復讐のために第13王子の花嫁候補になったのに、なぜか溺愛されています。
「君は、嘘をつくのが上手だね」
その言葉を聞いた瞬間、私の心臓が小さく跳ねた。目の前で優雅に紅茶を飲んでいるのは、ヴァルディエ王国の第13王子、ルシアン・ヴァルディエ殿下。柔らかな黒髪に琥珀色の瞳を持つ、今年21歳になる美しい青年だ。
王位継承権は第13位。政治にも権力にも興味がなく、いつも冗談ばかり口にしている変わり者として知られている。そして私は現在、この方の花嫁候補という立場にあった。
「……突然、何を仰るのですか?」
私は微笑みを崩さずに尋ねた。
「いや、君は先ほど、この紅茶が好きだと言っただろう? でも、さっきから一口も飲んでいない。香りを確かめたときも、ほんの少し眉が動いていたしね」
殿下は楽しそうに笑った。
「苦手なんだろう? この茶葉の香りが」
「……恐れ入ります。実は、少々苦手でして」
「やっぱり。別に僕に気を遣う必要なんてないのに。君はもっと、自分の好きなものを好きだと言っていいんだよ」
そう言って、殿下は侍女に別の紅茶を用意するよう命じた。私は丁寧に礼を述べながら、内心で警戒を強めていた。この方は、思っていた以上に人を観察している。
些細な仕草から相手の本心を見抜き、それを何でもないことのように口にする。単なる変わり者と片づけるには、少々厄介な人物だった。
「ところで、エルシア」
殿下は私の名前を呼んだ。
「君は、どうして僕の花嫁候補になったんだい?」
「ローゼンベルク家の娘として、殿下のお役に立てればと思いまして」
「ふうん。本当にそれだけ?」
「もちろんでございます」
私は微笑んだ。今度は、眉一つ動かさずに。
エルシア・フォン・ローゼンベルク。19歳。ローゼンベルク辺境伯家の養女であり、銀白色の長い髪と紫色の瞳を持つ、どこにでもいる貴族令嬢。それが、現在の私だった。
けれど、13年前までの私は、まったく違う名前で呼ばれていた。エルシア・フォン・アルヴェイン。今はもう存在しない、ルーヴェル王国の伯爵令嬢。それが私の本当の出自である。
6歳のとき、祖国はヴァルディエ王国によって滅ぼされた。王都は焼かれ、家族は殺され、生き残った者はいないとされている。けれど、私は生きていた。
燃え盛る屋敷から逃がされ、何日も彷徨った末、偶然辿り着いた辺境の地で保護されたのだ。最初は、ローゼンベルク辺境伯家の小さな使用人だった。身寄りもなく、読み書きさえ満足にできない少女を、屋敷の人々は温かく迎えてくれた。
仕事を教え、文字を教え、食事を与え、寒い夜には毛布を掛けてくれた。そして、子供に恵まれなかった辺境伯夫妻は、いつしか私を本当の娘のように可愛がるようになった。
9歳のとき、私は正式に養女となった。お父様もお母様も、心から愛している。あの方々に拾われなければ、私はとっくに死んでいただろう。
だからこそ、二人には決して知られてはならない秘密があった。私は、祖国を滅ぼした者を殺すために生きている。
剣術を学び始めたのも、そのためだった。辺境伯家の騎士たちは、私に武術の才能があると喜んでくれた。お父様も、護身のためならと鍛錬を許してくださった。
けれど、私が毎日のように剣を振り続けた理由は、誰にも話していない。13年間、ただひたすらに鍛え続けた。今では辺境伯領の騎士団長ですら、私との手合わせを嫌がるほどになった。
それでも、国王の首に剣を届かせるには足りない。必要なのは力だけではなく、情報と立場だった。だから私は、王宮に近づいた。
そして幸運にも、第13王子の花嫁候補という地位を手に入れたのである。
「エルシア?」
殿下の声に、私は意識を戻した。
「申し訳ございません。少し考え事をしておりました」
「そうかい。君は時々、ずいぶん遠くを見ているような顔をするね」
「……そのようなことは」
「あるよ。今だって、僕の顔を見ながら別のことを考えていただろう?」
殿下はくすりと笑った。私は静かに紅茶を口に運ぶ。新しく用意されたものは、確かに私の好みに合っていた。
この方は人の好みを見抜くことに長けているらしい。けれど、それだけだ。私の秘密に辿り着けるはずがない。
そう思っていた。
「そういえば、君はルーヴェル王国という国を知っているかい?」
カップを持つ指に、わずかに力が入った。私はゆっくりと紅茶を置いた。
「……歴史の授業で、名前を聞いたことがございます」
「13年前に滅びた小国だ。ヴァルディエ王国との領土紛争が原因だったとされているね」
