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『ありがとうを知らない聖女』  作者: 音香(Otoca )


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届かない距離

討伐から、一月が過ぎていた。


王都には、ようやく落ち着きが戻り始めている。


あれほど騒がしかった噂も、

張り詰めていた空気も、

表向きには静まっていた。



ミアは、神殿に通っていた。



聖女としての施し。

負傷した騎士たちへの治癒。

各騎士団を巡っての回復魔法。

朝から夕方まで、ほとんど休みなく動く日々。



けれど、それは苦ではなかった。


誰かの痛みが和らぎ、

誰かが安堵の息を吐く。


その瞬間を感じられることが、今の自分の支えだった。


日が傾く頃には仕事を終え、神殿の静かな回廊を歩く。


その時間だけが、

一日の中で、少しだけ心を落ち着かせてくれた。


けれど――

レオナルトとロイには、

あの日以来、一度も会えていなかった。



王宮からの圧力は、確かに弱まった。


露骨な干渉も、直接的な命令も減っている。


それでも。


一度、騎士団長の座を離脱した男を

「完全に掌握した」と示すための動きは、形を変えて続いていた。



王宮行事。

貴族との会合。

遠征討伐。

そして、次から次へと重なる任務。

二人は、常に何かに追われているようだった。


ミアも、本来なら同行するはずだった。


けれど――


『今回は、同行を見送ってほしい』


レオナルトから届いた知らせは、

短く、丁寧で、淡々としていた。



理由は、書かれていなかった。


(……今は)

(私にできることを、ちゃんとやろう)


そう思うしかなかった。




さらに、二月が過ぎた。


時間を変えて神殿を出てみても。


仕事終わりに執務室を覗いてみても。


二人の姿は、なかった。


(……避けられてるのかな)


ふと、そんな考えが浮かぶ。



すぐに否定する。



(違う。そんなはずない)



でも――



(……飽きられた?)



そんな考えまで浮かんでしまう自分が、情けなかった。


胸の奥に、小さな棘が刺さったまま、

抜けない感覚。



ある日のこと。


騎士団宿舎の近くを通りかかったとき、

隊員の一人が、妻と小さな子どもを連れて歩いているのを見かけた。


子どもを抱き上げる手。

それを見上げて笑う小さな顔。

隣で見守る女性の穏やかな表情。



その光景を見た瞬間、ミアの足が、自然と止まった。



(……そう、だよね)


普通は、一人を選ぶ。


誰かの隣に立ち、その人だけを選び続ける。


自分は――


「選べない」と言いながら、

二人に甘えていただけだったのではないか。



冷静に考えれば、それは、とても身勝手なことだ。



(……最低だ)


胸の奥が、ひくりと痛む。


(もし……)

(もし、ロイやレオナルト様に、大切な人ができたら……)


自分は、

静かに身を引けるだろうか。



冬の冷たい風が、ミアの頬を撫でた。



身体の芯まで、冷えていくようだった。



――――――


その日は、聖力計量日だった。


定期的に行われる、聖女の聖力安定検査。


最近、心が沈みがちだったせいか、

集中しなければ、聖力を引き抜かれそうになる。


(……落ち着いて)


深く息を整え、測定を受ける。



結果は――合格。

問題なし。


むしろ、休みなく働いていたことを考慮され、

大神官から一週間の休暇を言い渡された。


「少し、休みなさい」


その言葉に、ミアは静かに頷いた。




休暇の報告も兼ねて。


もしかしたら、今なら会えるかもしれない。


そんな淡い期待を胸に、第二騎士団の執務室へ向かった。



ノックをする。



……返事は、ない。



通りかかった騎士に尋ねると、

二人は王宮の貴族パーティーに出席していると言われた。


「ミア様も行かれてはどうですか?」

「聖女様なら、招待状がなくても入れます」


そう言われ、

一度は迷ったが――



私室に戻り、

メイドにパーティー用のドレスとヘアメイクを頼んだ。



背面が腰まで大きく開いた、普段は着ない装い。


「ミア様、とてもお綺麗です」



その言葉に、恥ずかしさと、少しの勇気を抱いて、

パーティー会場へ向かった。




人が、多い。

きらびやかな衣装。

華やかな香り。

視線が、至るところから突き刺さる。



こんな人混みは、

この世界に来て初めてだった。



視線を巡らせ――

長い黒髪の男性を見つける。



(……レオナルト様)



そう思って、数歩進み――


ミアは、足を止めた。



正装に身を包んだレオナルト。

隣には、ロイ。


そして、二人の腕には、


小柄な可愛らしい女性がそれぞれ絡みついていた。


談笑する四人。


自分には、あまり見せたことのない、柔らかな笑顔。


胸が、ちくりと痛んだ。


(……あ)


それだけで、十分だった。


ミアは、静かに踵を返した。



元の、甘えた関係には―― 

もう戻れないのかもしれない。



そんな思いが、胸に広がる。


(……甘えちゃ、だめ)


泣かない。


そう思ったのに。


一筋だけ、涙が頬を伝った。



その後のことは、ほとんど覚えていない。


整えてもらった髪も。


選んでもらったドレスも。



ただ―― 二人に、見せたかった。



それだけが、胸に残った。




翌日。


ミアは一日中、窓際で外を眺めていた。


もしかしたら。


二人が、会いに来てくれるかもしれない。


そんな淡い期待を、捨てきれないでいた。



気づけば、空は夕焼けに染まっていた。



静かな部屋に、何も起こらないまま――。

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