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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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復讐のために第13王子の花嫁候補になったのに、なぜか溺愛されています。

作者: 炬燵くらげ
掲載日:2026/10/22

「君は、嘘をつくのが上手だね」


 その言葉を聞いた瞬間、私の心臓が小さく跳ねた。目の前で優雅に紅茶を飲んでいるのは、ヴァルディエ王国の第13王子、ルシアン・ヴァルディエ殿下。柔らかな黒髪に琥珀色の瞳を持つ、今年21歳になる美しい青年だ。

 王位継承権は第13位。政治にも権力にも興味がなく、いつも冗談ばかり口にしている変わり者として知られている。そして私は現在、この方の花嫁候補という立場にあった。


「……突然、何を仰るのですか?」


 私は微笑みを崩さずに尋ねた。


「いや、君は先ほど、この紅茶が好きだと言っただろう? でも、さっきから一口も飲んでいない。香りを確かめたときも、ほんの少し眉が動いていたしね」


 殿下は楽しそうに笑った。


「苦手なんだろう? この茶葉の香りが」

「……恐れ入ります。実は、少々苦手でして」

「やっぱり。別に僕に気を遣う必要なんてないのに。君はもっと、自分の好きなものを好きだと言っていいんだよ」


 そう言って、殿下は侍女に別の紅茶を用意するよう命じた。私は丁寧に礼を述べながら、内心で警戒を強めていた。この方は、思っていた以上に人を観察している。

 些細な仕草から相手の本心を見抜き、それを何でもないことのように口にする。単なる変わり者と片づけるには、少々厄介な人物だった。


「ところで、エルシア」


 殿下は私の名前を呼んだ。


「君は、どうして僕の花嫁候補になったんだい?」

「ローゼンベルク家の娘として、殿下のお役に立てればと思いまして」

「ふうん。本当にそれだけ?」

「もちろんでございます」


 私は微笑んだ。今度は、眉一つ動かさずに。

 エルシア・フォン・ローゼンベルク。19歳。ローゼンベルク辺境伯家の養女であり、銀白色の長い髪と紫色の瞳を持つ、どこにでもいる貴族令嬢。それが、現在の私だった。

 けれど、13年前までの私は、まったく違う名前で呼ばれていた。エルシア・フォン・アルヴェイン。今はもう存在しない、ルーヴェル王国の伯爵令嬢。それが私の本当の出自である。

 6歳のとき、祖国はヴァルディエ王国によって滅ぼされた。王都は焼かれ、家族は殺され、生き残った者はいないとされている。けれど、私は生きていた。

 燃え盛る屋敷から逃がされ、何日も彷徨った末、偶然辿り着いた辺境の地で保護されたのだ。最初は、ローゼンベルク辺境伯家の小さな使用人だった。身寄りもなく、読み書きさえ満足にできない少女を、屋敷の人々は温かく迎えてくれた。

 仕事を教え、文字を教え、食事を与え、寒い夜には毛布を掛けてくれた。そして、子供に恵まれなかった辺境伯夫妻は、いつしか私を本当の娘のように可愛がるようになった。

 9歳のとき、私は正式に養女となった。お父様もお母様も、心から愛している。あの方々に拾われなければ、私はとっくに死んでいただろう。

 だからこそ、二人には決して知られてはならない秘密があった。私は、祖国を滅ぼした者を殺すために生きている。

 剣術を学び始めたのも、そのためだった。辺境伯家の騎士たちは、私に武術の才能があると喜んでくれた。お父様も、護身のためならと鍛錬を許してくださった。

 けれど、私が毎日のように剣を振り続けた理由は、誰にも話していない。13年間、ただひたすらに鍛え続けた。今では辺境伯領の騎士団長ですら、私との手合わせを嫌がるほどになった。

