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『ありがとうを知らない聖女』  作者: 音香(Otoca )


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すれ違う想い

王宮の回廊は、夜更けになるとひどく静かだった。


華やかな音楽も、笑い声も、すでに遠い。


重い扉が閉まり、

最後の客人が去ったあと――


残ったのは、騎士団長と副長、二人だけ。


レオナルトは、グラスを置いた。


「……見られたな」


独り言のような呟き。


ロイは否定しなかった。


「ええ。たぶん……ミア様にも」



一瞬、空気が張りつめる。


その“たぶん”の中に、

願いと恐れが同時に混じっていた。


レオナルトは、しばらく黙ったまま、

指先でグラスの縁をなぞる。


「……あの女性は」



ロイが言葉を継ぐ。


「王宮の推薦です」

「神殿と繋がりのある家系」

「社交の場で、こちらの動きを観察する役」


「……だろうな」


拒めば、怪しまれる。

距離を取れば、勘繰られる。



だから――

あえて、誤解される道を選んだ。



「ミアから、俺たちを遠ざけるために」


レオナルトの声は低い。


「俺が彼女の傍にいればいるほど、

 聖女は“個人の感情を持つ存在”として見られる」



「……所有を疑われます」


ロイの言葉は、冷静だった。


だが、その奥にある感情は、決して穏やかではない。


「それが、どれだけ危険か……」

「団長は、よく分かっています」



「だから距離を置いた」


「ええ」


短い肯定。



沈黙。



「……後悔は?」


ロイの問いは、静かだった。



レオナルトは、すぐには答えない。



「……ない、とは言えない」



重い言葉。


「だが、必要だった」


それだけ言って、視線を伏せた。


ロイは、その背中を見つめながら思う。


(俺も同じだ)


触れれば、壊してしまう。


近くにいれば、欲が溢れる。


だから―― 避けるしかなかった。


守るために、傷つける選択をするしかなかった。


「……いずれ、説明します」


レオナルトは、ゆっくりと頷く。


「ああ」


「その時は……全部話す」




――――――


ミアは、一週間の休みの間、ほとんど部屋から出なかった。


カーテンを閉め切ったまま、

朝と夜の区別も曖昧になるほど、静かな時間が続く。


身体を休めるための休暇だったはずなのに、

心だけが、置き去りにされたままだった。


思い出してしまう。


王宮の広間。

光に満ちた空間。

談笑する人々。

そして――

腕を絡められ、柔らかく微笑んでいた二人の姿。


(……あれは)


何度、打ち消そうとしても、映像のように浮かんでくる。



レオナルト様の、あんな表情。


ロイの、あんな距離感。



どちらも、自分にはあまり見せなかったもの。


胸の奥が、じくりと痛む。



「……贅沢すぎたんだよね」



ぽつりと、誰もいない部屋で呟く。


二人とも、なんて贅沢な存在だったのだろう。


この世界に来てから、

辛いことは、数え切れないほどあった。



恐怖も、孤独も、理不尽も、絶望も。


それでも、耐えられた。


理由は、分かっている。



――いつも、二人がいたからだ。


守られて。

支えられて。

時には、甘やかされて。


それを“当たり前”だと思い始めていた自分が、

急に、とても虚しくなった。



(……執着なのかな)


それとも。


(……愛……)



どちらが本物かなんて、分からない。


名前なんて、どうでもよかった。


ただ―― 二人に、抱きしめてほしかった。


それだけだった。





休みが終わり、また仕事の日々が始まった。


神殿での施し。

騎士団への治癒と回復。

いつも通りの、忙しさ。


けれど、どこかが違った。


聖力を流すとき、微かに、引っかかる。


(……あれ?)


集中が、途切れやすい。


光が、以前ほど自然に巡らない。


大きな失敗をするほどではない。


だが、“違和感”は確かにあった。


(……最近、流れが悪い……?)



