表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺はステ振りを間違えた  作者: ごぼふ
出会い編
6/38

少年と犯人

 そして一時間後。俺はハードボイルドな推理の末、再び花壇へと舞い戻ってきていた。


「やはりアンタだったか」


 夕暮れた花壇の影。その場所に座り込む男に、俺は声をかけた。

 男が振り向く。くすんだ水色のツナギ。相手は、この学校の用務員のおっさんであった。


「何の、ことだ?」


「アンタが犯人だというのは分かっている。これがその証拠だ」


 とぼける男に対し、俺は西暮が受け取ったという脅迫の手紙を投げつけた。


「その手紙の「ぬ」の字が、アンタの筆跡と一致したよ」


 それに生徒に聞いて歩いたが、花壇に不審な人物が近づいたのを目撃した奴はいなかった。

 となれば犯人は花壇に近づいても人物……つまり用務員ではないかと俺は推理をしたのだ。


「何故こんなことをした」


 俺がハードボイルドに問いかけると、おっさんはハードボイルドに笑い返した。

 ちなみに俺の身体の中からは、とっくに探偵の魂は排出されている。

 今の俺の態度は、その名残でしかない。


「俺は今までこの花壇を整備してきたが、ここまで綺麗にすることは出来なかった。いくら綺麗にしても、生徒たちがゴミを投げ捨てたからだ」


 そんな俺のゴッコに気付いているのか、おっさんの自供が始まった。


「それがどうだ。西暮があの場所に頻繁に訪れるようになってから、生徒たちが怖がって誰も物を捨てなくなった」


 まぁ、そりゃそうだろう。あの顔が土いじりしてるところにゴミを捨てる度胸ある奴はおるまい。


「しかも奴の花壇整備は……完璧だった。分かるか? 今まで手塩にかけて育ててきたはずの花たちが、他の男の手によってより美しく花咲く屈辱が!」


「これっぽっちも理解できないと言いたいが、分からんでもない」


 沈痛な面持ちで語るおっさんに、俺は呆れながらも頷いた。


 要するに、かわいい愛娘が男と付き合いだしたら、より綺麗になりましたみたいなものだろう。

 おっさんの言い方がエロチックなせいで、俺にも理解が及んでしまった。

 世の中にある煩雑な説明も、エロスを絡めて説明すれば大体分かり易くなるものだ。


「分かるか。しかし、知られてしまったからには生きて帰す訳にはいかん」


 言いながら、おっさんがスコップを肩に担ぐ。その雰囲気が、ふっと変わった。


「おや、あの方はスコップ格闘術のスキルを所持していらっしゃいますね。しかもレベル二十五」


「スコップ格闘術!?」


 何でそんなスキル持ってるんだよ!? ていうかそんな項目が何故ある!?

 俺が驚きの声を上げると、おっさんの目がギラリと輝いた。


「知っていたか……ロシアでは、スコップを使った軍用格闘術がある。それを俺なりにアレンジし、用務員経験を織り交ぜたのがこの技だ」


 俺がそんな奇妙なもんを知っていると勘違いしたらしい、おっさんが勝手に解説を始める。こんな人間が花壇を管理していると広く知られていたら、きっとゴミなど投げ入れられなかったに違いない。


「用務員流スコップ術。このスコップで貴様を打ち倒し、スコップで山奥に埋めてやる! そして俺はエジプトに高飛びし、そこでスコップを担ぎ発掘調査員として一生を過ごすのだ!」



