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少年と不審者

 先輩に借りた金の返却。

 その目的のため、俺は先輩の通う三輪第一女学院に来ていた。


 中見沢から逃げる……もとい先輩に金を返したい一心で急いでここまで来たのだが、お嬢様たちは部活などしないのか、ぞろぞろと校舎から出てくる。

 思わず一人一人に声をかけ、放課後の予定を聞き出したいところだが、俺にはやるべき事がある。あるのだが……。


「ガードマンがいるな」


「さすがお嬢様学校と言ったところですね」


 下校する少女たちを、少し離れた塀の陰から顔だけ出して観察しつつ、俺は悪魔と密かに声を交わした。

 俺たちがこうして不審者ギリギリ白線の外側めいた行動をしているのは、校門に立つ二人のガードマンのせいであった。


「ヒラク様、やはり西暮弟様の協力の下、雷花様のお家で接触したほうがよろしいのではないでしょうか」


 失礼だか丁寧だか計りかねる呼び名で弟の名を出しながら、悪魔が提案する。


「……ここまで来てそんなことを言うな。ていうか何故お前まで一緒に隠れる」


 俺もそんな風に思ってきたが、ここまで来るのに流した汗は戻ってこない。

 そんな汗ばむ中何故男と密着せねばならんのかという疑問から俺ははっと気付いて、俺は悪魔の体を押しのけた。


「雰囲気作りの一環です」


 襟元を直しながら、悪魔はいけしゃあしゃあと吐く。

 何の雰囲気だとツッコんだらおそらく負けだ。

 それを察して、俺は奴に命令を下すことにした。


「悪魔、お前ちょっと先輩の教室を見てこい」


 先輩が先に帰ってしまっていてはしょうがない。

 部活動やトイレに行っている可能性もあるが、男二人がこんなところで粘菌のようにねちゃねちゃしていては気が滅入る。

 どちらかと言えば追っ払いたい気持ち優先で、俺は悪魔にそう命令した。


「了解しました」


 ワタクシはそんな事の為に雇われたわけではありません! みたいな怒り方をすると勝手に予想した俺だったが、悪魔は存外あっさり俺の言うことを聞き、気障たらしい礼をすると正門へと歩いて行く。


 女子高にタキシード。合うような合わないような微妙な取り合わせだ。

 しかし男のケツなんて眺めていてもしょうがない。

 俺は入り口を通る女生徒をウォッチング……もとい先輩が通らないかチェックしていよう。

 そう決めた矢先である。


「お?」


 自分が隠れているより少し手前、ガードマンが近いので安全策を取って隠れなかった電柱。そこに俺は、何やら目立つ人影がしがみついているのを発見した。


 ――朱い髪をした少女である。染めているのであればもう少し痛んでいても良さそうなものの、なびく毛先はさらさらと風にそよいでいる。


 そして彼女が時折不安げに振り返るとその髪が揺れ、奥からやんごとなき美しさを放つご尊顔が現れる。

 外向きの長い睫。髪と同じように、朱と言っても差し支えない輝く瞳。粉をまぶしたような白い肌。

 俺の視力が2.0から落ちていないのであれば、その顔は少々幼く見えるものの素晴らしき調和を保っていた。

 この世のものとは思えない、と言ってしまっても良い。


 ただ残念な事に、彼女は振り向いても熱視線を注ぐ俺を運命の人だとは見抜けないのか、すぐに正門へと視線を戻すと、体をそわそわと動かし電柱を抱きしめる。


 代わってくれないだろうかあの電柱。少女は真っ黒い服を着ており、まるでアニメーションから抜け出したような容姿である。


 俺は個性的で素敵だと思うが、女子受けは悪そうだな、というのが感想であった。


 何かいじめでも受けてるんじゃないかしらん。

 あのファッションもその嬉しくない賜物である。


 そう思うと彼女が不憫でしょうがない。

 何か挙動不審な様子だし、悲しい事情があるのかもしれない。

 

