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第一話

 パタン、パタン――スリッパでリノリウムの床を叩くように歩いていく。

 今日は天気が悪く空は灰色だった。今にも雷が鳴りだしそうな黒い外の風景、廊下に並列するようにずらりと並ぶ窓に映りこむ自分の姿をなんとなくぼんやりと眺めながら歩を進めた。

 脱色した金色の短髪、前髪は眉毛の上ぐらいで細く整えられた眉の右側にはシルバーのピアスが一つ埋まってる。ピアスは十一歳の時から空け出し、ついこの前十五歳になった時にも耳に二つ空けた。

 だから、顔には眉と唇で二個、耳は右に三つ左に五つ、臍にも空けたから合計で十一は空いているのだ。

 真顔をすれば怒ってるのかと聞かれるほどだ吊り上った眦は猫の目のようだとよく言われた。実際、窓に映りこむ自分と目が合うが我ながら此方を睨み付けているようにしか見えない。

 通された部屋は真っ白だった。壁も、天井も、家具も、全て同じ濃さの白――その白い部屋の中に一人の白衣姿の男が椅子に座っている。

 男に向かい合うように置かれた椅子に座るように促され腰掛け正面からその男を見据えた。

 回りが白いからだろうか、その男の黒い髪の毛や瞳がやたら異質な物のように感じて思わず顔を顰める。

 「君、名前は?」

 その表情はきっと相手にも見えていただろう。けれど、男は気にする事なくそう尋ねてくる。

 「ウツロ」

 つぶやくように名前を名乗った。

 勿論、本名ではない。だが、それでいい気がした。最低限、自分を呼べる名前であればどんなものでも構わないとウツロは思ったのだ。

 「そうか――よろしくウツロ、僕はウツホこの会社ニュクスの社長にして”モルペウスシステム”の開発者だ。システムの話しはもう聞いたかい?」

 空と名乗った男は少年の偽名に疑う事なく笑顔を浮かべて話を続ける。モルペウスシステム――他人の夢の中に侵入できるという夢の機械。

 他にも何か病気の治療に使うと聞いたが正直どうでもよかった。

 ウツロは他人の事など興味はなかった。例えばこのシステムで誰かが救われようが悪用されようがウツロには関係ないことだ。

 自分にとって大事な事はこの仕事を無事終え、報酬をもらう事以外に存在しない。

 「ウツロ、これから君にはシステムを使って依頼者の夢に潜入し記憶の捜査をしてもらう。すでに聞かれたと思うが君は本当に”夢をみない”んだね?この仕事をしてもらう為には”夢をみない人間”じゃないと駄目なんだ」

 そういう人間じゃないと潜入した瞬間に夢が混ざって、記憶が潜入者と依頼者でぐちゃぐちゃになってしまうのだと空は語った。

 「夢なんて、小さい頃から一回も見たことがありません」

 それは本当だった。

 瞼を閉じて、意識を手放したなら後は朝までまるで電源でも落ちたみたいに眠り続けるだけだ。ウツロにはそれが普通の事だったし物心ついた時には既にそうだった。

 だから同年代の子供たちが『今朝見た夢の話し』をしているのを聞いて初めて『夢』と言うものを知った程だった。

 多分そういう体質なのだと思う。例えば生まれつき目が見えない。腕がない。足がない。耳が聞こえない。それと同じでウツロは夢を見ない。ただそれだけの事だ。

 「それは結構!」

 元から薄い唇がさらに薄く引き伸ばし空はニィっと歯を見せて笑う。

 「ではここに横になって」

 白い部屋の白いベッド、スリッパを脱いで横になる。そして白いヘッドフォンを渡された。

 「君はいつも眠るようにただ意識を手放すだけでいい。あとはモルペウスが君を夢へと誘ってくれるだろう。制限時間は90分それ以上潜ると意識と身体がバラバラになってしまうからくれぐれも時間には気を付けてくれ」

 そうちゃくされたヘッドフォンからは不思議な音楽が流れている。それを聞いているだけで身体がふわりと軽くなり、脳が溶けだすような眠気に襲われてくる。

 「……あの、依頼者は」

 「ああ、依頼者はここにはいない。このサービスに申し込むとこの音楽再生プレーヤーとヘッドフォンあと注意事項の紙を送るんだ。わざわざ出向く必要が無くてお手軽だろ?」

 自慢げに話す空の顔がどんどんぼやけてくる、瞼が重たくて開けているのが辛い。でも、そういえばと思い出す。

 「おれはなにをすれば?」

 呂律の回らない口でようやくそれだけを言えば「うっかりしてた」と空は言った。

 「ああ、そうだった!詳しい説明をしていなかったね。多分、君は向こうで――」

 どろっと身体が一気に溶けていくような重たく、けれど最高に気持ちいい眠りに落ちる直前のそれに全ての感覚は奪われて結局最後まで空の言葉を聞く事が出来なかった。

 

