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『ありがとうを知らない聖女』  作者: 音香(Otoca )


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元の場所

朝の光は、まだ柔らかかった。


カーテン越しに差し込む淡い陽が、室内を静かに照らしている。


レオナルトは、ゆっくりと目を覚ました。


(……朝か)


身体を動かそうとして、すぐに気づく。


腕の中に、温もりがある。


視線を落とすと、ミアが静かに眠っていた。


長い睫毛が影を落とし、穏やかな呼吸が胸元に伝わってくる。


(……ああ)


昨夜のことが、自然と蘇る。

魔力の流れ。

必死な瞳。


最後には、力尽きて身を預けてきたこと。


「……可愛すぎだろ」


小さく、独り言のように呟く。


いじめすぎただろうか。


限界を、きちんと見極めていたつもりだったが――


思い返すほど、少しだけ胸が疼いた。


レオナルトは、指先でそっとミアの髪を撫でる。


起こさないように、ゆっくりと。


すると。


「……ん……」


小さな声とともに、ミアが身じろぎした。


ゆっくりと目を開き、視線が合う。


一瞬、きょとんとしたあと――


昨夜の記憶が一気に押し寄せたのか、ミアは顔を赤くして俯いた。


「……おはよう」


レオナルトが、低く穏やかに言う。


「……おはようございます」


少しだけ、声が小さい。


レオナルトは微かに笑い、問いかけた。


「身体は、平気か?」


一瞬の間。


ミアはきゅっとシーツを握り、


「……っ」

「……やりすぎです……」


恥ずかしそうに、しかしはっきり言った。



レオナルトは、肩を揺らして小さく息を吐く。


「そうか?」


そして、意地悪く身を寄せ、耳元で低く囁いた。


「……今から、もう一度するか?」


ミアは一瞬固まり、次の瞬間、


「だ、だめですっ!」


と、慌てて布団を引き上げた。


その反応に、レオナルトは声を立てずに笑う。


(……朝から、元気だな)


そんなやり取りをしながら、二人はゆっくりと身支度を整えた。




執務室へ向かうと、そこには既にロイがいた。


腕を組み、壁にもたれている。


視線が合った瞬間――


ロイの眉が、ぴくりと動いた。


「……団長」


低い声。


「何か、言うことありますよね?」


その口調で、察しはついた。


(……来るな)


レオナルトは、わざと素知らぬ顔で言う。


「いや。特にはないと思うが」


一瞬、空気が凍る。


「……ありますよね!?」


ロイの声が一段上がった。



昨夜の気配。

今朝の団長の機嫌の良さ。

全部、繋がっている。


あまりにも口うるさいので、レオナルトは観念したように息を吐いた。


「……悪かった」


短く、だがはっきり。


ロイは一瞬言葉を失い、それから深く息を吐いた。


「……もういいです」

「無事に戻れるなら、それで」


その言葉に、レオナルトは小さく頷いた。




三人は気を引き締め、王宮へ向かう。


事前に謁見の許可は下りており、手続きは驚くほどスムーズだった。


謁見の間。

国王は、レオナルトの姿を見ると、わずかに口元を緩めた。


「戻ってくると思っていた」


その一言に、すべてが込められていた。


第一騎士団団長――師匠も同席しており、静かに頷く。


魔力測定。

身体検査。

形式的な確認。



どれも問題なく終わった。



「第二騎士団団長、レオナルト・フォン・アイゼン」

「復職を認める」



宣言は簡潔だった。



周囲の貴族たちからは、ひそひそと嫌味も飛んだが――

レオナルトが纏う、冷たい圧は完全に戻っていた。


一瞥しただけで、視線は逸れる。


師匠は、すれ違いざまに低く言った。


「おかえり」

「今度は、ちゃんと頼れ」


「……はい」


短く答える。



久しぶりの第二騎士団宿舎。


門の前には、隊員たちが並んでいた。

ロイが、あらかじめ知らせていたのだろう。


一瞬の静寂。


そして――



「団長!」


「お帰りなさい!」


一斉に、声が上がる。


レオナルトは、ゆっくりと歩みを進め、彼らを見渡した。



「……世話をかけた」


それだけで、十分だった。


歓声が、宿舎に響く。


ロイは、その光景を少し後ろで見守りながら、静かに息を吐いた。


(……戻ってきた)


ようやく。


本当に。


レオナルトは、青空を一瞬だけ見上げた。


(……ここからだな)


すべてを失いかけて、それでも戻ってきた場所。


今度は、独りではない。


時間は、確かに前へ進んでいた。




隊員たちが散り、訓練場に静けさが戻ったあと。


ロイは、一人、剣を壁に立てかけたまま立っていた。


――戻ってきた。


本当に、戻ってきたのだ。


歓声の中にいたはずなのに、

胸の奥には、まだ言葉にならない重さが残っている。


(……終わった、わけじゃない)


むしろ、始まったのだ。


団長がいない間、

自分は必死に前に立ち、代わりを務めてきた。


守るため。

崩さないため。


そして――戻ってくる場所を残すために。


「……やっとだな」


誰に向けた言葉でもない独り言。


安堵と同時に、別の感情が胸を刺す。


(これで、楽になると思ったか?)


自嘲するように、息を吐く。


違う。


楽にはならない。


戻ってきたからこそ、

今度は“隣に立つ”覚悟が必要になる。


盾を一人にしない覚悟。


支えるだけで満足しない覚悟。


(……もう、背中だけ見てるつもりはない)


剣を取り、軽く握り直す。


かつて目標だった背中は、

今は――守るべき背中でもある。


「団長」


小さく名を呼ぶ。


届かなくてもいい。


今は、自分に言い聞かせる言葉だ。


「次は……一緒に立ちます」


逃げない。

任せきりにもしない。


ロイは、静かに剣を収めた。


その背中には、

副長としてではなく、

一人の騎士としての覚悟が、確かに宿っていた。


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