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少年とロリ

 そんなこんながあって、その週の日曜である。


「魂の大きさという物は、人によって違います」


 上に乗った学校では教えてくれないことを教えてくれる本や、一足先に大人の世界を見せてくれるゲームなどを机から降ろした俺は、夏休み最後の日ぶりに学習机を本来の用途に使っていた。

 しかも安息日である日曜日にだ。

 神に反逆する行為である。まぁ既に悪魔と仮契約をしてしまっているわけだが。


「それはつまり、拾得した、もしくは勝手に育ったその人間の可能性です。魂が大きい人間ほど、様々な可能性を持っている。まぁそれは別に、幸せになる可能性ではないのですが」


 二階の我が部屋は日当たりが悪く、夏にはひどく蒸す。これではヒラクサンが勉強に集中できなくてもしょうがないわ。と、全国の女子は思ってくれることだろう。


「例えば一昨日の西暮長春。彼は高い園芸のスキルを持っていたからこそ、用務員から恨みを買ってしまった」


 教科書はぴかぴか。ノートは真っ白。これを汚していかなければいけないと考えると、胸が痛む。

 だが俺はレベルアップしていかなければいけないのだ。

 あの素敵なお姉様を手中に収めるために。


「ですがヒラク様にその心配はございません。何せあなた様はどんなスキルを取っても思うままのスキルと交換できるのですから!」


「ええいうるさい!」


 後ろでペラペラと喋り続ける悪魔に耐えかけて、俺はついに振り向いて大声を上げてしまった。

 なんなのだこいつは。人にスキルスキル言うくせに、人がいざレベルアップに乗りだそうとすれば邪魔をしやがって。


「おかげで勉強する気がすっかり無くなってしまったじゃないか。あーあーあー、今やろうと思ってたのになぁ」


 言いながら、俺は机から教科書ノートを落とし、代わりに……別の勉強をする本を取りだした。

 それから、後ろでニコニコとしている悪魔に言う。


「これから俺はプライベートタイムにはいる。部屋から出ていけ。邪魔はするな。俺が良いと言うまで入ってくるな」


 人間、一人になりたいときは当然存在する。思春期の男子ならばなおさらだ。

 突然こういう訳の分からない生き物と同居することになる主人公は、こういう問題をどうしているのだろう。

 俺は既に限界に達し始めていた。


「しかしヒラク様。ワタクシにはあと二十九日、あなた様を守る義務があります。どうぞワタクシのことは美形等身大フィギュアだと思って、お励みください」


 だと言うのに、悪魔は俺の意図を完全に読んで、読み切った上でそんなフザケたことを言う。


「俺はお前みたいに淀んだ目のフィギュアなんて部屋に置くつもりはない。とっとと出て行け」


「しかしそれではヒラク様に命の危険が迫ったとき、咄嗟にお守りすることが出来ません」


 一度命を救ったぐらいで、こいつもすっかり俺のボディガード気取りである。傷自体は自分が与えたにも関わらず、である。


「自分の部屋で命の危機になんてなるか。お前はそんなに俺のハッスルが見たいのか。お前はホモなのか」


「……ヒラク様がワタクシにそういったサービスを求めるのであれば、ワタクシも全力でお応えしましょう」