ふと、嫌な考えが頭をよぎる。



――私は、この世界の人間じゃない。


――だから、誰かとの繋がりがないと、

  ずっと力を保てないのではないか。


――二人がいないと、

  私は、聖女でいられないのではないか。



胸が、ひやりと冷える。


誰にも、相談できなかった。


レオナルト様とロイは、明らかに距離を取っている。



理由は分からないけれど、

それを無理に越えていく勇気は、今のミアにはなかった。


大神官様に知られれば、どうなるだろう。


「聖女として不安定だ」と判断されれば、

神殿の外へ出ることを禁じられるかもしれない。



――自由を、奪われる。


恐怖だった。


王宮からも、

騎士団からも、

切り離されてしまう気がした。



不安が、不安を呼ぶ。


気づけば、胸の内側が、

ぎゅう、と押し潰されそうになっていた。



それでも。


ミアは、笑った。


誰かの前では、必ず。


「大丈夫です」


「問題ありません」


そう言い続けた。



(……強くならなきゃ)



そうしなければ、この場所には立っていられない。


守られるだけの存在では、いられない。



何度も、何度も、自分に言い聞かせる。



けれど。夜、一人になると、どうしても思ってしまう。



――誰も来ない。


――声も、気配も、ない。


ベッドの中で、ミアは小さく身を丸めた。


(……寒い)


季節のせいじゃない。


心の中に、確かに温もりが、足りなかった。


それでも、泣かなかった。


泣いたら、本当に壊れてしまいそうだったから。



ミアは、静かに目を閉じる。



この沈黙の先に、何が待っているのかは分からない。


ただ―― 


選ばれなかった痛みだけが、


確かに、胸の奥に残っていた。




――――――


最初に違和感を覚えたのは、レオナルトだった。


王宮での執務を終え、書類を閉じた瞬間。



胸の奥を、冷たいものがなぞった。


(……今の)


理由は、分からない。


だが、はっきりしている。


――嫌な感覚だ。



魔力を探る。



自分のものではない。


他人の気配。


それも、よく知っているもの。


「……ミア」


名を呼んだのは、無意識だった。


だが、応えはない。


王宮の離れの方角から、

かすかに、聖力の揺らぎが伝わってくる。


“弱い”。


数値の問題ではない。


――芯が、揺れている。


レオナルトは、椅子から立ち上がった。


(……おかしい)


回復量も、施術回数も、問題ないはずだ。


神殿の報告も、異常なし。


それでも、この感覚は――



聖力そのものが、

“保つための理由”を失いかけているような、

そんな危うさ。



彼は、歯を噛みしめた。


(……避けた、せいか)


守るためだった。

巻き込まないため。

王宮の視線から遠ざけるため。



それが、彼女の“支え”まで奪っていたとしたら?


胸の奥が、重くなる。



そのとき。


扉が、ノックされた。


「失礼します」


ロイだった。


表情が、いつもより硬い。


「……団長」


声が低い。


「気づいてますよね」


問いではない。


確認だった。


レオナルトは、黙って頷く。


ロイは、ゆっくり息を吐いた。


「神殿の回復記録」

「数値は正常です」

「でも……」


言葉を選ぶ。


「“安定”してません」


ロイは、副長としての視点で見ていた。


ミアの施術後、兵士たちの回復は完璧だ。


だが、

彼女自身の聖力だけが、

わずかに、確実に、削れている。



ロイの胸に、鈍い痛みが走る。



避けていた。

意図的に。



顔を合わせれば、

きっと、甘えてくる。

自分も離せなくなる。


だから、仕事を理由に距離を取った。



「……限界、近いですよ」


ロイの声は、静かだった。

感情を抑え込んだ声。



「聖女としてじゃない」

「ミアという個人として、です」


レオナルトは、拳を握る。


「……俺たちが、削っている」


守るつもりで。

遠ざけた。



結果として――

彼女から、“立つ理由”を奪っている。



ロイは、視線を伏せた。


「……私たちが決めた距離だったから」


守るための距離。


「……守れてませんでしたね」



沈黙が落ちる。



答えは、ひとつしかない。


レオナルトは、低く言った。


「選ばせない選択は」

「もう、できない」



二人とも、分かっていた。


このままでは、彼女は静かに壊れていく。



泣きも、叫びもせず。

“聖女として役目を果たしながら”。



それだけは――

絶対に、させてはいけない。



レオナルトは、窓の外を見た。


夕暮れ。


あの日、彼女が一人で立ち尽くしていた時間帯。



「……迎えに行く」


決意を、言葉にする。


ロイは、迷わず頷いた。


「三人で向き合いましょう」



逃げない。

誤魔化さない。

守るふりもしない。



――選ばせる。


それが、

今度こそ“守る”ということだと、

二人はようやく理解していた。

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