少年とフィーバー
厄介ごとだ。
俺は一目でそれを察することができた。
何がと言えば、それは少し離れた場所で黄昏ている中見沢の話である。
時刻もちょうど黄昏て、中見沢の制服を夕日できらきらと照らしている。
しかし奴の背後には淀んだ空気が暗雲のごとく渦巻き、それが「悩んでいます」などという分かりやすい文字になって俺に訴えかけていた。
「如何いたしますかヒラク様」
背後の悪霊もとい悪魔が、俺に問いかけてくる。
判断としては難しいところだ。
例えば俺がここで中見沢の悩みを聞いて、解決できなかったとする。
すると今まで俺が中見沢から得てきた数々の信用が台無しになり、奴の中で築かれているであろう頼れるヒラクさんという地位が揺るぎかねない。
だが、逆に問題を解決してやるとする。そうするとチンチロリン♪と好感度が上がり、俺は奴のおっぱいを手中に治める……いや、治めることができるぐらいの大きさまで育てる権利を得ることができる。
もうちょっとメリハリがついたボディになりさえすれば、中見沢だってかなりの逸材なのだ。
そのチャンスをふいにして通り過ぎるということは、全国の男性に対する裏切りだ。
いやはや全国にいる男なんぞ一人の美女のためには平気で裏切るつもりだけれども。
「よし、行くか」
覚悟を決めた俺は、中見沢に近づくことにした。
「おぉ、さすがはヒラク様」
すると背後の悪魔が、嬉しそうに声をあげる。
「……何をワクワクしとるかお前は」
「いえいえヒラク様。そんな不謹慎な。私は悩み打ちひしがれる少女を助けようと挑むヒラク様の尊い精神に胸を打たれただけでございます」
俺がじとっと奴を見ると、悪魔は胡散臭い言葉を言い連ねて誤魔化した。
「どうせお前のことだから、中見沢の悩み次第で俺が魂交換をせがむかもしれないとか、そもそも人の不幸が三度の飯とおやつより好きだとかだろう」
まったく悪魔のような悪魔だ。俺が奴の内心を言い当ててやると、悪魔は悲しげに首を振りながら言い返した。
「滅相もございません。私はただ単に、ヒラク様がこういうデリケートそうな問題に首を突っ込むと、非常に面白そうだなぁと思っただけでございまして」
「バカにしとんのか!?」
その内容があまりにも失敬だったので、俺は大いに憤慨して奴に抗議した。
というかさっきとまるっきり理由が変わっているではないか。
こうなったら肉体言語をもって我が繊細さを分からせてやろうと悪魔へとファイティングポーズを取る俺。
それに対し、悪魔はちょいちょいと指で彼方を指した。
「我門……」
純真な俺がそちらを向くと、中見沢がきょとんとした表情でこちらを見ていた。
どうやら俺の声でこちらに気づいてしまったらしい。
ちなみに我門は俺の名字なのだが、皆さんはきちんと覚えておいでだろうか?
「おう、き、奇遇だな」
仕方なく悪魔への制裁を止め、ぎくしゃくと中見沢に近づく俺。
「な、何でここに?」
それに対し、同じくぎくしゃくと戸惑った様子で中見沢はそう尋ねてくる。
「何でと言われても……こう、心に傷を負って走ってきたとしか」
本当に偶然見つけてしまったのだからそうとしか言えない。
俺が答えると、中見沢は自分を追いかけてきたとでも甚だしい勘違いしているのか、背後に「警戒しています」と書文字を浮かべながら佇まいを直した。
まったくなんと自意識三乗な女だろうか。
しょうがない。俺は一旦座ることを諦めて自販機に向かった。
「何飲む?」
「あ、貴方に奢られるつもりなんて……」
尋ねると、そう言って遠慮してくる中見沢。
だが背後には「甘いの」という文字が出てきたので、俺はお汁粉を買って奴に近づいた。
「ほれ」
なんかもう、空気読みというよりはエスパーの類だな。下着の色を質問したら色が表記されたりしないかしら。
などと夢のあることを考えながら、中見沢にお汁粉を放り投げる。
「あ、わ、わ」
あ、わ、わと中見沢がそれを受け取ったのを確認して、俺は奴が座っているベンチの脇に佇んだ。
まだそこまで近づくべきではない。下着の色も聞くべきではない。お汁粉代を請求するのも後回しの方が良いと俺の中の空気読み魂がそう言っているので、とりあえずその辺りは諦める。
「で、お前は?」
その代わりに俺は中見沢にたずねた。
すると奴は目を逸らし、口の中で「別に……」と呟く。
別にな訳はないだろう。
