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少年と決闘

「まず状況を整理させてくれ」


 自分を取り囲む黒服集団。

 そしてまん丸い男とそれから逃れようとしている夕を見て、俺は誰にともなく、敢えて言うなら全員に呟いた。


 するとその中の全員が全員、しんと黙る。

 日本人は「誰か助けて」と言うと自分からは名乗り出てくれない人種らしい。

 黒服の中にはどう見ても日本人には見えない人種もちらほら混じっているが、まぁそれは置いといて。


 俺は半円の中心にいる夕へと歩み寄ると、男に繋がれている手をスルリとほどいた。


 その際男の手なんぞに触れてしまったので、ぺっぺと手を軽く振る。


「夕、これ何が起こった?」


 で、とりあえずこの中では一番親しい夕に事情を尋ねる。

 名怪盗のような俺の手際に、夕はしばし呆然としていたようだ。

 実際にはスリな訳だがそれはそれとして、奴はハッと我に返ると俺に事情を説明しだした。


「ええと、トイレの前でヒラク兄を待ってたら、いきなりこの人達に囲まれて、この人に告白されて……」


 ちなみにこの人達で黒服を指さし、この人で丸い男を指さしている。

 人を指さすなと教育しておいたほうが良い気もするが、後半の言葉を聞くとその程度の扱いで適当な気もしてくる。


「告白ぅ?」


 俺をそんな気持ちにさせたのは、主にこの部分だ。


 告白とは何をだ。相手方の体型を見るにダイエット中なのにケーキ三個隠れて食べちゃいましたとかそういう類の物だろうか。

 いやそうではあるまい。このまるまるとした体は、そんな段階はとうに過ぎた風格を醸し出している。


 などと思いながらそいつを見る俺。

 丸い男もやはり呆然と自分の両手を見ていたが、やがて空になった手をぐっと握ると燃えさかる瞳で俺を睨む。


「そう告白だ。僕は彼女に愛の告白をしていたのだ」


 ーーそして男は、自らの犯罪について告白した。


「いや、背丈は合ってるけどこいつ小学生よ? アンタはこう、お幾つ?」


 いやいや、もしかしたら彼は夕と同年代なのかもしれない。

 そう思った、思いたい俺が男に尋ねると、奴ぁ胸を張りながら答えた。


「十七歳。後一年で結婚できる」


 その体型でふんぞり返ってよく転ばないな。と思ったらその背中を黒服がスッと支えている。


 なかなかの縁の下の力持ちっぷりである。

 ていうか俺と同い年かいこいつ。


「うちのは後七年待ってもらわないと無理」


「あと六年と三ヶ月だよヒラク兄」


 ともかくそんな風に胸を張る男を俺が諭そうとすると、夕がより正確なデータを提供してくる。


「ならば婚約だけでも」


 しかし夕の年齢を聞いても特に驚くことなく、男は食い下がってきた。

 夕を大人の女性と勘違いしたとか言うミラクルもないようだ。


「いや、ていうかアンタ誰? こいつの何がそんなに気に入ったの?」


 そう言えばこの男と黒服の正体がさっぱり分からん。

 俺が尋ねると、男は胸を更に張り、というかもはや黒服に寄っかかりながら口を開いた。


「我が名は三千園サトル。御曹司だ」


 自分で御曹司などと自称するとはなかなか剛毅な奴である。さらにはどこそこ財閥のという事すら話さない。


 自分が金持ちなのは周囲の黒服とこの体型を見れば分かるだろう。それだけで十分だ。

 とでも言いたげな自信に満ちた自己紹介である。


 金と権力、という物に対してステータスを感じる女子ならば、一定数はこれで口説けるのかもしれない。


「まず僕が夕さんを気に入った理由として、その瞳の美しさがある。無邪気さと打算が入り交じった小悪魔のような瞳が僕を狂わせる。そして手。このちっちゃくてやわっこい手に触れているとそのまま天国へ行けそうな気がする。ヘルアンドヘブンである。そして何と言ってもこの小さな体が……」