 それでも、国王の首に剣を届かせるには足りない。必要なのは力だけではなく、情報と立場だった。だから私は、王宮に近づいた。

 そして幸運にも、第13王子の花嫁候補という地位を手に入れたのである。


「エルシア?」


 殿下の声に、私は意識を戻した。


「申し訳ございません。少し考え事をしておりました」

「そうかい。君は時々、ずいぶん遠くを見ているような顔をするね」

「……そのようなことは」

「あるよ。今だって、僕の顔を見ながら別のことを考えていただろう?」


 殿下はくすりと笑った。私は静かに紅茶を口に運ぶ。新しく用意されたものは、確かに私の好みに合っていた。

 この方は人の好みを見抜くことに長けているらしい。けれど、それだけだ。私の秘密に辿り着けるはずがない。

 そう思っていた。


「そういえば、君はルーヴェル王国という国を知っているかい?」


 カップを持つ指に、わずかに力が入った。私はゆっくりと紅茶を置いた。


「……歴史の授業で、名前を聞いたことがございます」

「13年前に滅びた小国だ。ヴァルディエ王国との領土紛争が原因だったとされているね」

「ええ。そのように記憶しております」


 殿下は窓の外に目を向けた。庭園には秋の花々が咲き、穏やかな午後の日差しが差し込んでいる。こんな美しい場所で、あの国の名前を聞くことになるとは思わなかった。


「でもね、おかしいんだよ」

「……何が、でしょうか?」

「あの国は、滅ぼされる必要なんてなかったんだ」


 私は呼吸を忘れた。殿下は、まるで天気の話でもするような口調で続ける。


「当時の記録を調べたんだ。王家の秘録庫には、直系王族しか閲覧できない文書がある。もっとも、13年も前に滅んだ小国の記録なんて、誰も読もうとしないけれどね」

「……それで、何がわかったのですか?」

「本来、ルーヴェル王国は降伏する予定だった。少なくとも、軍の上層部はそれを受け入れる方向で動いていたらしい」


 私は膝の上で拳を握った。


「ところが、直前になって命令が変わった。降伏を認めず、王都を徹底的に攻撃するように、とね」

「……その命令は、誰が?」

「それが不思議なことに、命令書には正式な署名が残っていないんだ」


 殿下は微笑んだ。


「変だろう? 国を一つ滅ぼすほどの命令なのに、誰が出したのかわからないなんて」


 私は答えられなかった。13年間、ずっと知りたかったこと。どうして祖国が滅ぼされたのか。なぜ、降伏したはずの人々まで殺されたのか。

 その答えに、目の前の男は手を伸ばしている。しかも、私には決して入ることのできない場所で。


「殿下は、なぜそのような記録をお調べになったのですか?」

「気になったからさ」

「……それだけで?」

「うん。誰も疑問に思わないことほど、調べてみると面白いものだよ」


 その笑顔を見た瞬間、私はようやく理解した。この方は、ただの変わり者ではない。何かがおかしいと感じれば、誰も気に留めない小さな違和感を、どこまでも追いかける人間なのだ。


「ところで、エルシア」


 殿下は私を見つめた。


「君がローゼンベルク家に迎えられたのも、ちょうど13年前だったね」

「……ええ」

「それ以前の記録が、ほとんど残っていない。辺境で保護された孤児だったと聞いているけれど」

「その通りでございます」

「不思議な偶然だね。ルーヴェル王国が滅びた年と同じだなんて」


 背筋に冷たいものが走った。殿下は続ける。


「君は時々、古い言い回しを使うだろう? 以前、庭師に花の名前を尋ねたときもそうだった。今ではほとんど使われない言葉だったけれど、ルーヴェル王国の古い文献に似た表現があったんだ」

