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『ありがとうを知らない聖女』  作者: 音香(Otoca )


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嫉妬の光

討伐から戻った夜。


ミアは私室で、小さなテーブルの前に腰掛けて、用意されたケーキを口に運んでいた。


甘さが、ゆっくりと身体に広がる。


戦場の緊張が、少しずつほどけていくのが分かる。


(……今日は、よくやった)


自分にそう言い聞かせるように、

紅茶を一口含んだ、その時だった。



控えめなノック音が響く。



「……?」


こんな時間に、誰だろう。


扉を開けると、そこに立っていたのはロイだった。


整った姿勢。 手には書類の束。


「お疲れ様です、ミア」


いつもより、少しだけ丁寧な口調。


「お休みのところ、少しお時間よろしいでしょうか」


仕事の話だろう、と思い、ミアはすぐに頷いた。


「はい、どうぞ」


部屋に通すと、ロイは一礼してから椅子に腰を下ろす。



「体調はいかがですか」 「聖力の消耗は?」


「大丈夫です」 「聖力も、問題ありません」



そう答えるたびに、ロイは書類へ視線を落とし、いくつか書き込んでいく。


確認事項。 記録。 報告用の整理。


どれも必要なことだと分かっている。


けれど、ミアはふと、ロイの顔を見た。


目元に、わずかな疲れ。


討伐の緊張が抜けきっていない表情。


「……ロイは」


思わず、口に出た。


「ちゃんと、休めていますか?」


ロイは一瞬きょとんとしたあと、苦笑する。


「討伐から戻ったばかりですから」

「しばらくは書類仕事が立て込みそうですね」


さらりとした答え。


けれど、その声は、どこか張りつめている。


(……この人も)


団長と同じだ。


自分のことを、後回しにする。


ミアは、少しだけ考えてから、思い切って言った。


「……今日は、これで終わりですか?」


ロイは書類を一度見返し、頷く。


「はい。この分をまとめたら終わりです」


「なら……」


「回復魔法、していきませんか」

「少しは、疲れが取れると思います」



ロイは一瞬、固まった。


「……え?」


だが、ミアはまったく気にしていない様子で続ける。


ミアは立ち上がり、浴室への扉を開けた。


「まずは、ゆっくり湯船に浸かってください」


その言葉に、ロイは思わず息を吐いた。


「……分かりました」


苦笑しながらも、断る理由はなかった。


浴室へ向かい、湯船に身体を沈める。


温かさが、じんわりと広がる。



「……はぁ……」


思わず、声が漏れた。


ここ数日。


団長復帰の根回し。

王宮との調整。

各所への挨拶。

隊員への配慮。

そして討伐。



疲れが溜まっていなかったわけがない。


目を閉じると、そのまま眠ってしまいそうだった。


(……本当に、気が利くな)


そう思って、ふと気づく。


(いや……)


ミアは、きっと何も考えていない。


自分を休ませたい一心で、 「部屋に男性を入れる」という発想が、すっぽり抜け落ちている。


(……ミアらしい)


純粋で、無防備で。



(……少し……分からせた方がいいのか)


そんな考えが浮かび、

自分で自分に呆れながら、ロイは湯船から上がった。


浴室を出ると、隊服はきれいに畳まれている。


その横に、用意されたバスローブ。


「……メイドか……」


小さく呟き、それを羽織って部屋へ戻る。



その瞬間。


ミアの動きが、ぴたりと止まった。


バスローブ姿のロイが、目に入ったからだ。


肩の力が抜けた姿。 濡れた髪。 いつもの隊服とはまったく違う雰囲気。


「……っ」


ミアは、思わず息を呑んだ。


(……あ)


