平凡な村人の俺が行方不明王子に仕立て上げられた件
第一章
顔が似ていただけで、人生が詰んだ
――人生とは、理不尽の連続である。
それを、レイは今日ほど痛感したことはなかった。
「……いや、だから違うって言ってるだろ?」
王都西門。
朝露が残る石畳の上で、レイは三人の兵士に囲まれていた。
槍先が、近い。
近すぎる。
「その言い訳はもう聞いた」
「観念しろ」
「王子殿下」
「だから違うって言ってるだろ!!」
思わず声が裏返った。
レイは、どこにでもいる平凡な村人である。
職業・雑用。
特技・荷運び。
将来の夢・とりあえず飯に困らない生活。
そんな人生設計を根こそぎ粉砕する単語が、今しがたから飛び交っている。
――王子殿下。
「お前らさ、顔が似てるだけで人を捕まえるなよ……」
半泣きでそう言うと、兵士の一人が目を細めた。
「“顔が似ている”?」
嫌な間が空いた。
「似ている、ではない」
「瓜二つ、だ」
「いや、鏡かと思った」
「褒めてねぇよ!!」
思わずツッコんだが、誰も笑わない。
むしろ兵士たちは、確信を深めたような顔をしていた。
「やはり……」
「殿下、ご無事で何よりです」
「だから殿下じゃねぇ!!」
◇
事の発端は、ほんの十分前だった。
レイはいつものように王都で日雇い仕事を探していた。
荷運びでも、掃除でも、なんでもいい。
――その途中。
門前の掲示板の前で、人だかりができていた。
「王子が……行方不明……?」
張り紙には、そう書かれていた。
第三王子レオンハルト失踪。
王城を抜け出したまま消息不明。
似顔絵付き。
「……あ」
思わず、声が漏れた。
貼られていた肖像画。
それは――
「俺じゃん」
冗談抜きで。
髪の色。
目の形。
眉の角度。
違うのは服装だけ。
王子は豪奢で、レイはボロ布。
「……やばくね?」
その瞬間、背後から声がした。
「――見つけたぞ」
そして現在に至る。
◇
「とりあえず王城へ」
有無を言わさず、レイは連行された。
「待て待て待て! 話せば分かる!」
「俺、読み書きできるだけの村人だぞ!?」
「王子の教育なんて受けてねぇし!」
「記憶喪失ですか」
「なるほど」
「よくある話だ」
「あるか!!」
叫びは虚しく、馬車の扉が閉まる。
ガタン、と揺れ。
レイは頭を抱えた。
(……終わった)
どう考えても、詰みである。
王子に似ている。
王子が行方不明。
王宮は混乱中。
――どう考えても、替え玉扱いだ。
「いやいやいや……」
「絶対に拷問コースだろ……」
胃が痛い。
だが、レイの予想は――
最初から、盛大に外れる。
◇
王城は、想像以上だった。
広い。
豪華。
そして――静まり返っている。
「殿下……」
通される廊下で、誰もが頭を下げる。
「殿下、ご無事で……」
「よくぞお戻りに……」
「いや戻ってねぇ!!」
だが誰も聞いていない。
玉座の間に通される。
そこにいたのは、白髪の王。
疲れ切った目。
そして――
レイを見るなり、王は立ち上がった。
「……レオンハルト」
その声は、震えていた。
「父上……?」
(いや違う違う違う!!)
だが、声が出なかった。
圧に負けた。
「……無事で、よかった……」
王が、安堵の息を吐く。
その瞬間。
レイの人生は、静かに、確実に――
“王子”として再構築され始めた。
◇
そしてこの男は、まだ知らない。
これから起こるすべての出来事が、
・彼の意思とは無関係に
・彼の能力とは無関係に
・ただただ「運」だけで
国家規模の奇跡として解釈されていくことを。
平凡な村人レイの受難は、
こうして幕を開けた。
第二章
毒杯を落としただけなのに、英雄扱いされました
――王宮という場所は、音がしない。
正確には、人がいるのに音を立てない。
レイは玉座の間を出て、用意された客間へ案内されながら、そんなことを考えていた。
「……なあ、本当に人違いだって言えば、今からでも帰れるよな?」
誰にともなく呟く。
返事はない。
当然だ。
付き従う侍従も近衛兵も、**「王子が深い思索に入っている」**という顔で、距離を保っている。
(あ、これダメなやつだ)
完全に空気が固まっていた。
◇
その夜、ささやかな――いや、王族基準では控えめな――晩餐が用意された。
円卓。
銀の食器。
料理の匂い。
そして、緊張で引き攣った顔の重臣たち。
「……」
レイは席に着いた瞬間、察した。
(これ、絶対に何かある)
理由は分からない。
だが、空気が悪すぎる。
誰も料理に手を付けない。
視線だけが、ちらちらとこちらに向けられている。
「殿下……」
宰相らしき初老の男が、慎重に声をかけた。
「長旅でお疲れでしょう。無理はなさらず……」
「……あ、ああ」
曖昧に頷く。
(どうしよう……)
(俺、作法も何も知らねぇ……)
レイは内心でパニックになっていた。
とりあえず、目の前のワインに手を伸ばす。
その瞬間。
――つるっ。
「……っ!?」
指が滑った。
グラスが傾き、床へ――
ガシャン!!