 俺が悪魔に冷たく問いかけると、奴はどういう構造をしているのかいまだに不明な背中空きワイシャツのボタンを一つ一つ外しはじめた。


「待て! アホか! どうしてそんな解釈になる!? 服を脱ぐな!」


「なんと、タイはつけたままが良いとはマニアックな」


「女性に限ってはそうだがお前はそうじゃない! やめろ、落ち着け!」


 俺が必死で止めると、悪魔はようやくボタンを外す手を止めた。俺にそういった趣味はない。


「な、何で俺の元に来たのはこんな暑苦しい男悪魔なんだ……」


 可愛くて巨乳の女の子悪魔が来てくれていたら、俺はホイホイと彼女の口車に乗り、今頃は魂を全部渡していたに違いない。


「私は地獄一冷静と言われる悪魔ですよ?」


「どれだけ調子乗りが多いというのだ、悪魔という奴は」


 今からでも担当者のチェンジが効かないだろうか。俺が真剣に考えていると。

 ぴんぽーん。と、個性も何もないチャイムの音が鳴った。俺が金持ちになった暁には、絶対に改造しようと思う。


「ヒラク兄ー。あーそーぼー」


 そんな事を考えていると、舌足らずな声が外から響いた。

 ……目の前にいる悪魔とは、別の悪魔の登場である。


「呼んでいらっしゃいますよ、ヒラク様。しかも女性のようですよ」


「うるさい。あれは吸血鬼だ。答えたら最後、俺の日曜がちゅうちゅうと吸われて無くなってしまう」


 父母は仲がよろしいことに二人で出かけている。俺さえ無視すれば、この場は切り抜けられる。

 俺はそう判断したというのに……。


「もー、寝てるのー?」


 玄関先でそんな声がしたと思えば、ガチャッと扉が開く音がして、バタンと閉まった。

「お邪魔しまーす」


 そして、一階から遅まきながらそんな声が聞こえた。

 母ちゃん、玄関の鍵閉め忘れてる! 我が家の防犯はどうなっているのだ!

 などと母を恨む間もない。

 程なく階段を上がる音。俺は慌ててベッドにダイブし、布団を掛けて丸まった。


「こんにちはー。って、寝てるのヒラク兄ー」


 脳天気な声が聞こえる。


「もーそんなんじゃダメ人間になっちゃうんだからね」


 奴はきっと俺を起こしにくる。だが、俺は耐えてやる。そんな風に俺が決意を固めていると。


「……本当に寝てるのかな? じゃぁ、これとこれとこれと」


 だが、声は急に小声になる。そうして俺の予想を裏切り、奴は俺を起こしには来ず、部屋の中で何か別のことをし始めた。

 誘惑に耐えきれず俺が布団をちらりと上げると、そこには、女子小学生がいた。

 床に置かれた猥褻本を、せっせと自分の鞄に仕舞っていた。


「何してんだお前!?」


「え、あ、おはようヒラク兄」


 思わず飛び起きると、びくりと体を震わせた後、件の小学生が何事もなかったかのように挨拶する。


「おはようじゃない! ていうかこの手馴れ方は初犯じゃないなお前!」


 彼女の手から猥褻本をむしり取ると、俺は憤慨した。


「くそ、部屋から無くなったエロ本は母ちゃんが見つけて処分してるんだと思って諦めてたのに」


 俺も何冊かエロ本が消えているのは気づいていたが、母ちゃんが勝手に捨てているのだと勘違いしていたのだ。

 デリケートな高校男子の俺としては、俺の本を勝手に捨てるなとは言えなかった。そもそもこの本を買う資金源は母上からのお小遣いであり、もっというと昼飯代をちょろまかしてまで購入した物だったからだ。


