少年とお嫁さん
「西暮長晴。身長百八十六。体重七十八。空手二十レベル、ボクシング二十レベル、喧嘩十五レベル」
花壇を見つめながら、その手前にある花壇観賞用のベンチに並んで座る俺と西暮。
後ろに立った悪魔が、淡々と情報を読み上げていく。
「優れた体格が示す通り、大抵の格闘技に適正があります。ただしルール無用の残虐ファイトとなると若干評価が下がりますね」
西暮は頭を抱えている。どうしたものかと思案しながら、俺は悪魔の情報に耳を傾けていた。
「その理由は彼の性格にあります。料理、裁縫、炊事洗濯などがそれぞれ十台後半。ガーデニングもレベルが十五あります。つまり彼の心は花を愛する乙女でもあるのです。その辺りが評価され……お嫁さんレベル二十。これに繋がるわけですね」
いや、性別と外見でマイナス査定しろよ。と言っても、どうせ切り貼りするんだからその辺りは考慮されないのか。
でも分けられるならお嫁さんレベルと家事のスキルも別に考えられるよなぁ、ううん。
などと考えつつ、西暮の復活を待つ。
こいつが見かけによらない不良だという事は分かった。
まぁ不良というものは、そういうギャップを狙って女子をキュンとさせようとするズルい生き物だということも知っている。
大方「あの西暮クンが花壇の手入れをしてる! 実は優しいのねん!」みたいな反応をしてくれる女子が通りかかるのを待っていたら、目撃したのが俺であったが為に意気消沈しているのだろう。
「まぁ、知り合いの中見沢にでもそれとなく伝えておくからさ」
実際目にしたことでなくとも、噂を聞けばそれなりの効果はあるだろう。
と言うか授業をサボって花壇の手入れとかよほど幸運が重ならないと女子には目撃されないし。
「や、やめてくれ!」
特に好みではない女ならあてがってやろうと、俺が長者様の如く空気を呼んで提案すると、西暮はばっと顔を上げて俺に懇願した。
必死な顔がまた怖い。
「やめてくれって……そもそも何故秘密にしてるんだ。良いじゃないか不良が土いじりしたって」
「俺は……不良じゃないんだ」
俺が慰めの言葉をかけると、西暮は重々しい口調でそう呟いた。
普段なら笑い飛ばしているところである。
いや、こいつ顔が怖いから後でJAROにでも訴える程度だろうか。
だが俺は、すでにこいつがあざとい裏の顔を持ったギャップ狙いの卑しい男だということを知っているのだ。
「……まぁ、炊事洗濯裁縫が得意な不良というのもおかしいな」
「な、何でそこまで知ってる!?」
言ってやると、西暮は思った以上に動揺し、俺に顔をぐいっと近づけた。
少々言い過ぎたかもしれない。
その怖い顔に慌てた俺は、とにかく誤魔化すことにした。
「えーと、手、手だ。お前の手は主婦が長年家事をするとなってしまう、主婦手になっている」
最近読んだシャーロックホームズを真似てみたが、思った以上にお粗末な推理となる。
しゅふしゅて。こんな言い辛い言葉が一般化するか。
「そ、そうか……分かる奴には分かっちまうんだな」
だが、西暮はそんな俺の嘘プロファイリングにあっさりと納得し、顔を離した。しかもちょっと嬉しそう。
おそらくこいつは原田級のアホである。
「俺だって、好きで不良の真似をしてる訳じゃないんだ。ただその、脅されてて」
「へぇ……」
正直、男の事情などに興味はない。
「この花壇のこと、知られちまって。自分に従って指定した奴をシメたりしないと、花壇を荒らすぞって……。いつも不良っぽくしてるのも、威厳が無くなるからそうしろってそいつが」
「大変だな」
たどたどしく、己の事情について吐露していく西暮。対し、俺は適当に相づちを打つ。
なんと非情な男なのだ。ハードボイルドって感じで素敵。と皆さんは思うかもしれない。後者を思った女性はご一報願いたい。
しかし男が虐められているという話を聞いても、俺はイマイチ親身になれない。
しかもこんなデカい図体の奴がだ。
「暴力でそいつを屈服させるわけには行かないのか?」
「どこの誰か、分からないんだ。いつも花壇に指示が書いてあって……」
なるほど、中々狡猾な奴だ。しかし女はともかく男を脅すなどよくわからん趣味である。
いや、女の子に対しても脅迫なんかよりもっとちゅちゅっとした関係を築きたいと俺は思っているけれど。
しかしこんな奴を操って喧嘩させるメリットねぇ。イマイチ思いつかん。
その指定した奴ってのに恨みがあるか、それともコイツに恨みがあるのか?