背中に悩んでおりまするとでっかく書いてあるぞと言いたいところだが、そんなことをしても不審者扱いされるだけだ。
と、俺の中の魂が言っている。
じゃぁどうすれば良いのかと尋るも、今度の奴はだんまり地蔵である。曰く自分は空気を読むだけで恋愛指南の魂ではありやせんということらしい。
仕方なく俺は、しばらく中見沢の側でだんまり地蔵を決め込むことにした。例え頭に雪が降ろうと爺さんが傘をかけてくれようと恩返しもせずに動かない覚悟を固める所存である。
俺がそんな決意で黙っていると、やがて中見沢の背後にある書文字に変化が表れた。
それはもにょもにょと口の中にはいった小骨を探し求めるかのように蠢き、泥沼から泡が浮上するかのようにぽつりぽつりと文字を作ってはすぐさま弾け飛ぶ。
曰く「打明け」「信ない」「他にいな」「脅迫」などなど。シャボンの泡のように、チョコレートを作る時の気泡潰しのようにわき出ては消えていった。
そうして、やがて潰すべき気泡は消え俺へと渡すチョコの準備ができたのか。中見沢はぽつりと呟いた。
「……私の絵って、変じゃない?」
「変だな」
それに対し、俺は早押し問題であればチャンピオンになれる速度で即答した。していた。空気を読む間もなく、一瞬たりとも迷わずに。
それは尋ねてきた中見沢が唖然とし、一瞬背後で渦巻いている悩みの雲が散り散りになるほどの速度あった。
が、それで悩み解決ありがとうヒラクさん抱いてとはいかないようである。
中見沢の背後にあった雲は再び綿飴が作られるように再集結すると、ピピピピピと雹の如きものを飛ばしてきた。
「いた、いたたたた!」
それから顔を庇って身悶える俺。
なんだこれはと視線で悪魔に尋ねると。
「私には見えませんが、中見沢様の怒りではないでしょうか」
との答えが返ってくる。
空気が読める事にはこんなデメリットまであるとは。
世の中の空気読メンも大変らしい。
と言うかどうもデメリットしか味わっていない気もするがそれはそれとして。
「だ、誰がイタい女ですか!?」
「よく分からんが落ち着け! とりあえず冷静になって一から説明しろ!」
このリアクションで何やら余計に火がついた様子の中見沢を、俺は必死で宥めた。
――そして五分ほど後。
「昔の、中学時代の友達に会ったの」
散々暴れて吹っ切れたのか。もしくはもはや悩める少女の体裁を取り繕えなくなったのか。
中見沢はそんな風に語り出した。
「美人か? あだっ」
腫れた頬で俺が尋ねると、奴はまたしても背中から遠隔兵器を飛ばしてくる。
仕方がないので、俺は一旦口をつぐむことにした。
「その子はまだ剣道を続けていて、しかも、生き生きとしてた」
「剣道?」
「中学時代の、私の部活動……」
友達というのは剣道少女なのかという俺の疑問を勘違いし、中見沢はそう呟く。
「あぁ、そう言えばお前もやってたんだな。剣道」
その言葉で思い出した俺は、ぽんと手を打った。
よく考えれば俺がこいつを脅迫しているのも、勉強と、それから剣道の両方を教えてもらうためだったのだ。
確かレベルは20ほどあったはずである。やめたという今ですらこのレベルなのだから、相当打ち込んでいたのだろう。
「……また剣道を始めないかって誘われて、それは断ったんだけど、迷っちゃって」
脅迫しているほうがその様子なことに、ちょっと思うところがあったのだろう。
俺をひと睨みしてから、中見沢は話を続けた。
「えーと、迷ったって、剣道を再開するかどうかか?」
まぁ何度も睨まれてはいるし今更である。
気にせずに俺が聞き返すと、奴はゆっくりと首を横に振ってそれを否定する。
「……私が、絵を描くことに本当に夢中になってるか」
そうして、俺の目の前でぽんと思考を跳躍させてみせた。
「何でそうなる」
何か大事な節がごっそり抜かれた気がして、俺は奴にそう尋ねる。
すると中見沢は伝わらないことを歯がゆく思ったらしく背後の空気をうねうねとくねらせた後、再びぼそぼそと喋りだした。
「私が剣道をやめて、それで落ち込んでいたときに教えビーに出会って励まされたっていう話はしたでしょ?」
「原因が剣道ってのは初耳だ」
確かに中見沢は、剣道について話すのをやたらと嫌っていた。
ならば原因がそこにあるというのは不思議ではないが、それをこいつの口から直接聞くのは初めてだった。
