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少年と少女

 そんな訳で、ところ変わってIN図書室。

 独特の匂いを嗅ぎながら、俺は中見沢と向かい合って座った。


「さて、じゃぁノートを見せてもらおうかなぁ?」


 まるで服の中身を見せてもらうような言い方で、俺は中見沢に催促した。

 いや、これから見るのは人によっては裸を見られるよりも恥ずかしい物だ。

 そう思うと結構興奮してきた。


「どうぞ……」


 ……だというのに、意外と抵抗しない中見沢。

 もしかして、今まで人には言えなかったけど男の言いなりになってストリップをしてみたいなんて願望があったのか。


「じゃぁまず上着から」


「え?」


「いや、何でもない」


 頭の中ですっかり中見沢ストリップ劇場ができあがっていた俺が妄想と現実を取り違えた発言をすると、中見沢が怪訝そうな表情になる。

 危ない。スカートからとか要求しなくて良かった。


「それじゃぁ失礼して」


 おかげで若干落ち着いた俺は、彼女からノートを受け取ると、パラパラとめくりだした。


 最初の方は真面目にノートをとってある。

 小さめの字で、数字や記号なんかもきちんとバランスの取れた書き方をしてあり、彼女の真面目さを感じさせる。


 ……だが、ノートが半分ごろまで来た辺りで、そいつは急に現れた。


 牙の生えた男だ。

 ついでに髪が尖っていて、目の端が尖っていて、顎が尖っている。

 数式の下で窮屈そうにしているそのシャーペン書きのキャラクターが、紅葉のような手を俺に振っていた。


 オタ絵……というよりは幼稚園児の無邪気な落書きのようなほのぼのとした雰囲気を放っている。


 これが例の、俺が中見沢を脅した材料であり、彼女が授業中にゴリゴリと描いていたものだ。


 さらにページをめくっていくと、出るわ出るわ。          

 段々と落書きの面積が増えていって、数式の方が窮屈な有様になっている。


 絵の出来もそれに比例して洗練……は、されてないな。

 いや、ちょっとはマシになってるか?

 どちらにしろ、絵の才能が開花して一気にレベルアップとはなっていないようだった。


 何せ、中見沢のオタ絵レベルは悪魔によると3レベルしかない。

 俺のロリコンぶりと一緒なんだから、微々たる物である。


「んじゃ、このノートは写させてもらおうか」


 中身を確認してから、俺はそれを改めて机の上で開いた。

 そして改めて確認をとる。


「絵もですか!?」


「いや、絵は写さない」


 俺がきっぱりと断ると、中見沢はほっと息をついた。

 しかしこいつ、さっきから言葉の端々に敬語が混じるな。

 さっきまでは俺にタメ口というか、むしろ見下した口調をしていたのに。

 もしかして、俺に脅されることで何かいけない扉が開いてしまったのだろうか。


「で、あともう一つ。俺には要求がある」


 しかしまぁ、今はそのことは良い。

 こいつが順調にメス奴隷として覚醒しているのなら、むしろウェルカムだ。

 俺は一つ目の要求が通ったことを確認し、中見沢に次のお願いをすることにした。


「何よ脅迫犯」


 そんな彼女からは恨みがましい視線が飛んでくるが、この際むしろこの視線を楽しんでしまおうという強さが、俺には芽生え始めていた。

 ピロリン。


「ヒラク様のマゾヒストレベルが1上昇いたしました」


 後ろにいる悪魔がなんぞか囁いてくるが、悪魔の囁きなんてものは無視するに限る。

 調教しているのはこちらだというのに、なぜ俺のそんなステータスが上がらなければならないのだ。


「うむ、俺を鍛えてくれ」


「はぁ?」


 ともかく悪魔を無視した俺の提案に、中見沢は疑惑と嫌悪が混じり合ったような、もうちょっとマゾレベルが上がったら大喜びできそうな視線でを向けた。


 やっぱりこいつはSである。あとで悪魔に確認させよう。


「お前、剣道強いんだろ?」


 とりあえず何かのレベルがあがったので、俺はその視線にめげることはなくなる。

 そのまま俺は、中見沢にそう問いかけた。


「それ……誰に聞いたの?」


 すると彼女は、まるで古傷を抉られたような苦みばしった表情で、俺に問い返してくる。


 この様子からすると、もしかして中見沢は剣道をやっていることも秘密にしているのか?