「……っと」
先ほどのシャーロックホームズごっこ名残でまじめに推理しかけ、俺は慌てて思考を打ち切った。
何で俺が男のためにそんな労力を支払わねばならないのだ。
「しかもアイツ、姉ちゃんまで……」
「姉?」
だが、次に奴が洩らした一言で、俺は佇まいを直すハメになった。
いつの間にかベンチの端っこに座り、足まで組みやがっている悪魔に鋭く視線を送る。
すると奴は分かっておりますとでも言うように深く頷き、えんま帳を操作しだした。
そうして、その検索結果を俺に見せる。
「西暮雷花。バスト百。ウェスト五十八。ヒップ八十六……」
「少年。良かったら詳しく話を聞かせてくれないか」
画像を見、スリーサイズを聞いた途端、俺は西暮へと詰め寄っていた。
だって百だぜ? 縁起がいいじゃないか。
ついで……いや、しかもかなり重要なことに、雷花さんは長い黒髪を持つ、切れ長の目をした美人であった。
「え、いや、でも俺アンタと初対面だし」
だが、俺が急にやる気になったのをいぶかしんだのか。先ほどまでぺらぺら喋っていたくせに急に口を重くする西暮。
「気にするな! 先ほどのやりとりで俺達は絆で結ばれたも同然だ! 具体的には義兄弟! お義兄さんと呼んでくれても構わないんだぞ!」
「いやいやいや、そこまでじゃないだろ。どうしたんだアンタ?」
必死に説得する俺。しかし説得すればするほど、何故か西暮と俺の心の距離は離れていく気がする。
奴が座るベンチの位置も、いつの間にか尻が半分引っかかっているだけの状態になっていた。
これでは埒が明かない。俺がどうしたものかと思案に暮れていると、その肩をちょいちょいと悪魔が叩いた。
「ヒラク様。今こそワタクシの力を試すときでございます」
あぁ? お前の力ならスリーサイズ読み上げ機として存分に活用しているではないか。
しっしと俺が追い払おうとすると、悪魔は尚も食い下がってきた。
「今こそ我が社が人間から平和的交渉にていただいたスキルの数々をお客様に使っていただくときでございます! さぁどうぞ!」
何故そんなにも必死なのだ。しかも平和的交渉とか言われると胡散臭いことこの上ない。
何より……。
「他人の魂とかつけちゃって平気なの?」
「え?」
「お前じゃない」
俺のつぶやきに反応した西暮をお前じゃないと制して、俺は悪魔に問いかけた。
だってそうだろう。魂だよ? 契約するとは言ったが、やはりこう、魂とは気高くて侵され難くて、神聖なものではないのか?
それを他人のものと混ぜたりして、弊害はないのか?