「叔母さんは男子だからしょうがないって諦めてたよ」


 そんな俺に、小学生は母の気持ちを語る。


「両親と性についてもっと語り合っておくべきだった……ていうか母ちゃんお前にそんな話までしているのか」


 息子の性事情とか小学生に話すか普通? いくら親戚とは言え。


「して、これはどなたです?」


 一部始終を見ていた悪魔が、俺に問いかける。


「我が母方のいとこにして小学三年生の我門夕」


「何で説明口調なの、ヒラク兄?」


 悪魔に分かり易く解説すると、小学生こと夕は疑問符を浮かべながら首を傾げた。

 我門夕。さっきの説明通り俺のいとこにあたるお子さまだ。俺達が両方我門姓なのは、父が両方とも婿養子な所為である。


「とりあえず鞄に入れた物は出せ。他に俺の部屋からギッた物があれば返却しろ。あと罰として新しい本を三冊買ってこい」


「私の写真集でいい?」


「そういう同人的なのじゃなくて、ちゃんと商業で出版されてるやつ」


「じゃぁお父さんの」


「お前のお父さんのは趣味が前衛的過ぎるからダメ」


 俺は基本的に人型をしていない物は性欲の対象に出来ないのだ。


「お父さんの写真集」


「俺はヒグマも性欲の対象にはできない! ていうか商業モノと言っただろう! え、出版されてるの!?」


 しかもそんな趣味をしておいて、叔父さん自体は木こりのような健康的過ぎる肉体を保持しているのだからその落差にクラクラくる。恋に落ちたりはしない。


「えへへ」


 一通りつっこんだ後で、夕が楽しそうに笑っているのに気づいて俺ははっと正気に戻った。


「とにかく俺は忙しい。帰れ帰れ」


「えー、せっかく宿題見てもらおうと思ってきたのに」


 俺がしっしと手を振ると、夕は恨みがましく自らの持っている鞄を掲げて見せた。

 先程まで猥褻本をせっせと詰めていたアレである。


「さっき遊びに来たって言わなかったか?」


「アレはこう、ご近所様への配慮だよ」


「このご時勢に俺の立場を危うくするようなことはやめてもらおうか」


 親戚と釈明しても疑いの目で見られるような、世知辛い世の中である。ただでさえ俺は隣に住んでいる幼馴染に常に雨戸を閉められているようなご近所関係なのに。


「既成事実?」


「風説の流布というんだ。覚えておけ」


 あまり頭のよろしくない従妹に、俺は正しい言葉の使い方を教えてやった。

 こいつへの教育は、確かに必要かもしれない。


「はぁ、もう良いから。勉強ぐらい見てやるから下に行ってろ」


 抵抗するのにも疲れた俺は、夕に事実上の降参を告げた。


「あれ、いつもより物分りが良いね」


「お前が来る前に色々あってな」


 いつもなら三十分は抵抗する俺があっさりと陥落した事に、不審かつ少々不満そうな顔をする夕。

 奴は俺の顔を見た後、自分が置いた猥褻本を見る。

 そうしてもう一度俺の顔を見て。


「……途中だったんなら手伝ってあげようか?」


 などとほざいた。


「はよ行け!」


「ひゃー」


 俺が叱り付けると、おどけた声を出して部屋から逃げ出す。


「まったく……恐ろしい小学生だ」


 追っ払ってから一息つく。奴に対して少しでも油断をしたら、ご近所から俺への評価は一気に下がるだろう。


「驚きました」


「何が?」


 いきなり言葉を発した悪魔に俺のほうが驚きながらも、それを表に出さないようにして俺は悪魔に尋ねる。


「ヒラク様にも親しい女性がいたのですね」


「親戚だ。あとロリだ」


 失敬なことを言う悪魔に、俺はきちんと訂正を入れた。

 スケベレベル三十などという不名誉な格付けをされてしまったから勘違いする人間もいるかもしれないが、俺は別に女子なら誰でも良い訳じゃない。

 ただこう、ちょっと好きになった女性に対する愛が大きいのと、女性の服の下に関しての興味が強いだけなのだ。


「ヒラク様は豊満な女性のほうが好みなのですね。ワタクシの誘惑をはねのけるだけはあります」


「誘惑されてたの俺!? お前は体型以前に性別でパスだよ!」


 悪魔がのほほんと気色の悪いことを言うので、全力で拒絶する。

 例えこいつが女になったとしても、欲情できるかは怪しくなってきたが……。


「安心いたしました」


 俺にはもう、何がなんだか分からない。

 こいつが来てからというもの、ただでさえ少なかった俺の自由な時間が更に減っている気がする。

 今日はとにかく早いところ夕を追い返して、こいつも追い出して一人部屋に篭ろう。

 そう決意した俺は、第一の障害を取り除くべく、階下に行くことにした。

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