「……辺境の方言ではないでしょうか」

「その可能性もあるね。むしろ、そちらの方がずっと自然だ」


 殿下はあっさりと認めた。そして、指先でカップの縁をなぞる。


「ただ、もう一つだけ気になることがある。戦後の搬送記録に、身元不明の少女が一人いたんだ。最終的な報告書では生存者なしとされているのにね」

「……」

「もちろん、その少女がどうなったのかはわからない。記録の誤りかもしれないし、まったく別の土地の子供だったのかもしれない」


 殿下は微笑んだ。


「だから、ずっと確信が持てなかったんだよ」


 私は息を呑んだ。今の言葉は、明らかに私に向けられていた。


「……何を、仰りたいのでしょうか?」

「もし、あの国に生き残りがいたとしたら、君はどう思う?」


 私は殿下を見つめた。柔らかな黒髪。琥珀色の瞳。人畜無害に見える微笑み。

 そのすべてが、今は恐ろしく感じられた。


「……お気の毒だと、思います」

「どうして?」

「祖国を失い、家族を失ったのですから」

「そうだね。でも、家族を失ったとは限らないんじゃないかな?」


 殿下は静かに首を傾げた。


「僕は生き残りがいたかもしれないと言っただけだよ。家族が全員死んだとは、一言も言っていない」


 しまった。そう思ったときには、もう遅かった。私の沈黙を見て、殿下の瞳がわずかに細められる。


「……なるほど」


 その声には、先ほどまでの軽薄さがなかった。


「ようやく、繋がった気がするよ」


 私は立ち上がった。もう、取り繕う必要はない。腰に隠していた短剣を抜くと、銀色の刃が午後の日差しを反射した。

 次の瞬間には、殿下の喉元に切っ先を突きつけていた。その動きに迷いはない。13年間、何千回、何万回と繰り返してきた動作だった。

 殿下が身じろぎすれば、その喉を裂くこともできる。私はそれほどの技量を身につけていた。


「……驚いたな」


 殿下は目を瞬かせた。


「君は剣まで使えるのかい? しかも、ずいぶん腕が立つようだ」

「知っていることを、すべてお話しください」

「何について?」

「ルーヴェル王国を滅ぼした者についてです」


 私は刃先をわずかに近づけた。


「誰が命じたのか。なぜ滅ぼされたのか。殿下がご存じのことを、すべて」

「……それを聞いて、君はどうするつもりだい?」

「殺します」


 私は即答した。


「どれほど身分の高い相手でも、どれほど権力を持つ相手でも、必ずこの手で殺します」


 殿下はしばらく私を見つめていた。そして、不意に微笑んだ。


「そうか。なら、教えてあげてもいいよ」

「……本当ですか?」

「ただし、条件がある。僕の願いを一つ、聞いてほしいんだ」


 私は迷わなかった。


「復讐を果たせるのであれば、何でもいたします。この命さえ、差し出しましょう」

「……それは困ったな」


 殿下は小さく笑った。


「僕は、君に死んでほしくないんだけど」

「では、何をお望みですか?」


