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俺はステ振りを間違えた  作者: ごぼふ
出会い編
8/38

少年とバトル

「まさかこんなに早く、スコップを使う時が来るとはな」


 担いだスコップでストレッチをしながら、俺は呟いた。


 西暮家の中にはなんと道場がある。ここはその更衣室である。

 更衣室というだけで隣を覗きに行きたいが、何のつもりか西暮弟が入り口を見張っているのでそれもできない。


「しかしヒラク様。各々の得意な武器を使った一本勝負という条件で助かりましたね。勝負方法がボクシングや神経衰弱であったなら、どうしようもないところでしたよ」


 傍に控える悪魔が、そんなことを愚痴っぽく言う。おそらく自分が彼女の能力を解説する前に、俺が返事をしたのが気に入らないのだろう。


「彼女の剣術レベルは二十五。あの年では異常とも言える数値ですね」


 そうして、今度は俺を脅すように言う。

 レベル25……それに加えあの怪力。普通なら俺では絶対に太刀打ちできない相手だ。

 だが今の俺には、おっさんから奪ったスコップ術がある。

 ということはレベルは一緒。後は偶然とか奇跡とかが積み重なればあのおっぱいを揉みしだき放題となる訳だ。


 ぐへへ、滾るわい。


「ヒラク様。どう考えても負け犬の顔になっております」


「おっと、こういう顔はベッドの上でだけしよう」


「その表情を相手方に見られましたら、百年の恋も覚めると思われますが」


 失礼な事を言いながら、悪魔がえんま帳から白い塊を取り出す。


「では行きましょうか。気合込めの意味も兼ねて」


 正確には取り出す際に枠に引っかかったので、つまみながら引っ張り出した。


「や、やっぱりそれやらなきゃダメか?」


 若干ぐったりした感じのスコップ魂を見ながら、俺は悪魔に尋ねる。

 いや、これがないと話にならないのは分かってはいるのだが……。


「試合中に抜けると生死に関わりますので、しっかり押し込めさせていただきます」


 悪魔が手袋をぎゅっぎゅとはめ直す。……いや待てよ。こいつ手袋なんてしてたっけ?

