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少年とトレーニング

 暗い夜道を、三人の男が黙々と走っていた。

 彼らは思い思いのジャージに身を包み、おのが暗い青春を踏みしめるように、規則正しく一列に並んで走っている。


 先頭を走るのは筋骨逞しい男子。

 人によってワイルドか暑苦しいか評価が分かれる顔つきをしている。


 彼に続くのはフードを被った男子。

 そこから覗く瞳は、視線だけで人を殺せるかのような鋭い光を放っている。人によってはこの危ない感じがたまらないと言うかもしれない。


 そして一番後ろ、彼らから少し遅れて走るのが、ジャージの上からでも分かるほど貧相な体つきを持った男子である。

 口を半開きにし目線をあらぬ方向へ向けたその醜態は、魂の堕落と腐敗を十分に感じさせる。さすがにこの顔を見て拾ってやろうとする女性はいないだろう。


 ……と、言うことを人が一生懸命走っている後ろで、悪魔が延々と呟くので、俺はついに。


「うるせぇ!」

 

 と叫んだ。

 カレーの匂いも消え去った住宅街に、俺の声がこだまする。


「お前がうるせぇよ!」


 そんな俺に対し、前を走る原田が後ろを向いて叫び返した。


「先輩たち、夜分遅くだから自重して……」


 そうして間に挟まれた――常識外れの顔をしているくせに常識人気取りの西暮弟が、周囲をきょろきょろと見ながら俺たちを宥める。


 お前のせいだ。と俺は悪魔を睨むが、奴はその場で足踏みをして知らんぷりだ。

 俺に合わせてジャージを着ているのがムカつく。

 しかも汗一つかいてないのが更にムカつく。


「なんか本格的にヤバそうだな、ヒラク」


「ちょっと休憩する?」


 端から見ると虚空を睨んでいるように見える俺。

 それに対し、顔は上気しているがまだ余裕そうな原田と、相変わらずタメ口の西暮が気遣わしげな表情をする。

 男にそんな表情をされてもとは思うが、そろそろ限界だったのも確かなので俺は頷いた。


 ……ていうか、男の尻を見て走るのは、もうこりごりでござる。


 ◇◆◇◆◇


 さて、俺が何故こんなことをしているのかと言えば、それは原田主導による、我門ヒラク改造計画の為であった。


「お前、本当に体力無いな」


 近場にあった運動公園。そこでベンチに座り、今にも溶けだしそうなほどぐったりしている俺を、柔軟しながら原田が呆れ顔で見る。



「女子部員の尻を見ながらなら、後三倍はがんばれたものを」


「お前がそういう目で見るから、女子から苦情が出たんじゃねぇか」


 俺が愚痴をこぼすと、原田は屈伸をしながら今度は冷たい目を向けてきた。


 当初は俺が陸上部に仮入部するという形だったはずなのだが、ちょっとした悲しいすれ違いがあって、俺は陸上部から追い出されてしまった。


 仕方なく、日が沈んでからのジョギングに切り替えた訳なのだが……。


「部活後にまた走って、何でお前はそんなに元気なのだ」


「鍛え方が違う?」


 目の前で開脚をしている原田は、部活をこなした後で俺をしごき、それでもケロっとしている。

 どういう体力してるのだこいつは。


「原田様は陸上競技全般に、20ほどのレベルを持っていますね。これだけあればプロの世界でもそれなりに通用するでしょう」


 俺の疑問を察してか、俺の後ろに控えている悪魔が原田のレベルについて読み上げる。

 こいつでそれなりなのか……。


 ていうかこれでレベル20とは。俺のスケベレベル30、そして先輩の50とはどんな領域なのだろう。


「ちなみにスケベレベルは10です。一般的高校生男子の性欲と言えるでしょう」


「聞きたくない聞きたくない」


 悪魔が追加情報を寄越すので、俺は思わず耳を塞いだ。

 男の性欲なんて聞いても、何も嬉しくはない。


「あ?」


 俺の言動を見て原田がどうしたことかとこちらを見る。

 が、俺は知らん顔をしておいた。

 今顔を見ると、こいつの性生活なんぞというこの世で最低辺の物に対して想像力が行ってしまいそうだ。


「うぃーっす、買ってきたぞ」


 と、そんな風に俺が頭を抱えていると、先輩を敬う気持ちのないチャラっとした声が彼方から響いた。

 俺が顔を上げると、西暮がジュースを3本持ってたらたらとこちらへ歩いてくる。


「おう、ご苦労」


 それを受け取った俺は、ベンチに座り直し王の風格で奴を労う。