「え、いや、俺の情報網は無限だ」


 ヘタな事を答えられなくなり、俺はそんな言い訳で彼女の問いを誤魔化した。


 そのまま俺を無言で睨む中見沢。マゾレベルが足りず、背中に冷や汗をかく俺だが――。


「剣道は中学で辞めたし、そんなに強かったわけでもないです……」


 中見沢はやがて視線を逸らし、吐き捨てるようにそう呟いた。

 語尾はやっぱり敬語。どうやら彼女はひどく動揺したりすると敬語になるらしい。

 ふつう逆だと思うのだが、キャラ付けかなにかだろうか。


「いや、でもレベル20あるし」


「……だからレベルって何」 


 ともかく俺が慌ててフォローすると、中見沢は呆れたような視線でこちらを見た。

 タメ口に戻ってやがる……。わざとじゃないだろうな。 


 とりあえず正体不明の自傷行為はやめたようだ。

 一部でインフレ起こしてるってだけで、実際レベル20という数値は低くないはずだ。

 そう思って悪魔を見ると、奴はまるで俺の気持ちを読んだかのように、首を縦に振る。


 気持ちが悪いことこの上ない。


「ともかくお前には、俺のコーチをしてもらう」


 中見沢は俺が思った以上に変な女のようだ。しかし、もうあのムサい男どもにしごかれるのは真っ平である。

 どれだけ真っ平らだろうが、女子にしごかれる方がまだマシである。


 そう思った俺が中見沢に宣告するが、奴は難しい顔をしたまま首を縦に振らない。


「嫌ならお前の描いた絵を高校中に貼りまくって、スタンプラリーにしてやっても良いんだぜ。商品はもちろんお前の絵だ」


 仕方なく俺は、交渉のカードを一枚切ることにした。


「何でもするからそれだけはやめてください!」


 すると中見沢が椅子を蹴って立ち上がる。

 図書室の視線が、一斉に彼女へと集まった。


「な、何でもとな」


 一方俺は、中見沢から飛び出した大胆な発言に唖然とするしかない。

 エッチな漫画以外で、そんな言葉を聞けるとは思わなかった。

 とりあえず落ち着け俺。深呼吸をするんだ。ビークール……。


 はぁ、ふぅ。よし。

 危うく恋に落ちるところだった。自分を客観視できたと確認した俺は、改めて彼女に命令した。


「よし、じゃぁお前このノートに、好きなキャラ一人描いてみろ。あ、ていうかその前に座れ」


 自分のノートを差し出して、彼女にそう告げる俺。

 俺の非情な命令に、中見沢がはっと息をのんだ。


「わ、分かったわ」


 そして彼女は、若干頬を上気させたまま、唇を噛んで頷いた。

 そうして、スカートを正して椅子に座り直す。


「でも、完成するまでは見ないで」


 最後の抵抗。しかしそれも儚い。


「分かった、それぐらいは守ろう」


 そのぐらいの条件は飲んでやろう。


 俺は鷹揚に頷くと、机の下で足を組んだ。

 上にあげると司書のおばちゃんにぶん殴られそうだからやらない。


「ヘタレましたかヒラク様。せっかく本懐を遂げるチャンスでしたのに」


 俺の後ろに執事のごとく控える悪魔が、腰を曲げて俺に失礼なことを囁く。

 周囲に不審がられないよう、俺は自分のノートで口元を隠しつつ奴に応じた。


「馬鹿め、よく考えてみろ。この程度の事で過大な要求をしたら、即訴えられてもおかしくはないだろう。だから段階を踏むのだ」


 俺も昔いろいろと高まって、ノートに辞書から写した猥語を書き込んだりしたことがある。

 だが、それをネタに脅されたからといって、代わりに全校生徒の前でストリップをしろと言われても断るだろう。

 物事には踏むべきステップがあるのだ。キャンプファイヤーならマイムマイムである。


「見ていろ。一ヵ月後には俺はこの女の胸に手を置いている」


「揉んでいるではないところに、ヒラク様の計画の綿密さを感じさせますね」