 


 



 白と黒のツートンの床、赤いソファに黒いテーブルの上、黒く四角い大きな箱が乗っていた。

 「ここは?」

 ウツロは当たりを見回す。

 「君が今度のパートナーか。よろしく、俺の名前はサキチ」

 いつの間に居たのだろう。一人の青年は人懐っこい笑みを浮かべウツロに右手を差し出してきた。

 一体彼は誰なのか、これも夢の一貫なのか夢を見た事のないウツロにはよく分からず出された右手をただじぃっと見つめる。

 「……その様子だと、何するかとか聞いてない?」

 ウツロの様子を見て、サキチは苦笑いを浮かべながら問いかけてきた。

 「依頼者の忘れてしまった記憶を90分以内に探すって事以外にはなにも」

 ウツロは正直に答える。とりあいずやるべき事は分かる。しかし手段が全く分からない。

 「さすが社長、きちんと説明されなかったみたいだね。じゃあ、やりながら説明するよ」

 そう言ってサキチは『ロープ』と『缶切り』と『ハサミ』をウツロに渡した。

 一体どこから取り出したのか、ハサミや缶切りはともかくロープは登山用の長いものでサキチの着ている制服のどこにもしまっておけそうもないのに。

 「俺はサポートで君は実行行動するのが仕事だ。俺はこうして、ここで自分の思い浮かべたものを実体化できる。けどここにある物に触れる事はできないから君が俺の出した物を利用してアトラクタの箱を開けてほしい」

 アトラクタの箱と示されたのはあのテーブルの上に載っている大きな黒い箱だ。サキチの話しによれば、あの箱を開ける鍵を探して箱を開け中にある記憶の欠片を取り出していくことがウツロの仕事のようだった。

 「俺が触れたら、夢が混じってじまうからね。悪いけど俺はここで物に触れる事ができない」

 なんでもサキチはウツロとは違い”夢を見る”らしい。

 「それもとてもリアル夢だ。現実とほぼ変わらない。けれど、これが夢だと俺は分かって居る。分かっているから物を実体化できるんだけど」

 夢とは一体どんなものなのか、現実とほぼ違いがない夢なんてウツロには想像もできなかった。

 「さて、時間がなくなってしまう仕事に取り掛かろう」

 サキチに言われて、ウツロは部屋の中をぐるりと歩き回る。

 「多分、一個目の鍵はその缶詰の中にあるよ」

 円柱形の缶詰を手にとりサキチの出した缶切りで開ける。中には黒く大きな鍵が入っていて、アトラクタの箱の鍵穴にそれを突き立てる。

 ガチリ、鈍く固い音がして鍵が解除され箱が開く。中から出てきたのはまるでパズルのピースのようなもの

 「それが記憶の欠片だよ」

 手の中に納まる小さな記憶の欠片をウツロはまじまじと見つめた。

 なんだか不思議な気分だ。これが誰かの記憶で、それを自分が握っていると言うのは――のぞこき込むと何かが見える。

 ジジッ――。

 ジジジジジッ―――。

 ノイズ、

 砂嵐、

 高い電子音、

 



 『やっぱり風邪の時はこれよね』

 女性が一人、柔らかい笑みを浮かべていた。

 『             』

 誰かが彼女に何かを言ったのだろうか、彼女は一瞬驚いた顔をしてそれから目に涙を浮かべる。

 


 『嬉しい』

 

 

 

 何が――?と思った瞬間に映像は消えた。

 「見えた?」

 サキチは全て分かっていたのだろう。それだけ聞いてくる。一体何が起こったのか分からないウツロはただ無言で頷いた。

 「それは依頼者の記憶、その記憶をヒントに次の鍵を探すんだ」

 ヒントと言われても、短い会話だった。しかも一部聞き取れなかった場所もある。90分と言う時間は決して短くはないが、こんな手探りな状態で大丈夫なのだろうか。

 少し不安になりながらもウツロは用心深く辺りを見回した。

 「あっ」

 赤い棚がいつの間にか部屋の中にあって、そこには女性の写真が置かれている。確か彼女は記憶の欠片の中で見た女性だ。

 写真を手に取る。

 「君は中々筋がいいよ、そうそれが妖しい。ハサミで写真を切ってみよう」

 サキチはさらりと言う。人の写真をハサミで切るなんて、なんだか嫌な気分だと思いながらもウツロは写真を縦に真っ二つに切ってみた。

 すると、ごとん――と黒い鍵が床に落ちた。一体この薄さのどこに入っていたのだろうと疑問に思ったがウツロはその鍵で二個目のアトラクタの箱を開けた。

 「手順はこの繰り返しだよ」

 なるほど――そう納得しながらウツロは二個目の記憶の欠片を覗き込んだ。


  

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