 ただまぁ、こんな誉められ方をしてついて行こうなんていう女子がいたならば、その女は金に目が眩んで退化しているので即刻進化し直した方が良いだろう。


「うわぁ、ロリコンだこの人。初めて見た」


 夕はアホなれど美鶴さんのあまり教育によろしくない性教育の成果もあって、そういう異常性癖についてきちんと知識を有している。

 奴は男の話を聞いて、自らの手を丁寧に拭いながら呟いた。


「実際は貴女の隣にもいるのですよお嬢さん」


 するといつの間にやら黒服の中に一際異彩を放つ奴……悪魔が混じっており、夕に耳打ちのポーズをした。


「やめんかい」


 聞こえていないにしてもひどい中傷である。

 俺が思わず声を出すと、自分への言葉だと勘違いした夕がごめんなさいと律儀に謝った。


 しかしその一方で悪魔は悪びれることなく、こほんと姿勢を正すと俺の方へ顔を向ける。


「ヒラク様、この方のロリコンレベルは二十。それなりに重度なロリコンでございます」


「二十って結構高いんじゃなかったっけ?」


 そんな奴の方には目を向けないようにし、俺は囁くように問いかけた。

 先輩の五十レベルは置いといて、確か十程度でもそれなりにできる奴扱いだったはずだ。


「この道は先人が偉大であり、ヒラク様のような有望株がひしめいております。また手を出す方が重度出さぬ方が重度などの議論も白熱しており二十程度では子爵級(バイカウント クラス)といった所でしょう」


 俺の疑問に、悪魔は必要以上にすらすらと、まるで自らの滑舌を示すように説明しだした。 


「どこからツッコんだらいいか分からんからもう良い」


 個人的に釈明したい部分もあったが、これ以上その世界について聞いているとおかしくなりそうだ。


「分かっていただけたか。では改めて僕の愛を受け入れてくださいジュテーム」


 俺のつぶやきを拾って、男ーー三千園三千園が改めて夕へと愛を囁く。


 しかし夕は俺の腕を取り、後ろに隠れながら言った。


「私、この人と結婚するので貴方とは結婚できません」


「んな予定はない!」


 とんでもない妄言である。夕の頭を、空いた方の手ではたこうとする俺。

 だが奴は、それを器用に避けるとさらに強く貧相な体を押しつけてきた。

 俺はロリコンではないので一切いやらしい気持ちになったりはしない。

 悪魔が「おやおや」などといった様子をしているのに腹が立つ程度だ。


「な、なんだと!? おおお前! 夕さんとどういう関係なのだ! というか離れろ!」


 しかし、それで済まない男がこの輪の中にはいた。


 三千園は俺に指を突きつけつつも目を白黒白黒とさせてあまつさえお前呼ばわりまでして詰問してくる。


「ただの従兄妹……」


「キスまではしました」


 弁明しようとした俺だが、被せるように夕が誤解を招くというかこの場に警察関係者がいたら俺がお縄にされるような発言をかます。

 俺が唇をつけられたのはでこだ。しかも俺は一方的にされたほうだ。


「この犯罪者!」


「お前に言われたくはない!」


 だが、俺がそれを説明する暇を、この男は与えてくれない。


 俺はむしろファーストでこチューを奪われた被害者だ。

 いやファーストは昔吸盤のおもちゃに奪われて、しばらく痣が消えなくなったという逸話はあれどそれは置いておくとして。


 しかし男は俺の抗議にも耳を貸さない。

 奴は懐から手袋を取り出すと、俺に放り投げようとして上手く手袋が飛ばずに宙へひらひらと舞わせてからこう言った。


「決闘だ!」


「いやいやいやいや」


 なんという時代錯誤かつ急展開か。

 女性を取り合う決闘というのであれば受けることもやぶさかではない。

 というか、つい最近挑戦状を叩きつけてギタギタにのされたばかりだ。

 だが夕の取り合いをして俺に何の得があるのか。 


 慌てて首を左右に振る俺だが、男は構わず懐へと両手を突っ込む。

 武器か!? 