「お客様も案外頭が固くていらっしゃる。それとも心臓を移植したからと言って人格が変わるというヨタ話を信じるほど信心深いのですか? 人間の肉体がただの血袋糞袋であるように、魂もまた人間を構成する機能であり機構なのです。すべてはパーツであり取り替え可能なのです。貴方はもうワタクシと契約してしまった。それなのにこれから一ヶ月、ワタクシをただのスリーサイズ測定器として使うのですか?」
躊躇する俺に対し、悪魔は直立不動のまま短機関銃のごとき勢いで説教をかました。
言い様は腹立つ事この上ないが、この場で奴を殴りつけるわけにもいかない。
スリーサイズ測定器。それも確かに結構だが、その機構は俺も一応持っている。
ならばやはり、俺は試さなければならないのだろう。魂の切り貼りとやらを。
「分かった。やろう」
「は?」
「かしこまりました」
返事をすると、西暮が怪訝そうな顔をし、悪魔がニッコリと頷く。
美男子の笑顔だが、これぞまさに悪魔の微笑みである。
さて、魂の切り貼りとはどうするのかと俺が固唾を飲んでいると、悪魔はまたもえんま帳を操作し始めた。
そうして、その画面を俺に向けてくる。
「こちらが私が所持しております。魂のかけらでございます」
その中には、色とりどりの丸い玉が三十個ほど、ふわふわと浮いている。
悪魔が指でちょいっと画面をなぞると、それらがビリヤードの玉のようにお互いを弾き、画面内で乱れ飛んだ。
「失礼。少々寝ぼけている魂がいましたもので」
この状態でも寝ぼけるやつがいるのか。やはり俺には、悪魔の言うように魂をシステマチックに捉えることは難しいようだ。
そんな風に思っていると、悪魔は画面の中にある、緑色の玉に指先で触れた。
「今回の件ですと、こちらがお勧めでございます。「交渉 LV10」。どんな口べたな方でも、こちらを使用していただけば気の迷いで強盗を働いた人間程度なら簡単に自首させることが出来ますよ」
例えとしては微妙なところだ。しかし、目の前の西暮は不信を通り越して警戒の域まで行こうとしている。
もしかしたら俺を脅迫犯だとか疑いだしたのかもしれません。
「それで」
仕方なく、俺は短く悪魔に告げた。またしても西暮が眉のない眉間に皺を寄せ、悪魔は満足げに頷いた。
そうして悪魔は、電子えんま帳をコンと叩く。すると中から、先ほどの緑色の玉がころりと出てきた。
「魂リース。開始いたします」
まるで決め台詞かのようにそう呟くと、悪魔は西暮をすり抜け、俺に迫る。そうして、その緑色の玉を俺の胸へと押し当てた。
あ、魂ってやっぱりそこにあるんだ。ぼんやりと俺が思ったのもつかの間、胸がカァーッと熱くなった。
「う、ぐのおおおお!」
胸に焼き鏝を押しつけられたような、と言うのとは少し違う。
ドライアイスを誤飲してしまったかのような、体の内部へと全ての肉が収縮していくような、ひきつる痛みを伴った熱だ。
「え、お、おい、どうしたんだ!?」
急に叫び声を上げた俺に、西暮が小さな目を見開いて狼狽する。
だがそれになど構っていられない。
痛い。痛い痛い痛い痛い。
悪魔は俺を愉しそうに見ている。悪魔め。悪魔、この悪魔!
痛みが憎しみや罵倒へと変わっていく。
悪魔に対して悪魔と言っても罵倒にはならない。
それに気づいた辺りでだろうか。ようやく痛みが収まってきた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
荒い息をつく俺の背中を、西暮が一生懸命さすっている。
確かに嫁に欲しい。こいつが女で人相がもう少し柔らかくてバスト百ならば。
「お、おい。とりあえず先生呼んでくっから……」
「いや、良い。持病なんだ」
西暮を止めようとすると、自然と言い訳が出た。
しかも男に対して爽やかな笑みを浮かべている。
「これ、秘密な。よく皆に不審がられるけど、誰にも言ってないんだ」
「わ、分かった」
とりあえず秘密を握った相手に対し、自らも弱みを見せることで警戒心を和らげる。
そんな考えが、頭の中に浮かんだ。
「それで、脅されてるって話だっけ」
ベンチに座り直し、何事もなかったかのように話を続ける。
「いや、その、俺の心配より自分の体だろ。そんな、相談なんてできねぇよ」
だが、西暮は態度こそ軟化させたものの、今度は俺の体を心配して話の続きをしようとしない。
まぁそりゃこうなるだろう。どうする、どうするんだ俺。
……なんて、今の俺は狼狽したりしなかった。
こほんこほんと、軽く咳をする。
その背中を西暮がさするが、はねのけたりもしない。
「俺、こんな体だからさ。人に心配はかけても、相談されたこととか無いんだ」
逆に、同情を誘うような口調でそう言った。
「だから、その、人の役に立ちたいんだ。良かったら話だけでもしてくれないか?」
ここで「病人にできることなんざねぇ! 帰れ帰れ!」と言える奴は人非人である。そういう人に、私はなりたい。
「そ、そうか、そういうことなら……」
しかし西暮はそういう人間の頼みを断れないタイプであった。
交渉人である俺には、それをあっさりと見破ることが出来る。
「良かった」
