第九話-5
レジ台の幅って、見た目よりも遠いって思い知らされた。
それは、あたしと『あの人』の見える距離じゃない。
『店員』と『客』という、『役割』の心理的な距離。
それは、多分誰もが思っているよりも遠い。もしかしたら、月よりも遠いかもしれない。
それはたったひと言。
たったひと言が、その現実を突きつけ・・・あたしの幻想を壊した。
『毎日、この時間までお仕事お疲れ様です。』
笑顔で発したこの言葉が、『あの人』との距離を宇宙の果てほども遠くした。
慈しむように見ていてくれた目は、細く鋭く氷の様に変わり、あたしの声など耳にも届いてないかのように、あたしの前には立たなくなってしまった。
レジで順番待ちをしていても、あたしのところには足を向けないし、あたしだけしかレジに居なければ、踵を返してしまう。
別にクレームになったりはしてないけれど、『あの人』はもうあたしの前には立ってくれない。
ただただ、明確な拒絶があるだけ。
何が悪かったのか、今でも判らない。
何が気に入らなかったのか、全く心当たりがない。
だからこそ、『あの人』との距離はもう埋まらない。
判っていても、『あの人』の顔を見る度に悲しくなる。
余計なひと言を言わなければ・・・。
あたしが距離感を間違わなければ・・・。
そんな後悔をしない日はない。
でも・・・。
今日は違った。
見てないフリをしてくれたけど、如月くんは判ってくれていた。
如月くんは、あたしを見てくれていた。
彼が足早に来てくれた時、頬が緩むような温かさを感じる事が出来た。
『大丈夫。頑張ってるのを見てるよっ』って言ってる気がした。
だから、多分あたしはまた頑張れる。
また頬が緩む感じがして、思わず両の頬を抑える。
少しだけ、頬に火照りがあるよう。
そして腕時計に目を遣れば、7時は5分程過ぎていた。
緩んだ両の頬を少しだけ叩き、制服の上着に入れてあるICカードをリーダーに通して勤怠を終えると、鞄とバッグを持って更衣室を後にする。
少しだけ速足で、残ってる同僚に挨拶をして出入口に向かう。
約束があったわけじゃないけれど、確信めいたものがあった。
如月くんは、きっと待っててくれてる。
何故だか判らないけれど、そう信じられた。
その想いを胸に、電子音を背中に受ける・・・。