 ちなみにパシらせた訳ではない。これは厳正なジャンケンの結果である。

 というかだからこそ、奴の屈辱感を煽るために尊大な態度で受け取るのだが。


「アンタ、友達できねぇぞ」


 不思議な予知能力で俺が何を考えているのか察したらしい。

 一般人が浴びたら真っ二つになるような鋭い眼光で、西暮がこちらを睨んでくる


「俺にはハーレムが一つあればいい」


 が、いい加減慣れた感のある俺にとっては涼風である。

 王者の風格さえ醸し出す堂々とした態度でそう言い返してやった。

 そうして、渡されたカルピスを一気飲みする。


 それから、そこで頭にずっと引っかかっていた事を思い出し、俺は西暮に問いかけた。


「ハーレムで思い出した。そういえばお前の姉ちゃんなのだが」


「ハーレム転換から人の姉の話題に繋げないでくれ」


 それに対して西暮は、原田にジュースを渡しつつも何やらティーンエイジャーらしい繊細な抗議をするが、まぁそんな物は聞いていられない。

 俺は構わずに自らの疑問を尋ねた。


「彼女は、何故優しいという言葉に過剰反応するんだ?」


 彼女と闘ったとき、そしてあの雨の日。先輩は、優しいという言葉を切っ掛けに、態度をがらりと変えた。


 あれには何か理由があるはずだ。その訳を、俺は知りたい。

 女性の悩みを解決するのは紳士の義務であるし、その辺を優しく慰めれば先輩と手軽に気持ちの良い関係になれるかもしれないからだ。

 中見沢はイマイチ参考にならないし、よく考えたら事情を知っている人間に直接聞いてしまった方が早い。


「それは、その……」


 と、俺は判断したのだが、肝心の西暮弟は言葉を濁し、俺の質問に答えようとしない。


「んだぁ? ほれほれ言うてみ?」


 顔に似合わないそんな態度に焦れた俺は、西暮の顔を覗き込み、奴の腹を小突いた。


「本人の口からじゃないと……ちょっと」


 しかし西暮はまるで不良に絡まれた一般市民かのように目をそらし、やはり口を割らない。


 顔の造形としては全く逆の役割である。


「えー、いいじゃぁん」


「じゃぁんじゃない。やめろっての」


 先輩の俺が食い下がっているというのに、西暮はつれない。

 何だ、金か。金が欲しいのか。

 さっき手持ちが足りないから借りたジュース代端数の二十円は返さないぞ。


「空気が読めない奴だな、お前は」


 だが、そんな俺たちの微笑ましいやりとりを見て、原田が唐突にこぼす。


「なぬを」

 

 エアリーディングの達人である俺を捕まえて空気が読めないとは何事か。

 そんな事ないよな? と俺が西暮の顔を見ると、奴はなんだかあからさまにホッとした顔をしている。


 ……原田の助け船が相当嬉しかったらしい。

 顔に似合わぬ西暮の繊細さに、少々唖然とする俺。


「そんなだからお前はモテないんだよ。もうちょっと相手の気持ちを汲んだりだな……」


 それを見て調子づいた原田は、まるで中年上司のように俺へとネチネチと説教を始めた。


 西暮も、そして悪魔までがそれを聞いてうんうんと頷いている。


「お、お前等にモテるモテないだの言われたくないわ!」

 

 その様子にカッとなった俺がそう返すと、原田と西暮は顔を見合わせた。

 それからお互いに「アイツよりはマシ」とでもいうような傷の舐め合いめいた気色の悪い笑みをかわす。


「この野郎ども! そこへ直れ成敗してくれる!」


 ついに怒りが頂点へと達し、二人に指を突きつける俺。

 すると西暮が無言でつかつかと俺に歩み寄ってき、こちらがそのプレッシャーに圧されている間に原田が背中から俺を拘束した。


「ヘイヘイボディーボディー」


 そして、そんな物騒な呼びかけを西暮にする。


 頷いた西暮は、妙にサマになったシャドーボクシングをその場で始めた。


「ちょっと待て! 何をするつもりだ!? 暴力反対!」


 不穏な気配を感じた俺は全力で原田から逃れようとするも、奴の無駄な肉という意味では限りなく贅肉に近い筋肉からは逃れられない。


「腹筋を手早く鍛える方法として、腹を殴り続けるってのがあるんだけど」


 俺がそうしている間にも、西暮は虚空に拳を打ち込みつつ、そんな世迷い言をおっしゃる。

 悪魔がその拳を受け止める仕草をしてトレーナーごっこをしているのが余計に俺の怒りを誘った。


「そんな原始的な方法は却下だ!」

 