 俺が夕の後ろに隠れようとして失敗していると、男はそこから何かを取り出し構えた。


「我がスコップの錆にしてくれる!」


 左右の手にそれぞれ持たれたそれは、公園の砂場なんかで、園児達が無心で砂を掘り返す道具であった。


「いやそれシャベルだろ」


 頭が混乱するなか、というか混乱していたからこそか、とりあえず俺はつっこみを入れる。


「何を言う、スコップだ」


 しかし男は、左右に持ったそれをさくさくと素振りしながらそう言いはる。


 一度間違えた手前訂正できないのか。器の小さい男だなどと俺がやれやれ 思っていると、悪魔が背後で囁いた。


「ヒラク様、土を掘る道具で柄の長い物をスコップ、短い物をシャベルと呼ぶのは主に関東圏で、関西圏においてはその呼び名が逆になるそうです」


 なるほど、どうでも良い知識が増えてしまった。

 おそらく一ヶ月後には忘れているであろう雑学に辟易しながら、俺は夕の後ろから出た。


「貴女は外に出ていると宜しいでしょう。ま、すぐに終わりますが」


 盾にされかけたことによる抗議の目を俺に向ける夕。それに対して三千園は紳士ぶって告げると、シャベルで前髪をかきあげた。


 それを合図として黒服達がお互いに手を繋ぎ、壁を使った半円からかごめかごめのような輪になると、包囲をざっと広げる。

 その半径約三メートル。


 この異常事態に対し、輪の外の誰かが通報などしてくれていないかと期待したが、ここに来る人間はみんなバーゲンに夢中なようでこちらの騒ぎなど気にしていないようだ。 


「夕、行け」


 ともかく俺は、とりあえず言われたとおり黒服の囲いから夕を逃がしてしまうことにした。


 夕はしばらく躊躇っている様子で俺の顔を伺っていたが、俺が顎をしゃくると渋々といった感じで黒服が繋いだ手をさっと上げた場所から輪の外へと出た。


 俺もあそこから逃げ出したいところだが、そうは問屋がおろすまい。黒服は腕を遮断機のごとくおろした。

 あれではスリの魂ですり抜けられたとしても、そこから夕を抱えて逃げるには少々厳しいように思える。


 それよりは、このふとっちょが珍奇な武器で戦いを挑んでくるのをいなすほうが余程現実味がある。


 俺なんてここ一週間ぐらい原田達に特訓をさせられているし、若干マッチョになっている趣も感じないではないのだ。


 そもそもあいつはあんな体型であんな武器なんぞ扱えるのか?

 ていうかあれ武器なのか?


 金に目が眩むと常識的な判断もできなくなってしまうらしい。


 などと俺が若干可哀想な生き物を見る目で奴を眺めていると、その肉体が跳ねた。


 ぼよんと跳ねた。


 そうしていつの間にか、三千園の暑苦しい腹が俺の眼前に迫っていた。


「なっ!?」

 

 驚愕しながらも、ひっつけられたスリの魂に従って奴の下をくぐり抜ける俺。

 そう、奴は俺が哀れんだ一瞬の隙をつき、こちらとの距離をゼロにすると飛び上がり、腹で俺の視界を塞いだのだ。


 ガチン! 背後で金属が打ち合わさる音。

 おそらくあのまま立ち尽くしたり背後に避けようとしたりすれば、俺はあの二本のシャベルに顔を両側から打ち付けられていたのだろう。


「スコップ格闘術レベル25。分類上はヒラク様の持つ魂と同一になります。レベルもヒラク様が奪ったものと同じですね」


 肝を冷やす俺に対し、憎らしいほど冷静に悪魔が解説をする。

 三千園の腹からにょっきりと顔が表れる様は不気味という他無い。 


「幼稚園児と砂場で遊ぶ為に鍛えたこの技を見よ!」


 しかし、怖気ている場合ではない。

 三千園は何か恐ろしいことを叫んでいる気もするが、聞いていられない。

 着地し即座にブリッジしつつ背後へと跳ねてくる、明らかに人間ではない生物のシャベルをかわしつつ、俺は叫んだ。


「あ、悪魔! ソウルキャッチなんたらだ!」


「何を言っているのだキミは?」


 中空に話しかけた俺を、着地した三千園が不思議そうに見る。


 呼び方も柔らかくなり、さらには可哀想な者を見る目で見られている気がするが、構ってはいられない。


 俺の叫びに、悪魔はしからばと咳をし、電子えんま帳を二つに割った。

 するとがしゃんがしゃんとえんま帳が自動で変形していく。

 この間と手順が微妙に違う気もするが、短縮パンクならばそれはそれでありがたい。


「まぁ良い、行くぞ!」


 俺の叫びを狂人の戯言と判断したのか、三千園が再び宙を舞う。

 あの腹に詰まっているのはヘリウムガスなのではないか。

 そんなことを疑いたくなるような、軽やかな跳躍だ。


 シャベルを持った手をぴんと伸ばし突っ込んでくるそのフォームは、世紀の大怪盗の三世が不二子ちゃんのベッドルームへと進入してくるがごとし。


 思わずか身体が硬直する俺の前に、スッと大鎌を構えた悪魔が進み出る。


「ソウルキャッチ!」

 