しかし中見沢にはその自覚がなかったようで、「そうだったかしら」と背後に文字を浮かべつつ話を続ける。
「とにかく、教えビーの……アニメのおかげで私は授業中にも絵を描いたりするようになって……」
俺に弱みを握られる羽目になったわけだ。と、よほどそんな風に言いたかったが俺は自重した。空気読みの魂のおかげではなく、単なる経験則だ。
「でも、それって逃げじゃないかしら?」
そして、俺がそんな風に成長している間にも、中見沢はまた自分のおっぽを追ってぐるぐるしている。
「だからどうして」
さすがに限界近くまでなりながらも俺が根気よく尋ねると、中見沢は下唇を噛んでからぼそりと吐き捨てた。
「だって、ただ、依存の対象が変わっただけじゃない。先輩から、アニメへ」
「……ちょっと待て。先輩?」
そこに急に新しい単語が飛び出、俺は困惑しながら聞き返した。
すると中見沢は「言ってなかったっけ?」とばかりに首を傾げてから、幾分冷静になって汁粉をすする。
「剣道の、先輩。強くて、快活で。私の憧れだった人」
それから、すぐ側にある自販機を、砂漠のオアシスの如く遠い目で見つつ、その先輩とやらについて語り出した。
「女? 美人?」
「女で、凄く美人だったわ」
俺が再度確認しても、奴はそれを咎めることをしない。
完全に心が自販機に吸い取られているようだった。
奴の答えに、俺はほっと息を吐く。
「私はずっとその先輩の後をついて回って、何でも真似した」
そうして、そんな抜け殻となった中見沢を見つめながら、俺はその様を想像した。
この小さい女がもう一回り小さい感じで、先輩先輩と後をついてくる様を。
悪魔にはまだ確認を取っていないが、俺に喜んで脅迫されたりあんな絵を人に晒したりするわけだから、こいつは割とマゾっ気もあるだろう。
先輩の命令ともなれば喜んで実行するわけだ。
興奮すると敬語になるのも、その名残かもしれない。
そう考えると、割と理想の後輩なのではなかろうか。
あり……かもしれない。いや、とりあえず保留しておこう。
「だから、先輩と離れることになって、それからずっと目標を見失ってたの。そんな時、教ビーに出会った……」
俺がそんな事を想像している間にも、中見沢はシリアスな調子で告白を続ける。のだが、その略称のせいでいまいち緊迫感がない。
だが、その思い詰めた表情。缶を握る手に込められた力を見るに、こいつなりにかなり悩んでいるのは、スキルなど無くても察せられる。
「私はただ、教ビーを先輩の代わりにして、依存しているだけなんじゃないかしら……」
最後に中見沢はそう締めくくって、俯いた。
こんな時、普通はどんな風に声をかけるべきなのだろう。
「優しく慰めるべき」。空気を呼んだ魂が、そんな風にアドバイスしてくる。
先ほど恋愛指南の魂ではないと言ったのはどこのどいつだったやら。
ふっと息を吐くと、俺は中見沢の隣に腰を下ろした。
そして、彼女に優しく言う。
「阿呆かお前は」
「あ、アホ?」
微笑みとともに放たれた俺の発言に、中見沢が目を剥く。
同時に背後の空気からはウニのように針が飛び出、完全に攻撃態勢になった。
だが、そんなことに構ってはいられない。
「お前は勉強も運動もできるくせにこんな妙ちくりんな事に熱中する奴だ。阿呆の極みだ」
俺は今、長い話に付き合わしたあげく自己解決で阿呆な結論に達した中見沢に、自分の憤懣をぶつけたくて仕方がなかったのだ。
「本当に好きか分からんとかいう前に、二次元と現実の先輩とやらを同列っていうか、先輩と比べるなんて二次元に失礼なんて考えてる時点でどう考えてもお前は二次元の世界にどっぷりだ。自覚を持て。恐ろしい」
「そ、そう?」
俺は勢いに任せてまくし立てるが、中見沢は自分の残念思考にまったく気づいていないようで、首を捻っている。
その表情を見ていると、俺は余計にむかむかとしてきた。
何だってこいつは分からないのだ。
「へったくそな絵を描くくせに、悪魔になんぞ頼らないと言い切るような奴がそんなことで悩むんじゃない。でないと……」
「ヘタって……! あ、悪魔!? えーと、あの」
へたくそと罵られ、悪魔なんて単語も出され、中見沢はどんな表情をして良いのか分からないらしく目を白黒させている。
伝わるわけはない。しかし伝わらない事がやけに歯がゆい。
