Ⅸ 刀剣古今奇美の調べ(前編)
月明かりの下で、少女が二人向かい合う。
ひとりは胸元をはだけるように着崩した白い着物を羽織る不気味な女。どこもかしこも真っ白で、その格好は趣味の悪さを通り越して死装束のようにも見えた。
対するもうひとりはタンクトップにパーカーを着込み、短パンジーンズに黒いハイソックスとそれなりに現代的な格好だが、露出を嫌うように本来肌が見える部分には包帯が巻かれている。
上半身下半身共に肌の露出は全くない。
風変わりな格好をした二人が、これまた風変わりな物を持っている。
ひとりは鍵を付けた剣を持ち、そしてもうひとりはつばのない、白木の柄の刀。
その刃の部分には、本来あるものがいくらか欠けていた。
「なんだ、あの刀は」
俺は思わず口に出していた。細身の刀は少々小さめで、遊姫の剣より拳一つ分くらい短い。だがその刃は小さいという印象よりも、どちらかといえば『足りない』と思わせる。
「穴あき包丁みてぇだな」
その刃には無数の隙間があった。
遊姫がそう言ったように穴あき包丁のようにいくつも穴が空いているのだ。穴の大きさは様々だが、穴の形は全て三角形をしている。
幾何学模様のように大小異なる三角形が複雑にいくつも組み合わさり、現代アートを思わせるデザインを見せている。
「十八番刃、というのよ」
着物女がそう言う。先程の恍惚とした表情も、上気した頬もなりを潜め、静かな声で。
「私の一番のお気に入り」
着物女はむき出しのそれを再び袖にしまう。
袖の中には恐らく鞘があるのだろう。先程の刀の長さを見るに、あのダボついた袖でも結構ギリギリ収まるくらいだ。
「その刃、たぶん軽いんだろ」
遊姫が口を開く。
「ギリギリまで穴開けて軽くして、それで速く振れるって感じか」
「単純に言えばそんなところよ」
「けど軽くすれば軽くするほど刃は弱くなっちまう。速い代わりにもろいから、普通の刀をぶつければ折れちまうだろうな」
遊姫は簡単に説明するが、なるほど単純だがカラクリを暴いたには違いない。
恐らくあの刃は遊姫の剣の鞘を受けられないのだろう。
先程の遊姫のフェイントも、いざとなれば打ち合って防ぐことも出来るはずだったのだ。事実これまでの戦いで、遊姫の攻撃をあの着物女は冷静に何度もかわし、受け流しを繰り返してきた。
それがあの時はまるで先を急ぐかのように盛大に機を誤って空振りした。恐らくあの刃では遊姫の攻撃を受け止めることが出来ないと判断したのだ。
軽さ故に先手を取ることは出来ても、守りに入れば途端に弱くなる。それがあの刃の弱点。
「ついでに言えば、さっきはさっくりあたしの太ももを斬りやがったが、多分それ骨までは斬れないだろ」
骨を切るのは大変な作業だと聞いたことがある。
骨は硬く、場所によって形や切れやすさが違うからだ。
「フツーの刀ならまだしもその刀でやるのは怖ぇよな。いや、あんたくらいの腕なら出来るかもしれねえが、さっきポロっと言っちまったよな」
遊姫は得意げに語る。
「あたしの手足をズタズタにする、だっけ? その刃じゃ一発で動けなくさせるほど、ましてやぶった斬るなんて無理ってことだろ」
そういえば、着物女が恍惚と語った場面でそんなことを言っていた。それ以外にもなます切りにするとか、じっくり時間をかけて刻むとか。
あの着物女のイカれた趣味かと思ったが、実はあの刃の性質上そういう戦い方を強いられていたのか。
警備員に今まで重傷者がいても死人が出なかったのは、こういう訳だったのか。
「遊姫、お前すごいな」
あの戦いの最中、冷静にそこまで考えていたのかと思うと感心する。俺など背筋を冷やしたり恐怖したりで忙しかったというのに。
「おお、もっとほめろもっとほめろ」
遊姫は嬉しそうに微笑む。
影のある笑顔ではない。
今度こそ完全に形勢は逆転したのだと思わせる眩しい笑顔だった。
「生憎だけれど、そう甘くはないわ。強度は僅かに劣るけれど、首の動脈を斬る分には関係ないのよ」
着物女はまだ優位を崩されていないとばかりに主張する。
「それにユウキちゃん、さっきは動けたみたいだけど次も同じように足は動くのかしら?」
着物女は徐々に調子を取り戻したのか、またあの妖艶な笑顔が戻ってしまった。
「残念だけどもう無理だな。ぶっちゃけ今も痛くて痛くてしょうがねえ」
「ゆ、遊姫!?」
余裕そうに見える遊姫が吐いた言葉に思わず動揺する。
元々黒いので分かりづらいが、右足のハイソックスだけ左足と比べて明らかに色が濃い。
一足ほぼすべて血で染め上げられている証拠だった。
「じゃあ、動けないところを私の刀でじっくり刻まれていくのは変わらなさそうね。もっと屈辱が味わえるようにその服もついでに剥いであげようかしら?」