「だって揉めるほど無いし」


 ともかく俺は、中見沢に対してはじっくり時間をかけて調教してやろうと決めていた。


 鬼畜系の俺、ここに極まれりである。


 だが、目の前でそんな会話を交わしているというのに、中見沢はそれに気付かないほど集中して何がしかを描いている。

 カウンターにいる司書のおばちゃんのほうが、よっぽどこちらを不審そうに見ているほどだ。


 中見沢はよほど好きなものを描いているのだろう。


 若干ハートフルな気持ちになりながら、俺もしばらくはその作業をぼんやり見守っていた。

 だが、五分待っても十分待っても、中見沢の絵は完成しそうにない。

 相当な力作を描いているようだ。

 なので、俺はとりあえず先にノートを写してしまうことにした。


 自分の古典用ノートは渡してしまったので、数学用ノートを流用する。

 どうせ最初の三ページと後ろページの五目並べ以外は使っていないので、これを古典用にしてしまっても問題あるまい。

 そう割り切って、中見沢のノートを写していく。

 彼女の描いたイラストで「要チェックだ!」とキャラクターが示している場所はペンで線を引くことに置き換えつつ……。


「できましたっ!」


 そうして俺がノートをあらかた写し終えたところで、中見沢が声を上げた。

 所要時間はおおよそ一時間である。

 司書のおばちゃんから交代した図書委員が、鋭い目でこちらを睨む。

 が、その辺りは置いておこう。


 鼻息荒く、スマイルマークのごとく口元をにんまりと歪めている中見沢。その表情を見るに、会心の出来らしい。


 ……先ほど俺が見たノートの絵は、所詮過去の物だ。

 才能がある奴は一年でプロになれる程の絵を描けるようになると言うし、もしかしたら彼女の絵も今は凄まじく上達しているかもしれない。


 自分にそう言い聞かせながら、俺はノートを受け取った。

 先ほど悪魔が伝えた彼女のレベルに、そんな超絶的絵画スキルが無いのは理解していながら。


「どれどれ」


 そして、開く。 


 するとそこには、流し目でこちらを見つめる顎の尖った男が描かれていた。

 どばーんと大きく書いてあるから、確かにさっきよりは見栄えが良い。

 ただし顔に注視するあまり、輪郭と肩幅が同じ大きさになっており少々かわいそうになっている。

 ――男の口からは、謎の汁がたらりと垂れていた。


「これ何?」


「教えてハニービーの蘭鷹丸様ですっ!」


 いや、この口から垂れてる物の正体を聞きたいんだけど。

 しかしそんな俺の疑問にも構わず、中見沢は興奮した口調でまくしたてる。


「こ、この八重歯なんか意外と上手く描けた気がするんですのよ。わ、私にしてはですだけどねあくまで」


 時たま言葉に敬語が混じるが、ようやく自覚したらしく中見沢は途中で修正しようとするので、よりおかしな事になっている。


 あぁ、八重歯なのか、これ。ハニービーとか言うから蜜かと思った。

 とりあえず質問の正しい答えが得られ、改めて絵を見てみる俺。

 うん、やはり蜜か涎にしか見えない。これが原作に忠実だというのなら、それはそれで問題だ。

 

 しかし中見沢は自信満々の様子である。

 ……自分の巧拙を見分けるのも、絵描きスキルの一部に入るらしい。

 彼女の様を見て、なるほどと納得する俺。


「……そんなに好きなのか。こいつが」


 何だかこの長い八重歯のキャラが、少々気に入らなくなってきた。

 

 俺が問いかけると、中見沢はしゃっくりをするようにびくっと体を震わせてから、体をもじもじと揺らしてから口を開いた。


「好きって言うか……まぁ、愛してますけど、そうじゃなくて」


 惚気られた。しかも二次元の相手に。

 