「……でないと、そんなお前に憧れた俺まで阿呆みたいではないか」
つい我慢できずに俺が呟くと、中見沢は目を丸くする。
「憧れ……?」
そうして、信じられない事を聞いたかのように俺の顔を見た。
俺が、この女に憧れ……めいた感情を抱いているのは事実だ。
自身の熱中できるものを持ちながら、誰かの力に頼らず上達したいと思うような志。
それを俺は、持たないからだ。
別に悪魔と契約したことを、後悔しているわけではない。
いや、別の意味では後悔をしているものの、手段は何でもいいからモテたいという気持ちに一切の嘘偽りはない。
しかしそれでも、この女には自分を疑って欲しくはなかった。
「とにかく、お前は依存なんてしてない。俺が保証する。ていうかそんなこと気にするのはもっと上達してからにしろ。前にも言っただろう」
つい漏れ出た言葉を誤魔化すために、再び突き放した言い方をする俺。
しかし、中見沢は俺の顔をじっと見たまま、視線をはずそうとはしない。
「我門……」
それどころか奴は妙に潤んだ瞳で俺を見つめてくる。
そして同時に、背後にあった悩みの雲が石のように凝固していった。
「え、なに、何だ?」
またしても攻撃の予兆かと身構える俺だが、背後のそれはテーブルの上を転がしたゆで卵のようにひび割れ、中から夕日よりも眩しい光を放ったかと思えば一気に崩れ去る。
そして――。
ぴんぴろぴん。ぴんぴろぴん。ぴんぴろぴん。
中見沢から連続で音が鳴り響く。
そして背中の固まりからは、金色に輝くコインがたぱぱぱぱぱーと飛出した。
いわゆるフィーバーの如き光景である。
「その、あ、ありがと……」
あくまで控えめに、顔を伏せてぶっきらぼうに礼を言う中見沢だが、それに背景がまるで伴っていない。
「ちょっと待て! 冷静になれ!」
何が起こっているのか把握できないまま、俺は中見沢サイドと自分サイドの両方に呼びかけた。
「私は別に……興奮してなんかいません」
「嘘つけ!」
目を逸らす中見沢の両肩を掴み、奴を正面に捕らえる。
「あ、う……」
ぴろりん。
「だあああ!」
すると赤面した中見沢から、またしても例の音が鳴る。
もはや箸が転んでも何とやらの年頃だ。
「如何いたしましたかヒラク様」
「……地雷だ。この女地雷女だ……」
奴の肩から手を離した俺は、いぶかしげな悪魔を放っておき、頭を抱えて呟いた。
今のは間違いなく例の――好感度が上がった音である。
先ほどの俺の発言を覚えておいでだろうか。手段を選ばず何が何でもモテたいというアレである。
俺はそれを今すぐ撤回する。
やっぱりある程度の理路整然とした道筋、フラグ、好感度水準。
何でも良いからそれは少し欲しい。
俺は今この女の心を貫くようなアドヴァイスしたか? 否である。
正直自信を持って言える。俺はただ自らの不満をぶちまけただけだ。
それで好感度がここまでだだ上がりするとはどういうことだ。
女性からの好感度が上がるというのは確かに嬉しい。例え相手がバインバインでなくても。しかし今回の場合、俺は何かを為したという自覚がないわけだ。
こういう場合はただただ恐ろしい。
「誰が、地雷よ」
「ひっ」
そんな俺の肩に、中見沢はごつっと頭突きをしてきた。
思わず悲鳴を上げる俺だが、、奴はそのまま頭を預けて続けている。
「ごめん。ちょっとだけ……こうしてて」
「う……おぅ」
夕日に照らされたその長いまつげに、俺はついついそう返事をしてしまった。
「なんだか腹が立つセリフもいっぱいあったけど、あんたが断言してくれたおかげで安心した」
俺の肩の上で、中見沢が息を吐く。
「……ありがとう」
そうして、奴は湿った声で俺に礼を言った。
「……おう」
背筋を曲げ、若干首をも傾げた不自然な姿勢のまま、俺はそれだけ答えた。というか、それしか言えなかった。
無駄に真面目なこいつのことだ。
俺が思う以上に、長く重く悩んでいたのだろう。
ちょっとぐらいは休ませてやっても良いのかもしれない。
しかしこういう時、男としてはどうするべきなのだろう。
教えて空気読みの魂と問いかけるが、先ほど意見を無視したのが決定的だったのか、奴は何も答えてはくれない。
仕方なく、俺は自分で考えて判断をすることにした。
据え膳という言葉がある。お皿に盛られたご飯はきちんと食べなければいけませんよという当たり前のお話だ。
だが、本当に良いのだろうか?