安心したような微笑み。こんなことを交渉に使っちゃってごめんね。本当はこんな風に脅すような真似はしたくなかったのよ。私って優しい子なのよ。みたいなアピールも欠かさない。
今の俺はかなりキモい。
「あの、あいつ、脅迫者は、『今のお前は手を抜いている。今度はもっと派手にやんなきゃお前の姉ちゃんを恥ずかしい目に遭わせるぞ』って」
しかし西暮はそんな俺のキモさも知らず、口に出すのはかなり恥ずかしいセリフを恐らく一言一句正確に再現して見せた。
「そうか。それはひどいな」
そんなエロ漫画みたいなセリフを聞いて俺もよく吹き出さなかったものである。
レベル十ってこんなに自制が出来るものなのか。では俺のスケベレベル三十とはどんな状態なのだ。
「本当は俺、あんま喧嘩とか得意じゃないんだ。だけど、姉ちゃんに迷惑をかけるわけにもいかないし」
嘘つけ。お前喧嘩もレベル十五とか言われたぞ。俺もまだよく分かっていないが、少なくとも人並み以上には得意科目だろ。
じゃなきゃ何度も喧嘩に駆り出されて平気でいられるわけがない。
「そうだな。辛いな」
内心で思いながらも、俺の返事は同情的である。いや、俺本人が奴の意見に否定的なせいか、ちょっとおざなりだ。
……本気でボロが出る前に、この会話は切り上げてしまおう。
必要な情報は聞いた。俺がしたいのはこの件を出汁にこいつのお姉様と仲良くなることであって、こいつの好感度を稼ぎたい訳ではないのだ。
「話は分かった。犯人探し、俺のほうでしてみるよ」
立ち上がって、俺は西暮にラスト・アイソイイ・スマイルを振りまいた。
「で、でも」
「お前が変な動きをすると、お姉様に危害が及ぶかもしれないだろ」
「それは、そうだけど……お姉様?」
俺を巻き込むことを躊躇う西暮を、完璧な論理で押さえ込む。
この件は俺が活躍せねば意味がないのだ。
「それに……」
何やら首を捻っている西暮の媚びた仕草から視線を外し、俺は独り言の如く呟いた。
「個人的にも許せないしな。そういう奴」
犯人はおそらく、自分の正体も明かさずに女の子を辱められる立場にいる人間だ。
そんなけしからん人間が、俺を差し置いて存在して良いわけがない。
後付けされたほうではなく、俺本来の魂が煌々と燃えるのを、俺は感じていた。
それはそれとして、西暮の元を去った後、俺が真っ先にしたのは悪魔を殴りつけることだった。
花壇の先の裏門近くの雑木林、その中に軽快な殴打音が響いた。
「何をなさるのです」
頬を押さえた悪魔が、女座りをしつつ俺を非難する。
ちなみに俺が殴ったのは奴の頭であり、つまりは奴の仕草には何の意味もない。
やはり俺は悪魔に触れられるらしい。しかしこの様子では、決定的なダメージを与えたり奴を亡き者にしてえんま帳だけを奪うということはできなそうだ。
だがそもそも、俺はそんな目的でこいつを殴ったわけではない。
「お前こそ何をする。めちゃめちゃ痛かったじゃないか!」
俺がこいつを殴ったのは、腹の虫が治まらなかったからである。
「まぁ、他人様の物を無理矢理くっつけたわけですからね」
魂の切り貼り。あれを受けた俺の体は、ひどい痛みに襲われた。あんなことはこいつの説明には無かったはずである。
だが、怒り心頭の俺を前にしても、悪魔は動揺する素振りすら見せない。本当にこいつと俺は販売員と顧客なのか?
そんな疑問すら沸いてくる。
「お試しって毎回あんなに痛いのか!? というかさっきくっつけた魂って……」
更に詰問を続けようとする俺。二発目の鉄拳使用も辞さない覚悟である。
しかしそんな時。
「そろそろですかね」
悪魔が呟いて、電子えんま帳の画面を俺へと向けた。
そこには、先ほどの魂のかけらたちがふよふよと浮いている。
「あ? ぐぼっ」
それを見た瞬間、喉から何かせり上がってくる感触がし、俺はえづいた。
そのプリミティブな欲求に従って、口をぱっかりあける。
すると――。
「おげぇぇ」
お茶の間の皆様には申し訳ない悲鳴と共に、口の中から緑色の球体がぬめりと這い出た。
そしてそれは、奴の掲げた電子えんま帳へとふらふらとよろめきながら戻っていく。
「お、おぉ……」
我が魂が遠く遠く離れていく。いや、元々は俺の物ではないわけだけれど。
俺が惜別の情を感じている間にも、液晶画面の中に緑色の球体――魂がすっと入り込むと、心なしか他のカラフル魂達がえんがちょとでも言うように壁際に散った。
「今回の場合はお客様から魂を切り取らず、無理矢理押し込めた形になったのであのような痛みを伴ったのです。人間の魂の容量は決まっていますので」
立ち上がり、尻をパンパンと叩きながら、悪魔が解説する。
だが俺は昼飯か何かまで喉の入り口へとやってきたので、それを押し返そうと躍起になっておりまともに話を聞ける状態ではない。
「そして時間が経つと、元からある魂に追い出される形で押し込めた魂は排出されます。便利なものですね」
「な、何が便利か」
よくは分からなかったが、とんでもなく使用者に負担を強いる方法であるというのは把握した。この悪魔の会社とやらには、消費者への配慮という物が無いのだろうか?