「ええ。そのように記憶しております」
殿下は窓の外に目を向けた。庭園には秋の花々が咲き、穏やかな午後の日差しが差し込んでいる。こんな美しい場所で、あの国の名前を聞くことになるとは思わなかった。
「でもね、おかしいんだよ」
「……何が、でしょうか?」
「あの国は、滅ぼされる必要なんてなかったんだ」
私は呼吸を忘れた。殿下は、まるで天気の話でもするような口調で続ける。
「当時の記録を調べたんだ。王家の秘録庫には、直系王族しか閲覧できない文書がある。もっとも、13年も前に滅んだ小国の記録なんて、誰も読もうとしないけれどね」
「……それで、何がわかったのですか?」
「本来、ルーヴェル王国は降伏する予定だった。少なくとも、軍の上層部はそれを受け入れる方向で動いていたらしい」
私は膝の上で拳を握った。
「ところが、直前になって命令が変わった。降伏を認めず、王都を徹底的に攻撃するように、とね」
「……その命令は、誰が?」
「それが不思議なことに、命令書には正式な署名が残っていないんだ」
殿下は微笑んだ。
「変だろう? 国を一つ滅ぼすほどの命令なのに、誰が出したのかわからないなんて」
私は答えられなかった。13年間、ずっと知りたかったこと。どうして祖国が滅ぼされたのか。なぜ、降伏したはずの人々まで殺されたのか。
その答えに、目の前の男は手を伸ばしている。しかも、私には決して入ることのできない場所で。
「殿下は、なぜそのような記録をお調べになったのですか?」
「気になったからさ」
「……それだけで?」
「うん。誰も疑問に思わないことほど、調べてみると面白いものだよ」
その笑顔を見た瞬間、私はようやく理解した。この方は、ただの変わり者ではない。何かがおかしいと感じれば、誰も気に留めない小さな違和感を、どこまでも追いかける人間なのだ。
「ところで、エルシア」
殿下は私を見つめた。
「君がローゼンベルク家に迎えられたのも、ちょうど13年前だったね」
「……ええ」
「それ以前の記録が、ほとんど残っていない。辺境で保護された孤児だったと聞いているけれど」
「その通りでございます」
「不思議な偶然だね。ルーヴェル王国が滅びた年と同じだなんて」
背筋に冷たいものが走った。殿下は続ける。
「君は時々、古い言い回しを使うだろう? 以前、庭師に花の名前を尋ねたときもそうだった。今ではほとんど使われない言葉だったけれど、ルーヴェル王国の古い文献に似た表現があったんだ」
「……辺境の方言ではないでしょうか」
「その可能性もあるね。むしろ、そちらの方がずっと自然だ」
殿下はあっさりと認めた。そして、指先でカップの縁をなぞる。
「ただ、もう一つだけ気になることがある。戦後の搬送記録に、身元不明の少女が一人いたんだ。最終的な報告書では生存者なしとされているのにね」
「……」
「もちろん、その少女がどうなったのかはわからない。記録の誤りかもしれないし、まったく別の土地の子供だったのかもしれない」
殿下は微笑んだ。
「だから、ずっと確信が持てなかったんだよ」
私は息を呑んだ。今の言葉は、明らかに私に向けられていた。
「……何を、仰りたいのでしょうか?」
「もし、あの国に生き残りがいたとしたら、君はどう思う?」
私は殿下を見つめた。柔らかな黒髪。琥珀色の瞳。人畜無害に見える微笑み。
そのすべてが、今は恐ろしく感じられた。
「……お気の毒だと、思います」
「どうして?」
「祖国を失い、家族を失ったのですから」
「そうだね。でも、家族を失ったとは限らないんじゃないかな?」
殿下は静かに首を傾げた。
「僕は生き残りがいたかもしれないと言っただけだよ。家族が全員死んだとは、一言も言っていない」
しまった。そう思ったときには、もう遅かった。私の沈黙を見て、殿下の瞳がわずかに細められる。
「……なるほど」
その声には、先ほどまでの軽薄さがなかった。
「ようやく、繋がった気がするよ」
私は立ち上がった。もう、取り繕う必要はない。腰に隠していた短剣を抜くと、銀色の刃が午後の日差しを反射した。
次の瞬間には、殿下の喉元に切っ先を突きつけていた。その動きに迷いはない。13年間、何千回、何万回と繰り返してきた動作だった。
殿下が身じろぎすれば、その喉を裂くこともできる。私はそれほどの技量を身につけていた。
「……驚いたな」
殿下は目を瞬かせた。
「君は剣まで使えるのかい? しかも、ずいぶん腕が立つようだ」
「知っていることを、すべてお話しください」