「そのスコップ頼りの人生設計考え直せ! スコップに寄りかかって生きるな!」


 おっさんのあまりのスコッパーぶりに、俺は状況も忘れ叫んでいた。


「堕落した人類は、スコップに頼らねば生きていけないのだ!」


 だが俺の抗議も通じているようで通じていない。おっさんは自分の歪みを人類全体の問題にすり替え、スコップを振りかぶる。


「腐ってるのはアンタの思考だ!」


 それを避け、全力で逃亡する俺。

 その横を、長い足を誇示するように大きなストロークを描いて走る悪魔。


「ちょ、ちょっと悪魔! 俺にも荒事に使えるスキルくれよ!」


 その憎らしい動作を横目に見ながら、俺は叫んだ。

 俺を追うおっさんが不審に思って足を緩める事を少し期待したが、そんなことはなく今度は横薙ぎにスコップが振るわれる。

 俺はそれを、前に転がる事で何とか避けた。


「ございません」


「はぁ!?」


 無様に地面に転がっている俺を、悪魔が見下ろしながら答えた。


「ですから、荒事用のスキルは現在品切れ中でございます」


 その顔は笑顔である。正に悪魔としか言いようがない。

 振り返るとスコップを持ったおっさんが凄まじい勢いで駆けてくる。

 俺、絶体絶命のピンチ。やはり悪魔と契約だなんて碌な事にならなかったのだと今更後悔。走馬灯クルクル。


「仕方がありませんね。最終手段です」


 それに対し呟く悪魔。そして奴はえんま帳を頭上に掲げた。


「チェインジ! ヘルサイス!」


 かけ声と共に、えんま帳が二つに割れた。かと思えばその両端がジャキンジャキンという音と共に伸びていき、悪魔の身長と同じほどの大きさになった。さらにはその先端から一Mほどの湾曲した太い刃が生え、悪魔がそれを担いでポーズを決める。

 最後にジャッキーン! と派手な音が鳴ったので、俺にはもはや何もつっこめない。

 というかスコップを大上段に構えたおっさんが、それを今まさに振り下ろそうとしているところなのでそんな場合ではない。


「ソウルキャッチ!」


「ちょっ!」


 だが、その前に悪魔がおっさんに鎌を横薙ぎ一閃。さすがに俺も叫びを上げたが、鎌はおっさんをスプラッタに染め上げることなく、その体をすっと突き抜ける。

 代わりにと言っては理不尽な因果関係で、俺へと迫るスコップ。

 だが次の瞬間、おっさんが描いた改心のスイング軌道が不自然によれた。

 それは俺の頭をギリギリ掠めて、髪の毛を何本か持っていく。

 助かった。そう思ったのもつかの間、鎌の先に紫の球体を引っ掛けた悪魔が、今度は俺に対して鎌を振りかぶっている。


「ちょっと待て! お前は俺に触れられるんじゃ……」


「アンドリース!」


 抗議も空しく、弧を描き俺へと振り下ろされる鎌。

 その先端はすっぽ抜けることなく、見事に俺の脳天を直撃した。

 ざっくりと。


「ぎええええ!」


 悲鳴を上げる俺。

 例の熱さと共に、刺されたような、というか刺された痛みが俺の脳を突き抜ける。


「や、や、やっちまった」


 自分が殺ったと勘違いしたらしい。おっさんがスコップを自分と俺の間に突き刺し、尻餅をつく。

 ぴゅうぴゅうと脳天から血を噴出しながら、同じ姿勢で放心する俺。

 俺は何でこんな目に遭っている。

 悪魔と契約して、目つきの悪い男の悩みを聞いて、悪魔に刺されて……血が目に入ったのか、視界が赤い。

 何で、こんなことに手を出したんだろう……。何度目か知れない後悔が、俺の頭によぎる。

 赤い視界に、スコップが映った。

 そうだ。俺はあのバスト百センチに、このスコップを挟んでもらうんだ。

 正気に返った時、俺はいつの間にかスコップを掴んでいた。

 一拍遅れて、おっさんもまたスコップを手に取る。

 俺たちは、スコップを奪い合う形になった。

 用務員の仕事で鍛えたガチムチの腕に対し、普通なら帰宅部の細腕が対抗できる訳がない。だがしかし。


「おっさん。今のアンタに、燃えるスコップ魂はあるのか?」


「な、なんだと?」


「自分の罪を埋め隠す道具としてスコップを使ってしまったアンタに、スコップが微笑むと思っているのか!?」


「う、うるさい! お前のような若造にスコップの何が分かる!」


 おっさんはそう叫ぶが、今の俺には引っ張り合っているスコップの柄が手にじっくり馴染んでいる。そして、これをどう動かせば良いか。どうすればスコップが味方になってくれるかがはっきり分かっていた。


「このっ!」


 スコップの全てを悟ったような俺の表情に慌てたのか。おっさんが力任せにスコップを引っ張る。その瞬間、俺は手を離し、スコップのもち手部分を思い切りこちら側、そして下へと引っ張った。


「うごっ!」


 ぐるんと半回転したスコップがおっさんの股間を打つ。

 悲鳴をあげるおっさん。

 更に俺は力をなくしたその手からスコップをもぎ取ると、一回転しておっさんの顎へとスコップを叩きつけた。


「ぐえっ!」


「アンタは、スコップ道からはずれた」


 崩れ落ちるおっさんに背を向け、俺はそう呟いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