割れた。
真っ赤なワインが、石床に広がる。
場が、凍りついた。
「……あ」
やってしまった。
(王子のくせにグラス落とすとか終わった……)
(処刑かな……)
だが。
次の瞬間。
「……な、なんと……」
宰相の声が、震えた。
「殿下……!」
重臣たちが、一斉に立ち上がる。
「まさか……!」
「やはりお気づきでしたか……!」
「……は?」
レイは、完全に思考停止した。
近衛騎士の一人が、床に落ちたワインを確認し、顔色を変える。
「……毒だ」
「なにっ!?」
ざわめきが走る。
「微量ですが、確実に致死性……!」
「殿下が口を付けていれば……」
全員の視線が、レイに集中した。
「殿下……」
「沈黙は……」
「やはり、敵の動きを読んで……」
(いやいやいやいや!!)
(俺、ただ滑っただけだから!!)
必死に弁明しようと口を開く。
「ち、違――」
だが。
「さすがです……殿下」
「これほど自然に回避するとは……」
「……」
誰も聞いていない。
むしろ。
「暗殺者は、王宮内部に……!」
「すぐに調査を!」
場は一気に**“王子を守れモード”**へ突入した。
◇
その後。
レイは別室へ通された。
護衛が二倍に増えた。
侍女の数も増えた。
そして――
「殿下……」
扉の前で、ひときわ緊張した声がした。
現れたのは、一人の少女だった。
長い金髪。
気品ある青い瞳。
軍装に近い服。
どう見ても、ただ者ではない。
「……どなた?」
「王女殿下の近衛騎士、
ミリア・フォルテスと申します」
跪く。
(近衛騎士!?)
(なんで俺に!?)
ミリアは顔を上げ、真剣な目でレイを見た。
「本日の件……」
「殿下は、暗殺の気配を察知しておられたのですね」
「……え?」
「私は、気づけませんでした」
「それを、殿下は……」
拳を握る。
「……お救いいただき、感謝いたします」
(だから違うって!!)
喉まで出かかったが、言えなかった。
なぜなら。
ミリアの目が、完全に尊敬のそれだったからだ。
(……言えねぇ……)
◇
その夜。
レイは、天蓋付きのベッドに沈み込み、天井を見つめていた。
「……どうしてこうなった」
今日一日で、
•王子認定が確定
•暗殺回避の英雄
•重臣の信頼MAX
•近衛騎士に尊敬される
完全に詰んでいる。
しかも。
ワインの件は、偶然では終わらなかった。
「……次は、どうなるんだよ……」
その問いに、答える者はいない。
だが――
この国はもう、
レイを“ただの村人”として扱う気はなかった。
運が良いだけの男は、
知らぬ間に――
国家の命運を背負わされ始めていた。
第三章
何も言っていないのに、外交の切り札にされました
翌朝。
レイは、朝日が差し込む豪奢な寝室で目を覚ました。
天蓋付きベッド。
絹のカーテン。
広すぎる部屋。
「……夢だよな?」
頬をつねる。
「痛い」
現実だった。
◇
「殿下、お目覚めでございます」
侍女が三人。
当たり前のように入ってくる。
(いや距離感!!)
レイが布団を掴む間もなく、服を着せられ、髪を整えられ、気づけば完璧な王子仕様になっていた。
「……今日は何があるんだ?」
恐る恐る聞く。
すると侍女の一人が、にこやかに告げた。
「はい。本日は――」
一瞬、間。
「帝国使節団との会談でございます」
「……は?」
脳が停止した。
「て、帝国……?」
「昨日の毒杯事件を受け、急遽、予定が前倒しになりました」
「殿下のご判断を仰ぎたい、と」
(俺の判断!?)
(俺、村で畑耕してただけの人間だぞ!?)