 それもそんな薄手の、手術用のような手袋なんて……。


「ちょっと待て、押し込めるってどうや……」


 その手段を問いただそうとする俺だが、口を開いた瞬間悪魔ががしっと俺の首を掴んだ。その反対側には白い魂。


「もがっ!」


 それを確認した次の瞬間には、俺の口にそのソフトボール大の塊がねじ込まれていた。


「はぁい。痛くないですよー」


「もがっ! ぶももも!」


 やはり悪魔は先程の件を根に持っている。

 俺の口、もしくは喉奥へとモチの如き魂を押し込める悪魔の所業に、俺はそれを確信した。



◇◆◇◆◇




 五分後、板張りの道場で俺は先輩と向かい合っていた。彼我の距離は三メートルほどである。

 こんな物まであるとは。金持ちの金の使い方は奇奇怪怪である。俺なら先にドアベルをなんとかするのに。


 そして先輩は胴着袴姿であり、ちらりと見える足の指が美しい。

 髪は例の怨霊スタイルなので麗しいご尊顔は見えないが、ちらちら覗く額からは白いものが見える。

 恐らく湿布でも貼ったのだろう。

 俺たちの中心辺り、壁際には審判として西暮弟が控えているが、それはまぁどうでも良い事だ。


「後悔、してない?」


 先輩が俺に問いかける。先輩の声は楚々としていて音量としては少々小さいが、道場に反響し俺の耳にしっかりと入り込む。


「後悔するとしたら、このチャンスを逃した事になるでしょう!」


 その美しさに少しでも近づけるように、俺は堂々とそう言ってのける。それから魂の声に従ってスコップを構えた。


 先程まで心配そうだった西暮弟が息を飲み、先輩がその麗しい口元をきゅっと引き締める。


「なるほど……」


 そして彼女は呟くと、自らも手に持った木刀を構えた。どうやら、俺が素人ではないと悟った……もとい、勘違いしたらしい。そんな彼女の胴着から覗く二の腕は素晴らしい。


 そんな事を考えているうちに、彼女が打ち込んでくる。

 打ち込んできていた。三メートルは離れていたのに、その距離を無にして。


 俺の目ではその動きを捉えることができない。


 しかし――。

 ギィン! という硬質な音を立て、スコップと刀がかちあう。

 俺の身体、もしくは魂が反応し、言葉通り瞬く間に俺へと肉薄した先輩の刀を、何とか防いでくれていた。


 衝撃が遅れて伝わり、先輩の乳がぶるんと揺れた。振るわれた木刀よりずっと暴力的である。

 だが、それに目を奪われている場合ではない。先輩は息つく暇も無く次々と斬撃を放ってくる。


 かろうじてそれを防ぎつつも俺は先輩の胸から目が離せない。分かっているそんな場合ではない。


「いい反応速度……でも」


 先輩はまだまだ余裕といった案配だ。


「キミの体と心が追いついて、ない!」


 その声色に、ぞくっと背筋が震えた。

 同時に、先輩が一際強い一撃を放ってくる。

 それをスコップで受け止めると、俺はその衝撃を利用して距離を取った。


 彼女の言うとおりである。魂はおっさんのおかげで何とかなっても、筋力なんかは俺のままだ。

 スコップで防御し続けただけで、俺の手は痺れ、重いスコップのおかげで腕は上がらなくなってきている。

 現代っ子のもやしぶりをなめるなと先輩の乳へと説教したいところだ。


「降参?」


 荒い息を吐いている俺に、先輩が首をかしげて問いかけてくる。


「優しい剣ですな! 実は貴女は俺に無意識下で惚れているに違いない!」


 その仕草は愛らしくもあったが、男のプライドをキズモノにするものでもある。

 彼女の挑発に対抗して、俺もまた言い返した。

 もしくはこの言葉が真実であればと願って。


 すると、先輩がふっと笑って木刀を落とした。

 まさか本当に俺が好きだったのか。いや、髪の間から覗く目を見れば分かった。あれは恋する乙女の瞳で……。


「優しいか……確かに手を抜きすぎていたかもしれないな」


 その恋する乙女の瞳が、すっと細められる。

 そして、恋する少女の顔は西暮と血縁関係であるということを納得させるような剣呑な相を帯びていった。


 口調も、先ほどまでのぼそぼそではなく、なんだか剣術少女のような物に変わっている。


「大変ですヒラク様。お姉様の剣術レベルがどんどん上昇していきます」


 そんな時、気持ちの悪いことにずっと俺の後ろに張り付いていた悪魔が急に声を上げた。


「上昇って、なんで!?」


「ごく一部の達人は、普段から自らの力を抑制する事でレベルを欺けると言います……まさかあの若さで……」


 悪魔が解説している間にも、彼女を取り巻く空気の震えはなおも続く。

 この解説といい周囲の空気といい、まるで俺が間違えたのは世界観でしたみたいな塩梅である。


「上昇が止まりました。彼女の剣術レベルは五十です!」


 悪魔が珍しく慌てた声を出す。

 だが、それを聞かずとも空気でこれが異常事態だと分かる。分かるけれども数値にされると異常さがさらに際立つ。


「ご、ごじゅ……悪魔! キャッチアンドリー……!」


 俺が叫んだ時だ。彼女の身体がまたも掻き消える。

 俺の身体それに反応する事ができない。しかしおっさんから受け継いだスコップ術の魂が反応し、スコップを振るう。


 だが、先程のようにスコップと刀が接触する事はなかった。

 先輩の姿勢は地を這うように低く、彼女の体はスコップをやすやす避けて俺の懐へと入り込んでいる。


 目と目が合い、一瞬のスローモーション。

 ――あぁ、やっぱり綺麗だ。


「せい!」


 次の瞬間。短い気合と共に、俺の頭へと木刀が振り下ろされた。

 ガァン、と脳にいっそ小気味の良い衝撃が響く。

 ぴゅっと脳天から血が噴出し、視界がぐるんと回る。

 気付けば俺は、何時の間にやら大の字に寝そべっていた。


「ごめん」


 しかし、おそらくこれでも手加減してくれたのだろう。でなければ俺など今頃真っ二つだったはずだ。


「……分かったら、もう近寄らないで」


 彼女は俺を見下ろしてそう言った後、くるりと後ろを向き、歩き去っていってしまった。

 見下ろす時の視線も、ターンしたときのおっぱいの動きも、歩き去るお尻も素晴らしいお方だ。


「ヒラク様、大丈夫ですか?」


 しかし彼女の残像を追う俺の顔を、悪魔がぬっと覗き込んだ。

 その腐りきった瞳を見て、俺の意識を繋ぎとめていた糸がぶつりと切れる。


「れ、レベルが足りない……」


 あの人に太刀打ちするには、今の俺では荷が重すぎる。

 放心した俺の口から出たスコップ術の魂が、ゆらゆらと天に昇っていった。

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