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switch the bodies

作者: 愛す珈琲

目が覚めるとそこは見慣れない部屋だった。病室のそれも個室らしく、他には誰も見当たらない。

ナースコールを手探りで見つけてそれを押すと、女医と、女性看護師3名が中に入って来た。


「気が付いたのね。あなた、自分の名前と年齢分かる?」


「俺は、桜庭一樹さくらばかずき。16歳です」


何だ今の声!?明らかに自分の……それどころか男の声ですらない。女医はそんな俺の様子を気にした様子もなく問診を済ませ、ナースに指示して僕に水を飲ませると、手鏡を渡してきた。


「落ち着いて聞いてほしい。あなたはもう、桜庭一樹君ではないわ」


恐る恐る手鏡を覗き込むとそこに映っていたのは、マネージャーの山城美香やましろみかの顔だった。




「ごめんなさい。私、他に好きな人がいるの」


告白して振られた相手。それが俺の新しい体だと女医は言う。バスケ部の強化合宿の帰りのことだった。突然のゲリラ豪雨に襲われ、バスは道を外れて崖下へと横転。死傷者15名と言う大惨事を招いたそうだ。

その中で、俺は山城の身をとっさに守ったらしく彼女の体は無事だったが、脳は脳挫傷を起こしており、逆に俺の頭は偶然無事だったらしい。そこで、脳と体を入れ替えて蘇生する手術を行ったのだとか。

凝結反応を起こすことなく、他人の肉体の一部を移植する方法はすでに確立しているが、脳はまだ誰も試していない部位だったから成功するかは分からなかったとのこと。それはそうだろう。そんなことをすれば、その人は他人になる。今の俺のように。


「俺に山城を演じろと言うんですか」


「というより、記憶喪失を装ってほしいのよ」


他人に成りすますより何もかも忘れた人の方が確かに演じやすいだろう。でも、どうして。


「どうして、俺の脳を山城の体に移植したんですか?」


「倫理的に間違えているのは承知の上よ。それでも私達は医師として、命を救える可能性が万に一つでも残っているのなら悪魔にだって魂を売ってみせる」


一人でも多くの人間の命を救うため。そのために、死んだ山城の大脳を同じく死んだ俺の肉体に移植し、生きている山城の肉体に同じく生きている俺の大脳を埋め込んだってわけかよ。


「申し訳ないけれど、今日からあなたは山城美香さんとして生きてもらいます。すでに桜庭一樹の葬儀は終わった以上、山城美香は昏睡状態から目を覚ましたという方向で話を進めるより他はありません」


葬儀が終わった。それはすでに山城の脳は灰になってるということだ。なのにここで俺がどうこう言ったところでそれはどうしようもないことでしかない。俺は……トイレに行きたい。女医、坂本と言うらしいが彼女によると俺は一週間近く寝ていたのだとか。そりゃあ、トイレにもいきたくなるわ。


「あの……尿瓶とかあります?」


「横着しないでトイレに行きなさい。ちゃんと補助するから」


一週間寝倒したのだ。一応、看護師さん達がこの体を動かして筋肉の衰えを押さえてはいるらしいので歩けないほどではないけれど、出来るだけ体は動かした方がいいとのこと。ベッドを出て歩くと成程体がふらふらする。女性看護師さんにサポートをされながら、ようやくトイレに……。


「山城さん。そっちは男性用トイレです」


そう言って看護師さんに腕を掴まれた。女性用に入れと?……うん。そうらしい。

意を決して中に入り、個室に入って用を足すことにした。小さい方でも下を全部脱がなきゃいけないのは面倒くさいな。


「ちゃんと拭いて下さいね」


ああ。そう言えばそうだった。拭いてからズボンごとパンツをあげ、個室を出ると洗面台の前に立つ。鏡に映っているのはやはり山城だ。夢なら覚めてほしい。ため息を吐くと、看護師は僕の口にハンカチをくわえさせた。手を洗っているときに口でハンカチをくわえると汚れた手でポケットを漁らなくてもいいそうだ。成程、女子の知恵だね。




「そろそろ面会時間ね」


女医がそう告げてしばらくすると、女の子が2人入って来た。確か、山城とよく話をしていた子達だ。名前までは知らないけど、記憶喪失ということにするから問題はないだろう。


「美香。良かったあ。心配したんだよ~」


半泣きと言うか、ショートカットの子はマジ泣きしてる。打ち明けづらいなあ。


「どうした?美香」


「あのう……どちらさまでしょうか」


空気はピシッと固まり、記憶喪失なんてネタは古いと茶化したものの本当らしいと判断すると彼女たちは凹んだ。

彼女たちと適当に話を済ませていると、次に来たのは山城のご両親。二人は、空気を読んで帰っていった。


「記憶がないそうだな」


坂本医師が話を通してくれたらしい。それは助かるけどなんだかなあ。母親には涙ぐまれるわ、父親はしかめっ面で思い出話をするわ。正直誰か助けてって気分しかない。彼らが引き上げるときには夜も更けて一人で入浴していた。


「意外と大きいな」


胸を揉んでいると扉の向こうから「体を洗うことに専念してくださいね」と看護師の声が。


……すみません。

それにしても、これからどうなるんだろう。窓の外には、ただ月だけが闇を照らしていた。


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