第九話-2
自動ドアが開き、来客を知らせる電子音が流れる。
ふわりと店内の空気が頬を撫でるのと同時に、
「いらっしゃいませーっ!」
と、元気の良い、可愛らしい声が跳ねる。
目の前のレジで、ちょっと小柄な可愛らしい店員さんが、お客にレジ袋に入った商品を渡す。
「ありがとうございましたっ!」
元気な声と、愛らしい笑顔を向けて。
お客の影が俺の横を通り過ぎて視界が開けると、レジの見知った顔がよく見えた。
可愛らしく、元気な笑顔。
バイト中だからか、目立たぬように小さく手を振って、俺の入店を迎えてくれる。
「いらっしゃい、如月くんっ」
「やあ、バイトお疲れ様。秋山さん」
お互い短く言葉を交わし、彼女に向かって軽く手を振って、入り口から少し右奥手に足を運びだす。
あまり私語を交わすのも良ろしくはあるまい。
もう一歩、奥へと足を運ぼうとした時、レジから少し身を乗り出し手を挙げる彼女。
「お次でお待ちのお客様ーっ!こちらへどうぞーっ!!」
彼女の明るい声が、また跳ねる。
『秋山柚葉』と言う女の子の持つ、『可愛らしさ』『愛らしさ』『人懐っこさ』を感じさせるような、良く通る声。近くでいつまでも聞いていたいと感じさせるような、心に響いてくる声。
でも。
奥側のレジに並んでいる、次の人は動かない。
少し顔を彼女の方に向けるが、すぐにまた前にあるレジに向く。
前にあるレジでは、まだ会計が終わっていないのだから、すぐに会計の出来る彼女の方に向かうのが道理のはず。
でも、その男は動かない。
伸ばした手に躊躇いが籠る。綺麗に伸ばした指先が、まるで求めた事を拒まれたかのように力を失い、僅かに項垂れる。目線だけが僅かに俯き、口角に寂しさが滲むようだ。
それでも、改めて声を掛けるが、その男は反応しない。
後ろに並んでいる客が些か怪訝そうな顔をしているが、気に掛けた風は無い。
その態度には、明らかな『柚葉ちゃんへの拒否』が滲んでいた。
伸ばした指先が力なく宙を掻き、レジ台に戻って行く。
少し肩を落とし、伏せ気味な目が彼女には似合わない。
何故・・・?
そうは思っても、声に出す事は憚られる。
ここは彼女のバイト先であり、しかも双方の当事者が揃っている。
そこで今の状況を問うなど、騒ぎを起こすだけの事。
それは彼女も望むまい。
俺は気付かぬ風を装い、店奥へとレジを背にする。
彼女が何時までバイトをするのかは知らないが、平日でもあり、そう遅くにはならないだろうと予測は付く。
俺は、温かいコーヒーのペットボトルを2つ手にする。
ひとつは微糖、もうひとつは甘いカフェ・オ・レ。
そして、小さいクッキーが5つ入ったパック。
アーモンドのような主張の強いナッツではなく、柔らかく香りの良いマカダミア。
さっくりと軽い口当たりのクッキーを選んで、レジに並ぶ。
幸い、並んでいる客は少ない。
丁度、電車やバスの到着時刻とはズレていて、このコンビニを利用する人の少ない時間帯なのだろう。
特に何もなくレジは進み、俺の番となる。
「お次のお客様ーっ!こちらへ・・・っ」
その言葉が終わり切らぬ間に、足早に彼女の前へと進む。
特別急いだつもりはないけれど、それでも早く彼女の前に進み出たかった。
先ほどの『男』の意識を消して貰いたい思いがあったのだろうけれど、それが思わずも露骨に出てしまっただろうか?
彼女は、少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑顔を見せてくれる。
いつもの明るい笑顔ではなく、少し照れたような優しい笑顔。
そして、少しだけゆっくりと商品のバーコードを読ませる。
ふうっと、ひと呼吸おいてから、ひと言。
「レジ袋はどうされますか?」
ちょっとだけ小首を傾げながら、柔らかな笑顔で。
その笑顔に、先ほどの『男』が残した影のようなものは無い。
・・・いや、もしかしたらその笑顔の裏には、まだ影が残っているのかもしれない。けれども、それは俺
からは見る事が出来ない。
きっと、見せたくは無いのだろう・・・。
俺は少しだけ戸惑いを見せたのかもしれない。
「え・・?あ、ああ・・・ください」と、ぎこちなくなってしまった。
くすりと小さく笑いながら、商品を袋に入れ、手渡してくれる。俺も小さく微笑みながら受け取り、少しだけ手を振ってレジを後にするが、
「如月くんっ」
小さな声で、彼女に呼び止められる。
何事かと思い振り向けば、多分、バイト中一番の笑顔を俺に向けてくれた。
もちろん、俺はずっとバイト中の彼女を見ているわけじゃないけれど、でも何故かそんな感じを持ってしまった。
作ったような笑顔じゃない。
秋山柚葉という女の子の持つ魅力のような笑顔。
もし許されるなら、その笑顔をずっと見ていたい・・・そんな笑顔。
多分、見とれていたのは一瞬だけだ。
「ありがとうございましたっ!」という、彼女のひと言で現実に戻り、また小さく手を振ってレジを後にする。
背中に彼女の笑顔を感じながら、自動ドアの電子音が流れる。