初めて、気づいた。


“休ませる”という目的しか見えていなかった自分の行動が、どういう状況を作っているのか。


ロイは、その反応を見て、ほんの少しだけ目を細めた。


「……今さら、気づきましたか?」


からかうようでもあり、責めるでもない声。


ミアの頬が、じわりと熱を帯びる。


「す、すみません……」


「いえ」


ロイは、穏やかに答えた。


「ありがたかったですよ」

「ちゃんと……休めました」


その言葉に、ミアはほっと息を吐く。


部屋に流れる空気は、どこか静かで、やわらかい。


戦場でも、執務室でもない。


ただ、人として向き合う、夜の余白。


ロイは、改めて思った。


(……この人は)


守られるだけの聖女ではない。


けれど、まだ“自分が誰かに与えている影響”には、無自覚なままだ。


それが――少し、危うくて、愛おしい。



ロイの分の紅茶とケーキも、すでに用意されていた。


ミアは向かいの椅子を示し、

ロイは一瞬だけ驚いたあと、静かに腰を下ろす。


「……ありがとうございます」


「今日は、みんな頑張ったので」


ミアのその言葉に、ロイは小さく息を吐いた。


戦場の緊張。 復帰の重圧。 副長としての責任。


それらが、ほんのひととき、甘さに溶けていく。



短い会話。 他愛のない言葉。


静かな時間。



やがて、ミアが立ち上がった。


距離を詰めて、そっと手を伸ばす。


「回復魔法、かけますね」


「お願いします」


ミアの手から、やわらかな聖力が流れる。


それは治癒というより――包むような温度だった。


身体の芯に溜まっていた疲労が、ほどけていく。


ロイは思わず目を閉じた。


(……危ない)


気を抜けば、眠ってしまいそうだ。


施術が終わり、ミアが手を離そうとした、その瞬間。

ロイの手が、ミアの手首を引いた。


「……っ」


バランスを崩し、

気づけばミアはロイの膝の上に座らされていた。


近い。

近すぎる。



「ロ、ロイ……?」


抱き寄せられる腕。


力は強くないのに、逃げ道がない。



「緊張してますね」


声は優しい。



けれど、離す気はない。


ミアは思わず俯いた。



「……慣れなくて……」


「知ってます」


ロイの声が、少し低くなる。



額に触れる距離。


呼吸が、重なる。


ミアが離れようと力を入れた瞬間、

ロイの腕が、静かにそれを封じた。


「……無理ですよ」


そして――


唇が触れた。


最初は、確かめるだけのキス。


だが、ミアが少し息を乱した瞬間、深さが変わる。


逃がさない。


魔力が、ふっと流れ込んできた。


温かくて、急で、少し乱暴な感触。


「……あ……」


声が漏れたことに、自分で驚く。


ロイは、それを聞いて離れない。


「反応は、正直ですね」


言葉が、煽るように落ちる。


ミアの身体から、力が抜けていく。


「……ロイ……」


その名を呼んだ瞬間、

ロイの腕に、ほんの一瞬だけ力がこもった。


そして、抱き上げられる。


ベッドへ。


「ま、待って……」


小さな抵抗。


だが、ロイは止まらない。


ロイはミアをベッドに下ろし、覆い被さった。


深く口づける。


魔力に熱を込め、手加減しないまま流し続ける。


「……っ……ん……はぁ……」


ミアがロイのバスローブを握った。



ロイは数日前のことが、脳裏をよぎる。

――待っていた夜。 ――戻ってこなかった背中。

独り占めしたいわけじゃない。

でも。

(……団長……少し、ずるいですよ)