 殿下は私の瞳をまっすぐに見つめた。その琥珀色の瞳には、先ほどまでとは違う、妙に真剣な光が宿っていた。


「じゃあ、まず一つ目の願いを聞いてもらおうか」


 殿下が、ゆっくりと顔を近づけてくる。私は何をされるのかわからず、ただその瞳を見つめていた。

 そして次の瞬間、柔らかな感触が、私の唇に触れた。



◇◇◇



「……私の、ファーストキスだったのに!」


 気づけば、私はそう叫んでいた。目の前の第13王子を突き飛ばし、唇を押さえる。顔が熱い。耳まで真っ赤になっているのが、自分でもわかった。

 13年間、復讐のために生きてきた。剣を振り、勉学に励み、社交界で笑顔を作り、王宮に近づくためにあらゆる努力を重ねてきた。恋愛など、考えたこともなかった。

 当然、誰かと口づけを交わした経験など、一度もない。それなのに。


「そうだったのかい? それは……光栄だね」


 ルシアン殿下は、少し驚いたように目を見開いたあと、いつもの微笑みを浮かべた。


「光栄ではありません! 返してください!」

「残念だけど、返すことはできないな。代わりに、僕の初めてのキスも君にあげたということで、許してくれないか?」

「……え?」


 思わず、私は殿下を見つめた。


「殿下も、初めてだったのですか?」

「うん。僕はこれまで、誰かを本気で好きになったことがなかったからね」

「……そのようなことを、平然と」

「本当のことだよ。僕にとって、君が初恋なんだ」


 殿下は、まるで今日の天気でも語るような口調で言った。私は言葉を失った。この方は、いったい何を考えているのだろう。

 自分の喉元に短剣を突きつけた女に、初恋を告白するなど、正気とは思えない。


「……からかわないでください」

「からかってなんていないよ」

「では、なぜ今、そのようなことを?」

「君が何でも願いを聞いてくれると言ったからね。ずっとしたかったことを、お願いしただけさ」


 私は再び顔が熱くなるのを感じた。けれど、いつまでもこの男の調子に付き合っているわけにはいかない。深く息を吸い、短剣を鞘に収めた。


「……それで、約束の情報を教えていただけるのでしょうね?」

「ああ。もちろんだよ」


 殿下は微笑みを少しだけ収めた。


「まず、君の国が滅ぼされた理由について、僕が知っていることを話そう」


 私は椅子に座り直した。胸の鼓動はまだ落ち着かない。けれど、今はそれどころではなかった。


「ルーヴェル王国は、もともと我が国と長年にわたって国境を接していた小国だ。資源も乏しく、軍事力も大きくない。だからこそ、当時の軍部は降伏を受け入れ、属国として存続させる方針だった」

「……それなのに、滅ぼされた」

「そう。しかも、殲滅命令が出されたのは、降伏交渉がまとまりかけていた時期だったんだ」


 殿下は指を組んだ。


「命令書には正式な署名がない。けれど、軍の上層部がそれに従ったことは間違いない。つまり、命令を出した人物は、軍部の最高幹部ですら逆らえない立場にいたということになる」