 その怒りのまま、俺は奴に抗議する。


 実際の効果はともかく、何が悲しくて男なんぞに腹を叩かれなけれなばならないのか。

 女子ならまぁ我慢しなくもないと思えるのは、俺のマゾレベルが上がったせいかもしれない。


「じゃぁくすぐり続けて肺活量を鍛えるのとどっちが良い?」


 そんなことを俺が考えているうち、西暮が更に恐ろしい事を提案し出した。


「男にくすぐられるなんてそんな拷問ごめん被る!」


 もちろん即却下する俺。女性になら以下略だが、そもそも既にトレーニングではなくなっている。


「まぁまぁ、一旦腹の中の淀んだ空気を全部吐き出せば、空気も読めるようになるかもしれないぞ」


「どんな理屈だ!?」


 後ろからは原田が寝ぼけたことを言うので、それにもきっちりツッコミを入れる羽目になる。


 ぴろりん。


「ヒラク様、ツッコミのレベルがあがりました」


 うるさい黙れ。


「よし、交互にやろうか」


「待て、やめろ! せめて胃の中のカルピスが落ち着いてから! ギャーーー!」


 右手をジャブ、左手をわきわきと迫ってくる西暮の恐ろしさに、俺はひたすら悲鳴を上げた。


 ――そうして俺たちは巡回中のお巡りさんに、近所迷惑だと怒られたのであった。


 ◇◆◇◆◇


 そして次の日、俺は悪魔に泣きついた。


「悪魔えも~ん。空気が読めるようになりたいよぉ」


 パジャマ姿の男がタキシードの男に泣きつく姿など、俺なら見たくはないと思う。だが俺はやった。やり遂げた。


 ちなみに俺の腹が今どうなっているかは思い出したくもないので皆様のご想像にお任せする。


「しょうがないですねぇ。ノビラくんは」


 そんな俺に対し、肩をすくめて鼻から息を吐くと、悪魔は苦笑を浮かべる。


「その呼び方だと猥褻物か怪獣みたいだからやめれ」


 こいつは悪魔のくせに、何故日本の伝統的ノリを理解しているのだろう。

 疑問に思いながらも、俺は悪魔が電子えんま帳の中身をあれでもないこれでもないと探すのを待つ。

 すると悪魔は、しばらくして桃色の玉をその中からポコンと出した。


「ぱ~ぱらっぱぱぱらぱ~。空気読みスキル~レベル20」


 そうして奴は、自分でファンファーレを唱えつつも首を絞められた蛙のような声音でそう謳い上げた。


「……ずいぶん直球な物を持っているではないか」


 荒事用のスキルは一切持っていなかったくせに。

 要求したのは俺だが、こうもジャストな物が出てくると多少うさんくさい。

 だが俺のそんな視線にも気づかず……いや、おそらく気づいているだろう悪魔は「お褒めに与り光栄です」と慇懃に頭を下げた。


「こちらのスキルを装着することで、ヒラク様は周囲の人間の気分や機嫌を察することが出来るようになります」


 そうして、手のひらに乗せた桃色魂の説明を開始する。

 ほほう、中々有用そうな魂だ。


 良きに計らえと俺が魂に語りかけると、やっこさんはかしこまってへへぇと礼をする。

 うむ、魂の段階から空気が読めているようだ。


「どうぞヒラク様。彼をくっつけてしまって下さい」


 俺が感心していると、悪魔がその魂をぽいっとこちらに投げた。


「え、俺のタイミングで行くの?」


 それをキャッチしつつ、俺は目を丸くして悪魔を見てしまった。


「ワタクシが装着させるサービスは、どうやら不評だったようですので」


 すると悪魔は両手を背後に回して、今まで行ってきた強姦紛いの行為を善意だったなどと嘯く。


 そうして奴は、その姿勢のままニコニコと俺がこの桃色の固まりを装着するのを待っている。


 ……確かにこの魂をくっつけるという行為。今までは不意打ちで刺されたり喉の奥まで突っ込まれたりで、ろくな思い出がない。


 しかし自分の手でやらされるのも、それはそれで勇気がいる。

 俺が躊躇していると、手の上に乗った魂がもぞもぞと動きだした。


「な、ちょっと待て! 勝手に動くな!」


 何か嫌な予感がした俺は、そんな魂に対して慌てて命令をする。

 

