少年と脅迫
とりあえず勉強で俺がモテモテになることはない。他を探そう。
ぐっと決意した俺であったが。
「お前、このままだとまた赤点……ついでに留年だぞ」
小テストを返しながら、古文の小田女史が俺に告げる。
自分に興味のないものはやらずとも良い。そんな時代は、まだ先のようであった。
それから、移動教室を経て次の授業中。
「困りましたね」
まるで困っていないような調子で、悪魔が呟く。
「ワタクシもお手伝いをしたいのですが、そういった長期的な問題ですと……」
「とりあえず期末だが、お前はその頃にはいないからな」
かぶりを振る悪魔に対し、俺は教科書を立て、机に半分伏せながら答えた。
この悪魔、地獄からの使者だけあって耳はかなり良いらしく、かなり小さい声で話しても俺の声は聞こえるらしい。
……そういうことは諸々早く言ってほしい。この前白眼視されたのは何だったのだ。
「えぇ、ワタクシが消えた後の寂しさを思ってヒラク様がブルーになるのも分かりますが、それはまだ先の話です。例え空元気であっても、今は出していきましょう……」
「いや、俺お前とそこまで友情イベントをこなした気はないから」
勝手に盛り上がっている悪魔を放っておいて、俺は期末テストについて考え、青く染まった。
「ヒラク様が先日いとこ様にしたように、ワタクシが勉強を教えて差し上げられれば良いのですが……ワタクシの悪魔的頭脳にヒラク様がついてこられるか」
言ってろ。その悪魔的頭脳とやらを、無駄なお喋りに浪費していろ。
呪いのようにつぶやきながらも、その時、俺の天才的頭脳がシナプスから十万ボルトをスパークさせた。
「なるほど教えてもらうか。初めてお前にユージョーを感じたぞ」
「ふむ、厳しい指導になりますが、ついてこられますかなヒラク様」
悪魔がどこから取り出したのか、鞭をひらめかせる。
「お前みたいな常識のない悪魔に教えてもらうことなどあるか。そうじゃなくて、女の子に教えてもらうんだよ」
その思いの外ガチで痛そうな音に引きつつも、俺は自らのすばらしい考えを悪魔に披露した。
「女の子、ですか」
すると悪魔は鞭をきゅっと引き絞り、眼鏡もかけていないのに眼鏡を引き上げる仕草をしながらそう呟いた。
「そうそう。お前のえんま帳とやらで教え上手な女の子を検索して、その子に勉強を教わるのだ。学力も向上するし女の子とも仲良くなれる。一石二鳥だろう」
そうだ、そもそも俺は人生のステータスアップなどではなく、女の子と仲良くなることが目的でこいつと契約したのだ。
「なるほど、素晴らしい思いつきです。それでは早速、条件に合う女性を捜してみましょう……」
珍しく俺を素直に褒め、悪魔はぽちぽちとえんま帳を操作し始めた。
どうせ何か皮肉でも言われるのだろうと身構えていた俺は、若干拍子抜けしながらそれを見守る。
が、男の横顔など眺めていたくはないと脳が判断したのか、俺は急に別のことを思いついた。
「まて、どうせ教えてもらうなら勉強だけではなく、先輩に勝てるような格闘技も教えてもらいたい」
言ってから、なるほど名案だと自画自賛する。
今日の俺はどうも冴えている。例の教師レベルが上がったおかげなのか、着々とインテリジェンスが底上げされていっている感がある。
「格闘技……ですか」
「うむ。組技だったりすると最高だ」
だが、俺のナイスな提案に対し、悪魔は今度は渋い顔をする。得意げな俺の顔が癇に触った。という訳ではないだろう、多分。
「あのレベルの剣術に対抗しうる女子となると……相当厳しいかと思われますが」
そうして奴にしては歯切れ悪く、そんな風につぶやく。
確かに先輩の動きは、そんじょそこらの女子高生が会得できるものではなかった。というか件の動きですら俺には見えなかったわけだが……。
「良いからやってみろ。運命の出会いというものはそういう所から始まるのだ」
諦めていては何も起こらない。俺はとにかく悪魔を促した。
