泣き出してしまいそうな、そんな危うさがあった。


「遊姫、お前は十分綺麗だ」

「ゴローはそう思うのか?」


 そう言って、遊姫は俺の目の前で脱ぎ始めた。

 するりと遊姫の体を覆っていたドレスが床に落ち、インナーと純白のショーツが顕になる。


「お、おいっ!」

「でかい声は出さないでくれ」

 遊姫はお構いなしにインナーも脱ぎだした。インナーの下には包帯が巻かれていたが、それもあっという間に解かれていく。

 胸の包帯に手をかけた時、俺は思わず目をそらした。


「もう、見てもいいぜ」


 遊姫の静かな声に視線を戻すと、手ブラで両方の胸を押さえただけの、ショーツとハイソックスしか纏っていない少女の姿があった。


「ゴロー、これが女の体に見えるか?」


 ほっそりとして、女性らしい丸みと同時に引き締まった線を持つボディーライン。

 胸も慎ましやかというにはボリュームがあり、手で潰された分の圧力で膨れ、その瑞々しい弾力を見せている。

 腰周りも小ぶりで無駄な肉のない、まさに女らしい体だった。


 だが俺は息を飲んだ。


 遊姫の裸体に欲情したからではない。


 遊姫の体に傷があることは先刻承知のはずだった。

 けれどあの時ははっきりと見えていたわけではなかったのだ。少し距離があったし、着物女との戦いの時に傷だらけの腕を見たせいで記憶も上書きされていたのだろう。


 おびただしい数の傷。


 腕の傷はまだいいほうだった。

 体の中心に行けば行くほど傷の数が増し、太く大きくなっている。一部では傷と傷が繋がったのか腫れもできていた。近くで見ればそれはより生々しかった。


 幾本もの細かい根のような筋を残す傷。

 あるいは深く穴の空いたような傷。

 それらはほとんどが黒紫色に変色している。


 もう一つ気づいたのは、傷の密集が体の中心部分で起こっているということだ。

 正確には腹の部分よりも少し下、ショーツに覆われて見えない女の一番大事な部分へと集まっていた。


「なんだ、気づいたか?」

 遊姫は俺の視線を感じてそう言った。

「ここが一番ひどいんだ。見てみるか?」

「やめろ」

「正直、自分でも女のここってどんなだったっけって忘れるくらい形変わって」

「やめろ遊姫っ!」


 俺は反射的に遊姫を抱きしめていた。


「……ダメだったろ、ゴロー」

「違う、違うんだ遊姫」

 俺は強く強く遊姫を抱きしめる。


「大丈夫だ、時間はかかるけどきっと消せる。俺は絶対にお前を嫌ったりしない。仮に消せなくても俺はお前のこと」

「そうじゃねぇんだゴロー、あたしは、この傷を消したくないんだ」


 遊姫の口から、俺の全く予想していなかったセリフが漏れる。


「頭おかしいよな。着物女のシュミを馬鹿にしたけど、あたしのほうがよっぽどイカれてる」

「遊姫……」

「これ見せるの、結構度胸いったんだぜ。本気で嫌われることも覚悟してた。けどゴローはあたしの腕を見ても気にしないって言ってくれたから、勇気出して見せたんだ」

 遊姫は俺の体をそっと掴む。


「見せてよかった。ゴローにはあんまこれ以上隠し事していたくなかったし。でも、はっきりとこれで分かったろ」

 静かに、ゆっくりと俺を引き離す。


「あたしはこの傷を消したくない。この傷はあたしへの『罰』なんだ。だから消しちゃいけない。ゴローだって、ダチならともかく、その、あれだ」

 言葉を切りながら、徐々に腕を伸ばして俺との距離を離していく。


「自分のカノジョがこんな体じゃ、こんなイカれた女じゃ、嫌だろ?」

「遊姫、俺は……」

「悪い、これがこないだの返事だ」


 遊姫は完全に俺を引き剥がし、後ろを向く。

 背中にもそのしなやかな体に不釣合いな傷がいくつも浮かんでいた。


「着替えるから、出ててくれ」


 こうして俺はこの日、姫山遊姫に振られたのだ。


大変遅くなりました。

自分ではあげたつもりだったのですが、まとめただけで投稿していなかったのを今になって気づきました。

ギリギリになってしまいましたが、よろしくお願いします。

ひとまず明日で連続投稿はラストです。

感想、意見はいつでもお待ちしています。

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