「お断りだヘンタイ。それに言っただろ、そろそろ終わりにするって」
足がもう使えないという状況で、遊姫は強気を崩さない。
その手にはどこから取り出したのか、この場に不釣合いな西洋風の古めかしい鍵が握られている。
あの、光の剣を開放するための鍵が。
「そう、じゃあこっちも本気で殺してあげるわ」
着物女は表情こそ笑っているが、恐らく早急に決着をつけたいはずだ。自分の刀の弱点が露見してしまった以上、対策を立てられる前に勝負を決めたいだろう。
だが着物女は知らない。
あの鍵付き剣の中身を。
知らない以上うかつに手出しが出来ない。
着物女は、焦り始めているのかもしれない。
「なあゴロー」
遊姫から声がかかる。その表情には先程の喜びも、傷の苦痛も映っていない。ただ、少しだけ影がかかっている。
俺はそれに近い表情を、あの応接室で既に見てしまっていた。
「その、隠しカメラとか持ってたりしないよな」
不安げに、何かがバレることを恐れるようにそう呟く。俺は何の事か既に察していた。
「ああ、持っているけどまだ回してないぞ」
「お、お前まだって何だまだって!」
ふふふ、記者を舐めてはいけない。
「お前がそこの着物女をぶっ倒してからゆっくり回させてもらうさ。そいつの気絶したマヌケ顔でも撮らせてもらえると嬉しいな」
「お、お前けっこう言うな」
遊姫はいくらか言葉に困ったようだ。まあ、俺もこんな大胆なこと遊姫がいなきゃ怖くて言えたもんじゃないのだけど。
「遊姫、俺は別に気にしたりしないぞ」
「え?」
遊姫にどんな考えがあるのかは分からない。それであの着物女に勝てるのかも。
けれどその為に遊姫がやろうとしていること、それだけははっきり分かったから。
「俺は遊姫のこと、その、そんなことで絶対に嫌ったりしない」
俺は静かに、しかしはっきりと告げる。
「俺は遊姫のそういうところも全部含めて、その……」
好きだ、なんていうセリフはまた後日にとっておこう。
「だ、ダチだと思ってる!」
「……引いたりしないか?」
不安そうな顔で、まるで怯えた子猫のような声で聞いてくる。
本当に怖いのだろう。あれをまた見せるのが。
「しない、絶対に」
「ほ、ホントにホントか?」
「ああ、俺を信じろ」
胸を張って、俺は堂々と告げる。それだけの自信がある。俺の遊姫に対する想いには。
「ねえちょっとお二人さん? イチャついてるところ悪いけど私のことは?」
着物女は少し呆れたように聞いてくるが構うものか。
「うるせえ、今いい所だから黙ってろ」
「ぷー。ゴローさん、ユウキちゃん切り刻んだら真っ先に下半身のモノちょん切るからね」
ぷくー、と頬を膨らませる着物女。やっている仕草は可愛いが言っていることは死ぬほど恐ろしい。
これ、遊姫が負けたら俺確実に殺されるな。
「ご、ゴロー、その、ホントにホントか?」
「ああ、絶対だ」
「ほ、ホントに?」
「ああ」
「ホントのホントにか?」
「遊姫、流石にちょっとしつこいぞ」
こんな場だというのに俺は思わず突っ込んでしまう。
「というか、勝算は本当にあるのか?」
「えっと、しょうさんって何だっけか?」
「あー、だから勝てるのかっていう意味だ」
コントを挟んでいる間も着物女は待ってくれていた。ここを攻撃されていたら俺たち殺されていたんじゃないかな?
「……それなら任せろ」
遊姫は表情を引き締め、着物女に向き直る。
「ゼッタイに勝つ!」
力強い声で、そう叫ぶ。
「お話は済んだ?」
着物女は待ちくたびれたと言わんばかりに不機嫌そうな顔をしている。
「よく考えたらこれからSAKのサーバーを壊しに行くんだから、そんなに時間ないのよね。だから……」
着物女は姿勢を低くし、構える。左手袖から正体の割れた刀を出して、納刀したままの状態で遊姫に対して斜めを向いた姿勢をとっている。
居合術、抜刀術の構えだ。
「ユウキちゃんは生かしておいてあげる。流石に一撃じゃ殺せないもの。その代わり動けなくなったユウキちゃんの目の前でゴローさんを殺してあげる。お腹に一刺しして、目の前で血を吹き出しながらゆっくり息絶えていくゴローさんを眺めるといいわ」
着物女の顔からはあの蠱惑的な笑みも消えていた。
恐らく、本気だ。
遊姫は着物女に何か言い返すでもなく、大きく深呼吸する。覚悟を決めたように、それに手をかけた。
今回も何日か連続して投稿していこうと思います。今週は火曜日までは連続で投稿する予定ですので、お付き合いください。
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