「何について?」
「ルーヴェル王国を滅ぼした者についてです」
私は刃先をわずかに近づけた。
「誰が命じたのか。なぜ滅ぼされたのか。殿下がご存じのことを、すべて」
「……それを聞いて、君はどうするつもりだい?」
「殺します」
私は即答した。
「どれほど身分の高い相手でも、どれほど権力を持つ相手でも、必ずこの手で殺します」
殿下はしばらく私を見つめていた。そして、不意に微笑んだ。
「そうか。なら、教えてあげてもいいよ」
「……本当ですか?」
「ただし、条件がある。僕の願いを一つ、聞いてほしいんだ」
私は迷わなかった。
「復讐を果たせるのであれば、何でもいたします。この命さえ、差し出しましょう」
「……それは困ったな」
殿下は小さく笑った。
「僕は、君に死んでほしくないんだけど」
「では、何をお望みですか?」
殿下は私の瞳をまっすぐに見つめた。その琥珀色の瞳には、先ほどまでとは違う、妙に真剣な光が宿っていた。
「じゃあ、まず一つ目の願いを聞いてもらおうか」
殿下が、ゆっくりと顔を近づけてくる。私は何をされるのかわからず、ただその瞳を見つめていた。
そして次の瞬間、柔らかな感触が、私の唇に触れた。
◇◇◇
「……私の、ファーストキスだったのに!」
気づけば、私はそう叫んでいた。目の前の第13王子を突き飛ばし、唇を押さえる。顔が熱い。耳まで真っ赤になっているのが、自分でもわかった。
13年間、復讐のために生きてきた。剣を振り、勉学に励み、社交界で笑顔を作り、王宮に近づくためにあらゆる努力を重ねてきた。恋愛など、考えたこともなかった。
当然、誰かと口づけを交わした経験など、一度もない。それなのに。
「そうだったのかい? それは……光栄だね」
ルシアン殿下は、少し驚いたように目を見開いたあと、いつもの微笑みを浮かべた。
「光栄ではありません! 返してください!」
「残念だけど、返すことはできないな。代わりに、僕の初めてのキスも君にあげたということで、許してくれないか?」
「……え?」
思わず、私は殿下を見つめた。
「殿下も、初めてだったのですか?」
「うん。僕はこれまで、誰かを本気で好きになったことがなかったからね」
「……そのようなことを、平然と」
「本当のことだよ。僕にとって、君が初恋なんだ」
殿下は、まるで今日の天気でも語るような口調で言った。私は言葉を失った。この方は、いったい何を考えているのだろう。
自分の喉元に短剣を突きつけた女に、初恋を告白するなど、正気とは思えない。
「……からかわないでください」
「からかってなんていないよ」
「では、なぜ今、そのようなことを?」
「君が何でも願いを聞いてくれると言ったからね。ずっとしたかったことを、お願いしただけさ」
私は再び顔が熱くなるのを感じた。けれど、いつまでもこの男の調子に付き合っているわけにはいかない。深く息を吸い、短剣を鞘に収めた。
「……それで、約束の情報を教えていただけるのでしょうね?」
「ああ。もちろんだよ」
殿下は微笑みを少しだけ収めた。
「まず、君の国が滅ぼされた理由について、僕が知っていることを話そう」
私は椅子に座り直した。胸の鼓動はまだ落ち着かない。けれど、今はそれどころではなかった。
「ルーヴェル王国は、もともと我が国と長年にわたって国境を接していた小国だ。資源も乏しく、軍事力も大きくない。だからこそ、当時の軍部は降伏を受け入れ、属国として存続させる方針だった」
「……それなのに、滅ぼされた」
「そう。しかも、殲滅命令が出されたのは、降伏交渉がまとまりかけていた時期だったんだ」
殿下は指を組んだ。
「命令書には正式な署名がない。けれど、軍の上層部がそれに従ったことは間違いない。つまり、命令を出した人物は、軍部の最高幹部ですら逆らえない立場にいたということになる」
「……それは」
「当時の王族か、あるいはそれに準ずる権力を持った人物だろうね」
私は唇を噛んだ。王族。その言葉だけで、胸の奥に冷たい怒りが広がっていく。
「殿下は、その人物が誰なのか、ご存じなのですか?」
「疑っている人物はいる。でも、まだ断定はできないんだ」
殿下は静かに答えた。
「証拠が足りない。記録だけでは、誰が最後の命令を出したのかまではわからないんだよ」
「……そう、ですか」
私は俯いた。ここまで来て、まだ届かない。13年間、ずっと探し続けてきた答えが、目の前にあるというのに。
「エルシア。君は、あの日のことをどこまで覚えている?」