「……それは」

「当時の王族か、あるいはそれに準ずる権力を持った人物だろうね」


 私は唇を噛んだ。王族。その言葉だけで、胸の奥に冷たい怒りが広がっていく。


「殿下は、その人物が誰なのか、ご存じなのですか?」

「疑っている人物はいる。でも、まだ断定はできないんだ」


 殿下は静かに答えた。


「証拠が足りない。記録だけでは、誰が最後の命令を出したのかまではわからないんだよ」

「……そう、ですか」


 私は俯いた。ここまで来て、まだ届かない。13年間、ずっと探し続けてきた答えが、目の前にあるというのに。


「エルシア。君は、あの日のことをどこまで覚えている?」


 殿下の声に、私は顔を上げた。


「……あの日、ですか?」

「君の祖国が滅ぼされた日だ。何か、覚えていることはないかい?」


 私は目を閉じた。13年前の記憶は、今でも夢に見ることがある。燃え盛る屋敷。逃げ惑う人々。私の手を引いて走る母の姿。そして、最後に見た父の背中。

 あの日、父は敵軍の高官と話をしていた。降伏するのだから、これ以上誰も傷つけないでほしいと、必死に訴えていた。けれど、その願いは聞き入れられなかった。


「……一つだけ、覚えていることがあります」

「何だい?」


 私はゆっくりと目を開いた。


「父と話していた男のことです。顔は、もう覚えていません。名前も知りません。でも、その男の首筋に、傷がありました」

「……傷?」

「はい。三日月のように曲がった、深い傷です」


 殿下の表情が、わずかに変わった。


「……もう少し、詳しく聞かせてくれるかい?」

「男は短髪でした。だから、首筋がよく見えたんです。右側だったと思います。耳の下から、首の後ろにかけて……」


 私は指で、その形をなぞった。殿下は黙っていた。いつもなら、何か冗談を口にするはずなのに、今はただ私を見つめている。


「こんなふうに、曲がっていました」

「……」


 私は、殿下の様子を窺った。いつもなら、何か冗談を口にするはずなのに、今はただ私を見つめている。


「……殿下?」

「……そうか」


 その声は、驚くほど静かだった。


「ようやく、わかったよ」


 私は息を呑んだ。


「何が、ですか?」

「君の国を滅ぼした人物が、誰なのか」


 心臓が大きく跳ねた。私は思わず立ち上がった。


「……本当ですか?」

「ああ。間違いないと思う」


 殿下はゆっくりと目を伏せた。その表情からは、いつもの笑みが消えていた。


「その傷を、僕は知っているんだ」


 私は殿下を見つめた。


「……どなたの、傷なのですか?」


 殿下はしばらく答えなかった。やがて、静かに口を開いた。


「……僕の父親だよ」


 時間が止まったように感じた。


「……え?」


 殿下は私の目を見つめた。


「君の祖国を滅ぼしたのは、ヴァルディエ王国の現国王。僕の父親だ」


 私は、その場に立ち尽くした。現国王。この国で最も高い地位にある人物。私が今まで、遠い存在としてしか考えていなかった男。

 その男が、私の祖国を滅ぼした。父を、母を、すべてを奪った。


「……そんな」


 声が震えた。復讐の相手がわかった。13年間、ずっと探し続けてきた答えに、ようやく辿り着いた。

 けれど、同時に理解してしまった。国王を殺すということが、どれほど途方もないことなのか。たとえ私の剣が国王の喉に届いたとしても、その後はどうなる。

 私は処刑されるだろう。そして、私を養女として迎えてくれたローゼンベルク家も、反逆者の一族として処罰されるかもしれない。

 お父様も、お母様も。私を愛してくれた人たちまで、失ってしまう。


「……私は」


 私は拳を握り締めた。


「それでも、陛下を許せません」


 殿下は何も言わなかった。


「私の祖国は、何も悪いことをしていなかった。降伏しようとしていたのに、それでも滅ぼされた。父も母も、何の罪もない人々も、みんな殺されたんです」


 涙が頬を伝った。私は慌てて拭おうとしたが、止まらなかった。


「……それでも、復讐を諦めろと仰るのですか?」


 殿下は、静かに首を振った。


「いいや。許さなくていいよ」

「……え?」

「君が父を憎むのは、当然のことだ。僕の父親であることと、君の国を滅ぼした罪は、別の話だろう?」


 私は言葉を失った。目の前にいるのは、国王の実の息子だ。それなのに、この方は父親を庇おうとしない。


「……殿下は、お父上を憎んでおられるのですか?」

「そうだね。少なくとも、尊敬はしていないよ」


 殿下は小さく笑った。


「僕は昔から、あの人のやり方が嫌いだった。力で人を従わせ、都合の悪いものは消してしまう。そんな人間が国の頂点に立っていることが、ずっと不思議だったんだ」

「……それなら、なぜ今まで何もなさらなかったのですか?」

「証拠がなかったからさ。それに、僕が父を殺したところで、次の王位継承者が王座に座るだけだ。あの戦争に関わった連中も、そのまま残るだろうね」


 殿下は窓の外を見た。