「魂の欠片というものは、とにかく手近な魂へとくっつきたがるものなのです」


 そんな俺に対し、悪魔はさらりとそんな説明をした。


「何だその今考えたような設定は! 待て! 止まれ! 空気読め!」


 悪魔につっこみつつ、空気読みの魂を制止する俺。


 すると奴は自分がどんな存在か思い出したのか、ようやく動きを止める。

 その隙に、俺は呼吸を整えることにした。


「よし、ちょっと待て、まだだぞ、まだだぞ……絶対まだだぞ」


 呪文のように唱えながら、自らの準備が出来るのを待つ。

 すーはー。すーはー。


「……行け」


「ギャー!」


 だというのに、魂は急に飛び跳ねると、俺の胸へと飛び込んできた。

 ジュッという音がして、ひどい痛みとともに魂は俺の中へと吸い込まれる。


「まだと言ったろうが!」


 胸を押さえうずくまりながら、中に入ってしまった魂に抗議する俺。


「空気を読んで前振りだと判断したのでしょう」


「そんな空気だしとらんわ……ていうか行けって聞こえたんだけど」


「幻聴です」


 俺のボヤキに対し、悪魔はきっぱりはっきりとそう答える。ここまで断定されるということは、俺の勘違いだったらしい。


 という事は問題は、俺の胸に入ったあのピンク色ということか。本当に大丈夫なのか、この魂。


 と、俺がそんなことを煩悶している間に、悪魔がポケットにえんま帳を仕舞い、代わりにノズルのついた缶を取り出した。

 どう見てもその両方が入る大きさのポケットには見えない。

 やはりこいつは地獄からの使者ではなく未来からの使者で、そのポケットは四次元になっているのではないだろうか。


「これに加え、今回はこの魂固着スプレーを使います」


 そんな俺の疑惑の目にも構わず、悪魔は手に持った缶を上下に振りながら、そう説明した。

 そして断りもなく、俺の胸にそいつをぷしゅうと噴射する。


「普段ならすぐに排出されてしまう魂ですが、これで半日はこのスキルを楽しむ事ができますよ」


 例のごとくひどい痛みや熱があるのではないかと身構える俺を安心させるように、にこやかに説明する悪魔。

 目がドブのごとく腐っているので、それで安心するのは難しい。


 なのだが、どうやらこのスプレーとやらは、普段はくっつけてもすぐに剥がれてしまう他人の魂を、長い間つけたままに出来るアイテムらしい。

 やはり入手先は悪魔デパートの悪魔バーゲンセールなのだろうか。


「うわぁ便利だなぁ。なんでこれを早く出してくれなかったんだい?」


 しかし、今更こんな便利グッズが出てくるのは何やらうさんくさい。

 若干棒読みになりつつ俺が尋ねると、悪魔はドブ眼スマイルのままこう答えた。


「それはですね、これを振りかけると魂と魂が強烈にドッキングして、はがす時にすごく痛いからですよ」


 大体予想はしていた答えだった。


「ちょっと待てよ! 何で使ってから言う!?」


 しかし納得できるかと言えばまた別問題で、俺は悪魔の胸ぐらを掴んでぶんぶんと揺すった。


「ヒラク様なら発狂まではしないと信じております」


「そんな信頼要らんわ! え、発狂!?」


 だというのに悪魔は堪えた様子がない。むしろ楽しげにそんなことまで言う始末である。


 いや、落ち着け。こいつは俺と取引をしたいって言うんだから、俺にその発狂されては困るはずだ。つまりはただのジョークである。

 ……ジョークだよな。俺はじっと悪魔の顔を見る。例の空気読みスキルとやらは、相手の気持ちが読めるはずだ。

 だが、奴の心はその厚顔無恥も甚だしい笑顔に阻まれ、一向に読める気配がない。


「ちなみにその魂、悪魔は対象外でございます。効能は外でお確かめになるとよろしいでしょう」


 逆にそんな感じで、悪魔に俺の気持ちを読まれてしまう始末である。

 何とも奴に都合が良い話に聞こえるが、よく考えればこいつは便宜上人間と同じ姿をしているが、実際のところ同じような精神構造をしているとは限らないのだ。

 適用外でもおかしくはない。


「分かった、そうするとしよう」


 なんだか怖い想像になったことも相まって、俺は素直に悪魔の勧め通りにすることにした。


「はい、お楽しみくださいませ」


 悪魔が慇懃に頭を下げる。

 その態度にも腹が立ったが、時間が惜しいので俺はとっとと学校へ行くことにした。

 だって、何故なら。

 ……今日が我門ヒラク最後の日になるかもしれないのだから。

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[良い点] ぱ~ぱらっぱぱぱらぱ~ってキテレツじゃね
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