レイは頭を抱えた。
「無理だ無理だ無理だ!!」
「外交なんて分かるわけないだろ!!」
だが――
侍女たちは、なぜか感動した顔をしていた。
「……さすが殿下」
「やはり、安易な判断はなさらない……」
「え?」
「即答せず、相手を見極めるおつもりですね」
(違う)
(パニックなだけだ)
◇
玉座の間。
レイは王の横、少し下がった位置に立たされていた。
正面には、帝国の使節団。
黒衣。
冷たい視線。
明らかに喧嘩腰。
「……」
レイは、何も言えずにいた。
というか、何を言えばいいのか分からない。
帝国の使節が、口を開く。
「貴国と我が帝国の国境問題について――」
長い説明。
難しい言葉。
数字。
条約。
(無理無理無理)
(何一つ分からん)
必死に「うんうん」と頷くだけ。
説明が終わる。
沈黙。
全員が、レイを見る。
「……」
レイは、黙った。
というより、黙るしかなかった。
(何か言ったら終わる)
(何も言わなければ……)
沈黙が、伸びる。
十秒。
二十秒。
三十秒。
帝国側が、ざわつき始めた。
「……?」
「どういうつもりだ……?」
宰相が、息を呑む。
近衛騎士ミリアが、目を見開く。
「……殿下……」
帝国使節の一人が、冷や汗をかき始めた。
「……我々の条件に……不満が?」
レイは、はっとした。
「え? あ、いや……」
言葉に詰まる。
――その瞬間。
帝国側の代表が、顔色を変えた。
「……なるほど」
勝手に、納得した。
「我々は……試されている、というわけか」
(!?)
「条件の“穴”を、見抜かれた……?」
(!?!?)
「さすがは……」
「毒杯すら見抜く王子……!」
(誰か止めてくれ!!)
帝国使節団は、明らかに動揺していた。
彼らは互いに小声で話し合い始める。
「……譲歩するしかない」
「ここで強硬に出れば……」
そして。
「……条件を、改めましょう」
帝国側が、折れた。
国境線の一部譲歩。
交易税の緩和。
捕虜交換。
明らかに、王国有利な内容。
王が、ゆっくりと立ち上がる。
「……良い提案だ」
会談は、成立した。
◇
会談後。
レイは、控室で崩れ落ちた。
「……生きた心地しねぇ……」
すると、扉が開く。
入ってきたのは、ミリアだった。
彼女は、深く頭を下げる。
「殿下……」
「本日の交渉……お見事でした」
「だから違うって!!」
叫びたかった。
だが。
「沈黙で相手を追い詰めるとは……」
「正直、鳥肌が立ちました」
ミリアの声は、少し震えている。
「殿下は……」
「戦わずして、勝つお方なのですね」
レイは、何も言えなかった。
言えなかったが――
この瞬間、悟ってしまった。
(あ……)
(俺、もう……)
逃げ道、完全に塞がれたな。
そして。
その日の夕刻。
王は、宣言した。
「本日より――」
「我が息子レイを、“王国外交顧問”に任ずる」
「「「おおおおお!!!」」」
歓声。
拍手。
祝福。
レイの脳内は、真っ白だった。
「……俺、畑に帰りたい」
だがその願いは、誰にも届かない。
運が良いだけの村人は――
ついに、国家戦略の中枢へ引きずり込まれた。
第四章
失言したつもりが、心理戦の神と崇められました
王国外交顧問。
それが、今のレイの肩書きだった。
(昨日まで畑耕してたんだが?)
重すぎる称号を背負わされ、レイは城内の回廊を歩いていた。
通る先々で、兵士や官僚が立ち止まり、深々と頭を下げる。
「顧問殿」
「殿下」
(やめろ、胃が痛い)
◇
顧問任命から、わずか半日。
レイは、もう一度呼び出されていた。
――作戦会議室。
円卓を囲むのは、宰相、将軍、情報官、魔術師団長。
全員ガチである。
「……本日の議題ですが」
宰相が咳払いする。
「帝国が譲歩した理由について」
「殿下のお考えを、お聞かせ願えますか」
(考え?)
(何も考えてないが??)
レイは、反射的に答えた。
「……正直に言っていいですか?」
全員、前のめりになる。
「どうぞ!」
(圧が強い!!)
「……相手が勝手に焦っただけだと思います」
沈黙。
数秒後。
ドンッ!
