第九話-4
あたしの知らない世界は、どこまでも広がっている。
あたしが今の生活に疑問を持っていなかった間に、みんなの世界は光り広がり、楽しさに満ちているように感じた。
でも、あたしの両親に長期の休暇なんてない。
夏休みは交代で当番勤務。部活動があれば、その監督。数日取れる夏休みは交代で取り、希望なんて通らない。しかも両親揃っての休みなんて、あたしが覚えている限り、一度だってなかった。
年末年始は休みでも、こちらは親戚の集まりなどで出掛ける間などどこにもない。
春休みは短く、しかも異動があるため引き継ぎ業務や、新学期のクラス分けなど準備期間。
遊んで貰った記憶なんて、どこにもない。
だから逃げたかった。
どこか遠くへ・・・ではなく、『自分が必要とされ、褒められる場所』へ。
それが、今のバイト先。
駅前のコンビニ。
生活の中にあり、毎日使うバスがあり、友達もやってくる中で、誰の目に見える形で判りやすい『あたしの居場所』。『あたしを必要としてくれる場所』。
あたしは、この場所が好き。
レジも品出しも、店内調理だって好き。
誰でも出来ると言う人もいるけれど、それで良いと思う。誰でも出来て、特別目立たないかもしれないけど、でもみんなの役に立ってる自分がいる。
それが大事。あたしが安心できる場所だから、あたしはここが好き。
だけど、『あの人』は・・・。
『あの人』は、あたしが最初にレジに立った時、最初に来てくれたお客さんだった。
今でも覚えている。
コーヒーとシュークリームを買って行ってくれた。
まだ慣れてないあたしが操作にもたついても何も言わず、ただ黙って見ていてくれた。
初めて会計処理が出来た時、『ありがとう』と言ってくれた。
たったひと言の『ありがとう』が、これ程に心が温かくなると教えてくれたのは、『あの人』なんだ。
それから何度も何度も来てくれた。
平日の毎日同じ時間。
土日は見たことが無いから、多分仕事の帰りなんだと思う。
名前は知らない。
歳も知らない・・・でも、多分20代の中盤くらいかな?少し落ち着いた雰囲気で、でもまだ顔に幼さの影が残っていたから。
薬指に指輪が無いから、多分独身。
でも、どこに住んでるかなんて知らない。電車やバスが来ない時間に来てるから、車か、もしくはこのあたりで歩けるあたりに居るのかもしれない。
でも、コンビニで甘いものとコーヒーを買ってくれることしか知らない。
なのに、あたしは『あの人』と距離が縮まった気がしてた。
・・・
そんな事、無かったのにね。