 まるで4番バッターが待ちに待った絶好球を打つような綺麗なフォームで、悪魔の鎌が振るわれた。


「スクリュー!」


 だが、そのかけ声と同時に、まるで鎌が見えているかのように三千園は体を捻る。

 本来奴の体の芯を通るはずだった鎌は、奴の体を掠めるように通過した。


 外れたかと思ったが、鎌の先にはでっぷりと太った桃色の魂が引っかかっている。


「お、お?」


 俺がそれを確認すると同時に、三千園はバランスを崩して地面に落ちる。

 頭から落ちた奴は、そこをシャベルで抑え、もだえ苦しんだ。


 なるほど。シャベル……スコップ魂が抜かれたのであの変態的な動きができなくなったらしい。


「おや?」


 などと納得していた俺だが、手元に来たドギツいピンク色の魂を見て、悪魔が首を傾げる。


「どうした?」


 何か不測の事態が起きたらしい。そう察した俺は、三千園から視線をはずさないようにしながら悪魔に尋ねた。


 すると奴は手に乗ったでっぷりとした魂をこちらに差し出しつつ、口を開く。


「失礼ヒラク様。目標を外しました」


「外した?」


「こちらロリコンの魂ですがご使用になりますか?」


「使えるかそんなもん!」


 手渡されたそれを、俺は思いっきり地面に叩きつけた。

 憎らしいことにその汚らわしい魂は、持ち主に似たのか地面にぶつかるとぽよんと跳ねる。


 悪魔はそれをキャッチすると、とりあえずといった感じで携帯端末型に戻したえんま帳の中に納めた。


「何故入れる。元あった場所に戻しときなさい」


 そのきちゃない魂は、一緒にしておくと他の魂まで腐らせてしまいそうだ。そう考えて俺が悪魔をお母さんの如く注意すると、奴はぴんと指を立てて反論した。


「しかしヒラク様。これさえなければ彼が戦う理由も無くなるのでは」


 ……それもそうだ。珍しく悪魔に正論を吐かれ、俺は口惜しいことになるほどと頷いてしまった。


 元々この決闘が始まったというか一方的にふっかけられたのは、こいつのロリコンが原因である。ならば、それを取り除いたのであればこの闘いをする理由はなくなったはずだ。


「えーと、こう、もうやめないか?」


 という訳で、なんだか悪魔に失敗を誤魔化された気もするが、俺はそろそろと三千園に語りかける。


 だが、奴は素早く立ち上がると、シャベルを俺に突きつけ宣言した。


「僕は勝つ! 勝って夕さんのダイナマイトボディを手に入れるのだ!」


「はっ?」


 それは、なんとも事象のねじ曲がった、とてつもなく矛盾した発言だった。


 その言葉の意味が分からず、一瞬硬直してしまう俺。


「どうやらロリコン魂が消えた結果、彼は夕様に告白したことを間違いだと思うのではなく、夕様の存在その物をセクシーな女性だったようにねじ曲げてしまったようです」


 そんな俺に対し、悪魔が丁寧に解説する。

 筒型という意味ではダイナマイトだが、不発弾にもほどがあるというものだ。

 ていうかロリ魂が抜けたからと言ってダイナマイト好きになるとか極端すぎだろう。


 だが心の中で愚痴る俺に構わず、三千園は立ち上がってシャベルを突き出してくる。 


「ちょ、何も改善していないではないか! もっかいやれ!」


 黒服の壁に四苦八苦しつつそれをかわしながら、俺は叫んだ。


「ヒラク様、ソウルキャッチ&リースは大量の力を使うので一日一回です」


 だが、そんな俺に対し、悪魔は恭しく頭を下げてのたまう。


「力って何だ!?」


 初耳にも程がある。お前は今もピンピンとしているだろうに。そういう後付けめいた設定を土壇場で出されても困る。困るというか死ぬ。


「何を、叫んでいる!」


 だが、説教しようにも三千園の攻撃が激しくままならない。

 このまま避けるにも限度がある。

 