「人生を常に強振モードで進むヒラク様には、私感服いたします」
悪魔は俺をベタ褒めである。奴は一つ息を吐くと、再びぽちぽちと閻魔帳を操作し始めた。
そして――しばらく間を開けた後、悪魔は指を止めてふむと呟いた。
その声に俺が奴へと視線を投げると、何故だか悪魔はにっこりと微笑んで俺に告げた。
「出ました。二つ前の席に座っている中見沢あげはさんです」
「げっ」
告げられた名前に、俺は思わずそんな声を出してしまう。
皆さんは覚えておいでだろうか。中見沢は普段俺の隣に座っている女子である。
今は移動教室のため席順が変わっているが、HRなどで俺が何かやらかすたび、冷たい目で見てくる冷血女だ。
「中見沢さんは剣道のレベルが二十。高校生女子としてはかなり高い数値です」
……あいつ、剣道なんてやっていたのか。
普段の先輩や悪魔がストックしているスコップ魂には劣るが、俺自身が鍛えてもらうなら十分な値だろう。
「アイツはパス。もっとおっぱいでかい女の子が良い」
「拘りますな」
だが、俺は悪魔の提案を即座に却下した。
中見沢のバストはなんと六十六しかない。全体的にコンパクトで薄い女だ。
「しかし条件に合致する女性は……次点でこちらの剛犀牙邪子様となりますね」
だが、そんな俺に、悪魔は難しい顔で今度は本当に日本人か怪しい名前を挙げる。
「容姿が名前に反していたりは?」
「名が体を表しまくっております」
「んじゃ却下で」
そういうのは却下だ。
俺がひらひらと手を振ると、悪魔はかしこまりましたとでも言うように、うやうやしく頭を下げた。
逆にちょっと見てみたい誘惑にも駆られたが、今はそういう場合でもない。
機会があれば西暮弟辺りに紹介してやろう。
「ていうかアイツそんなに成績良かったのか」
中身沢の後ろ姿を見ながら、俺は呟いた。
テストなどの成績が壁面に張り出されるなどという特権階級の優越感を更に向上させるような嫌味イベントはうちの学校では行われていない。
その為、個々の成績というのはなかなか把握しづらい。
一部生徒が目を覆いたくなる点を取ったとき、何故かそれを他の生徒の前で言うという劣等感に塩でコーティングした鞭を振るうようなイベントは、特定の教師が定期的に行うのだが。
「数学17レベル、現国15レベル……選択していない科目も含めて人より大分優れた数値である15以上をキープしていますね」
何故か毎回そのざらざらした鞭を食らう身としては、羨ましい限りである。
当てつけか! 勝手に覗いた立場だが、そんな事を思ってしまっても全国の巨乳女子を羨む貧乳は許してくれると思う。
「何より、教師のレベルが10ございます。この学校には教師レベルが10に満たない教師もいらっしゃるので、十分な値と言えましょう」
「……むしろうちの教師陣が心配になるぞ、それ」
「国家資格さえあれば、教師になること自体はできますからね」
半眼になる俺に、悪魔はしれっとそう答えた。
勉強ができるというのと、教えかたが上手いというのは別の問題だ。
俺がこの間やっと1レベル取得した教師というステータスを、中見沢の奴はその十倍もっているらしい。
十倍教え上手と言われても、相変わらず実感という物がわいてこない。 が、悪魔が中見沢を勧めたのはそういう理由があってのことらしい。
俺の視界の先では、中見沢が一生懸命ノートをとっている。
それはもう、火が出るような勢いだ。
数学教師の佐藤氏の授業は非常にスローなテンポであり、そんな一生懸命書くことなんてない。
と、思うのだが……やっぱり勉強ができる奴は、俺とはノートの取り方からして違うのだろうか。
などと俺が考えていると。
ピロリン。
と、例のレベルアップ音が鳴った。
「中見沢か?」
悪魔に小声で問いかけると、奴は画面を見つつ頷く。
「そんなに勉強ばっかしてどうするのかね」
やっかみ混じりに呟く俺。気分はすっかり貧乳女子にTSしている。
「いえ、上がったのは勉学のレベルではないようですよ」