 俺の心に傷をつけた中見沢だったが、その顔に暗い陰が落ちる。


「昔、すっごく落ち込むことがあって……その時にテレビをつけっぱなしにしてたら、教ビーが流れて」


 その顔を見るに、まだ彼女はその「落ち込むこと」を吹っ切れていないように思える。

 あんだけレベルの高い剣道をやめたという件に、何か関係があるのだろうか。


「元気付けられた。その、アニメなんかでってアンタは思うかもしれないし、アタシも、それまでは思ってましたけど」


 俺はその教ビーとやらを知らない。正確には、中見沢の絵でしか知らない。

 だけれど、あの無愛想な中見沢にこんな表情をさせるってことは、きっとそれだけの力を持った物なんだろう。

 なんだか自然と、そう思えた。


「それから、色んなアニメを見出すようになりまして……」


「ドハマりしたと」


 そうしてもじもじとしている中見沢に、俺は先回りして言ってやった。

 俺の好みとは言えない中見沢だが、ここまで惚気られるとムカついてくる。


「……悪い?」


 すると彼女は、はっと冷静に返った様子で、上目遣いをしながら俺を睨んできた。


「いんや」


 とにかく、こいつに思い入れがあるのは伝わった。

 若干、多少、技術が追いついていない感はあるが。


「……その割にはヘタだと思ってるでしょ」


「思ってるけど」


「ぬぅ」


 素直に答えると、中見沢が俺を睨んでくる。

 しかし自覚はあるらしくその視線は若干弱気だ。


 それを見て、俺はふと思いついた。


「例えばさぁ、勉強をちょっと苦手にする代わりに絵を上手くしてやるって腐った目の悪魔に言われたら、お前契約する?」


 そして、中見沢にそのまま聞いてみる。

 後ろの悪魔が「腐った目とは心外な」と抗議してくるが、知ったことではない。


「何、その具体的なモデルのいそうな悪魔像は」


「良いから」


 中見沢は胡散臭そうな目でこちらを見ている。

 だが、抵抗するとまた脅されると思ったのか、ため息を吐いて短く答えた。


「しない」


「何で?」


 その答えを、俺は意外に思った。


 具体的に欲しいものが無い俺ですら契約したのだから、欲しいものが分かっている中見沢なら正直わき目もふらず飛びつく条件だと思っていたのだ。


 だが、俺が理由を尋ねると、彼女は呆れたような目で俺を見てから答えた。


「自分で努力して絵が上手くなるから良いんじゃない。そんな事で上手くなっても、それは私の絵じゃないわ」


 まるで、当たり前の事を言うような口調だった。どうやら強がっている訳でもないようである。


 口調も強気モードのままだ。


「立派だな……お前」


 思わず、俺はそう呟いていた。

 自分でも言ってから恥ずかしくなるぐらい、自然とだ。


 自分の好きなことを見つけ、それにまっすぐ打ち込める純粋さ。

 そしてその上達を、自分だけの手で成し遂げたいと考える勤勉さ。

 一見相反しそうなそれは、両方とも俺には無い物だった。


 何だか、羨ましくて仕方がなかった。


「べ、別にそんな事ないです! 私は、その……」


 俺からの素直な賛辞を意外に思ったのか。中見沢が慌てふためいた様子でそれを否定し始める。


 そんな彼女に、俺は穏やかな目を向けたまま告げてやった。


「でも自分の絵云々は、もうちょっと上手くなってから言ったほうがいいぞ」


 すると、中見沢の動きがぴたっと止まる。


 確かに俺は中見沢をすごいとは思う。


 しかし同時に、口から蜜垂らしてる男描いといて何言ってんの? とも思ったりする。


 彼女への嫉妬、その発散も兼ねて、俺は中見沢にそちらの感情も伝えておいた。


「分かってるわよ……」


 やがて正気に戻った中見沢が、唇を尖らせていじけた表情を見せる。

 なんだかそれが、俺には非常に可愛らしく思えた。

 ピロリン。


「ヒラク様。ロリコンレベルが5になりました」


「いや、同級生だっての!」


 抗議のために叫ぶと、部屋中の視線が集まる。

 首を傾げる中見沢に対して、俺はコホンと咳をして誤魔化したのであった。

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