 一か八か。俺は突き出されたシャベルに対し下から手を伸ばした。

 男の手を触る耐え難い感触に一瞬で体中から鳥肌を立てながらも、その手からシャベルをかすめ取る。


 その間にも、三千園はもう片方の手からシャベルを繰り出してくる。

 体を反らしてそれをかわしつつ、背泳ぎでもするように手を回転させそちらのシャベルも奪取ーーしようとしたが、流石にそれは手を引いてかわされた。


「手癖の悪い猿め!」


「うるさい幼児性愛主義の豚め!」


 三千園が金持ちらしい罵りをしてくるので、こちらも罵倒で返す。

 そうして繰り出されたシャベルをこちらもシャベルで弾き返そうとしたのだが、逆に弾かれてしまう。


 にやり、三千園が笑った。


「あ、悪魔! こっちもスコップ魂だ!」


 これはまずい。一合の剣戟でそれを悟った俺は、悪魔に叫んだ。


「承知しました。しからば」


 俺の要請に応え、悪魔がえんま帳を操作しだす。

 その間すらも惜しい。

 やきもきしながら俺が必死で繰り出されるスコップを弾き、かわしていると悪魔がようやく声を上げた。


「お待たせしました。注入いたします」


「ちゅうにゅっ!?」


 不穏な言葉の響きに俺が思わず後ろに視線を送ると、悪魔は手の平に魂を乗せ、それを振りかぶっている。


「スコップ魂……注入!」


 そうして奴は、それを俺の背中へと叩きつけた。

 ばちぃんと、火花が弾けるような音が鳴り、俺の視界も白く染まる。


「うごおおお!」


 背中が紅葉型に焼けるような感覚に、俺は叫び声をあげた。


 だがそこで膝をついては意味がない。

 俺は痛みを目の前の相手への怒りへと変え、無理矢理シャベルを振るう。


「ぬお!」


 すると先ほどとは反対に、三千園の持ったシャベルが弾き返された。


 それを好機と見た俺は、フェンシングのような片手を頭上に掲げたポーズで連続突きを見舞う。


 しかしそれを、三千園は片手を後ろに回したポーズで捌く。

 シャベルとシャベルがぶつかり合い、前衛的な音楽を奏でる。

 一見戦いは均衡し始めたかのように見えるが、シャベルを握る俺には分かっていた。

 このままではーー負ける。


「ヒラク様。名前は同じスコップ格闘術の魂ですが、その魂は長柄用です」


 俺が負ける理由を、悪魔が丁寧に説明する。


 そう、悔しいが俺の魂が叫んでいる。

 こんなものはスコップではない!


 この魂の持ち主であるおっちゃんも、俺と同じ関東圏の人間なのだ。


「格闘術の、それも穴を掘る道具の持ち主の魂ですからある程度は動けるようになりますが、やはり愛用の得物でなければ……」


 焦りながらシャベルを振るう俺に対し、悪魔は分かるような分からんような解説をする。


「くそ、スコップさえあれば……!」


 女々しいが、そんな呟きを漏らしてしまう俺。

 スコップ魂を入れているため、アレへの依存度が無駄に高くなっているのかもしれない。


「お前が握っているのがスコップだ!」


「違う! これはシャベルだ!」


 そんな俺に対し、三千園は強固にそう主張するが、やはり受け入れるわけにはいかない。


 とにかく形勢は不利だ。何やら引っかかっているらしいスリの魂は元より、今入れたスコップの魂がいつ飛び出るか分からない。


 黒服を突破するか。考えた俺がちらっと背後を伺うと、黒服の方はさっと手をほどく。

 もしやロリコン主人に愛想をつかし、俺に味方してくれる気になったのか?

 だが、俺がそう思ったのもつかの間、奴はさっと懐に手を伸ばした。

 ……もしかしてGUNでしょうか?


「ヒラク様。すりぬけの魂では弾丸はすり抜けられません」


「知ってるわ! すりぬけでないことも知ってるわ!」


 悪魔が今更そんなことを言い出すので、スコップを振るいながらもそう言い返す。


 くそ、シャベルでほじられるのが良いか。それとも銃で撃ち抜かれるほうがマシか。


 迷いつつもシャベルを何とか捌いていくが、俺の抵抗も長くは続かなかった。


「ふん!」


「ぐぉ!」


 俺の奮闘もむなしく、シャベルが弾かれ、くるくると回って奴の手へと収まってしまう。

 にやり。三千園がいやらしく笑った。


 状況は振り出しに戻った。

 いや、背中を見ればすぐ後ろに黒服の頭がある。


 奴らは先ほど俺にすり抜けられたことにプライドが傷つけられたのか。

 口をへの字に曲げたまま俺を睨みつけ、一瞬たりとも油断しないよう身構えている。


「大ピンチですな」


 言うまでもないことを悪魔が呟くので叫び声をあげた上で殴りつけたいが、目の前の相手がそうはさせてくれない気がする。


 これは、一か八か黒服の間を抜けてみるしかないかと俺が覚悟を決めようとしていると。


「ヒラク兄! スコップだよ!」


 輪の外から、そんな舌っ足らずな声が響いた。

 そうして、三千園の背後、黒服達の頭を越えて何かが回転しつつ飛んでくる。


 いや、何かなどとぼかす必要はない。あれはスコップ。俺の待ち望んだ武器だ。


「よっしゃ!」


 スコップを受け取った俺は、勢いのままそいつを振り回した。

 遠心力を込めたその一撃はシャベルを十字に構えた三千園の体をそのまま吹き飛ばす。


 黒服達の輪が乱れ、その中から夕がひょっこりと顔を出した。


「どうしたんだこれ!?」


「あそこの花屋さんで2480円! あとで払ってね!」


 それに対し俺が尋ねると、なかなかちゃっかりとした言葉が返ってくる。


 言われて改めてスコップを見ると、そこには値札がついてあり、そしてその上にはシールが貼ってあった。


 この非常時にきちんと金を払ってきたことに対し、俺は怒るべきか誉めるべきか判断に迷うところだ。


「おのれ! ちびっ子の手を借りるとは卑怯な!」


 しかしそんな暇はない。吹き飛ばされた三千園はぶるぶると頭を振ると、改めてこちらへと向かってくる。


 そのちびっ子が自らの告白していた相手だとは認識できないらしい。

 