殿下の声に、私は顔を上げた。
「……あの日、ですか?」
「君の祖国が滅ぼされた日だ。何か、覚えていることはないかい?」
私は目を閉じた。13年前の記憶は、今でも夢に見ることがある。燃え盛る屋敷。逃げ惑う人々。私の手を引いて走る母の姿。そして、最後に見た父の背中。
あの日、父は敵軍の高官と話をしていた。降伏するのだから、これ以上誰も傷つけないでほしいと、必死に訴えていた。けれど、その願いは聞き入れられなかった。
「……一つだけ、覚えていることがあります」
「何だい?」
私はゆっくりと目を開いた。
「父と話していた男のことです。顔は、もう覚えていません。名前も知りません。でも、その男の首筋に、傷がありました」
「……傷?」
「はい。三日月のように曲がった、深い傷です」
殿下の表情が、わずかに変わった。
「……もう少し、詳しく聞かせてくれるかい?」
「男は短髪でした。だから、首筋がよく見えたんです。右側だったと思います。耳の下から、首の後ろにかけて……」
私は指で、その形をなぞった。殿下は黙っていた。いつもなら、何か冗談を口にするはずなのに、今はただ私を見つめている。
「こんなふうに、曲がっていました」
「……」
私は、殿下の様子を窺った。いつもなら、何か冗談を口にするはずなのに、今はただ私を見つめている。
「……殿下?」
「……そうか」
その声は、驚くほど静かだった。
「ようやく、わかったよ」
私は息を呑んだ。
「何が、ですか?」
「君の国を滅ぼした人物が、誰なのか」
心臓が大きく跳ねた。私は思わず立ち上がった。
「……本当ですか?」
「ああ。間違いないと思う」
殿下はゆっくりと目を伏せた。その表情からは、いつもの笑みが消えていた。
「その傷を、僕は知っているんだ」
私は殿下を見つめた。
「……どなたの、傷なのですか?」
殿下はしばらく答えなかった。やがて、静かに口を開いた。
「……僕の父親だよ」
時間が止まったように感じた。
「……え?」
殿下は私の目を見つめた。
「君の祖国を滅ぼしたのは、ヴァルディエ王国の現国王。僕の父親だ」
私は、その場に立ち尽くした。現国王。この国で最も高い地位にある人物。私が今まで、遠い存在としてしか考えていなかった男。
その男が、私の祖国を滅ぼした。父を、母を、すべてを奪った。
「……そんな」
声が震えた。復讐の相手がわかった。13年間、ずっと探し続けてきた答えに、ようやく辿り着いた。
けれど、同時に理解してしまった。国王を殺すということが、どれほど途方もないことなのか。たとえ私の剣が国王の喉に届いたとしても、その後はどうなる。
私は処刑されるだろう。そして、私を養女として迎えてくれたローゼンベルク家も、反逆者の一族として処罰されるかもしれない。
お父様も、お母様も。私を愛してくれた人たちまで、失ってしまう。
「……私は」
私は拳を握り締めた。
「それでも、陛下を許せません」
殿下は何も言わなかった。
「私の祖国は、何も悪いことをしていなかった。降伏しようとしていたのに、それでも滅ぼされた。父も母も、何の罪もない人々も、みんな殺されたんです」
涙が頬を伝った。私は慌てて拭おうとしたが、止まらなかった。
「……それでも、復讐を諦めろと仰るのですか?」
殿下は、静かに首を振った。
「いいや。許さなくていいよ」
「……え?」
「君が父を憎むのは、当然のことだ。僕の父親であることと、君の国を滅ぼした罪は、別の話だろう?」
私は言葉を失った。目の前にいるのは、国王の実の息子だ。それなのに、この方は父親を庇おうとしない。
「……殿下は、お父上を憎んでおられるのですか?」
「そうだね。少なくとも、尊敬はしていないよ」
殿下は小さく笑った。
「僕は昔から、あの人のやり方が嫌いだった。力で人を従わせ、都合の悪いものは消してしまう。そんな人間が国の頂点に立っていることが、ずっと不思議だったんだ」
「……それなら、なぜ今まで何もなさらなかったのですか?」
「証拠がなかったからさ。それに、僕が父を殺したところで、次の王位継承者が王座に座るだけだ。あの戦争に関わった連中も、そのまま残るだろうね」
殿下は窓の外を見た。
「僕が望むのは、父一人の死じゃない。あの国を滅ぼした罪を明らかにし、それを隠してきた者たちも含めて、すべてを終わらせることなんだ」
私は殿下を見つめた。この方は、本気なのだ。自分の父親を、国王を、王座から引きずり下ろそうとしている。