 こんな事をしてる場合ではないのではないかという疑念も確かに俺の中にあった、かもしれない。

 だが、気付くと俺は――。


「おっじょうっさん」


 いつの間にか足音を殺して黒髪の少女の後ろに忍び寄り、その肩にぽんと手を置いていた。


「ひぃえ!」


 すると少女はミステリアスな雰囲気をかなぐり捨てた、非常に可愛らしい声で鳴いた。

 まるでピヨ鳥のような、おもちゃめいた悲鳴だ。

 心がほんのり甘くすがすがしい空気でいっぱいになる。


 ……俺が女性にイマイチ人気がないのは、この辺の性癖が絡んでるような気はするが、未だに解明はされていない。


「こんにちは。良いお天気ですね」


 ともかく次のリアクションをとられる前に、俺は彼女に話しかけた。

 そのまま相手の反応を待っていると、逃げる、叫ぶ、殴る等といった敵対的行動を取られかねないからだ。


 理由は分からないが、そうなることは経験で学んでいた。

 フォローを入れても80パーセントはそうなる。

 だが、彼女はその他の20パーセントに該当するようだった。


「あ、あの、ええと……」


 彼女は俺を振り返ると、信じられないほどのイケメンが突如背後に現れたことに驚いたようで頭からつま先まで俺の体をじっくりと検分する。


「誰かお探しですか?」


 その視線も悪くはないのだが、ショックから立ち直られて俺が不審者などではないのかという誤った結論にたどり着かれても困る。


 その前に、俺は彼女に尋ねることにした。


「え、えぇ、西暮雷花という方を」


 すると俺の作戦が功を奏したようで、半ば唖然としたまま彼女は自らの探し人について素直に話してくれる。


「あら」


 しかもそれは、俺の待ち人と同一人物であった。


「これは運命の出会いですね。お嬢さん、お名前は?」


 同じ日同じ場所で、同じ人物を待っている。


 二つも偶然が、しかも片方は確率のごく低い偶然が重ねれば、これはデスティニーと言っていいだろう。

 俺は彼女の手を取って情熱的に尋ねた。


「あ、う、メ、メントと申します」


 すると少女改めメントさんは、未だに混乱した様子でそう答えた。


 少々個性的な名前で、どういった字を充てるのかは分からない。

 この容姿だし、もしかしたら外国の方かもしれない。


「素敵な名前ですね。僕は我聞ヒラクと言います」


 文化が違うのか俺に一目惚れしたのか。彼女は繋がれた手を振り払おうとはしない。

 彼女の手の感触を堪能しながら、俺は自己紹介を返した。普段と言葉遣いは変わってしまっているが、初対面で人間の印象は九割が決まってしまうらしい。

 俺が多少自らを取り繕っても仕方がないことだろう。


「はぁ、ええと、こんにちは」


 今日のような日のために練習した白い歯スマイルに対し、困惑に近い表情を浮かべながら、少女はそう挨拶を返す。


「実は僕も雷花先輩を待ってるんです。運命ですね」


 俺はそういう恋の始まりもあろうと納得しつつ、目的が一緒であることを彼女に告げた。


「え、そうなんですか?」


 びっくりと驚きの声を上げるメントさん。

 「こいつみたいなのが先輩を待っているなんて」みたいなニュアンスを感じてしまう人間は、おそらくとんでもないひねくれ者だ。


 こんなやわっこい手を持つ人が、そんなことを考えるわけがない。


「はい、お嬢さんはどんなご用なんですか?」


 すべすべとした肌に自らの疑念を溶かしながら彼女に尋ねる俺。

 すると――。


「私は彼女の魂を刈り取りに来たんです」


 メントさんが、非常にお茶目な事を言った。


「……ハハハ」


 あまりの唐突さに、俺としたことが愛想笑いしかできない。

 ……アレ、今彼女魂をどうとか言った? 何かの暗喩だろうか。というかそれをどうこうできる存在が、身近に居たような……。


「あ、あの、熱いんですが」


 考えながら彼女の手を無心でさすっていたらしい。

 メントさんは控えめに抗議の声を上げる。


「失礼」


 紳士的に、まるでどこぞの悪魔のようにわびを入れてから、俺は名残惜しくも少女の手を解放した。

 どこぞの悪魔のよう……アレ?


「あなたは、私の事が見えるんですか?」


 俺が疑問符で頭をいっぱいにしていると、トドメとばかりにメントさんが問いかけてくる。


「ええ、その美しい顔がばっちりと」


 そんなもの当たり前ではないか。こんな美しい女性が見られないなんて世界の不幸過ぎる。

 などと思いながら俺が周囲を見回すと。


「何あれ? 一人で喋ってる」


「パントマイム? こんな往来で」


「やだ、怖い」


 下校中の女生徒たちが遠巻きに俺たち……もとい俺に視線を向けてひそひそと喋っている。

 

 仲睦まじげな男女を見て、異性交流が不足がちなアイアンメイデン達が嫉妬しているというわけでもなさそうな様子だ。


 ガードマンもこちらへとゆっくり近づいてくる。

 どうなっている。一つだけ確かなのは、この場所にいるのはまずいということだけだ。


「ちょ、ちょっと来てください!」


「あっ!」


 そう感じた俺は、再びメントさんの手を引いてその場から逃げ出した。



 ◇◆◇◆◇



「一体、どうなって、いる」


 疑問を吐き出しながら、俺は逃げ込んだ公園で荒ぶる呼吸を整えようとした。

 やはり、もう少し体力をつけたほうが良いかも知れない。


「あ、あの」


 しかし、その控えめな呼びかけに顔を向けるも、俺に引っ張られてきた少女は汗一つかいていない。


 なんだろう、この理不尽さ。俺は、この理不尽さを毎日体感している気がする。


「私、周囲の人には見えませんので、放っておいてくださっても……」


 しかも彼女は、そんなことまで呟く。

 ここに来て、俺の嫌な予感はほぼ100パーセント確信に変わり、後は俺が事実を認めたくないという拘りを捨てれば参議院で可決という状態にまで来ていた。


「……メントさんって、まさか悪魔じゃないですよね?」


 しかし、ここまで来てしまったら確かめないわけにはいくまい。 


 魂関連。周囲に見えない。汗一つかかない。そんな人物を、俺は知っていた。というより現在進行形で付きまとわれている。


 あんなのと彼女が同じ生物だとは思いたくはないが、もはやそうだとしか思えなかった。


 だが、俺が問うと、メントさんは勢いよく首を横に振る。


「とんでもない!」


「ご、ごめんなさい」


 そうだとも。あんな悪魔とこんな可憐なお嬢さんを一緒くたにするなんて、許されない事だ。

 慌てて俺が謝ると、彼女は懐から液晶画面の大きい携帯電話を取り出した。

 これも何処かで見たことがある。


 彼女は画面を操作すると、それを俺に向けた。


「私は、メメント。死神です」


 そこには彼女の顔写真。横には、プロフィールがずらりと書いてある。

 スリーサイズは……ない。


「え?」


 それを確認してから、俺はようやく彼女の自己紹介を日本語として理解した。

 しかしその意味はよく理解できず、思わず聞き返してしまう。


 そんな俺に構わず、メントさん……メメントさんは更に言葉を重ねた。


「西暮雷花さんの魂を、刈り取りに来ました」


「は?」


 口から魂が出てしまいそうなほどのアホ面を晒しまう俺を、少女は真剣な、緋色をした目で見つめたのだった。

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