 その愛さえねじ曲げてしまうとは流石悪魔の所業だと若干三千園が不憫になるが、そもそも夕個人が好きだったならばロリコン魂が削られようとここまでにはなるまい。


 自業自得だと思い直してスコップを構える。


 シャベルを振るってくる三千園。それをかわし、逆にスコップを振るうも受け止められてしまう俺。


 そうして、一合、二合と打ち合う俺たち。

 スコップ対シャベルという歴史上でも珍しい対決が、デパートの一角で繰り広げられる。


 どちらがスコップでシャベルかは、後生の歴史家の判断に委ねよう。


 ともかく、小振りな武器ながらその体重を上手く使った三千園の闘法。

 それに対し筋力は無いものの武器の重量とスリの魂により奴に食らいつく俺。


 お互いに決め手がないまま、戦いは輪の外で行われているバーゲンより白熱した。


 だが、その奇妙な均衡は唐突に破られる。


「うぶっ」


 喉奥から何者かがせり上がってき、俺の喉を内側から圧迫した。


 今まで俺の心の片隅に引っかかっていたスリの魂が、今になって急にこの体から出ようとしているのだ。


 思わず膝をつく俺。


「勝機!」


 そんな俺を気遣う様子もない。

 三千園が一切の容赦もなくシャベルを振り下ろす。


「させるか! う、ぶ」


 ギリギリでスコップを掲げ、俺は何とかそれを防いだ。

 が、まるでシャベルに惹かれるように喉からは魂がせり上がってくる。


「このもやしめ! とっとと夕さんを僕に明け渡せ!」


 シャベルをクロスし、スコップごと俺の体を押しつぶそうとしてくる三千園。


「ご、ごぐ……う、うるさい豚バラ! お前こそとっとと、帰って砂の城でも作って、ろ……」 


 それに対しスコップを支え、どうにか対抗する俺。


 しかし崩壊の時はすぐそこまで迫っており、返す言葉もなんだか精彩を欠く有様だ。


「僕は勝って、夕さんのあの豊満な体を手にいれるのだ。あの大きな臀部。そしてぼよんぼよんの胸。あぁ、素晴らしき夕さん」


 三千園は俺を押しつぶしながら朗々と、自らの将来設計を語り続ける。


 俺には、なんだかそれがやたら癇に障った。

 あんなちんちくりんでもあれは我が憧れの人である美鶴さんがお腹を痛めて産んだ子で、赤ん坊の時は体が弱くて散々苦労したのだ。


 奴はそんなこと知るまい。というか、今そこにいる夕さえ見えていないのだ。


 そんな状態で夕を嫁にしたいとは何事か。そんな状態にしたのは俺というか後ろにいる悪魔だが、しかし腹が立つのは抑えられない。こんな奴に夕を渡すなどと、そんなこと、俺は、俺は……。


「お前なんぞにうちの夕を……」


 俺は膝に力を込めると、まるで重量挙げの如き姿勢で一気に立ち上がった。


 上に乗っていた三千園の体が、一瞬宙を泳ぐ。


「嫁にやれるか!」


 まるでトスバッティングである。そんな奴の体めがけ、俺はスコップを横なぎに振り抜いた。

 三千園の体が吹っ飛び、そのまま奴を受け止めようとした黒服ごと吹っ飛ばした。


 黒服達の包囲網が崩れ、視界が開ける。

 しかしそこから脱出するような気力も残っておらず、俺はその場にぺたりと尻餅をついた。


「お互いのレベルは一緒。しかしヒラク様の魂は借り物であり、体力等も追いついておりませんでした」


 そんな俺の前に回ると、悪魔が指を立てながら呟く。


「それでも勝てた。その決め手になったのはモチベーション。つまり……」


 そうして奴は、手を後ろに回しもったいぶった歩き方でその辺をうろちょろした後、足を止めて言った。


「ロリコンレベルの差でしょう」


 悪魔がにっこりと笑う。まるで我が子の成長を祝うような、非常に慈愛に満ちた笑みだった。

 

