試される刃
王宮復帰から、三日後。
第二騎士団に、正式な任務が下った。
内容は――
王都近郊に出没する魔獣の討伐。
規模は中程度。
被害はまだ軽微。
だが、放置すれば拡大する可能性がある。
そして何より。
それは明らかに、様子見だった。
復帰した団長を、
実戦で“使えるかどうか”を測るための任務。
レオナルトは、命令書を受け取ると、静かに頷いた。
「……問題ない」
その声に、迷いはない。
むしろ、内側では――
久しく感じていなかった感覚が、確かに戻ってきていた。
出立前。
第二騎士団の隊列が整う。
空気が、引き締まる。
その先頭に立つのは、レオナルトだった。
以前と同じ立ち位置。
だが、纏う気配は――明らかに違う。
魔力が、静かに、しかし重く滲み出している。
冷たい。
重たい。
鋭利で、揺るぎない圧。
それに触れただけで、
隊員たちは一瞬、息を呑んだ。
(……あ)
言葉にはしない。
だが、誰もが同じことを感じていた。
――戻ってきた。
ただ“回復した”のではない。
以前よりも、深く、確かな存在感。
ロイは副長として、少し後ろに位置しながら、全体を見渡す。
(……問題ない)
いや、それ以上だ。
団長の立つ背中は、
隊の中心として、完全に機能している。
討伐地点に到着すると、
魔獣はすでに群れを成していた。
中型が数体。
小型が周囲を囲む。
「……散開」
レオナルトの指示は短い。
だが、迷いがない。
隊は即座に動いた。
レオナルトは、最前線へ。
剣を抜いた瞬間、魔力が刃に絡みつく。
――重い。
だが、振り抜く動作に遅れはない。
一閃。
魔獣の咆哮が、途中で断ち切られる。
返す刃で、もう一体。
圧倒的だった。
かつての鋭さに、
“再生を経た安定感”が加わっている。
ロイは、側面を警戒しながら、状況を把握する。
団長の動きに乱れはない。
魔力の立ち上がりも、制御も完璧だ。
「……行けます」
小さく呟き、合図を出す。
隊は連携し、魔獣を確実に追い詰めていく。
後方では、ミアが戦線に立っていた。
聖女として。
だが、もはや“守られる存在”ではない。
淡く、しかし力強い光が、戦場を包む。
防護。
補助。
そして、必要な箇所への治癒。
無駄がない。
判断が早い。
隊員たちの動きが、目に見えて安定していく。
(……頼もしい)
誰かが、心の中でそう思った。
戦闘が終盤に差し掛かる頃、
ミアの光は、より研ぎ澄まされていた。
以前のような不安定さは、もうない。
聖女として、そして一人の“戦線の一員”として。
討伐は、予定通り完了した。
最後の魔獣が倒れたあと、戦場には、静けさが戻る。
「……負傷者はこちらへ」
ミアの声は、落ち着いている。
治癒は、迅速で、的確だった。
痛みも、後遺症も残さない。
レオナルトは剣を下ろし、周囲を見渡す。
討伐が終わり、陣形が解かれたあと。
ロイはレオナルトの隣に並んだ。
「……団長」
低い声。
「違和感は?」
レオナルトは剣を鞘に収める。
「ない」
即答だった。
「判断も、踏み込みも問題ない」
一拍。
「……前より、静かだ」
ロイは小さく息を吐く。
「暴れない力、ですね」
「ああ」
ロイは前方で動く隊員たちを見て、言った。
「みんな、安心してました」
「“戻ってきた”って顔です」
レオナルトはわずかに視線を伏せる。
「……期待は重い」
「ええ。でも」
ロイは、はっきり言った。
「背負える人が戻りました」
短い沈黙。
「……おかえりなさい、団長」
「ああ」
それだけで、十分だった。
隊員たちは、次々と回復しながら、
自然と視線を前へ向ける。
そこに立つのは――レオナルト。
誰もが、無言で理解した。
――この人が、団長だ。
無事に隊は王都へ戻った。
夜の王宮での報告も、滞りなく終わる。
戦果。
被害状況。
魔力測定の結果。
すべて、問題なし。
以前、嫌味を口にしていた貴族たちも、
今回は沈黙するしかなかった。
レオナルトの纏う圧は、
否定を許さないほど、はっきりしていたからだ。
その夜。
ミアは、王宮離れの自室に戻っていた。
討伐から帰り、ようやく一人になれる時間。
湯船に身を沈め、ゆっくりと息を吐く。
(……今日は、頑張った)
守られるだけの聖女ではない。
彼らと同じ現実を、同じ戦場を、生きた一日。
湯から上がり、夜着に着替えると、
メイドが温かい紅茶と、ケーキを用意してくれていた。
「ありがとうございます」
一口、ケーキを頬張る。
甘さが、じんわり広がる。
(……前世でも、好きだったな)
自分で買って、
誰にも邪魔されず食べるケーキ。
小さな幸せ。
ミアは、カップを両手で包み込み、静かに思った。
――この日常を、守りたい。
守られるだけではなく。
並んで、歩くために。
その想いは、
確かな覚悟へと、静かに形を変えていた。