だが、悪魔はそんな俺の言葉を否定した。
じゃぁ何だ? と俺が顔を上げると、奴は俺に電子えんま帳の画面を見せる。
やたら高い中見沢のステータス。その端っこに書かれていたのは……。
◇◆◇◆◇
放課後、俺は教科書を仕舞っている中見沢に声をかけた。
「中見沢、あのさ」
「何? 私忙しいんですけど」
中見沢の態度は非常に非情に冷たい。俺はそんなに嫌われる事をしてきただろうか。
隣に座っていたのにまるで告白してこなかったのが悪かったのだろうか。
「俺に勉強教えてくれ」
「いや。時間の無駄だし」
傷つきながらも俺が会話を前に進めると、今度は先ほどよりストレートにぐっさり刺された。
教師レベル10という話を知っていてこの返事をされると、俺にはまるで見込みが無いと言われたようでぐっさりのあとグリグリとされている気分になる。
「お、俺だってレベルが上がることぐらいあるんだぞ」
「レベルって……ゲーム脳もほどほどにしなさいよ」
傷ついた俺が、自我を守るためにそんな抗議をすると、中見沢は冷たい目でそう切り捨てた。
その言葉は、隣でなぜか楽しそうにしている悪魔やその上司に言っていただきたい。
「と、とにかく一生懸命覚えますから! お皿洗いもするし来月のお小遣いもいらないから!」
しかしここでフられては、計画が台無しになってしまう。
俺は自らのプライドをかなぐり捨て、中見沢にすがりついた。
「ちょ、ちょっと、やめて!」
周囲の人間が何事かと俺たちを見る。
それに構わず、むしろ見せつけてやろうぜ! という心意気で俺は膝を突いて懇願する。
「ノートを見せてくれるだけでいいから!」
「……それぐらいなら」
中身沢は周囲からの視線かもしくは俺の熱意に負けたようで、渋々と言った感じで仕舞っていたノートを鞄から取り出す。
そしてそれを手渡そう……とした彼女だったが、途中でその手が止まった。
「どうした?」
とは問いかけたが、実際は彼女の動作が何故止まったか、俺には分かっていた。
なのでびょんと立ち上がり、彼女に顔を近づけて言ってやる。
もっと俺が顔を寄せた途端、中見沢はのけぞったのでその効果は無いに等しかったが、ともかく。
「俺は気にしないぜぇ、どんなキャラクターが描かれてようがなぁ」
わざとねちっこく、俺は彼女に告げてやった。
「な、何故それを!?」
俺がせっかく小声で言ってやったのに、中見沢が大声を出してそれを台無しにする。
……半分は当てずっぽうだったが、俺の指摘は当たっていたようだ。
授業中に鳴った中見沢のレベルアップ音。あそこで上がったのはあの時間の教科である数学ではなかった。
「オタ絵」というスキルである。
悪魔に尋ねると、オタクっぽい絵のことらしい。
オタ絵ってひどくね? どっからどこまでがオタクの絵なの? 浮世絵とか入っちゃうの? とか思わないでもないが、まぁおかげで判別できたのだから良しとしよう。
「いや、ちょっと見えちゃったんだよねぇ。どうする?」
君のステータスが見えたとは言わず、まるで手元が見えたかのように言い方をぼかす俺。しかし嘘はついていない。
この世には実は神がいるそうだが、これならば天国への道は遠ざかったりしないだろう。
そもそも俺は既に悪魔と契約している身なのだが。
「どうする、とは?」
中見沢が鋭い視線で俺を睨んでくる。だが、その視線の奥に激しい動揺があるのは明白だった。
彼女の問いに対し、俺は具体的にどうするとは言わない。中見沢の想像に任せる。
正確には、中見沢の中にある俺の印象へと。
すると、中見沢の顔が見る見る青くなっていく。
「ちょ、ちょっと来てください!」
そうして彼女は急に立ち上がると、俺を引っ張りどこぞへと連れて行こうとする。
「はいはい、どこへでもついて行きますよ」
彼女に引っ張られながら、俺は鷹揚に頷いた。
ピロリン。と音が鳴る。
「ヒラク様、脅迫のステータスが1レベル上昇いたしました」
うむ、良いことずくめである。