「お前という奴は……!」


「ヒラク兄ー!」


 今日こそは一発ぶん殴ってやろうと立ち上がりかけた俺だが、それより先に夕がぶっ飛んで来る。

 奴は俺の首に腕を回すと、ぎゅうぎゅう締め付けた。


「ぐぇ、ぐぇ」


「ヒラク兄が私をあんなにも思ってくれてたなんて!」


「ぶ、は、はっ? なんの話だ」


「お前なんかに俺の夕をやれるかって!」


「うちの! 俺が美鶴さんに預かったところの! という意味だ!」


 とんでもない勘違いをかましくさる従妹を引きはがしつつ、俺は奴の言葉を訂正した。


 だがその途端、先ほど何とか封じ込めたはずの吐き気がぶり返して、俺の喉を襲う。


「ゆ、夕、お前袋持ってたよな……」


 もはやトイレに駆け込む余裕もない。

 そう判断した俺は、夕にそう問いかけた。


「え、うんエコバック持ってきてるよ。私専用のやつ」


 するとそれに応じて、奴は丸まっていたその袋を広げてみせる。


「ちょっと貸して」


 俺が言うと、夕は不思議そうな顔をしながらそれを手渡してきた。


 受け取った俺は、そこに顔を突っ込むと。


「おげえええ」


 思い切り吐いた。


「ちょっとヒラク兄!?」


 お気に入りの袋に吐かれたことを抗議するべきか。それとも俺を心配するべきか。そんな感情が入り交じった悲鳴を上げる夕。


 そんな奴を余所に、俺の口からは可愛らしい双子の赤ちゃんが誕生していた。

 玉のようにころころと可愛い奴である。


「魂のダブルインストールは体への負担が二乗となります。あまり多用しない方が良いでしょう」


 喉から出産した疲労感に俺が朦朧としていると、悪魔が袋の中から二種類の魂をつまみ上げながら今更そんなことを解説しだす。


「お前、だからそういうことは、やる前に言うべきだろ……」


 何故こいつは、仮にも契約者の俺に対してそういった説明を事前にしないのだ。こういった苦情はどこの消費者センターへ駆け込めばいいのだ。


 呟きながら、夕へと袋を返す。

 夕は袋の中に何も入っていないことに首を傾げつつ、それを指で摘みつつ畳んで鞄の中へと入れ直した。


 むっくりと起き上がった三千園が、俺たちを見つめる。

 その顔は何やら憑き物が落ちたかのようにすっきりとしており、口には笑みさえ浮かべていた。


 何かを悟ったのか。

 そんな気持ち悪い表情をした奴が、すっと俺を指さして言う。


「こうなったら者共、こいつをやってしまえ!」


 その合図で、黒服達が一斉に懐に手を入れた。


「いやいやいやいや! ちょっと待て、今のは友情が芽生える流れだろう!」


 てっきり相手はあっさりと夕を諦め、俺に賛辞を送りつつ小金の一つも納めてから去るものだと思ったのに、現実は非情にもほどがある。


「誰が自分をぶっ叩いた男なんぞに友情を芽生えさせるか!」


 しかし人道を説く俺に対し、三千園は常識で言い返した。


 まぁ、それは同意する。

 自分を叩きのめした女性に愛情が芽生えることはあるが。


 正に絶体絶命のピンチ。

 夕が俺に抱きつき、俺はそんな奴を抱えて逃げようとするが、なんと腰が抜けている。

 そう正に絶体絶命のピンチである。


「やれ!」


 三千園の号令。黒服が一斉にスーツから手を引き抜く。


 ーーそんな時、一陣の風が辺りを吹き抜けた。

 