「僕が望むのは、父一人の死じゃない。あの国を滅ぼした罪を明らかにし、それを隠してきた者たちも含めて、すべてを終わらせることなんだ」


 私は殿下を見つめた。この方は、本気なのだ。自分の父親を、国王を、王座から引きずり下ろそうとしている。


「……ですが、殿下は第13王子です。王位継承権は、決して高くありません」

「うん。13番目だね」

「そのようなお立場で、国王陛下を相手にするなど……」

「不可能だと思う?」


 殿下は楽しそうに笑った。


「僕はね、エルシア。昔から、不可能だと言われることほど興味が湧くんだ」


 私は思わず、ため息をついた。本当に、変わった方だ。けれど、その言葉には不思議な説得力があった。

 この方なら、本当に何かを成し遂げてしまうのではないか。そんな気がした。


「……どうして、そこまでしてくださるのですか?」


 私は尋ねた。


「殿下にとって、私はただの花嫁候補です。しかも、あなたのお父上を殺そうとしている女なのですよ?」

「それは、さっきも聞いたよ」


 殿下は微笑んだ。


「僕はね、君が好きなんだ」

「……また、そのような」

「本当だよ。君と出会うまで、僕は王族として生きることに、大した意味を見いだせなかった。王位も権力も、欲しいと思ったことがない」


 殿下は立ち上がり、私の前に歩み寄った。


「でも、君と出会って変わったんだ。君はいつも一生懸命で、誰に対しても優しくて、それでいて、決して自分を曲げない。そんな君を見ているうちに、僕も何かを本気で欲しいと思うようになった」

「……殿下」

「君となら、王族でなくなっても、国を追われても、何とか生きていける気がしたんだ」


 その言葉は、ひどく真っ直ぐだった。私は、どう答えればいいのかわからなかった。復讐のために生きてきた私にとって、誰かと未来を考えることなど、一度もなかったから。


「だから、君に死んでほしくない」


 殿下は私の手を取った。


「君が復讐を望むなら、僕は協力する。父を殺したいと言うなら、止めない。でも、君が死ぬような計画には、絶対に賛成しないよ」

「……それでは、どうすれば」

「簡単なことさ」


 殿下は、いつもの笑みを浮かべた。


「僕が王になる」

「……はい?」


 私は思わず聞き返した。殿下は平然と続ける。


「王位継承権第13位から、王座を奪うんだ。父を引きずり下ろし、あの戦争の真実を明らかにする。そして、君が復讐を果たしたあとも、誰にも君を傷つけさせない」

「……そんなことが、本当にできると?」

「できるかどうかじゃない。やるんだよ」


 殿下は私の手を握り直した。


「それに、君は僕の花嫁候補だろう?」

「……それは、そうですが」

「だったら、ちょうどいいじゃないか。僕が王になれば、君は王妃になる」


 私は呆然と殿下を見つめた。この方は、本気で言っている。自分の父親を倒し、王位を奪い、私を王妃にするつもりなのだ。

 あまりにも無茶苦茶な話だった。けれど、不思議と笑えてきた。

 13年間、私はずっと一人で復讐を抱えてきた。誰にも話せず、誰にも頼れず、ただ剣を振り続けてきた。

 それなのに今、目の前には、私と同じ方向を見ている人がいる。私の憎しみを否定せず、私の命を惜しみ、共に歩もうと言ってくれる人が。

 私は、ゆっくりと殿下の手を握り返した。


「……後悔なさいませんか?」

「何を?」

「私と共に歩むことを、です。きっと、楽な道ではありません」

「知っているよ」


 殿下は微笑んだ。


「でも、君と一緒なら、きっと退屈しないだろうね」


 私は小さく笑った。この方は、やっぱり変わっている。けれど、そんな変わり者の王子に、私は初めて救われた気がした。

 殿下は私の手を引き、まるで舞踏会へ誘うかのように、優雅に一礼した。そして、琥珀色の瞳を楽しそうに細める。


「さあ、僕と一緒に国王を殺そうか。未来の王妃様」


最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!(*´ω`*)


復讐のために生きてきた令嬢と、ちょっぴり危険な第13王子。


今回は、そんな二人の出会いと、これから始まる少し物騒で、でもどこか甘い恋のお話を書いてみました♪


一筋縄ではいかない二人ですが、少しでもドキドキしたり、きゅんとしていただけたら嬉しいです(*´꒳`*)


もし「面白かった!」「二人の続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひ評価やブックマークで応援していただけると、とっても嬉しいです!


みなさまからの応援が、これからの執筆の大きな励みになります♪


改めまして、ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!


また別のお話でもお会いできたら嬉しいです(*´ω`*)

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