涙目になりながら、俺はついでにもう一つの不満を思い出した。
「それと、交渉しているときの俺はなんか妙に気持ち悪かったぞ」
「それは元々ヒラク様が……」
悪魔が俺を誹謗中傷しようとするので、俺はその前に奴を叩いた。
「何というか、俺が俺で無いような、普段の俺では絶対取らない行動をとったり」
「しかし、目的は達せられたのでしょう?」
「それは……まぁ」
まるで堪えた様子の無い悪魔に呆れながらも、歯切れの悪い言葉を返す俺。
西暮の奴からお姉様の情報を引き出せたのだから、それは成功と言える。
「人間は誰しも理性の仮面を被り、自分を偽っているものです。ヒラク様にとっては初めて体験だったので、そのように違和感を覚えたのでしょう」
そんな俺とは対照的に、よく回る舌を以て奴は俺を説得にかかった。
「俺が普段は本能丸出しだと言いたいのかお前は」
「いえ、けしてそのような訳では」
絶対思ってるだろ。嘘は見逃すまいと悪魔をぎゅっと睨むと、奴はそれから逃れるかのように遠くを見た。
「この交渉というスキルですが、売り渡した人間が同じことを言っていらっしゃいました」
そして、懐かしむような口調でそんな事を呟く。
不覚にも俺は、その言葉で奴への抗議を一旦止めてしまった。
「相手を説得するような言動ばかりしてしまって、自分の本当の気持ちが伝えられないのだと」
それは正しく、今の俺の状態であった。ということは、これは他人の魂なんぞくっつけた弊害ではなかったのか。
……本当か?
「要求を通すことと言いたいことを言うのは別なのですね……人の生というのはままならないものです」
納得して良いのか悪いのか決めかね悩んでいる俺にも構わず、そんなことを呟きながら、皮肉げにふっと笑う悪魔。
その上から目線の物言いにカチンとくるものもあったが、こいつの言動をいちいち気にしていたらキリがないというのも俺は既に察し始めていた。
「とにかく、この魂は俺には合わないな」
電子えんま帳の中の緑玉をぴしっと指さしながら言うと、奴はひどいとでもいうようにプルプルと震えた。
しかし悪魔がぴしりと画面を叩くと、諦めたように画面奥へと引っ込んでいく。
「そうそうそれで良いのです。消去法でいきましょう」
悪魔はどこかで聞いたようなセリフを以て、俺を励ます。
この消去法に関しても、なるべく少ない消去候補で終わって欲しいものだ。
などと俺が考えていると――。
「はい、では次はこちらを試してみましょう。探偵のスキルです。ヒラク様はこちらの職業にも憧れがあるようですし」
待ちかまえていたかのように悪魔が言い、青色の玉をえんま帳の中から取りだした。
「し、しばらくそれは良い! 辛くても自分の力で困難を解決しましょうとかいうのが、きっとこの話のオチになる!」
先程の痛みを思い出し、展開を先回りしてまで奴がしようとしている事を阻止しようとする俺。
「まぁまぁ、そんな美麗秀句の結論に至るには早いですよ。まずは一個一個可能性を潰していきましょう」
だが悪魔は俺の意思にも構わず、悪魔の笑みを浮かべたまま、片手に魂を持って俺に迫ってくる。
「や、やめ……ぎゃー!」
そいつを無理矢理埋め込まれた俺は、放課後の探偵として再び学校へと舞い戻ることになった。