将軍が机を叩いた。
「……なるほど!!」
(え)
「敵の心理状態を“焦燥”と見抜いた上での沈黙……!」
「いやはや、これは参った!」
情報官がメモを走らせる。
「“敵は自ら崩れる”……古典的だが最強の戦術……」
魔術師団長が、目を細めた。
「殿下……」
「恐ろしいお方ですね」
(いや、違う)
(違うんだが!?)
レイは、額を押さえた。
◇
その日の午後。
今度は、庭園に呼び出された。
そこにいたのは――
銀髪の少女。
気品ある佇まい。
だが、どこか不安げな表情。
レイは、すぐに察した。
(あ、これ……)
(あらすじにあった“許嫁”だ)
少女は一礼する。
「……はじめまして、レイ殿下」
「私は、リリア・アルバス」
王国第一王女。
そして――失踪した王子の、正式な婚約者。
(重い!!)
「その……」
リリアは、少し俯いた。
「突然、殿下が戻られたと聞いて……」
「正直……戸惑っています」
(そりゃそうだ!!)
レイは、思わず本音を漏らした。
「……俺もです」
その瞬間。
リリアの目が、見開かれた。
「……!」
彼女は、一歩近づく。
「殿下……」
「やはり、私たちの間に……」
(!?)
「距離を感じておられるのですね」
(違う!!)
(身分と状況の話だ!!)
だが、もう遅い。
「……無理に“王子らしく”振る舞わない」
「それが、殿下のお優しさ……」
リリアは、胸に手を当てた。
「私……」
「殿下が“覚悟を決めるまで”、お待ちします」
(待たないで!!)
レイは、心の中で叫んだ。
◇
その様子を、木陰から見ていた人物がいる。
近衛騎士、ミリアだ。
(……なるほど)
彼女は、静かに理解した。
(政治にも、恋にも……)
(“間”で支配するタイプ)
その夜。
ミリアは、日誌にこう記した。
王子殿下は、
あえて踏み込まず、相手に考えさせる。
それは戦場でも、心でも同じ。
――恐ろしいほどの、支配力。
(レイ本人は、布団で震えていた)
「……頼むから、誰か止めてくれ……」
だが、翌朝。
城中に、新たな噂が流れる。
「王子は、あえて弱者を演じている」
「真の王器とは、ああいうものだ」
レイは、まだ知らない。
この“勘違い”が――
次章で、戦争そのものを左右することになると。
第五章
何も言ってないのに、戦争が終わりました
その朝、王城は異様な空気に包まれていた。
走る足音。
緊張した声。
甲冑の擦れる音。
(……やばいやつだ)
レイは、布団の中で確信していた。
案の定、扉が勢いよく開く。
「殿下!!」
宰相だった。
顔色が完全に死んでいる。
「帝国軍が、国境に集結しました!」
(来た!!)
「数は!?」
「およそ三万!」
(多い!!)
「……開戦、ですか?」
震え声で聞くと、宰相は一瞬黙り――
なぜか、目を輝かせた。
「いえ!」
(!?)
「帝国は、殿下の出方を待っています!」
(俺の!?)
「今朝、帝国側の使者がこう言いました」
「“王子殿下は沈黙しておられる。つまり、我々を見定めている”と」
(いや、寝てただけだが!?)
レイは、頭を抱えた。
◇
緊急会議。
王、将軍、宰相、魔術師団長、情報官。
全員が、レイを見る。
「殿下」
王が静かに言う。
「ここで一言、帝国に“意思”を示す必要があります」
(む、無理……)
「強硬でも、譲歩でもよい」
「だが、殿下の“言葉”でなければ意味がない」
(重い!!)
レイは、必死に考えた。
(戦争したくない)
(でも下手なこと言うと死ぬ)
(どうすれば……)
そして――
最悪に無責任な本音が、口から漏れた。
「……正直に言うと」
全員、息を呑む。
「戦う理由が、分からないんです」
沈黙。
次の瞬間。
「……!!」
将軍が、椅子から立ち上がった。
「戦う理由が、ない……!」
宰相が、震える声で復唱する。
「つまり……」
「“戦争そのものが、無意味”だと……」
(いや、俺の理解力の問題だが!?)
王が、深く頷いた。
「……深い」
「あまりにも、深い」
(浅い!!)