 カランカランという音が盛大に響く。それは、黒服が懐から抜き打ちしようとしたシャベルが一斉に地面に落ちた音だ。


 少し遅れて、黒服達も一斉に崩れ落ちる。


 だが、そんな光景も俺にとっては背景である。

 俺の目は、突然目の前に現れた若干大ぶりながらもどちらかと言えば形の良さを訴える尻に釘付けになっていたからだ。


「男と男の勝負はついた! それを汚すとは何事か!」


 スカートに包まれた尻が震え、周囲をビリリとさせるような一喝が響く。


 バーゲンで争っていたおばちゃん達でさえ、一瞬こちらを振り向くような勇ましさだ。


「せ、先輩……」


 その尻を見て、俺は呟いた。

 あの形を、俺が忘れるはずがない。


「……ぅ、あ、どうも」


 振り向いた少女の顔は、先ほどの勇ましさを感じさせない。ーーいや、先ほど発揮した勇ましさを打ち消そうとしているような気まずげな顔だった。


 そう、この方こそ、この間俺がコテンパンにやられ、現在リベンジを狙っているところの西暮雷花先輩だった。


「どうしてこんな所に!?」


「……ば、バーゲンで、欲しい物があっ、て」


 俺が尋ねると、彼女は顔をひどく赤面させながらそう答えた。

 そんなに恥ずかしいのならば答えなければ良いと思うのだが、彼女は正直者なのでその選択肢は無いようだ。


 先輩の手には木刀が握られている。俺が目をやると、先輩はそれをさっと隠した。


 前にも弟に説明を受けたが、どうやら彼女の根は侍ガールであり、しかし彼女はそれを隠したがっているらしい。


 しかし何故デパートなんぞに木刀を持ってくるのだろう。セール品に群がるおばちゃんを今のように叩きのめすためだろうか。


 いや先輩はそんな事はしないはずだ。彼女の目を見れば分かる。前髪に隠れてちょっと見えにくいが、あんなに綺麗な瞳を持つ人がそのようなことをするはずがない。

 瞳の美しい女性に悪人などいない。そんなキャッチフレーズさえ素直に信じられるほど先輩は……。


「きれいだ……」


「ぬぅ」


 俺が先輩の美しさに見とれていると、夕が不満げな声を出して俺の首に回した手に力を込める。


 しかしそんな貧相なものに構ってはいられない。

 こんな場所で運命的な再会をしたのだ。これを無駄にしては運命の神に怒られる。

 悪魔と契約した身ではあるがそんなことはひょいと脇に置き、ついでに俺にしがみついた夕もぺいっと引き剥がし、俺は先輩にお礼を言い手をさわさわと触り結婚しようとした。


 だが実際には俺にしがみついた夕の力が思いの外強く、俺が四苦八苦している間に、先手を取った奴がいた。


「貴女こそ僕の理想だ!」


 三千園である。奴は立ち上がるなり、そんな世迷い言を叫んだ。

 やはりロリ魂を抜かれたせいで、女性の好みがムチムチボインになったままのようだ。


「僕と結婚してください! とうっ!」


 そうして、奴はあいも変わらず重そうな体で跳躍すると、先輩へと飛びかかる。


「やだ」


 だがその脳天に、先輩の木刀がぼかっと炸裂した。


 奴の体は先輩に届かず、三千園はそのまま地面に倒れ伏す。


 もうちょっと重い音だった気もするが、まぁお子さまへの配慮だと思っていただきたい。


「じゅ、じゅてーむ……」


 そのままぐったりとした三千園だが、その顔はどこか幸せそうだった。

 ……どこぞで見た、もしくは体感した出来事を早回ししたようなやりとりである。


 俺が黄昏た気分になっていると、悪魔が無言でドぎついピンク色の魂ーーロリ魂を三千園へと放る。

 投げつけられた魂は奴の頭に当たるとぽいんと跳ねてこちらへと戻ってきた。


「どうやら西暮雷花様の印象が強烈すぎて、この魂が入る隙間を埋めてしまったようです」


 戻ってきた魂を電子えんま帳に納めながら、悪魔が解説する。


「……きちんと直るのか?」


「彼女への恋心が冷めれば自然と隙間が復活するでしょう。しばらくはヒラク様の恋のライバルとなるでしょうが」


 俺が問うと、悪魔は悪戯っぽく笑いながらそう答えた。


 そのらいばるという響きは、実に俺を辟易させる。だが、俺が危惧しているのは別のことだった。


 あんなにもロリコンだった男が、魂を一部削られると性癖が180度変わってしまったのだ。


 ーーならば、俺からエロスの魂を外すとどうなるのだろう。


 俺が心配しているのは、悪魔と交わした例の契約のことだった。

 三千園の末路に思わず自分を重ね合わせ、ちらりと悪魔に視線を送るが、奴は知らん顔である。


「どしたのヒラク兄?」


 気づけば、夕が心配そうに俺を見上げていた。


「いや、何でもない」


 夕の問いかけに俺は首を横に振る。そうして、自らの弱気を振り払った。


 ええい、今更そんなこと悩んでどうする。そのためのお試し期間ではないか。


 悪魔の奴も、心なしかそんな俺を笑っているようにも見える。


「よし」


 一念発起。俺はついに夕を振り払って立ち上がった。

 

「それより先輩! お礼に食事に行きましょう食事!」


 そうして明るい未来へと目を向けなおした俺は、先輩へと駆け寄ったのだった。


 三秒後には俺の脳天に木刀が振り下ろされることになるが、それはまぁ未来の話である。

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