初めてが野外だなんて……。
そんな風に俺が逡巡していると、ふっと、夕日に照らされていた俺の視界に黒い陰が差した。
逆光で子細は分からない。
しかし腰まで伸びたその髪は夕凪に揺らめき、瞳だけが自ら光を発しているかのように、ぎらついている。
一見、逢魔時に影が妖怪となったかのようにも見える。
しかし、妙に男らしい握り拳と、細い、しかし出るところは出過ぎているボディラインがそうではないと主張する。
俺は、この人物を知っていた。
「「先輩!」」
俺は叫んだ。その声が二重奏になる。
俺の喉が分かれたわけではない。隣に、同じ言葉を叫んだ女がいたからだ。
中見沢は俺に預けていた頭を元の体勢に戻すと、目を見開いて俺の顔を見つける。
同じような惚けた表情を、俺も今中見沢に向けていることだろう。
「お、お……」
だが、俺たちが見つめ合ったのはほんの数瞬だった。
先輩が、かすれた声を発したからだ。
不純異性交遊の現場を押さえられた俺たちの体が、びくりと震える。
次の瞬間――。
「お邪魔しました!」
先輩が叫んだ。彼女は踵を返すと、一気にその場から走り去ってしまう。
「え、あ……?」
登場も唐突であったのに更に唐突な退場に、俺の頭が真っ白になる。
だが、事態を把握した次の瞬間、俺は立ち上がって叫んでいた。
「ちょ、誤解です!」
おそらく先輩は密かに想いを寄せていた俺に恋人がいると勘違いし、ショックを受けて逃げてしまったのだ!
誤解を解かなければ。俺はこんな平たい女になど興味はないのだ。
引き留めようと立ち上がった俺だが、その服を中見沢が掴んだ。
「ご、誤解って何ですか!? というか何故あなたが先輩と知り合いなんですか!? 彼女の、あの姿は……」
「ええい離せ! ていうかいっぺんに質問するな! って、お前こそ何で先輩を……」
すがる中見沢を引き剥がそうとする俺。だが、その途中で違和感に気づく。
こいつこそ、何故先輩と知り合いなのだ。
いや待て。そういえばさっきこいつの口から先輩という人に関する思い出話が……。
思い返そうとする俺だが、その胸にいきなり激痛が走った。
「はぐぅっ!?」
「ど、どうしたの!?」
この痛みには覚えがある。例の魂をくっつけられたときの痛みだ。
それが今回はべりべりと引き剥がされるような物に変わっており、なおかつ長く長く続いている。
「は、半日持つんじゃなかったの、か」
息も絶え絶えに悪魔へと抗議する俺。
「おそらくあまりにもヒラク様には不適合だったので、予定より早くはがれようとしているのだと思われます」
すると奴は、やれやれと首を振りながらそう答えた。
俺と空気を読むという行為は、そんなにも合わないと言うのか。
だが、しかし、だからと言って、今剥がれようとすることはないだろう。
タイミングが、最悪だ。
「く、空気、読め……」
俺の抗議は、今口から出ようとしている魂に届いただろうか。
それを確かめる前に、俺の意識は、べりっと途切れた。