「では、帝国にこう伝えましょう」
宰相が即断する。
「“我々は戦う理由を持たない”と」
◇
その日の昼。
国境。
帝国側の陣営に、使者が到着する。
「アルバス王国、王子レイ殿下の言葉を伝える」
帝国将軍が、身構える。
「――“戦う理由が、分からない”」
沈黙。
帝国側の幕僚たちが、ざわつく。
「……つまり」
「我々が、理由なき侵略をしていると?」
「いや、待て」
「それ以上に……」
帝国将軍は、冷や汗を流した。
「こちらの大義が、完全に見透かされている」
結果。
帝国軍、撤退。
理由:
「王子が怖い」
◇
夕方。
王城は祝賀ムードだった。
「戦争回避!」
「殿下万歳!」
兵士も民も、歓声を上げる。
その中心で。
レイは、壁にもたれていた。
「……終わった……」
そこへ、ミリアがやって来る。
「お見事でした、殿下」
「……何が?」
「帝国の“大義”を否定し」
「なおかつ、敵に“自分で引かせる”」
(そんな高度なことしてない)
ミリアは、少し笑った。
「殿下は……」
「ご自覚が、なさすぎます」
その夜。
王は、正式に宣言した。
「次期国王は、レイとする」
レイは、聞いていなかった。
聞こえなかった。
ただ、心の中でこう叫んでいた。
(俺、村に帰りたい……)
だが。
この物語は、もう――
戻れる段階を、過ぎていた。
第六章
平凡な村人のまま、王になりました
戴冠式は、静かに始まった。
白い大理石の大広間。
天井まで届くステンドグラスから、柔らかな光が差し込む。
レイは、壇上に立っていた。
(……どうしてこうなった)
頭の中では、それだけが回っている。
豪奢な礼服。
重すぎる王冠。
背後には、歴代王の肖像画。
――完全に場違いだ。
「レイ・アルバス」
王――いや、前王が一歩前に出る。
「汝を、次代の王として認める」
静寂。
そして。
「「「万歳――!!!」」」
大歓声。
レイは、反射的に小さく手を振った。
「……どうも……」
それだけで、さらに歓声が大きくなる。
(なぜ!?)
◇
式の後。
玉座の間。
レイは、王座に座らされていた。
左右には宰相と将軍。
正面には、重臣たち。
「では、最初のご裁可を」
(もう!?)
差し出されたのは、書類。
「税制改革案です」
レイは、文字を眺める。
(……正直、よく分からない)
沈黙。
周囲が、息を詰める。
「……」
レイは、思わず言った。
「これ……」
「急いで決める必要、ありますか?」
重臣たちが、凍りつく。
「一度、持ち帰って……」
「本当に困ってる人の声、聞いてからでも……」
長い沈黙の後。
宰相が、震える声で言った。
「……民意を、優先なさると?」
(普通じゃないか?)
将軍が、深く頷く。
「拙速を戒める……王の器……!」
(だから普通だって!)
◇
夜。
王城の中庭。
レイは、一人で座っていた。
風が涼しい。
「……なあ」
声がした。
ミリアだった。
「逃げたい?」
即答。
「めちゃくちゃ」
ミリアは、笑った。
「ですよね」
レイは、空を見上げる。
「俺、何もしてないんだ」
「運が良かっただけで……」
ミリアは、しばらく黙ってから言った。
「それでも」
レイを見る。
「人は、“安心できる存在”を王にするんです」
「……俺が?」
「ええ」
「判断しない勇気」
「急がない強さ」
「責任を一人で抱え込まない姿勢」
レイは、目を丸くした。
「……それ、全部……」
「俺がビビってるだけなんだけど……」
ミリアは、くすっと笑った。
「それを、強さと呼ぶ国もあるんですよ」
◇
数日後。
王都の外れ。
レイは、変装して歩いていた。
市場。
子どもたちの笑い声。
パンの匂い。
(……村と、変わらないな)
そのとき。
「ねえ、聞いた?」
「新しい王様」
「怖くないらしいよ」
「ちゃんと話を聞くらしい」
レイは、足を止めた。
「戦争も、しないって」
「ありがたいよね」
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
(……俺で、いいのか)
だが。
背後から、声。
「殿下」
振り返ると、ミリアが立っている。
「戻りましょう」
「国が、待っています」
レイは、深く息を吸った。
そして。
「……分かった」
小さく、頷く。
「逃げない」
「でも、完璧な王にはならない」
ミリアは、満足そうに微笑んだ。
「それで十分です」
◇
その後――
歴史書には、こう記される。
「レイ一世。
武勲なし。
奇策なし。
だが、戦争を起こさなかった王。」
本人は、今日も思っている。
(俺、ただの村人なんだけどな……)
だが誰も、それを信じない。
――こうして。
平凡な村人は、最後まで勘違いされたまま、
名君として歴史に名を刻んだ。
※なお本人は、今も逃げるタイミングを探している。
(失敗中)