「……ですが、殿下は第13王子です。王位継承権は、決して高くありません」
「うん。13番目だね」
「そのようなお立場で、国王陛下を相手にするなど……」
「不可能だと思う?」
殿下は楽しそうに笑った。
「僕はね、エルシア。昔から、不可能だと言われることほど興味が湧くんだ」
私は思わず、ため息をついた。本当に、変わった方だ。けれど、その言葉には不思議な説得力があった。
この方なら、本当に何かを成し遂げてしまうのではないか。そんな気がした。
「……どうして、そこまでしてくださるのですか?」
私は尋ねた。
「殿下にとって、私はただの花嫁候補です。しかも、あなたのお父上を殺そうとしている女なのですよ?」
「それは、さっきも聞いたよ」
殿下は微笑んだ。
「僕はね、君が好きなんだ」
「……また、そのような」
「本当だよ。君と出会うまで、僕は王族として生きることに、大した意味を見いだせなかった。王位も権力も、欲しいと思ったことがない」
殿下は立ち上がり、私の前に歩み寄った。
「でも、君と出会って変わったんだ。君はいつも一生懸命で、誰に対しても優しくて、それでいて、決して自分を曲げない。そんな君を見ているうちに、僕も何かを本気で欲しいと思うようになった」
「……殿下」
「君となら、王族でなくなっても、国を追われても、何とか生きていける気がしたんだ」
その言葉は、ひどく真っ直ぐだった。私は、どう答えればいいのかわからなかった。復讐のために生きてきた私にとって、誰かと未来を考えることなど、一度もなかったから。
「だから、君に死んでほしくない」
殿下は私の手を取った。
「君が復讐を望むなら、僕は協力する。父を殺したいと言うなら、止めない。でも、君が死ぬような計画には、絶対に賛成しないよ」
「……それでは、どうすれば」
「簡単なことさ」
殿下は、いつもの笑みを浮かべた。
「僕が王になる」
「……はい?」
私は思わず聞き返した。殿下は平然と続ける。
「王位継承権第13位から、王座を奪うんだ。父を引きずり下ろし、あの戦争の真実を明らかにする。そして、君が復讐を果たしたあとも、誰にも君を傷つけさせない」
「……そんなことが、本当にできると?」
「できるかどうかじゃない。やるんだよ」
殿下は私の手を握り直した。
「それに、君は僕の花嫁候補だろう?」
「……それは、そうですが」
「だったら、ちょうどいいじゃないか。僕が王になれば、君は王妃になる」
私は呆然と殿下を見つめた。この方は、本気で言っている。自分の父親を倒し、王位を奪い、私を王妃にするつもりなのだ。
あまりにも無茶苦茶な話だった。けれど、不思議と笑えてきた。
13年間、私はずっと一人で復讐を抱えてきた。誰にも話せず、誰にも頼れず、ただ剣を振り続けてきた。
それなのに今、目の前には、私と同じ方向を見ている人がいる。私の憎しみを否定せず、私の命を惜しみ、共に歩もうと言ってくれる人が。
私は、ゆっくりと殿下の手を握り返した。
「……後悔なさいませんか?」
「何を?」
「私と共に歩むことを、です。きっと、楽な道ではありません」
「知っているよ」
殿下は微笑んだ。
「でも、君と一緒なら、きっと退屈しないだろうね」
私は小さく笑った。この方は、やっぱり変わっている。けれど、そんな変わり者の王子に、私は初めて救われた気がした。
殿下は私の手を引き、まるで舞踏会へ誘うかのように、優雅に一礼した。そして、琥珀色の瞳を楽しそうに細める。
「さあ、僕と一緒に国王を殺そうか。未来の王妃様」
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!(*´ω`*)
復讐のために生きてきた令嬢と、ちょっぴり危険な第13王子。
今回は、そんな二人の出会いと、これから始まる少し物騒で、でもどこか甘い恋のお話を書いてみました♪
一筋縄ではいかない二人ですが、少しでもドキドキしたり、きゅんとしていただけたら嬉しいです(*´꒳`*)
もし「面白かった!」「二人の続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひ評価やブックマークで応援していただけると、とっても嬉しいです!
みなさまからの応援が、これからの執筆の大きな励みになります♪
改めまして、ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
また別のお話でもお会いできたら嬉しいです(*´ω`*)