ミアを見下ろす視線に、熱が宿る。



ロイは、ミアの反応を確かめるように、少しだけ距離を詰めた。



「……団長は、優しくしてくれましたか」


耳元で、低く穏やかな声。


責めているようで、責めていない。


ミアの肩が、わずかに跳ねた。


「……っ……」


答えられない沈黙を、ロイは見逃さない。




「私が、何も感じてないと思いました?」


視線を外させないよう、顎に指を添える。


ミアの呼吸が、乱れる。


「……ごめ……」


「謝る理由、ありますか」


遮るように、言葉が落ちる。


「全部……あなたの選択でしょう」


ミアは、唇を噛みしめた。


申し訳なくて、逃げたいのに、否定できない。


「……かわいいですね」


低く、確信を含んだ声。


「そんな顔で耐えようとして」

「でも、もう……力、入ってないですよ」


意地悪そうにロイの口角が上がる。


ミアの肩が、ふっと落ちる。


「……とめ……てまりょ……く……」


「……ん……っ……」


「……もう……」


「もう、何です?」


問い詰めるのではない。

逃げ道を塞ぐ問い。



「今日は……私の番です」


静かな宣言。


キスが、降り注ぐ。


息をする間も、与えない。


魔力が、波のように押し寄せる。


「……もう……いや……」


ミアは身体中を内側から撫でられる強い波に震えた。



ロイは、その言葉に満足そうに息を吐いた。


「それでいい」


囁きが、甘くなる。


「嫌になるくらい、私の魔力ちゃんと受けてる証拠です」



ミアの指先が、バスローブを強く掴む。


それを見て、ロイは静かに微笑んだ。


「ほら」


優しく、でも逃がさない声。


その言葉が落ちた瞬間、

ミアの体の力が短く強く弾けた。


「……ん"!……はぁ……はぁ……」


ミアの視界が、白く滲む。



「もう、限界ですか?」


「……はぁ……はぁ……」


息が乱れ答えられない。


「勝手に……少し……お仕置きが必要ですね」


冗談めいた口調。


だが、目は笑っていない。


「団長だけじゃなく」 「……私も必要だって」


ゆっくり、言葉を選ぶ。


「ちゃんと、身体が覚えるまで」


ミアの呼吸が、乱れる。


「……ロ…イ……」


呼びかけは、止めてほしいのか、

それとも――呼んでしまったのか。


ロイは、小さく息を吐いた。


「どこが、好きですか」


静かな問い。


「……ぇっ……」



「答えられないなら」


声が、少しだけ低くなる。


「言うまで、止めませんよ?」


ミアはロイの服を掴んで、小さく首を振った。


それを見て、ロイは小さく微笑む。


「……かわいい」


その一言だけで、

ミアの中の緊張が、音を立てて崩れる。


「ご褒美です」


それが何なのか、言わないまま。


ロイは、ミアを抱き寄せる位置を変えた。


「体勢、変えますね」


あくまで丁寧に、確認するように。


けれど、拒否は想定していない。



ミアの視界が揺れ、思わず息を吸う。


「……泣いても、止めませんよ」


優しい声。


囁きと同時に、大量の魔力が重なる。


「……ぁっ……ん……」


ロイは残酷なほど、穏やかに。


「もっと……」


耳元で、静かに。


「私を、受け止めてください」


ミアの喉から、かすれた声が漏れた。


「……ゆる……して……」


「何を、です?」


問い返す声は、あくまで落ち着いている。


「……はぁ……ぁっ……」


「……ごめん……なさい……」


その答えに、ロイは満足そうに目を伏せた。


「……いい子ですね」


ミアの頭を優しく撫で、もう、止まらない。


深い口づけをしながら、強く熱い魔力を流し、ミアはもう何も考えられなくなった。


「あっ……ん!!」


ミアの身体に強い力が入り一気に脱力感した。


キスが、最後に一度だけ深く落ちて――

ロイは、ようやく動きを止めた。



沈黙。



ミアは、ぐったりと横になり、

涙の跡を残したまま、呼吸を整えている。



ロイは、その姿を見つめて、深く息を吐いた。


(……やりすぎた)


分かっていた。


嫉妬で…… 


愛おしすぎて、加減ができない。


そっと抱き寄せる。


今度は、壊さないように。


「……ごめん」


耳元で、静かに。


ミアはロイの腕の中で、

静かに、眠りに落ちていった。


言葉が、

呼吸が、

そして――想いが、重なり合いながら。


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